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妖精学者と呪われし青年
魔法使いの仲間たち
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アルマが寮に戻ると、「アルマー、お帰りー」と同室の少女に声をかけられた。
くしゅくしゅの金髪が麦穂を思わせ、快活な笑みを浮かべる頬にはそばかすが浮いている。瞳は夏の空を思わせる澄んだ蒼をしていた。
日頃から愛想のない表情ばかり浮かべているアルマとは正反対なのが、彼女の同室であった。
「アイヴィー、ただいま」
「びっくりしたわよ、あなたが男子生徒と一緒に帰ってくるなんて。今日もどうせ教授のレポートを早期提出するつもりだったんでしょう?」
「だって教授、明日にはまたフィールドワークに出てしまうから、それまでに見てもらわなかったら、返事をくれるのが遅れるんですもの」
「そうね、あの人妖精学者の割に妖精好き過ぎる変わり者だから。で、話を戻すけれど、さっきの人誰?」
話を逸らしてそのまま誤魔化し通すつもりだったのにと、アルマは目を細めたが。アイヴィーはにっこりと笑う。
「そんなんで誤魔化されるアイヴィーさんではありませんって」
「そう……残念。そして残念だけれど、たまたま呪われていたのを助けただけで、彼はただの普通科の生徒よ?」
「あらま、呪われてたって?」
それにアイヴィーが瞬く。彼女が真面目な顔になったのに少しだけほっとしながら、アルマは続けた。
「ええ、彼。妖精にずいぶんと呪われてるみたいで。解呪師の家系のあなたとしての見解を聞かせてくれると助かるわ」
「わ、わ……あたし、そっち方面の才能がないから召喚科に転向したのはアルマだって知ってるでしょうが!?」
「でも、私よりも解呪に詳しいのは事実でしょう?」
「ま、まあ……知識はね。でも妖精に呪われてるんだったら、それこそ教授の本分だと思うんだけどねえ……」
アイヴィーが聞く体勢になったところで「クゥーン……」と声が響いた。アイヴィーの足下に、スリスリと真っ黒な犬が寄ってきた。彼女の使い魔のクーシーである。妖精犬だが人懐っこく、妖精の使い魔の中でも御しやすい部類に当たる。
クーシーの頭を撫でながら、アイヴィーは黙ってアルマの説明をいちからじゅうまで聞いた。それに彼女は「うーんうーん……」とクーシーの頭を撫でつつ考え込む。
「難しい?」
「多分アルマの見解通り、その後輩くんを妖精郷に引きずり込もうとするのが目的なんだと思うけど。その幼馴染との約束の破棄をしない限り、呪いを解くのは難しくない?」
「それ、取り替えられる前にした約束ってことでいい?」
「まあ、普通に考えたら、その約束が起点になって妖精の都合のいいように解釈されて、上書き。呪いが発動したってところでしょうけど。でも多分、現状からしてみれば、その幼馴染が後輩くんの唯一のよりどころなら、自分から約束を『なかったことにして』って言えないんじゃないかしら?」
「そう……彼が呪いの起点になっている約束を破棄できないとしたら、やっぱり」
アルマは考え込むように、レーシーの入った小瓶を自身の勉強机に置いた。
「妖精を殺したほうが早いかしら」
【ブッソウ ブッソウ アルマ ブッソウ】
妖精言語がわからずとも、レーシーが猛烈に抗議の声を上げているのは、小瓶がカタカタ揺れるほど中からレーシーが小瓶を叩いているからわかりきっている。
おまけにクーシーまで「グルルルルルルルル……」と呻き声を上げてアルマを睨むものだから、アイヴィーが「どうどう」と撫で回して大人しくさせている。
「気持ちはわからなくもないけどさあ……その妖精の目星は付いているの? その後輩くんを呪った」
「……ええ。会えばわかると思う」
アルマは小瓶を割らんばかりに暴れるレーシーに【ウルサイ】とピシャリと妖精言語で止めると、ピタリとレーシーは動きを止めた。クーシーは尻尾を丸めて、アイヴィーの後ろに逃げてしまった。
「クーシー、あたしの使い魔なのに怖がってどうするの」
「多分あなたの使い魔は賢いのよ。誰を怒らせたらいけないのかがわかっているから」
「まったく、もう」
