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妖精眼を持つ少女
妖精眼の見る世界
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そうこうしている間に、授業の時間がはじまろうとしている。
リー教授は「フロックハートのことは見ておくが、こちらからは助けを求められない限り助けることはできない」と断りを入れられた。
それに当然ながらルーサーは盾突く。
「それは……僕は彼女に相談を持ちかけられましたから、教授に助けを求めているんですが」
「残念ながら自分に会いに来たのはサックウェルだ、フロックハートではない」
「ですが……」
「……魔法使いの規律だ。すまんな」
それだけ言って、リー教授は「早く授業に向かいなさい」とふたりを個室から追い出してしまった。ルーサーは憤慨する。
「こんなのって……」
「魔法使いはこんなものよ。保守的な個人主義」
「だけれど……エイミーは勝手に施設の連中に体を弄くり回された挙げ句、オズワルドに保護されたのに放置って……こんなことって……」
「ええ。本来孤児の魔法使いは、魔法学院で保護されて、自分を守るための知識を与えられてから、独自の道を模索するのだけれど……彼女はイレギュラーが過ぎるから、学院側も困っているのでしょう。魔眼の……それも妖精眼の研究のために人体実験された子の保護なんて、ほとんど例外中の例外過ぎるし……そもそも魔眼の家系でなかったら、正しい魔眼との付き合い方なんて教えられないわ」
「保護したのに教えられないから放置。助けを求められないと助けないって、それあんまり過ぎないか!?」
「私だってそう思うもの……本当だったら私も彼女に付き添いたいところだけれど……」
残念ながらアルマは召喚科の学生だし、魔女学科のルーサーはまだ魔法の知識を習得中の身の上なため、魔眼の対策なんて荷が重過ぎる。
本当にただ、彼女を見ておくことしかできない。
ルーサーは首を振った。
「ごめんアルマ。君に当たるつもりはなかったんだけれど」
「いいえ、私のほうこそごめんなさいルーサー。あなたに頼られて、嬉しかったのにね」
アルマをしょんぼりとさせてしまったことに、ルーサーは愕然としつつ「ごめん」と何度目かわからない謝罪をしてから、ふたりはそれぞれの授業に出かけていった。
****
ルーサーはエイミーと授業で一緒になると、途端に手を振られた。
「先輩にあたしのこと相談してくれたんでしょう? その人、なにか言ってた?」
「ええっと……エイミーごめん。君が大変な生い立ちだっていうのは教えてもらったけれど……」
そもそも彼女が妖精に引き摺られている現状をどう対処すればいいのか、未だに魔法知識の乏しいルーサーでは、あまりにも未知数過ぎて手に負えなかった。
なによりも、エイミー自身が助けを求めなかったら教授たちは動いてくれないと聞いているのだから、余計に困難極まる問題だった。
「エイミー、君の妖精に近付いてしまう問題だけれど、それを他の人に……それこそ教授に相談することってできないのかな?」
本来ならば、それが一番必要なことだ。どうしてルーサーだったのか。ルーサーはたびたび妖精に狙われているというのは、前にも教えてもらった話だったが。それはルーサーを呪った末に妖精郷に引き摺り込もうとした妖精が死んだ今もなお同じことなのか、彼にもよくわからなかった。
ルーサーがそう尋ねた瞬間。エイミーがガッタンと音を立てて立ち上がった。
「……や」
「エイミー?」
「や。怖いのや。痛いのや。いや。いやいやいやいやいやいやいや……!」
途端に癇癪を起こした子供のような声を上げ、エイミーが吠え立てはじめた。その変わりように、ルーサーは愕然とする。
(これは……子供返り?)
