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禁書棚の封印
転科希望の相談
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オズワルドの普通科クラスは、冬目前となるとなにかと騒がしい。
三ヶ月ごとに、転科希望の相談でごった返すのである。
元々魔法学院の普通科クラスの大半は、魔法使いになる素養があるだけで、普通に暮らしてきた一般人である。最初は魔法の知識だけを大量に与えられ「なにがやりたいのか考えてくれ」とそれぞれの転科を求められる。
卒業するまで普通科にいた生徒は、今のところオズワルドには存在しない。
「うーん……」
「あれ、ルーサーは未だに転科相談悩んでるんだ?」
クラスメイトのコリンナに声をかけられ、ルーサーは頷いた。
魔法使いは基本的に個人主義であり、魔法のことになったら特に周りのことを気にしなくなる傾向が強いが、普通科は元々一般人であり、魔法学院にいる一般人も似たような行動を取る。
つまりは、友達と進路相談で話し合うことも多いという話だ。
「僕の得意な魔法や興味のある魔法って言われてもなあ……」
今のところ、ルーサーはオズワルドに通いはじめてからというもの、特に興味のある魔法というものが存在しない。
クラスメイトの中では「可愛い使い魔が手に入るから」という理由で召喚科に転科するべくせっせと勉強に励むものもいれば「一攫千金」を胸に錬金術科に転科するものもいる。
しかしルーサーはそこまで軽いノリで転科を決めてしまっていいものかと悩んでしまう。
それは、日頃から必死に勉強しているアルマや、難なく家系の魔法を行使しているジョエル、向いてないからと実家の魔法を諦めて召喚科で勉強をし直しているアイヴィーを知っているからかもしれない。
だからこそ、余計に悩んでしまうのだ。
普通科だと魔法の基礎教養は教えてもらえても、なにかすごい魔法が使えるようにも、なにかすごい世界の神秘に触れらえるようにも……呪いや魔法に対しての対抗策を学ぶことも、できないのだから。
ルーサーがひとり悩んで眉間を揉み込んでいるのを、コリンナは綺麗な碧い瞳で見つめていた。
「でも召喚科の先輩と一緒にいるじゃない? その先輩と一緒の科って感じでもいいんじゃないの?」
「そんな……いくらなんでもアルマに悪いよ。あの人は本当に真面目に真面目に妖精について研究を続けてるんだから、僕が押しかけていったら僕の面倒を見ないといけなくって集中できないんじゃないかな。申し訳ないよ」
実際問題、ルーサーはアルマ本人については興味があっても、妖精については一度ラナに騙されていたこともあり、倦厭している。
(僕だと妖精に騙されても気付かないだろうしな……多分向いてないんだと思う)
なによりも、アルマ目当てで召喚科に入っても、彼女から冷たい目で見られるだけな気がする。幼馴染のことを十年近く忘れていたことについて負い目があるルーサーは、できる限りアルマに嫌われたくはなかった。
それにコリンナは「ふーん」とだけ言って頬杖をついた。
金色のボブカットが少しだけ揺れる。
「そういえば、そういうコリンナは? 君もまだ、転科希望の紙を提出してないんでしょう?」
「私も、ちょっと迷っててねえ……」
「そういえば、今日はイーヴァと一緒じゃないんだね?」
ルーサーはそう言うと、コリンナはあからさまに顔を曇らせた。
同じクラスのよしみで、ルーサーはコリンナとよくしゃべっていた。
かつて呪われていて女子が次から次へと自分によってきてまともにしゃべれない中、数少なくルーサーの呪いに当てられることのなかったコリンナは、普通にルーサーと友好関係を築いていた。
そのコリンナはよくイーヴァという女子とつるんでいた。
ブロンドのコリンナとアッシュグレイのイーヴァは、これだけ見た目が似ていないにもかかわらず、並んでいると姉妹のようにルーサーには見えていた。それだけ仲がよく見えていたのだ。
それなのに、イーヴァの話を振った途端に、コリンナはあからさまに顔を曇らせてしまったのだ。それにルーサーは慌てる。
「ご、ごめん……! 喧嘩中だったのかな? 無神経だったんなら謝る……!」
