三度目の人生では恋をしたい

石田空

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煉獄の果て 脱出

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 私とムルキベルは、そのまま走っていた。
 ムルキベルが走って行った先は、図書館の階段。そこをひとつ開けると、全く覚えのない場所……というか、ここだけ質感がガラリと変わっている。今まで現代建築だったはずのものの下に、バロック建築のモチーフが出てくる……いや、そうか。
 ここが煉獄と現実の狭間だったんだ。私の現実はウエスタとしての現実であり、東雲まりなは本来存在していなかったはずの人間なんだから。

「ウエスタ、ここから先は、君の体に戻るための脱出になるけれど……もし君が元の肉体に戻ったとき、どんな反動があるのか僕にもわからない」
「……ずっと拷問にかけられていたんだから、私の体が無事な訳はないよね」
「……すまない」
「いいよ。気にしないで。ムルキベルはずっと頑張ってくれてたんでしょう? わざわざウエスタの記憶を読み取ってつくったアバターまで来てさ」
「あばたー……?」
「別人のガワを被ってなりきるって言えばわかるのかな? それともごっこ遊びを続けてる?」
「……ごっこ遊びならば、少しわかる」
「そっか」

 私たちはそう言いながら、バロック建築の廊下を走りはじめた。
 煉獄は元々は聖女フォルトゥナの奇跡のひとつの力だったはずだ。煉獄の中に閉じ込めて、悔い改めるまで出さないという。その中に閉じ込められている間、さまざまな悪意や悪夢に苛まれる。ウエスタはこうやって壊されようとしていたけれど……ムルキベルや、この世界の皆が助けてくれた。
 私たちが走って行った先は、だんだんと幻獣が現れはじめた。ムルキベルは背中の竹刀を引き抜くと、それで叩き斬りはじめる。私は私で、持ってきていたスプーンを投擲してしのぎ出す。
 この辺りにいるのはスキュラだったり、サテュロスだったり、とにかく足止め特化のものばかりだったけれど、それらをムルキベルが勢いを付けて斬ってしまい、私は彼が取りこぼしたものを倒すだけでよかったから楽だった。
 そして。私たちはだんだん皮膚がチリチリと焼けてくるのに気付く。ここは聖女フォルトゥナの煉獄の中なのだから、当然ながら炎に巻かれている。そこから外に出るとなったら、現実が待っている。

「ねえムルキベル」
「ウエスタ?」
「私ね、あなたのことが好きだったの」
「……っ」
「全部終わったらさ、きっと聖女フォルトゥナのやらかしのせいで、世界は混乱状態に陥るから、それを鎮めるとなったら、一年二年じゃ足りなくなると思う。私自身が恋をかなぐり捨ててまで行動していたのは、それがわかっていたからだから……ここに閉じ込められていたって気付いたのは嫌だったけれど、私はこの世界は案外嫌いじゃなかった……前世でも私は恋を知らずに終わったから、次こそは恋ができるかもしれないって、期待できたから。ねえ、ムルキベル」
「……全部が終わったら、結婚しようか」
「……っ、それ、死亡フラグ!」
「しぼ……ふら?」
「前世の言葉。死ぬ前には、だいたい似たようなことを言っていたの。だから死亡フラグ。とりあえず、終わらせに行きましょうか」
「……お前はいっつもそうだな」
「そうかもしれないわね」

 気付けば、私は日本人体系の女子高生から、煤けた髪の色に、煤けた服を着た行儀見習いに変わっていた。
 ムルキベルも日本人高校生でありがちな出で立ちから、真っ白な神殿騎士の装束に切り替わっていた。
 私たちが脱出に成功した暁には、なにかが変わる。
 そう期待するしかなかった。なにもなかったら、泣くしかない。

****

 パチンと目が覚めたとき、体がひどくぐらつくことに気付いた。
 口の中はパサパサしているし、肌は乾燥し過ぎて痛い。おまけに服。ずっと煉獄の中で吊されていたせいで、灰がかっていた。