トラウマを背負っている人は、そのトラウマを刺激された途端に、豹変したように子供に戻ってしまうことがあるという。
エイミーの癇癪はどう見繕ってもまともなものではない。
(彼女は……人体実験のときに、相当傷を負っているんだ……普段の彼女が全然そんな風には見えないのは、忘れたいからで……完全になかったことにはできていないんだ)
どう声をかけて慰めるべきか。ルーサーはエイミーの泣き声に「あ、あのう、ごめんエイミー!」と謝ろうとした途端。
彼女はベチンとルーサーを払いのけた。それにルーサーは茫然とする。
「エイミー?」
「人間は身勝手。訳のわからないものは遠ざけようとするか、愛玩動物にするかのどちらかだもの」
その声色は、日頃の快活なエイミーとも、子供返りしたエイミーともずれた声をしていた。というよりも、あれだけ泣いていた少女が、こんなにいきなり冷静になれるものでもない。それにその口調はルーサーも覚えがあった。
「……君は」
「人間の体を使ってこちらを見られるのに、どうしてこうもいちいち人間の体を刺激するのかしらね。人間っておかしな生き物!」
嘲るように一聞だと訳のわからない言葉を並べ立てる。でもそれはルーサーも遭ったことのある存在によく似ている。
「妖精……?」
「人間はいっつもそう言うのね」
「でも……妖精眼は、人間界側から妖精郷を干渉するものでは……」
「あら、人間界にはないのかしら? 深淵を覗くときは深淵もまた覗いているって」
つまりは。エイミーは人体実験で妖精郷を観察する目を植え付けられた結果、妖精に人間界を観察する双眼鏡替わりに使われてしまっているということだった。
ルーサーは思わずポケットからアミュレットを取り出すと、エイミーの体を使っている妖精の前にぶら下げた。途端に彼女は引きつった顔をして仰け反る。
「ちょっと……危ないわ!」
「危なくしているんだよ。彼女の体から出て行け」
妖精は身勝手であり、人間と同等の情は持ち合わせていない。配慮もなにもなく、妖精は妖精の本能でしか行動しない。既にルーサーはたびたび妖精にひどい目に遭わされては学んだことだった。
とうとうエイミーの中にいた妖精は呻き声を上げた。
「ひどい人! わかったわ出て行くわ。でもどうせこの人間は自分から妖精郷に来るんでしょうけどね!」
「ちょっと待って。それどういうこと……」
「出て行くんだからこれ以上は知らないわ!」
妖精はルーサーの質問に答えることもなく、そのまま本当に出て行ってしまった。残されたエイミーはガクン、と肩を落としたものの、やがて目をパチンと瞬かせた。
「あたし……また妖精になんかされて?」
「ええっと。うん。エイミー、君妖精に体を乗っ取られていたよ?」
「ええ……」
途端に彼女は顔を曇らせてしまった。快活な彼女がこんな表情を浮かべるのは心苦しいが。ルーサーは続けなければいけなかった。
「悪いこと言わないから、君はちゃんとした人に助けを求めるべきだ。僕だと手に負えないけれど……魔女学科の人でなくってもいい。召喚科だったら、妖精方面の専門家のテルフォード教授だっているし……」
「……あたし……教授に触られたら、また妖精に近付いちゃうかも」
「わからないよ、そんなことは」
今はルーサーもそう言って励ますことしかできなかった。
妖精が言い捨てていった言葉。エイミーのほうから妖精郷に行くという言葉。
既にルーサーも、妖精郷に行って帰ってきた人間をひとり知っている以上、妖精から嫌がらせに嘘をつかれたなんて思ってはいない。しかし未だに魔法使いとしては毛が生えた程度にしか成果も実力もないルーサーでは手も足も出ることがなく、専門家の元に行くよう促すことしかできなかった。
エイミーはエイミーで、ルーサーの言動でただ事でないことだけは悟ったようだった。
「ルーサー。ありがとうね。わかった。あたしも放課後になったら、召喚科に相談に行ってみるよ」