「ううん、こちらこそごめんなさい。別に喧嘩はしていないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「……最近イーヴァの様子が変なの」
普段は明るく快活な笑顔を浮かべ、男女共に友達の多いコリンナは、本当に珍しく曇った顔のまま、話をはじめた。
「うちの学校の図書館、知ってる?」
「うん……立派だよね。レポートのときによくお世話になってるかな?」
「その隅っこに、オズワルドの教授や講師、個人部屋をもらっているような優等生以外立入禁止区画があるっていうのは?」
「え……? なにそれ知らない」
日頃、ルーサーは閲覧席で授業のレポートを書き、借りたい資料は図書館司書に頼んで持ってきてもらっていたため、わざわざ本棚で探したことはなかった。
コリンナは「私も全然知らなかったんだけどね」と言い添えてから、続きを語り出した。
「最近、どうもイーヴァがその区画に迷い込んだらしいんだけど……その区画に毎日のように入っているらしいの。さすがに先生たちに見つかったらまずいよ、止めようよって説得しても、全然話を聞いてくれないの。だんだん様子がおかしくなったイーヴァを見て心配になってついていったんだけど……その区画の本を読んでいるの見ちゃって……」
そこまで言った途端に、コリンナは辺りをきょろきょろしはじめた。
図書館にある本だったら、一応検閲は入っているはずだから、よっぽどおかしい本は置いてないはずだ。
なのにコリンナがあからさまに警戒しているのに、ルーサーは首を捻る。
「コリンナ?」
「……死霊術の本を、読んでいたから」
「…………ええ?」
ルーサーは言葉を詰まらせた。
禁術法。魔法の過半数を黒魔法認定し、それの使用研究を制限する法律のせいで、それらを使用研究している魔法使いたちは、こぞって行方をくらませてしまった。
禁書認定されている本の場合は、禁術法前から存在しているからと法律からは除外されていたはずだが。それでも。
死霊を取り扱う魔法の行使研究は、しっかりと禁術法で規制されていた。
「……イーヴァは、死霊に興味があったのかな?」
「わからないの。私がそれを見たのに気付いたのか、最近あの子も私と同じ授業に出てくれないし、寮室に顔を覗かせても開けてくれないし……ルーサー、どうしよう」
「うん……それは困ったよね」
禁術法に関しては、実家が魔法使いの人々はいろいろ思うことがあるらしいが、一般人にはなにがなんだからわからないから、今後とも関わることなどないだろうと高を括っていた。
しかしここはオズワルド魔法学院なのだから、関わるとなったら全校生、全講師、全教授が関わるのである。
そんなこと相談されても、ルーサーからしてみても荷が重過ぎるし、なによりも解決の糸口が見いだせない。
困り果てた中、ふとアルマのことを思い出した。
彼女はテルフォード教授の養子であり、個室を借りれる程度の優等生である。
「先輩の魔法使いにすごい人がいるから、その人に相談してみようよ」
「大丈夫かな……禁術法に関わることに、首突っ込んでは……」
「それは心配ないと思うよ、だって彼女は」
ルーサーの知っているアルマは、努めて冷静に振る舞っているが、ところどころお人好しさの抜けきらない優しい人だ。特に女子供に対しては、無下な対応は取らない。
「いい人だから、大丈夫だと思うよ」
そんな訳で、放課後になってから彼女の個室にお邪魔することとなった。
****
アルマは羊皮紙に考察文を書いていた。
「夢からインブリウムに接触できたということは、夢から妖精郷に行く方法が存在する……でも、人間が夢の中で自由に行動するには条件が多過ぎるわね」
彼女の研究は専ら妖精郷に行く方法を見つけ出すことだ。先日のインブリウム退治を足がかりに考察を深めているが、そこから思考に羽を広げても、文字通り夢物語から離れることがない。
アルマが何枚目かの羊皮紙を無駄にしたところで、金色の鱗粉がふりかかった。
「なあに、レイシー。私、考察文を書いている途中で」
【オキャクサン オキャクサン】
「客ぅ? 誰かしらこんなところで」
彼女が扉のほうに振り返るのと、扉がノック音を二回奏でたのはほぼ同時だった。
「アルマ、今忙しいかな?」
「ちょっと待って。すぐに片付けるから」