そうこうしている内に、一年生たちの食堂を使う時間が終わりを告げたので、ふたりも食堂へと向かっていった。
オズワルド魔法学院は授業が厳しいし、研究に明け暮れても成果の出ないことのほうが多いが、食事の時間だけは楽しいものだった。
****
アルマとアイヴィーが食堂に向かい、適当に注文をする。
「ミートパイとミルクスープ」
「あたしはフィッシュアンドチップスとジンジャーエール!」
「それで足りるの、アイヴィー」
「夜は軽くがあたしの信条なんですぅー」
そうふたりでしゃべりながら、席に運んでいく中。
「やあやあおふたりさん。ここが空いているよ」
そう席を勧めてきた相手に、アルマは目を細めた。
燃えるような赤毛は癖が付き、ひょうきんな翠の目には好奇心が宿っているように見える。
(厄介なのに捕まった……)
アルマは心底嫌そうな顔をしたものの、アイヴィーが「ジョエル、あんたまたシャワー浴びてないでしょ!」と抗議をしていた。
アイヴィーの足下では、クーシーが「グルルルルルルルル……」と警戒しながら唸り声を上げているが、守らないといけない主人の後ろに隠れて、尻尾をアイヴィーの足首に巻き付けていた。
それにアルマは溜息をついた。
「あなたまた研究室から直接食堂に来たの? 召喚科の使い魔を全滅させたいんだったらかまわないけれど、召喚科と錬金術科での抗争は私は避けたいわね」
「あはははは……アルマはレーシーを置いてきてくれているから助かるけど、アイヴィーはしょっちゅう足下にクーシーを連れているからなあ」
「あったりまえでしょ!? なんのための使い魔だと思っているの!」
アイヴィーが抗議しても仕方があるまい。
ジョエルは錬金術科で日がな錬金術の研究に明け暮れ、その術式の研究のために日頃からありとあらゆる金属の粉や砂を浴びているのだから。
妖精は鉄に弱い。魔法使いだったら常識中の常識だ。
そして召喚科は日頃から召喚についての研究を重ねている。妖精や魔物、神獣などの召喚から異界に関する考察をしている関係で、使い魔に召喚した妖精を連れていることが多く、そのおかげで錬金術科の生徒と鉢合ったらなにかと揉めるのだ。
アルマとアイヴィー、ジョエルがこんなやり取りをしながらも友好関係を築けているのは他でもない。
なぜか妖精学の権威であるアルマの父・テルフォード教授と、錬金術の匠たるジョエルの父・アッシュフィールド教授が隣同士に住んでいるからである。つまりは、アルマとジョエルは幼馴染であり、ご近所付き合いとして互いの魔法や研究に邪魔にならない程度に配慮を重ねる取り組みをしていた結果であった。
もっとも、ジョエルもオズワルドに来てから研究が楽しくて仕方がないのか、シャワーを忘れて食堂に来ていることが多く、ときどきこうして揉めるという訳であった。
「しかし、あれだけ妖精以外に目もくれないアルマが、男子生徒と手と手を取り合って逃避行を重ねたなんて、珍しい話もあるもんだねえ」
「……それ、どこから来た話なの?」
「使い魔を校内に飛ばしていた同じ研究室の子が言っていたよ。珍しい話もあるもんだと感心していたところさ」
アルマはそれにげんなりとした顔をする。
「……私たち、オズワルドに来たのは遊びに来た訳じゃないわね? 研究のためだったわね? どうして今日は出会った人出会った人から惚れた腫れたの噂しか聞かないのかしら?」
「そりゃ俺たち、一応は青春の年頃だし。人の噂話ほどおいしいものはないしね! ははは、まあ成果待ちが多くて待ち時間を持て余している研究者たちの暇つぶしになってくれ」
「殺す。絶対に、殺す」
「アルマアルマ、だからあんたは殺気立ち過ぎなんだってば!」
「まあ、ふたりとも食事が冷めてしまうから、さっさと食べなよ」
そう言ってジョエルに席を引かれるが、アルマは黙ってジョエルの向かい斜めの席に注文メニューを置き、そのまま座ってブスッブスッとフォークで突き刺しながらミートパイを食べはじめた。
それに「あはは」と笑いながらアイヴィーはジョエルの引いた席に座った。ジョエルもさすがに悪いと思ったのか、ハンカチを湿らせて鉄粉をあらかた落としてからクーシーに「すまないね」と言った。クーシーは心底嫌そうに「ワウ」とだけ鳴いた。
