訳あり令嬢の妖精学レポート

石田空

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鏡よ鏡 鏡さん

バター紅茶を共に飲み

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 一応やることはやったため、残りは自由時間だ。
 ふたりは湖畔の近くに流れ着いていた流木に座ると、月の浮かぶ凍り付いた湖畔を眺めながらお茶の用意をはじめた。
 アルマはランタンの火種を使って簡易コンロをつくると、それを使って持ってきていた水筒を温めはじめたのだ。

「この水筒、火に直接乗せて大丈夫な奴だったんだ」
「教授が教えてくれたの。持ち歩けるものは、全てフィールドワークに合わせて、なんでもかんでも使いこなせるものにしておくようにと」
「なるほど……でもアルマがフィールドワークにまで精通していたのは初めて知ったなあ」
「ええ。私も自分の研究のためには、とことんやれることを追求しようと思っているから」

 そう言いながら、だんだん湯気を漂わせてきた紅茶に、ボトンと落とした。バターだ。

「本当にバター持ってきてたんだ」
「これだけ寒かったら、包みに入れたバターって案外溶けないものよ。ほら、器出すから」

 そう言いながら水筒の器に紅茶を注ぎ入れた。
 たしかに紅茶にバターが浮かんだ匂いが漂ってくる。ルーサーは少しだけ腹が減ってくるのを感じた。

「おいしそうだね」
「じゃあいただきましょう」
「いただき……あっつ」

 熱したバターは熱く、ルーサーは一瞬火傷したものの、すぐにふうふうと息を吹きかけて紅茶を飲みはじめた。
 なるほど、バターの皮膜に守られて、紅茶がちっとも冷めない。凍てつくほどに寒い湖畔で飲むにはちょうどいい熱さだった。

「おいしいね」

 そうポツンと言うと、アルマはにこりと笑った。

「よかった。あなたが喜んでくれて」
「エインセルの事件自体にはアルマは機嫌悪そうだったけれど、今日はずいぶんと機嫌がいいね」
「……そうね。私もはしゃいでいるのかもしれないわ」

 アルマはふうふうと息を吹きかけながら、バター紅茶をひと口飲みつつ続けた。

「普段は学園の中にいるから、ふたりっきりにはなれないでしょう?」
「そうだね……せいぜいアルマの個室くらいでかな?」
「あら。個室は勉強をするところよ。デートをするところじゃないわ」
「……アルマの考えるデートって、フィールドワークみたいなことを言うの?」

 ルーサーの素朴な疑問に、アルマはピャッと髪を逆立てた。

「ごめんなさいね、ルーサー。あなたの考えるようなデート……町での買い食いとか、プロムでダンスとか、寮に隠れて会いに行くとか……そういうのがすぐに出てこないで」
「いや、僕もそこらへんは小説でしか見たことないけど。あとうちの寮は男女共に離れているから難しいと思うし」
「ええ……だから、こういうときにしかはしゃげないでごめんなさい……」

 それにルーサーは息を吐いた。
 紅茶の湯気と一緒に、寒空を濁らせて溶けた。

「いいよ。僕は君と一緒にいられたらそれでよかったんだからさ。紅茶飲もう?」
「……ええ」

 前にキスの寸止めまでいったものの、こんな寒い中でキスをしたら、互いに凍り付いてしまうだろうと、ただ寄り添い合いながらバター紅茶を飲むので精一杯だった。
 ルーサーからしてみれば、アルマのあれこれはいじらしいと思う。

(多分思い出せない僕と同じように……アルマもどうやったら僕との空白を埋めらるかわからなくって、迷走してるんだろうなあ)

 ジョシュアが教えてくれた魔法使いの定義。
 魔を屈服させて、こちらの法則に無理矢理当てはめる者のこと。
 アルマは妖精語をそのまんま理解ししゃべることで、妖精の名付けをして妖精を屈服させている。しかしそれでもなお、妖精にいじられてしまったものがそのまんま取り戻せる訳ではない。
 彼女は未だに妖精郷に未練を残しているのだから、妖精郷のことを気にすることがないよう、ルーサーが頑張るしかない。
 紅茶を飲み終えたあと、ふたりは仲良く帰って宿の互いの部屋へと戻っていった。
 明日になったら、呪い避けの小屋にまで出かけて報告と警告をしないといけないのは億劫だが、まだフィールドワークが全く進んでないのだから、そちらにも注力しないといけない。
 やらなければいけないことが多いのは、まどろっこしいけれど楽しい。
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