ルーサーの声に、アルマは慌てて羊皮紙を片付け、インク壺に蓋をした。
そして手をハンカチで拭いたあと、髪を何度か手櫛でとく。それにレイシーは変な顔をしてみせた。
【アルマ ヘン】
「うるさい。はあい、今開けます」
アルマが扉を開けると、いつも通りひょろりとした体躯に真っ黒な人好きのする顔をするルーサーと、隣に金髪碧眼の可愛らしい女の子がいたことに、アルマは無表情になった。
「なにかしら? 今考察文を書いていたところだったのだけれど」
「ご、ごめん……! クラスメイトに問題が発生して、僕だとどうすればいいかわからなかったから、相談に乗ってたんだ……君だったら力になってくれるかと思ったんだけれど……駄目かなあ?」
アルマの態度にしどろもどろになっているルーサーに、隣の女の子はクスリと笑う。
「初めまして、アルマ先輩。普通科のコリンナ・ビーンズです。ルーサーとはクラスメイトなだけで、特になんにもないです」
「あなた……たしかルーサーが呪われていたときにはいなかったわね?」
自分に成り代わっていたラナの妖精としての美貌には遠く及ばないが、コリンナは明朗快活をそのまま体現したような容姿であり、もし一回でも見ていたらアルマでも覚えているが。コリンナはアルマの言葉にきょとんとした。
「やっぱりルーサー呪われてたんですか? なんか一時期、近寄ると怖いというか据わりが悪いというかで、怖くなって近寄れなかった頃があったんですけど」
「……ああ、そういうことね。わかったわ。いらっしゃい。お話を聞きましょう」
アルマは納得して、ルーサーと彼の連れてきたコリンナを部屋に招き入れた。
アルコールランプでお湯を沸かし、それで紅茶を淹れはじめる。部屋の中に、柔らかい紅茶の匂いが漂いはじめた。
「それで、私になんの用かしら?」
「あのう……アルマ先輩はテルフォード教授の娘さんだと伺ったんですが」
「そうね。教授となにか?」
「……あの、図書館にある特別区画の本。教授や優等生以外入れない箇所。友達がそこの本をずっと読んでいるんです」
「あら、それまずいんじゃないかしら?」
「え?」
アルマはどうしてルーサーがコリンナを連れてきたのかよくわかった。たしかにお人好しのルーサーでは手に負えない。
「特別区画って、多分禁書棚のことだと思うんだけど」
三ヶ月ごとに、転科希望の相談でごった返すのである。
元々魔法学院の普通科クラスの大半は、魔法使いになる素養があるだけで、普通に暮らしてきた一般人である。最初は魔法の知識だけを大量に与えられ「なにがやりたいのか考えてくれ」とそれぞれの転科を求められる。
卒業するまで普通科にいた生徒は、今のところオズワルドには存在しない。
「うーん……」
「あれ、ルーサーは未だに転科相談悩んでるんだ?」
クラスメイトのコリンナに声をかけられ、ルーサーは頷いた。
魔法使いは基本的に個人主義であり、魔法のことになったら特に周りのことを気にしなくなる傾向が強いが、普通科は元々一般人であり、魔法学院にいる一般人も似たような行動を取る。
つまりは、友達と進路相談で話し合うことも多いという話だ。
「僕の得意な魔法や興味のある魔法って言われてもなあ……」
今のところ、ルーサーはオズワルドに通いはじめてからというもの、特に興味のある魔法というものが存在しない。
クラスメイトの中では「可愛い使い魔が手に入るから」という理由で召喚科に転科するべくせっせと勉強に励むものもいれば「一攫千金」を胸に錬金術科に転科するものもいる。
しかしルーサーはそこまで軽いノリで転科を決めてしまっていいものかと悩んでしまう。
それは、日頃から必死に勉強しているアルマや、難なく家系の魔法を行使しているジョエル、向いてないからと実家の魔法を諦めて召喚科で勉強をし直しているアイヴィーを知っているからかもしれない。
だからこそ、余計に悩んでしまうのだ。
普通科だと魔法の基礎教養は教えてもらえても、なにかすごい魔法が使えるようにも、なにかすごい世界の神秘に触れらえるようにも……呪いや魔法に対しての対抗策を学ぶことも、できないのだから。
ルーサーがひとり悩んで眉間を揉み込んでいるのを、コリンナは綺麗な碧い瞳で見つめていた。
「でも召喚科の先輩と一緒にいるじゃない? その先輩と一緒の科って感じでもいいんじゃないの?」
