三度目の人生では恋をしたい

石田空

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三度目の人生では恋をしてみたい

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 私が聖女フォルトゥナの野望を阻止し、なんとか彼女の異界行きを食い止めたあと、私はなにかにつけて彼女の煉獄……とは言っても、本家本元みたいに拷問されたり、延々と嫌な記憶を縫い付けられるものではなく、本当に私の前世の記憶を読み取るためのもののようだ……に入れられて、私の記憶で見つけたものについて、延々とメルクリウスに問診を受けていた。
 私が前世で使っていたものの中には、これがあったらマナの消費を大幅に抑えられるものがあり、魔法を必要以上に使う必要もなくなるらしく、これらのおかげで、なんとか世界規模での異界大移動はしなくても済みそうだ。
 ただ実用化するには数年かかるため、マナの危機的状態に陥るのとチキンレースがはじまるらしく、メルクリウスは自分並に知識のあり、異界技術を悪用しない倫理観のある者を募集しはじめたには閉口した。
 多分一番倫理観がないのはあんた。とは、私以外にも思うところがあっただろうに。
 私がぐったりとして帰るものの、今までのことが今までのことだったせいで、巫女や他の行儀見習いとは疎遠のままだ。今まで聖女フォルトゥナと敵対していたと思ったら、聖女フォルトゥナのお気に入り……実際はほぼ新技術のモニターというかアンケート答える人なんだけれど、傍からはそう見えるらしい……になったんだから、どう扱えばいいのか本気でわからないらしい。
 私を慰めてくれるのは、私が庭で洗濯物干しているときに仲良くしていた小鳥くらいだ。


「あんた、私が煉獄にいる間、どこにいたの? ちゃんとご飯もらってた?」

 わかってるのかわかってないのか、ピーチクと鳴いて、私の中指に止まると、私のささくれをつっついた。痛い痛い。庭のベンチで私のもらってきたパンを一緒に食べると、その子はどこかに飛んでいってしまったけれど。

「あれ、ウエスタ。メルクリウスからの尋問終わったの?」

 小鳥とすれ違いにやってきたのは、グラディオスとオケアノスだった。
 オケアノスは神殿立入禁止処分が解けたらしいけれど、これから実家に帰らないといけないらしい。王族のグラディオスと一緒に、メルクリウスの立案したマナも魔法も使わない技術の普及のためには、貴族や王族の太いパイプが必要だって話だ。

「ふたりともお疲れ様……そうね。ずいぶんと搾られたところ」
「まあ、ウエスタの体力考えたら、前みたいに連日煉獄に放り込んで情報抜く訳にもいかないしな。聖女フォルトゥナも優しくなったもんだ」
「聖女フォルトゥナは、多分優しくなったというより、メルクリウスを私に取られると思ったから嫉妬したんだと思うけど」

 私の言葉に、グラディオスとオケアノスは顔を見合わせた。

「……あの隣人愛の塊に、嫉妬なんてメンタルあったのかね。しかもあの知識欲以外全部捨ててるあれに?」
「それウエスタは本気でそう思ってるの?」
「多分それ、ほとんどの人はわからないと思う。私は聖女フォルトゥナの目を見ていたから」

 多分彼女自身も聖女として選ばれて、聖女としてこの世界の存続ばかりに身を削ってきたから、自分自身の考えなんてわかってないと思う。
 ただ彼女の夢物語を夢物語と切って捨てることなく、利用とわかっていながらも一緒にいてくれたんだったら。その相手が他の女のほうにうつつを抜かしたら、そりゃ怒るんだ。
 聖女なんて大層な肩書きで、世界を救うってこと以外なんにも教えられていなかった子が、聖書だけで恋愛なんてわかる訳がない。だから私の頭の中を読み取っても、乙女ゲームのことが本気で理解できなかったんだろうなと、彼女のことが気の毒に思う。
 拷問されて、最近になってやっとムルキベルの介護なしで歩けるようになって、重湯から少しずつ量を増やしてやっと固形物が食べられるようになるほど拷問受けていた私がそれを指摘しても、彼女はきっとわからないままだろう。
 きっと恋に憐憫なんてかけちゃ駄目だから、私は彼女が気付くまで知らないふりしかできない。恋はドロッドロに粘着することだってあるけれど、可哀想だから好きってのは、一番失礼なことだと思うからさ。萌えと恋は同列で語ってはいけない。
 それはさておいて。
 グラディオスは「それでさ、ウエスタ」と尋ねた。