「ところでジョエル。あなた普通科で呪いが発生しているのは知ってる?」
ミートパイをもぐもぐと食べて少しばかり機嫌が回復したアルマに尋ねられ、カレーを食べていたジョエルがぱちりと瞬きした。
「どうして? 先生たちはなにも言ってないんだろう?」
「夕方に助けた生徒、呪われていたみたいだから。先生たちに助けを求められないように厳重に管理された呪いだったわ。たまたま私が通り過ぎたから助けられてたけど、彼。最悪放置していたら大惨事になっていたわ」
「助けを求められないように管理された呪いねえ……ますますそれだったら、先生たちのほうが先手を打ってそうなのに、打てなかったのかい?」
「話を聞いた限りじゃそうね。おかしいことをおかしいと認識できない呪い……と便宜上そう呼んでいるわ」
アルマがそう言い置いてから、ミルクスープを飲む間、ジンジャーエールを飲んでいたアイヴィーが顔をしかめる。
「アルマ、それあたし、さっきの話の中で相談受けなかったけど!?」
「だって言ってないもの」
「それ言わなきゃ駄目でしょ。それに、そこまでひどい呪いはさすがにあたしたちにも手に余る! 先生たちにさあ! なによりそれ、あんたんところのお父さんの管轄でしょうが!」
「教授、今晩から出立だからもう出てると思うわ……それに、先生たちに言ったら彼、間違いなく隔離されて解呪されるもの」
「そのほうが後輩くん安全でしょ!?」
「……たしかにそうだわ、でも」
アルマはポツンと言った。
「それだと妖精が殺せない」
「物騒! どうしたのアルマ。いつものクールなあんたをどこに落としてきたの!?」
アイヴィーが金切り声を上げる中、ジョエルは物珍しげな顔でアルマを見た。
「珍しいね、君が手に余る問題を自己解決しようとするなんて。そんなに後輩くんの呪いが気になるの?」
「……彼の呪い、妖精郷と繋がっているから」
「ふうん……今の君の研究対象だっけか」
そこから先、アルマは口を硬く閉ざしてしまい、なにも言うことがなかった。アイヴィーとジョエルは顔を見合わせて、何度も彼女に詳細を言わせようと試みたが、珍しく冷静でないアルマは、とうとうなにも言うことがなかったのである。
くしゅくしゅの金髪が麦穂を思わせ、快活な笑みを浮かべる頬にはそばかすが浮いている。瞳は夏の空を思わせる澄んだ蒼をしていた。
日頃から愛想のない表情ばかり浮かべているアルマとは正反対なのが、彼女の同室であった。
「アイヴィー、ただいま」
「びっくりしたわよ、あなたが男子生徒と一緒に帰ってくるなんて。今日もどうせ教授のレポートを早期提出するつもりだったんでしょう?」
「だって教授、明日にはまたフィールドワークに出てしまうから、それまでに見てもらわなかったら、返事をくれるのが遅れるんですもの」
「そうね、あの人妖精学者の割に妖精好き過ぎる変わり者だから。で、話を戻すけれど、さっきの人誰?」
話を逸らしてそのまま誤魔化し通すつもりだったのにと、アルマは目を細めたが。アイヴィーはにっこりと笑う。
「そんなんで誤魔化されるアイヴィーさんではありませんって」
「そう……残念。そして残念だけれど、たまたま呪われていたのを助けただけで、彼はただの普通科の生徒よ?」
「あらま、呪われてたって?」
それにアイヴィーが瞬く。彼女が真面目な顔になったのに少しだけほっとしながら、アルマは続けた。
「ええ、彼。妖精にずいぶんと呪われてるみたいで。解呪師の家系のあなたとしての見解を聞かせてくれると助かるわ」
「わ、わ……あたし、そっち方面の才能がないから召喚科に転向したのはアルマだって知ってるでしょうが!?」
「でも、私よりも解呪に詳しいのは事実でしょう?」
「ま、まあ……知識はね。でも妖精に呪われてるんだったら、それこそ教授の本分だと思うんだけどねえ……」
アイヴィーが聞く体勢になったところで「クゥーン……」と声が響いた。アイヴィーの足下に、スリスリと真っ黒な犬が寄ってきた。彼女の使い魔のクーシーである。妖精犬だが人懐っこく、妖精の使い魔の中でも御しやすい部類に当たる。
クーシーの頭を撫でながら、アイヴィーは黙ってアルマの説明をいちからじゅうまで聞いた。それに彼女は「うーんうーん……」とクーシーの頭を撫でつつ考え込む。