「うん、それがいいよ。本当に」
そうほっとひと息ついた。
ここでアルマがいたら、つべこべ言わずにもっと早くに相談しろと言っていただろうが、残念ながら未だに受け身が癖になっているルーサーにはそのスピード感が理解できていなかった。
世の中には、早く動かなかったらなにもかもが手遅れになることがあり得るのである。
リー教授は「フロックハートのことは見ておくが、こちらからは助けを求められない限り助けることはできない」と断りを入れられた。
それに当然ながらルーサーは盾突く。
「それは……僕は彼女に相談を持ちかけられましたから、教授に助けを求めているんですが」
「残念ながら自分に会いに来たのはサックウェルだ、フロックハートではない」
「ですが……」
「……魔法使いの規律だ。すまんな」
それだけ言って、リー教授は「早く授業に向かいなさい」とふたりを個室から追い出してしまった。ルーサーは憤慨する。
「こんなのって……」
「魔法使いはこんなものよ。保守的な個人主義」
「だけれど……エイミーは勝手に施設の連中に体を弄くり回された挙げ句、オズワルドに保護されたのに放置って……こんなことって……」
「ええ。本来孤児の魔法使いは、魔法学院で保護されて、自分を守るための知識を与えられてから、独自の道を模索するのだけれど……彼女はイレギュラーが過ぎるから、学院側も困っているのでしょう。魔眼の……それも妖精眼の研究のために人体実験された子の保護なんて、ほとんど例外中の例外過ぎるし……そもそも魔眼の家系でなかったら、正しい魔眼との付き合い方なんて教えられないわ」
「保護したのに教えられないから放置。助けを求められないと助けないって、それあんまり過ぎないか!?」
「私だってそう思うもの……本当だったら私も彼女に付き添いたいところだけれど……」
残念ながらアルマは召喚科の学生だし、魔女学科のルーサーはまだ魔法の知識を習得中の身の上なため、魔眼の対策なんて荷が重過ぎる。
本当にただ、彼女を見ておくことしかできない。
ルーサーは首を振った。
「ごめんアルマ。君に当たるつもりはなかったんだけれど」
「いいえ、私のほうこそごめんなさいルーサー。あなたに頼られて、嬉しかったのにね」
アルマをしょんぼりとさせてしまったことに、ルーサーは愕然としつつ「ごめん」と何度目かわからない謝罪をしてから、ふたりはそれぞれの授業に出かけていった。
****
ルーサーはエイミーと授業で一緒になると、途端に手を振られた。
「先輩にあたしのこと相談してくれたんでしょう? その人、なにか言ってた?」
「ええっと……エイミーごめん。君が大変な生い立ちだっていうのは教えてもらったけれど……」
そもそも彼女が妖精に引き摺られている現状をどう対処すればいいのか、未だに魔法知識の乏しいルーサーでは、あまりにも未知数過ぎて手に負えなかった。
なによりも、エイミー自身が助けを求めなかったら教授たちは動いてくれないと聞いているのだから、余計に困難極まる問題だった。
「エイミー、君の妖精に近付いてしまう問題だけれど、それを他の人に……それこそ教授に相談することってできないのかな?」
本来ならば、それが一番必要なことだ。どうしてルーサーだったのか。ルーサーはたびたび妖精に狙われているというのは、前にも教えてもらった話だったが。それはルーサーを呪った末に妖精郷に引き摺り込もうとした妖精が死んだ今もなお同じことなのか、彼にもよくわからなかった。
ルーサーがそう尋ねた瞬間。エイミーがガッタンと音を立てて立ち上がった。
「……や」
「エイミー?」
「や。怖いのや。痛いのや。いや。いやいやいやいやいやいやいや……!」
途端に癇癪を起こした子供のような声を上げ、エイミーが吠え立てはじめた。その変わりように、ルーサーは愕然とする。
(これは……子供返り?)
