41 / 49
怠けものに付ける薬
冬の授業と相談者
しおりを挟む
冬は魔法使いたち的にも特別な季節らしい。
星の巡りを観測に出かける人々、新しい召喚陣を産み出す者、幻想動物の研究を行う者、様々いる。
ルーサーは「寒い寒い」と言いながら、今日もアルマの個室に着ていた。アルマも寒いらしく、今はローブの上から膝掛けをかけて温まりながら羊皮紙で論文を書いていた。
アルコールランプで淹れられた紅茶は、寒くないようにとジンジャージャムをたっぷりと加えられ、それをルーサーはありがたくもいただいた。
「ありがとう……冬ってもっと閉じこもってじっとしているものだと思っていたけれど」
「そうね。春は命が動き出す時期だから、今の内に準備を進めておかないと間に合わないのよ」
「うん……?」
ルーサーはジンジャージャム入りの紅茶を飲みつつ、首を傾げた。アルマもまた紅茶をひと口飲みながら、話を続けた。
「春は動物が生まれる季節でしょう? 種蒔きも主にこの季節に行われるし、花が咲き始めるのもだいたいこの季節ね」
「そうだけれど……魔法使い的に意味ってあったっけ?」
普通科の授業を思い返すルーサーだが、教科書にはそのような記述はなかったように思える。それにアルマは「そうねえ、普通科の、特に魔法使い入門のところには書いてないかもねえ」と答えた。
「基本的に春は春の大祭があるから、それに合わせて用意しているの」
「えっ……春の大祭?」
ルーサーは聞いたことない話に目をパチクリとさせた。それにアルマは頷いた。
「魔法使いじゃなかったら意識しないけどね、春の種蒔きの季節になったら、春が来たことを感謝して、乳製品をいただくの」
「それが魔法使いの行っている春の大祭……?」
「大昔は魔法使いも迫害されていた時期があるから、大々的には行わず、領主に見つからないように祝っていたの。その名残で、冬の間に大祭の準備を進めておくのね。領主に見つからないように」
「あ、ああ……」
「その名残のせいで、冬の間だったらどれだけ魔法の研究を行っても領主には見つからないと、いろいろやってたらしいのよ。雪崩が起きても雪のせいにできるし、幻想動物が暴れても雪で見えなかった気付かなかったで誤魔化しが利くから。実際に雪のせいでどれだけ魔法使いを毛嫌いしている領主であったとしても、むやみやたらと魔法使い狩りができた試しはないから」
「たしかに……これだけ寒かったら暖炉の前から動きたくなくなるものね」
魔法使いにとって、雪は敵であるのと同時に、かつての敵を欺くための味方でもあったらしい。だから魔法使いたちは春の訪れを待ちながら、冬の間に魔法の様々が行事を行うのだ。
それに一種の神々しさを感じながら、ルーサーは「ところで」と尋ねた。
「それは理解できたけれど……ところでアルマ、聞いてもいいかな?」
「あら、今度はなにかしら?」
そう言いながらアルマは優雅にお茶を飲む。
湯気がほこほこと立ち上るのを眺めながら、ルーサーは校外学習から帰ってきたばかりの日のことを思い返しながら言う。
「魔女学科では真夜中に薬草採集する日があるんだけれど」
「そういえばそうね。薬草は冬の冷気を溜め込んだものが一番魔力があるから。魔女学科の実習には頭が下がるわね」
アルマはそう言って頭を下げた。
実際、魔女学科採集して乾かしたものは、校内の学生や教授は誰でも使っていいのだから、お世話になってない者などいない。
アルマに頭を下げられ、ルーサーも思わず下げ返しながら続けた。
「それで……手が痛い寒い冷たいって、暖炉で温まってから寝ようとしたとき、叫び声が聞こえたんだよ」
「あら? 穏やかではないわね」
「うん……なんなのか確認できなかったから、見てなかったんだけどね。あれはなんだろうと」
「……冬の間は本当にどこの学科も夜間実習が詰め込まれているから、それだけじゃわからないわね?」
