訳あり令嬢の妖精学レポート

石田空

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妖精眼を持つ少女

同級生の相談

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 ルーサーはアルマとお茶会をしてから、彼女と一緒に寮に帰る。ふたりでのんびりと歩く日常は案外悪くない。
 そういえば。と思ってルーサーは口にしてみた。

「アルマは……」
「なあに?」
「冬休み、どうするの? 実家に帰るの? それとも」
「んー……考えているところ。教授、冬になったら山ごもりしてしまうから」
「ええ……それって大丈夫なの? 冬だよ? 山だよ? 遭難……しないのかなあ」

 アルマの義父に当たるテルフォード教授は妖精学の権威として有名であり、毎度毎度フィールドワークに出かけては新しい研究を学会で発表し続けている。そんな人がわざわざ冬山に篭もる意味が、ルーサーにはわからなかった。
 アルマは頭が痛そうに額を抑える。

「私もそう思っているんだけどね。あの人今の研究は白鳥研究だから。白鳥研究のために、冬季限定で冬山の湖に来ている白鳥を観察しているのよ」
「待って。冬山で白鳥研究って……テルフォード教授は妖精学の人だよね? どうして白鳥を……」
「白鳥は人の姿を取ったり、逆に人が呪われて白鳥になったりする伝承が多いから。教授は今、その伝承を辿って研究している真っ只中よ」
「あー……なるほど。つまりその白鳥になった人が妖精の干渉を受けてないかか。たしかに白鳥に変えられた人って、誰に白鳥にされる呪いをかけられたかは、伝承によってまちまちだからね」
「ええ。悪魔と言われていたり、悪い魔法使いと言われていたり、それこそ悪い妖精と言われていたりね。それの研究中なの」
「なるほどなるほど……でも、そうなったらアルマの家ってひとりなの? 隣にはジョシュアが住んでいるみたいだけど……」
「そうねえ。一応私も教授も休みの日以外滅多に家に帰らないから、屋敷の管理人は雇っているんだけど、魔法の材料や研究レポートがたくさんあるから、管理人も掃除が全然できずに困るからって、一応少しは帰らないと駄目なのよね。禁術法のせいで、魔法道具に対する取り扱いも細分化されちゃったから、前みたいにざっくりとはいかなくなってしまったし」

 禁術法。そもそもそれが原因で一般人にも魔法学院の門徒は開かれたのだが、魔法管理についての細分化は研究している魔法使いからはとてもじゃないが受け入れられる訳ではなく、一部の魔法使いは荷物をまとめて行方不明になる珍事と化していた。おかげで現場は大混乱な上に迷惑している。
 ちなみに妖精学も妖精なのか悪魔なのかわからないということで、黒魔術指定されて禁術処分にされかけたが、テルフォード親子に論文で魔法執政科が殴りに行ったために、なんとか黒魔術指定は外された。おかげで一部からは「妖精学者にヤバイ親子がいる」と話題になってしまったが。
 それはさておき、アルマの言い分を聞いていて、ルーサーは考え込んだ。

「ならさあ、アルマ」
「なにかしら?」
「僕がアルマの家に遊びに行くのは駄目かな? さすがに管理人さんがいるとはいえど、女の子ひとりでいるのは危ないし」
「なっ……!?」
「アルマ?」

 ルーサーの悪気のない言葉で、どっとアルマが顔を火照らせてしまった。それにルーサーは首を捻る。彼には本気で悪気も悪意もない。

「あの、アルマ? 大丈夫?」
「か、考えさせてちょうだい……!」
「え? うん」

 そのまま彼女が大股で女子寮に逃げ込んでしまったのを、ルーサーはポカンとした顔で見送っていた。

「……たしかに僕はまだ魔法の教養はそこまでないけど。触ったら駄目って教えられたものを触らないようにするくらいはするんだけどな」

 ちなみにルーサーは一般人であり、元々住んでいる家も、アパートメントであり、人の家に上がる。泊まる。というのになんら抵抗がなかった。
 一方のアルマは、妖精学に多額の研究費をつぎ込めるほどの資産家の家系に養子縁組され、彼女自身もそこそこお嬢様としての教育も魔法教育と一緒に仕込まれている。
 家に遊びに行くの距離感が、このふたりだと大きくかけ離れていることに、ルーサーはちっとも思い至らなかったのである。