「最悪……」

 これが現実なのが吐きたくなるほど嫌だったけれど、そうも言ってられないから私は息を整えるしかない。
 どうして私には周回した記憶があったのか……なんてことはない。私の記憶の表面だけ読み取ったフォルトゥナに私の記憶の再現を行われていたからだ。あまりにも周回が続いたせいで、メルクリウスにかけられていた閉心術が解けてしまい、おかげで前世の記憶まで読み取られて、今回の大惨事が起きてしまったけれど。
 そうこうしている間に、「ウエスタ!」と声をかけられた。驚いて顔を上げると、そこにいたのはグラディオスだった。

「グラディオス……あなた無事だったの」
「オレのことは捕虜扱いだったしさ、王族動かすために生かされてたみたい。そんなことより、聖女フォルトゥナと対峙するんでしょ?」
「……うん。ムルキベルは?」
「今はなんとか外にいるオケアノスを中に入れようとしているところ。早く逃げよう!」
「ええ」

 私は頷くと、グラディオスは手際よく私が吊されていた縄に指を突っ込んで引き裂いた。いったいどれだけ縛り上げられていたのか、私の両手首は痛々しいほど痕が付いてしまっていた。

「あぁあ……」
「痛かったね、ウエスタ。立てる?」
「ええっと……」

 栄養が足りないのか、ずっと吊されていた関係なのか、降ろされたものの、上手く立つっことも歩くこともできずに唖然とする。

「なにこれ……」
「そりゃね。ウエスタ結構な時間吊されてたし。食事も満足に与えられてなかったしね」
「うん……聖女フォルトゥナの野望、あなたはどこまで知っているんだっけ?」
「聖女フォルトゥナはマナのない世界に、世界を丸ごと移動させようとしているってことまでは」
「そっか……なら急ごう」

 立とうとしても満足に立てない私を見かねて、グラディオスは小柄ながら私をおんぶしてくれた。

「……軽過ぎる。もうちょっとしたら重湯あげるからちょっと待ってて」
「ごめん」
「でも聖女フォルトゥナは頑固だよ。君論破する言葉は持ってるの?」

 グラディオスに聞かれ、私は頷いた。

「彼女の志は立派だと思う。それは私はずっと思っているから。でも彼女の野望は認められない」
「そっか」
「正直王族のあなただったら、聖女フォルトゥナの肩を持つと思ってたけど」
「普通だったらね。でもオレは彼女のやり口は新しい戦の火種にしか見えなかった。マナの使えない世界なんて、神殿や王侯貴族から権力を根こそぎ剥ぐのに充分だし……そうなったら王侯貴族は自分たちの地位を守るために絶対になにか仕掛ける」
「……そうだね、グラディオス視点だとそう見えるよね」
「ウエスタは?」
「単純な話……聖女フォルトゥナはこの世界のためを思っての行動なんだろうけれど。一度だって私の世界の人たちのことを考えてはくれなかった」

 いきなり異世界から人が押し寄せてきても、私たちの世界だって混沌としているのに、無事に移住なんかできる訳がない。言葉が通じない、物理ルールが全然違うとなったら、どちらかがどちらかを滅ぼすまでの絶滅戦争になるのが目に見えている。
 私の世界がお世辞にもいいとは思えないけど、こっちの世界のやらかしのせいで、私のかつていた世界の人たちが迷惑するのは、本当に嫌だったんだ。
 これがメルクリウスだったら、どちらの技術も研究して楽しむだろうけれど、皆が皆メルクリウスみたいに知的好奇心だけに人生傾けて生きられる訳がない。聖女フォルトゥナは自分の世界の人間を、私を大事の前の小事と壊そうとしたのと同じく、私にしたことを私の世界の人たちにしかねないんだ。
 そんな横暴、認められる訳がないでしょ。
 私の憤りをグラディオスは「ふうん」とだけ言った。

「オレだったら聖女フォルトゥナとの舌戦なんて無理だと思うけど、もしかしたらウエスタならできるかもしれないから。頑張って」

 任せてなんて軽い言葉、私には言えなかった。
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