「うん……そうなんだ」
あの声の主は結局大丈夫だったんだろうか。ルーサーがぼんやりとそう思っている中、アルマは紅茶のお替わりをつくると、黙ってルーサーのカップにも注いだ。
「ジンジャージャムおかわりいる?」
「いる」
「はあい」
アルマにたっぷりとジンジャージャムを注いでもらいながら、ルーサーは「ありがとう」とカップを受け取った。
「でもルーサー、あなたジョシュアにも警告されたでしょう? 魔法使いは助けを求められない限り、むやみに助けちゃ駄目よ?」
「それはわかっているよ。あの人が困ってないか心配なだけで」
「……なんでもかんでも自己責任とは言わないけどね。オズワルドはじめ魔法学院が魔法の素養のある一般人にも門徒を開いた理由については考えてほしいわね……最低限の魔法知識を覚えて帰らないと、オズワルドを卒業しても意味がないのだから」
それにルーサーは黙った。
忘れられ勝ちだが、オズワルドはじめ魔法学院が魔法使いの家系以外の人間を集めはじめたのは、全面的な魔法使い不足のせいだ。
本来は一般人を守るためのものだったはずの禁術法は、まともな議論がないまま出来上がり、それが原因で昔ながらの魔法使いたちが「付き合ってられない」と行方をくらませ、魔法の資料や呪いの解呪方法などを持っていってしまった。それ故に一般人では対処できない魔法案件を解決できる人たちが大幅にいなくなってしまったのである。
ルーサーのような人間が、魔法使いにも一般人にも必要なのだ。一般人の感性のまま、魔法の知識を持っている人間が。
「僕、上手くやれているかな」
「さあね。それを決めるのは私ではないから。でも、あなたがここに来てくれてよかったと私は思っているわ」
アルマにふっと笑われ、ルーサーも釣られて笑った。
あの声の人がまだ困ってないといい。そうルーサーは思いながら紅茶をすすった。
冬の朝の暇の話である。
星の巡りを観測に出かける人々、新しい召喚陣を産み出す者、幻想動物の研究を行う者、様々いる。
ルーサーは「寒い寒い」と言いながら、今日もアルマの個室に着ていた。アルマも寒いらしく、今はローブの上から膝掛けをかけて温まりながら羊皮紙で論文を書いていた。
アルコールランプで淹れられた紅茶は、寒くないようにとジンジャージャムをたっぷりと加えられ、それをルーサーはありがたくもいただいた。
「ありがとう……冬ってもっと閉じこもってじっとしているものだと思っていたけれど」
「そうね。春は命が動き出す時期だから、今の内に準備を進めておかないと間に合わないのよ」
「うん……?」
ルーサーはジンジャージャム入りの紅茶を飲みつつ、首を傾げた。アルマもまた紅茶をひと口飲みながら、話を続けた。
「春は動物が生まれる季節でしょう? 種蒔きも主にこの季節に行われるし、花が咲き始めるのもだいたいこの季節ね」
「そうだけれど……魔法使い的に意味ってあったっけ?」
普通科の授業を思い返すルーサーだが、教科書にはそのような記述はなかったように思える。それにアルマは「そうねえ、普通科の、特に魔法使い入門のところには書いてないかもねえ」と答えた。
「基本的に春は春の大祭があるから、それに合わせて用意しているの」
「えっ……春の大祭?」
ルーサーは聞いたことない話に目をパチクリとさせた。それにアルマは頷いた。
「魔法使いじゃなかったら意識しないけどね、春の種蒔きの季節になったら、春が来たことを感謝して、乳製品をいただくの」
「それが魔法使いの行っている春の大祭……?」
「大昔は魔法使いも迫害されていた時期があるから、大々的には行わず、領主に見つからないように祝っていたの。その名残で、冬の間に大祭の準備を進めておくのね。領主に見つからないように」
「あ、ああ……」