****

 ルーサーはアルマはいったいどうしたんだろうと思いながら、男女共用の食堂で食事を頼む。その日は肉が食べたい気分であり、キドニーパイをひとりで食べているときだった。

「向かいの席空いてる?」
「ええ? うん」

 正面の席に着いた女子を見て、ルーサーはきょとんとした。
 金髪碧眼にツインテールという、幼い容姿の少女であった。ルーサーと同じく魔女学を専攻しているエイミーだった。エイミーの持ってきたプレートを眺めてみると、野菜のごろごろと入ったビーフシチューにパンを付け合わせて持ってきていた。
 エイミーは素朴な少女であり、オズワルドにいると天才か奇人ばかりに出会うルーサーにとって、普通の子だと思う子であった。

「やあエイミー。魔女学のレポートは進んだ?」
「毛生え薬の調合をどうして魔女がしていたのかわからなくって、ずっと図書館に篭もっていたのよ」
「あれ、医者が台頭するまでは、神官と魔女が医者替わりだったから、現代だと医者が相談持ち込まれる案件を神官と魔女が分割して行ってたって、教科書にも書かれてなかった?」
「ええ!? どのページ!? どこ!?」
「ええっと、『魔法の大いなる歴史』の……」

 やっている内容こそは魔法特化であったが、やり取り自体は一般の学校でも行われている光景。いつもいつでも魔法でトラブルを引き起こしたり、引き起こされて対処したりしないのだから、世間一般的なやり取りができて、ルーサーは少なからずジンと来ていた。
 アルマやアイヴィー、ジョエルのことは好きだが、三人とも魔法使いだという自覚が強過ぎて、成績自体は優秀なのだから、普通の学生らしい交流は全くできなかった。
 勝手にルーサーが感動している中、エイミーが「あったあった」と問題の記述を読み込んだ。

「じゃあ、その部分を見ながら参考資料捜し出せば、レポートは完成するわね。ありがとうルーサー」
「どうも。僕も復習できてよかった」
「ところで、ルーサーは先輩たちに可愛がられているみたいだけれど、有名な妖精学親子とも知り合いって話あるよね?」
「ええ?」

 妖精学の名物親子なんて、テルフォード親子しかいない。ちなみにテルフォード教授は久々に学校に帰ってきて学会のための論文執筆中だから、冬休みに入るまでは学校に滞在予定だろう。

「うん知り合いだけれど……」
「お願いしますっ、繋いでくれない!?」

 いきなりお願いをされ、ルーサーは目を瞬かせる。

「ええっと……?」
「なんかね。あたし。前に授業で習った妖精! それに近くなっている気がするの! 意味がわからないから怖い! ねえ、妖精に詳しい人に診てもらいたいんだけど、駄目かなあ?」

 それにルーサーは困惑する。
 ルーサーはオズワルドに入学したばかりの頃、十年近く自分の最愛の幼馴染に成り代わっていた妖精を幼馴染だと思い込んで一緒にいたことがあった。
 自分の幼馴染を取り違えられていたことは、今でも苦々しい思い出であり、その妖精に自分も呪われていたのは、トラウマになるレベルで今でも怖いが。おかげで幼馴染のいる召喚科の妖精学専攻ができないほどだ。
 だからこそ、妖精のせいでひどい目に遭っていると証言しているエイミーのことは気の毒に思うが。

「でも……妖精に近くなるって、具体的にはなに?」

 エイミーの証言があまりにふわっふわし過ぎていて、どう取り次ぐべきなのか、魔法使いの知識を覚えている最中のルーサーでは判断ができないのだ。
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