「君は今後どうするの? 君の前世の知識全部抜き終わったあとは」
「どうもこうもないかな。実家からはもう戻ってくるなと言われてるから、出家するなり、もらってくれる人がいるなりしないと、どうしようもないし。しばらくは聖女フォルトゥナに迷惑料支払ってもらう感じで神殿に居座るけど」

 実家からしてみれば、聖女と事を構えた以上、和解してもなお、聖女の不興を買いたくない一心で勘当されてしまった。
 まあ、私も実家に対して特に思い入れがないんだよな。どうにもウエスタは美人でもなければ頭もよくないし、嫁のもらい手もいないしで、せめて神殿に行儀見習いという形で入れたのだって、大貴族や王族とのコネクション目当てだったらしいけれど、そこで聖女の不興を買ったもんだから、もう無理ってことで放逐されてしまったらしい。なんて家族だ。
 私の回答に、ニヤニヤとオケアノスが笑った。

「ならさあ、ウエスタ。おれと一緒に王都に行く?」
「なんで? たしかにあんたはなんにも継ぐものないから、楽ではあるけれど」
「アハハハハハハハ、追いかけてくるかどうか賭けようかって話!」
「……まさか」
「おれと一緒に王都行って、仲睦まじくしてるとこ見せつけて、なんとか奪わせようって話! あの堅物できるのかね?」
「それ無理じゃない? だって、ほら」

 オケアノスが私の肩を抱いて、顎で私の肩をグリグリしている中、グラディオスは冷静に突っ込む。その先には、普段滅多にしない絶対零度の視線をしているムルキベルが立っていた。

「神殿内で婦女子に対する取り扱いは健全でなければならないと、何度も何度も言ったはずだが?」
「おれ不埒なことしてないでしょ? ただ家と仲良くないもん同士傷心旅行しよっかって言ってただけ」
「貴様……!」

 ムルキベルが剣を抜こうとするのに「まあまあまあ!」と慌てて私が止めに入った。

「私、別に王都に行かないから! ここに残るし!」
「……だが、ウエスタ。ここにいても君は……」
「私、もう貴族でもなんでもないから。行儀見習いなのかどうかも今は微妙だけど。でもあなたがもらってくれたらいいでしょ? ねえ!」

 ボロッと飛び出た言葉に、私は「しまった」と思う。
 思い返しても、ムルキベルと恋愛らしい恋愛なんて、それこそ煉獄の中での茜とまりなの時くらいしか、それらしいことをしていない。
 あくまで弱々しい行儀見習いを、一介の神殿騎士が面倒見てくれていたくらいだったのだから。
 だというのに。ムルキベルと来たら、見る見る顔を真っ赤にさせてしまった。
 ……こんな顔、今まで一度もしたことなかったじゃない。
 それにオケアノスはこれまた悪い顔でニヤニヤと笑い、グラディオスは「はいはい、ごちそうさまごちそうさま」と手を叩いた。
 ふたりに茶化されつつ、私は尋ねてみた。

「あのさ、ムルキベル」
「……なんだ」
「私、前世でもちっとも恋したことがないの。ついこの間まで、煉獄に閉じ込められていたし、それまでもそれらしいことしたことない。今が、なんだか人生三回目くらいの心持ちなの」
「前置きが長い、要点だけ言え」
「……三度目の人生なんだけれど、恋がしてみたいんだけれどあなたが相手でいいかしら?」

 私が手を伸ばした。
 その手は、いともたやすく握られた。

<了>
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