トラウマを背負っている人は、そのトラウマを刺激された途端に、豹変したように子供に戻ってしまうことがあるという。
エイミーの癇癪はどう見繕ってもまともなものではない。
(彼女は……人体実験のときに、相当傷を負っているんだ……普段の彼女が全然そんな風には見えないのは、忘れたいからで……完全になかったことにはできていないんだ)
どう声をかけて慰めるべきか。ルーサーはエイミーの泣き声に「あ、あのう、ごめんエイミー!」と謝ろうとした途端。
彼女はベチンとルーサーを払いのけた。それにルーサーは茫然とする。
「エイミー?」
「人間は身勝手。訳のわからないものは遠ざけようとするか、愛玩動物にするかのどちらかだもの」
その声色は、日頃の快活なエイミーとも、子供返りしたエイミーともずれた声をしていた。というよりも、あれだけ泣いていた少女が、こんなにいきなり冷静になれるものでもない。それにその口調はルーサーも覚えがあった。
「……君は」
「人間の体を使ってこちらを見られるのに、どうしてこうもいちいち人間の体を刺激するのかしらね。人間っておかしな生き物!」
嘲るように一聞だと訳のわからない言葉を並べ立てる。でもそれはルーサーも遭ったことのある存在によく似ている。
「妖精……?」
「人間はいっつもそう言うのね」
「でも……妖精眼は、人間界側から妖精郷を干渉するものでは……」
「あら、人間界にはないのかしら? 深淵を覗くときは深淵もまた覗いているって」
つまりは。エイミーは人体実験で妖精郷を観察する目を植え付けられた結果、妖精に人間界を観察する双眼鏡替わりに使われてしまっているということだった。
ルーサーは思わずポケットからアミュレットを取り出すと、エイミーの体を使っている妖精の前にぶら下げた。途端に彼女は引きつった顔をして仰け反る。
「ちょっと……危ないわ!」
「危なくしているんだよ。彼女の体から出て行け」
妖精は身勝手であり、人間と同等の情は持ち合わせていない。配慮もなにもなく、妖精は妖精の本能でしか行動しない。既にルーサーはたびたび妖精にひどい目に遭わされては学んだことだった。
とうとうエイミーの中にいた妖精は呻き声を上げた。
「ひどい人! わかったわ出て行くわ。でもどうせこの人間は自分から妖精郷に来るんでしょうけどね!」
「ちょっと待って。それどういうこと……」
「出て行くんだからこれ以上は知らないわ!」
妖精はルーサーの質問に答えることもなく、そのまま本当に出て行ってしまった。残されたエイミーはガクン、と肩を落としたものの、やがて目をパチンと瞬かせた。
「あたし……また妖精になんかされて?」
「ええっと。うん。エイミー、君妖精に体を乗っ取られていたよ?」
「ええ……」
途端に彼女は顔を曇らせてしまった。快活な彼女がこんな表情を浮かべるのは心苦しいが。ルーサーは続けなければいけなかった。
「悪いこと言わないから、君はちゃんとした人に助けを求めるべきだ。僕だと手に負えないけれど……魔女学科の人でなくってもいい。召喚科だったら、妖精方面の専門家のテルフォード教授だっているし……」
「……あたし……教授に触られたら、また妖精に近付いちゃうかも」
「わからないよ、そんなことは」
今はルーサーもそう言って励ますことしかできなかった。
妖精が言い捨てていった言葉。エイミーのほうから妖精郷に行くという言葉。
既にルーサーも、妖精郷に行って帰ってきた人間をひとり知っている以上、妖精から嫌がらせに嘘をつかれたなんて思ってはいない。しかし未だに魔法使いとしては毛が生えた程度にしか成果も実力もないルーサーでは手も足も出ることがなく、専門家の元に行くよう促すことしかできなかった。
エイミーはエイミーで、ルーサーの言動でただ事でないことだけは悟ったようだった。
「ルーサー。ありがとうね。わかった。あたしも放課後になったら、召喚科に相談に行ってみるよ」
「うん、それがいいよ。本当に」
そうほっとひと息ついた。
ここでアルマがいたら、つべこべ言わずにもっと早くに相談しろと言っていただろうが、残念ながら未だに受け身が癖になっているルーサーにはそのスピード感が理解できていなかった。
世の中には、早く動かなかったらなにもかもが手遅れになることがあり得るのである。
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