「その名残のせいで、冬の間だったらどれだけ魔法の研究を行っても領主には見つからないと、いろいろやってたらしいのよ。雪崩が起きても雪のせいにできるし、幻想動物が暴れても雪で見えなかった気付かなかったで誤魔化しが利くから。実際に雪のせいでどれだけ魔法使いを毛嫌いしている領主であったとしても、むやみやたらと魔法使い狩りができた試しはないから」
「たしかに……これだけ寒かったら暖炉の前から動きたくなくなるものね」
魔法使いにとって、雪は敵であるのと同時に、かつての敵を欺くための味方でもあったらしい。だから魔法使いたちは春の訪れを待ちながら、冬の間に魔法の様々が行事を行うのだ。
それに一種の神々しさを感じながら、ルーサーは「ところで」と尋ねた。
「それは理解できたけれど……ところでアルマ、聞いてもいいかな?」
「あら、今度はなにかしら?」
そう言いながらアルマは優雅にお茶を飲む。
湯気がほこほこと立ち上るのを眺めながら、ルーサーは校外学習から帰ってきたばかりの日のことを思い返しながら言う。
「魔女学科では真夜中に薬草採集する日があるんだけれど」
「そういえばそうね。薬草は冬の冷気を溜め込んだものが一番魔力があるから。魔女学科の実習には頭が下がるわね」
アルマはそう言って頭を下げた。
実際、魔女学科採集して乾かしたものは、校内の学生や教授は誰でも使っていいのだから、お世話になってない者などいない。
アルマに頭を下げられ、ルーサーも思わず下げ返しながら続けた。
「それで……手が痛い寒い冷たいって、暖炉で温まってから寝ようとしたとき、叫び声が聞こえたんだよ」
「あら? 穏やかではないわね」
「うん……なんなのか確認できなかったから、見てなかったんだけどね。あれはなんだろうと」
「……冬の間は本当にどこの学科も夜間実習が詰め込まれているから、それだけじゃわからないわね?」
「うん……そうなんだ」
あの声の主は結局大丈夫だったんだろうか。ルーサーがぼんやりとそう思っている中、アルマは紅茶のお替わりをつくると、黙ってルーサーのカップにも注いだ。
「ジンジャージャムおかわりいる?」
「いる」
「はあい」
アルマにたっぷりとジンジャージャムを注いでもらいながら、ルーサーは「ありがとう」とカップを受け取った。
「でもルーサー、あなたジョシュアにも警告されたでしょう? 魔法使いは助けを求められない限り、むやみに助けちゃ駄目よ?」
「それはわかっているよ。あの人が困ってないか心配なだけで」
「……なんでもかんでも自己責任とは言わないけどね。オズワルドはじめ魔法学院が魔法の素養のある一般人にも門徒を開いた理由については考えてほしいわね……最低限の魔法知識を覚えて帰らないと、オズワルドを卒業しても意味がないのだから」
それにルーサーは黙った。
忘れられ勝ちだが、オズワルドはじめ魔法学院が魔法使いの家系以外の人間を集めはじめたのは、全面的な魔法使い不足のせいだ。
本来は一般人を守るためのものだったはずの禁術法は、まともな議論がないまま出来上がり、それが原因で昔ながらの魔法使いたちが「付き合ってられない」と行方をくらませ、魔法の資料や呪いの解呪方法などを持っていってしまった。それ故に一般人では対処できない魔法案件を解決できる人たちが大幅にいなくなってしまったのである。
ルーサーのような人間が、魔法使いにも一般人にも必要なのだ。一般人の感性のまま、魔法の知識を持っている人間が。
「僕、上手くやれているかな」
「さあね。それを決めるのは私ではないから。でも、あなたがここに来てくれてよかったと私は思っているわ」
アルマにふっと笑われ、ルーサーも釣られて笑った。
あの声の人がまだ困ってないといい。そうルーサーは思いながら紅茶をすすった。
冬の朝の暇の話である。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる