三度目の人生では恋をしたい

石田空

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聖女の思惑

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 わたくしが生まれ落ちたとき、既に世界は斜陽の時代になっていました。
 この世界はマナから生まれ、死ねばマナに還っていくという繰り返しの営みにより、この世界は存続していましたが、その営みに不備が生じたのです。
 魔法、魔科学、戦争。
 それらにより、どんどん世界のマナのバランスが崩れていったのです。
 聖女が選ばれ、神殿で奇跡を与えられるのは他でもありません。この崩れたマナのバランスをどうにかして緩やかに正すのが聖女の使命だったのです。
 しかし魔法や魔科学により大量消費されたマナは、奇跡の力を持ってしても、そう易々と元の量に戻る訳ではありません。
 歴代の聖女がどうにかして世界の維持のために、マナを増やす奇跡を何度も行使しましたが、正されたマナはその分だけ魔法や魔科学に使われてしまい、結局削られた分が元に戻ることはありませんでした。
 わたくしが聖女になったときには、もう聖女ひとりがマナを増やしたところで、世界の営みを守るためのマナの量が致命的に足りなくなっていたのです。
 そうなったら、生き物を殺して無理矢理マナに還して、世界の維持に使うしかありません。当然そんなことは、神殿の中でも一部の人間にしか公表できる訳がないのです。そんなことを公表したら最後、この世界の有力者たちが、大義名分とばかりに命を屠り続けます……自分たちが生き残るために、世界の人々の命を貴い犠牲として毟り取るのです。そんなこと、許される訳がないのです。
 しかし、このどん詰まりの世界をどうにかする突破口はないかと、わたくしは神殿内の書物庫で文献を漁り、時には神官にも古文書の解読をしてもらい、どうにかして世界を存続させる術を探します。
 わたくしが亡くなったら、次の聖女がいつ現れるかがわかりません。それまでに決着をつけなければ、近い将来世界は滅びるのです。
 そんな中、わたくしは自分の知識にはないものが書かれている本を発見したのです。

「メルクリウス、てんせいしゃとはなんですか?」
「てんせいしゃ……転生者、ですか。異界の者のことですね」
「異界……天国でも煉獄でもなく、本当に存在しているのですか?」
「本当に世界には稀に、この世界にはない知識を持ち込む者が出てきます。魔法や魔科学の存在しない世界の知識や知恵により、我々の世界にも恩恵が得られているのです」

 ガラスのつくり方、魔法を伴わない火の出し方、下水処理や浄水処理。わたくしたちの世界の知識だけでは存在しないような知識は、異界の知識を持って生まれた転生者たちによって持ち込まれたものだということを、メルクリウスによって知りました。
 わたくしにとっては信じられないのは、マナが全くないのに存続できる世界のことでした。

「ではメルクリウス、その世界はマナがないのに存続できるということは、マナがなくても生きられるということですね?」
「そうなりますね、聖女フォルトゥナ」
「だとしたら、その異界への門を開くには、その転生者を探し出せばよろしいんですか?」
「それはなかなか難しい話になりますよ、何分、転生者たちは用心深く、新しい知識を根付かせても、なかなかそれを表に出しません」
「ならば転生者を探し出すため、この世界ベースの知識にはないものが普及されている地域を探してください。その中を探し出せば、転生者が見つかる可能性があります」
「どうするおつもりで?」
「わたくしの奇跡の力を用いて、頭の中を覗かせていただきます。異界の知識さえ得られれば、そこから異界の場所を割り出し、異界の門を開きましょう」

 メルクリウスはなんとも言えぬ顔でこちらを見ていましたが、わたくしは気にしませんでした。
 まだこの世界が助かる方法がある。わたくしはそのことに希望を見出していたのです。その話を立ち聞きされているとは、そのときのわたくしは思いもしなかったのです。