「そんな……いくらなんでもアルマに悪いよ。あの人は本当に真面目に真面目に妖精について研究を続けてるんだから、僕が押しかけていったら僕の面倒を見ないといけなくって集中できないんじゃないかな。申し訳ないよ」
実際問題、ルーサーはアルマ本人については興味があっても、妖精については一度ラナに騙されていたこともあり、倦厭している。
(僕だと妖精に騙されても気付かないだろうしな……多分向いてないんだと思う)
なによりも、アルマ目当てで召喚科に入っても、彼女から冷たい目で見られるだけな気がする。幼馴染のことを十年近く忘れていたことについて負い目があるルーサーは、できる限りアルマに嫌われたくはなかった。
それにコリンナは「ふーん」とだけ言って頬杖をついた。
金色のボブカットが少しだけ揺れる。
「そういえば、そういうコリンナは? 君もまだ、転科希望の紙を提出してないんでしょう?」
「私も、ちょっと迷っててねえ……」
「そういえば、今日はイーヴァと一緒じゃないんだね?」
ルーサーはそう言うと、コリンナはあからさまに顔を曇らせた。
同じクラスのよしみで、ルーサーはコリンナとよくしゃべっていた。
かつて呪われていて女子が次から次へと自分によってきてまともにしゃべれない中、数少なくルーサーの呪いに当てられることのなかったコリンナは、普通にルーサーと友好関係を築いていた。
そのコリンナはよくイーヴァという女子とつるんでいた。
ブロンドのコリンナとアッシュグレイのイーヴァは、これだけ見た目が似ていないにもかかわらず、並んでいると姉妹のようにルーサーには見えていた。それだけ仲がよく見えていたのだ。
それなのに、イーヴァの話を振った途端に、コリンナはあからさまに顔を曇らせてしまったのだ。それにルーサーは慌てる。
「ご、ごめん……! 喧嘩中だったのかな? 無神経だったんなら謝る……!」
「ううん、こちらこそごめんなさい。別に喧嘩はしていないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「……最近イーヴァの様子が変なの」
普段は明るく快活な笑顔を浮かべ、男女共に友達の多いコリンナは、本当に珍しく曇った顔のまま、話をはじめた。
「うちの学校の図書館、知ってる?」
「うん……立派だよね。レポートのときによくお世話になってるかな?」
「その隅っこに、オズワルドの教授や講師、個人部屋をもらっているような優等生以外立入禁止区画があるっていうのは?」
「え……? なにそれ知らない」
日頃、ルーサーは閲覧席で授業のレポートを書き、借りたい資料は図書館司書に頼んで持ってきてもらっていたため、わざわざ本棚で探したことはなかった。
コリンナは「私も全然知らなかったんだけどね」と言い添えてから、続きを語り出した。
「最近、どうもイーヴァがその区画に迷い込んだらしいんだけど……その区画に毎日のように入っているらしいの。さすがに先生たちに見つかったらまずいよ、止めようよって説得しても、全然話を聞いてくれないの。だんだん様子がおかしくなったイーヴァを見て心配になってついていったんだけど……その区画の本を読んでいるの見ちゃって……」
そこまで言った途端に、コリンナは辺りをきょろきょろしはじめた。
図書館にある本だったら、一応検閲は入っているはずだから、よっぽどおかしい本は置いてないはずだ。
なのにコリンナがあからさまに警戒しているのに、ルーサーは首を捻る。
「コリンナ?」
「……死霊術の本を、読んでいたから」
「…………ええ?」
ルーサーは言葉を詰まらせた。
禁術法。魔法の過半数を黒魔法認定し、それの使用研究を制限する法律のせいで、それらを使用研究している魔法使いたちは、こぞって行方をくらませてしまった。
禁書認定されている本の場合は、禁術法前から存在しているからと法律からは除外されていたはずだが。それでも。
死霊を取り扱う魔法の行使研究は、しっかりと禁術法で規制されていた。
「……イーヴァは、死霊に興味があったのかな?」
「わからないの。私がそれを見たのに気付いたのか、最近あの子も私と同じ授業に出てくれないし、寮室に顔を覗かせても開けてくれないし……ルーサー、どうしよう」
「うん……それは困ったよね」