「難しい?」
「多分アルマの見解通り、その後輩くんを妖精郷に引きずり込もうとするのが目的なんだと思うけど。その幼馴染との約束の破棄をしない限り、呪いを解くのは難しくない?」
「それ、取り替えられる前にした約束ってことでいい?」
「まあ、普通に考えたら、その約束が起点になって妖精の都合のいいように解釈されて、上書き。呪いが発動したってところでしょうけど。でも多分、現状からしてみれば、その幼馴染が後輩くんの唯一のよりどころなら、自分から約束を『なかったことにして』って言えないんじゃないかしら?」
「そう……彼が呪いの起点になっている約束を破棄できないとしたら、やっぱり」
アルマは考え込むように、レーシーの入った小瓶を自身の勉強机に置いた。
「妖精を殺したほうが早いかしら」
【ブッソウ ブッソウ アルマ ブッソウ】
妖精言語がわからずとも、レーシーが猛烈に抗議の声を上げているのは、小瓶がカタカタ揺れるほど中からレーシーが小瓶を叩いているからわかりきっている。
おまけにクーシーまで「グルルルルルルルル……」と呻き声を上げてアルマを睨むものだから、アイヴィーが「どうどう」と撫で回して大人しくさせている。
「気持ちはわからなくもないけどさあ……その妖精の目星は付いているの? その後輩くんを呪った」
「……ええ。会えばわかると思う」
アルマは小瓶を割らんばかりに暴れるレーシーに【ウルサイ】とピシャリと妖精言語で止めると、ピタリとレーシーは動きを止めた。クーシーは尻尾を丸めて、アイヴィーの後ろに逃げてしまった。
「クーシー、あたしの使い魔なのに怖がってどうするの」
「多分あなたの使い魔は賢いのよ。誰を怒らせたらいけないのかがわかっているから」
「まったく、もう」
そうこうしている内に、一年生たちの食堂を使う時間が終わりを告げたので、ふたりも食堂へと向かっていった。
オズワルド魔法学院は授業が厳しいし、研究に明け暮れても成果の出ないことのほうが多いが、食事の時間だけは楽しいものだった。
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アルマとアイヴィーが食堂に向かい、適当に注文をする。
「ミートパイとミルクスープ」
「あたしはフィッシュアンドチップスとジンジャーエール!」
「それで足りるの、アイヴィー」
「夜は軽くがあたしの信条なんですぅー」
そうふたりでしゃべりながら、席に運んでいく中。
「やあやあおふたりさん。ここが空いているよ」
そう席を勧めてきた相手に、アルマは目を細めた。
燃えるような赤毛は癖が付き、ひょうきんな翠の目には好奇心が宿っているように見える。
(厄介なのに捕まった……)
アルマは心底嫌そうな顔をしたものの、アイヴィーが「ジョエル、あんたまたシャワー浴びてないでしょ!」と抗議をしていた。
アイヴィーの足下では、クーシーが「グルルルルルルルル……」と警戒しながら唸り声を上げているが、守らないといけない主人の後ろに隠れて、尻尾をアイヴィーの足首に巻き付けていた。
それにアルマは溜息をついた。
「あなたまた研究室から直接食堂に来たの? 召喚科の使い魔を全滅させたいんだったらかまわないけれど、召喚科と錬金術科での抗争は私は避けたいわね」
「あはははは……アルマはレーシーを置いてきてくれているから助かるけど、アイヴィーはしょっちゅう足下にクーシーを連れているからなあ」
「あったりまえでしょ!? なんのための使い魔だと思っているの!」
アイヴィーが抗議しても仕方があるまい。
ジョエルは錬金術科で日がな錬金術の研究に明け暮れ、その術式の研究のために日頃からありとあらゆる金属の粉や砂を浴びているのだから。
妖精は鉄に弱い。魔法使いだったら常識中の常識だ。
そして召喚科は日頃から召喚についての研究を重ねている。妖精や魔物、神獣などの召喚から異界に関する考察をしている関係で、使い魔に召喚した妖精を連れていることが多く、そのおかげで錬金術科の生徒と鉢合ったらなにかと揉めるのだ。
アルマとアイヴィー、ジョエルがこんなやり取りをしながらも友好関係を築けているのは他でもない。