 ですがそれはたったひとりの行儀見習いの手により、邪魔をされました。
 どうして彼女は邪魔をするのでしょうか。どうして彼女に賛同するのでしょうか。彼女は力のない娘でしたが、ひとり、またひとりと仲間を作り出し、わたくしの妨害をしてくるようになったのです。

「よりによってメルクリウスまで邪魔をするなんて……」

 彼は知識欲のとりこなのです。考えればわかることでしたが、今はただただ邪魔ばかりするのが許せそうにありませんでした。
 彼女たちを殺す気などなく、ただ悔い改めてくれたらそれでいいと、少々手荒にはなりましたが、やっとのことで反乱を鎮圧しましたが。
 行儀見習いのウエスタは、ちっとも悔い改めてはくれませんでした。服がどれほど黒ずんでも、顔がどんどん乾いていっても、だんだん声がかすかすになり、それでいて舌っ足らずになって言動が幼児退行してもなお、反乱理由を口にすることもなければ、降伏することもなかったのです。
 ですが、行儀見習い……ウエスタにかけられていた閉心術がやっと解けたとき、わたくしはやっと希望を見出したのです。
 彼女こそがわたくしの探し求めていた転生者だったのです。こんな素晴らしいことはあるでしょうか。

「メルクリウス、やっと異界の扉の鍵を見つけることができました!」

 彼を手元に置くのは危険、彼は今すぐにでも処刑すべきだとは、巫女や他の神官たちからもさんざん言われましたが、彼は失うにはあまりにも惜しい知恵の人でした。彼がいなくなったら、この神殿から知恵が失われます。どのみちマナのない生活というのは想像もつきませんから、知恵のある方を生かさない訳にはいきませんでした。
 メルクリウスはわたくしの言葉にいささか驚いた顔をしてみせました。

「それはどのような?」
「はい、ウエスタの閉心術がやっと解けたのです……彼女の知識を組み立ててれば、異界の扉の鍵が完成します」
「それはつまりは」
「はい、彼女には壊れてもらいます。大丈夫、死ぬことはありません。わたくしも民に死んでほしい訳ではないのです。皆さん、マナのない生活を送るには大変でしょう? 彼女の知識から搾るだけ搾り取って、マナのない生活の知識を会得しますから。それならば、彼女が動けなくなっても困ることはないでしょうね。あら、メルクリウス? どうなさいましたか?」
「……いえ、わかりました。自分はどうすればよろしいのですか?」
「これ以上はウエスタの心に侵入することも、攻撃して壊すこともできません。ですから、彼女の記憶から、煉獄をつくるのです。欲しい知識はわたくしがあなたに教えますから、その設計を任せてもよろしいですか?」
「……おおせのままに」

 それはそれはわたくしは楽しみにしていたのです。
 煉獄につくられた彼女の深層心理に住んでいた生活の再現というのは面白くて興味深いものでした。魔法ではなく、科学の支配する世界。その科学はマナではなく、電気やガスというもので動き、様々な恩恵を与えていく。それはそれは面白くていつまでも見ていられたのですが。
 いつしかウエスタはわたくしの想定の範囲外の動きをしてみせるようになったのです。
 彼女は、自分が煉獄に閉じ込められていることに気付き、あろうことか脱出しようとしはじめたのです。
 いけません。彼女が逃げてはいけません。彼女が逃げてしまったら、なにもかもが終わるのですから。

「メルクリウス! メルクリウスはおられますか!?」
「いません。逃げたのでしょうか!」
「ムルキベルは!?」
「それが……彼はこの数日目撃していないのです。本当に忽然と姿を消して……」
「……煉獄を取り囲みなさい。あそこから裏切り者が出てきます」
「はあ!?」
「殺してはいけませんよ。我々はこの世界を捨て、新たな世界に旅立つことをまだ諦めてはいけないのです」
「……はっ!!」

 わたくしはこの世界を守る義務があります。二度まではわたくしも許す用意があります。ただ、三度目は与えません。
 わたくしは踵を返すと、煉獄を用意した地下へと向かったのです。
 彼女を壊して、必ず異界の門を開きましょう。
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