禁術法に関しては、実家が魔法使いの人々はいろいろ思うことがあるらしいが、一般人にはなにがなんだからわからないから、今後とも関わることなどないだろうと高を括っていた。
しかしここはオズワルド魔法学院なのだから、関わるとなったら全校生、全講師、全教授が関わるのである。
そんなこと相談されても、ルーサーからしてみても荷が重過ぎるし、なによりも解決の糸口が見いだせない。
困り果てた中、ふとアルマのことを思い出した。
彼女はテルフォード教授の養子であり、個室を借りれる程度の優等生である。
「先輩の魔法使いにすごい人がいるから、その人に相談してみようよ」
「大丈夫かな……禁術法に関わることに、首突っ込んでは……」
「それは心配ないと思うよ、だって彼女は」
ルーサーの知っているアルマは、努めて冷静に振る舞っているが、ところどころお人好しさの抜けきらない優しい人だ。特に女子供に対しては、無下な対応は取らない。
「いい人だから、大丈夫だと思うよ」
そんな訳で、放課後になってから彼女の個室にお邪魔することとなった。
****
アルマは羊皮紙に考察文を書いていた。
「夢からインブリウムに接触できたということは、夢から妖精郷に行く方法が存在する……でも、人間が夢の中で自由に行動するには条件が多過ぎるわね」
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アルマが何枚目かの羊皮紙を無駄にしたところで、金色の鱗粉がふりかかった。
「なあに、レイシー。私、考察文を書いている途中で」
【オキャクサン オキャクサン】
「客ぅ? 誰かしらこんなところで」
彼女が扉のほうに振り返るのと、扉がノック音を二回奏でたのはほぼ同時だった。
「アルマ、今忙しいかな?」
「ちょっと待って。すぐに片付けるから」
ルーサーの声に、アルマは慌てて羊皮紙を片付け、インク壺に蓋をした。
そして手をハンカチで拭いたあと、髪を何度か手櫛でとく。それにレイシーは変な顔をしてみせた。
【アルマ ヘン】
「うるさい。はあい、今開けます」
アルマが扉を開けると、いつも通りひょろりとした体躯に真っ黒な人好きのする顔をするルーサーと、隣に金髪碧眼の可愛らしい女の子がいたことに、アルマは無表情になった。
「なにかしら? 今考察文を書いていたところだったのだけれど」
「ご、ごめん……! クラスメイトに問題が発生して、僕だとどうすればいいかわからなかったから、相談に乗ってたんだ……君だったら力になってくれるかと思ったんだけれど……駄目かなあ?」
アルマの態度にしどろもどろになっているルーサーに、隣の女の子はクスリと笑う。
「初めまして、アルマ先輩。普通科のコリンナ・ビーンズです。ルーサーとはクラスメイトなだけで、特になんにもないです」
「あなた……たしかルーサーが呪われていたときにはいなかったわね?」
自分に成り代わっていたラナの妖精としての美貌には遠く及ばないが、コリンナは明朗快活をそのまま体現したような容姿であり、もし一回でも見ていたらアルマでも覚えているが。コリンナはアルマの言葉にきょとんとした。
「やっぱりルーサー呪われてたんですか? なんか一時期、近寄ると怖いというか据わりが悪いというかで、怖くなって近寄れなかった頃があったんですけど」
「……ああ、そういうことね。わかったわ。いらっしゃい。お話を聞きましょう」
アルマは納得して、ルーサーと彼の連れてきたコリンナを部屋に招き入れた。
アルコールランプでお湯を沸かし、それで紅茶を淹れはじめる。部屋の中に、柔らかい紅茶の匂いが漂いはじめた。
「それで、私になんの用かしら?」
「あのう……アルマ先輩はテルフォード教授の娘さんだと伺ったんですが」
「そうね。教授となにか?」
「……あの、図書館にある特別区画の本。教授や優等生以外入れない箇所。友達がそこの本をずっと読んでいるんです」
「あら、それまずいんじゃないかしら?」
「え?」
アルマはどうしてルーサーがコリンナを連れてきたのかよくわかった。たしかにお人好しのルーサーでは手に負えない。
「特別区画って、多分禁書棚のことだと思うんだけど」
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