なぜか妖精学の権威であるアルマの父・テルフォード教授と、錬金術の匠たるジョエルの父・アッシュフィールド教授が隣同士に住んでいるからである。つまりは、アルマとジョエルは幼馴染であり、ご近所付き合いとして互いの魔法や研究に邪魔にならない程度に配慮を重ねる取り組みをしていた結果であった。
もっとも、ジョエルもオズワルドに来てから研究が楽しくて仕方がないのか、シャワーを忘れて食堂に来ていることが多く、ときどきこうして揉めるという訳であった。
「しかし、あれだけ妖精以外に目もくれないアルマが、男子生徒と手と手を取り合って逃避行を重ねたなんて、珍しい話もあるもんだねえ」
「……それ、どこから来た話なの?」
「使い魔を校内に飛ばしていた同じ研究室の子が言っていたよ。珍しい話もあるもんだと感心していたところさ」
アルマはそれにげんなりとした顔をする。
「……私たち、オズワルドに来たのは遊びに来た訳じゃないわね? 研究のためだったわね? どうして今日は出会った人出会った人から惚れた腫れたの噂しか聞かないのかしら?」
「そりゃ俺たち、一応は青春の年頃だし。人の噂話ほどおいしいものはないしね! ははは、まあ成果待ちが多くて待ち時間を持て余している研究者たちの暇つぶしになってくれ」
「殺す。絶対に、殺す」
「アルマアルマ、だからあんたは殺気立ち過ぎなんだってば!」
「まあ、ふたりとも食事が冷めてしまうから、さっさと食べなよ」
そう言ってジョエルに席を引かれるが、アルマは黙ってジョエルの向かい斜めの席に注文メニューを置き、そのまま座ってブスッブスッとフォークで突き刺しながらミートパイを食べはじめた。
それに「あはは」と笑いながらアイヴィーはジョエルの引いた席に座った。ジョエルもさすがに悪いと思ったのか、ハンカチを湿らせて鉄粉をあらかた落としてからクーシーに「すまないね」と言った。クーシーは心底嫌そうに「ワウ」とだけ鳴いた。
「ところでジョエル。あなた普通科で呪いが発生しているのは知ってる?」
ミートパイをもぐもぐと食べて少しばかり機嫌が回復したアルマに尋ねられ、カレーを食べていたジョエルがぱちりと瞬きした。
「どうして? 先生たちはなにも言ってないんだろう?」
「夕方に助けた生徒、呪われていたみたいだから。先生たちに助けを求められないように厳重に管理された呪いだったわ。たまたま私が通り過ぎたから助けられてたけど、彼。最悪放置していたら大惨事になっていたわ」
「助けを求められないように管理された呪いねえ……ますますそれだったら、先生たちのほうが先手を打ってそうなのに、打てなかったのかい?」
「話を聞いた限りじゃそうね。おかしいことをおかしいと認識できない呪い……と便宜上そう呼んでいるわ」
アルマがそう言い置いてから、ミルクスープを飲む間、ジンジャーエールを飲んでいたアイヴィーが顔をしかめる。
「アルマ、それあたし、さっきの話の中で相談受けなかったけど!?」
「だって言ってないもの」
「それ言わなきゃ駄目でしょ。それに、そこまでひどい呪いはさすがにあたしたちにも手に余る! 先生たちにさあ! なによりそれ、あんたんところのお父さんの管轄でしょうが!」
「教授、今晩から出立だからもう出てると思うわ……それに、先生たちに言ったら彼、間違いなく隔離されて解呪されるもの」
「そのほうが後輩くん安全でしょ!?」
「……たしかにそうだわ、でも」
アルマはポツンと言った。
「それだと妖精が殺せない」
「物騒! どうしたのアルマ。いつものクールなあんたをどこに落としてきたの!?」
アイヴィーが金切り声を上げる中、ジョエルは物珍しげな顔でアルマを見た。
「珍しいね、君が手に余る問題を自己解決しようとするなんて。そんなに後輩くんの呪いが気になるの?」
「……彼の呪い、妖精郷と繋がっているから」
「ふうん……今の君の研究対象だっけか」
そこから先、アルマは口を硬く閉ざしてしまい、なにも言うことがなかった。アイヴィーとジョエルは顔を見合わせて、何度も彼女に詳細を言わせようと試みたが、珍しく冷静でないアルマは、とうとうなにも言うことがなかったのである。
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