三度目の人生では恋をしたい

石田空

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剣道部の物置にて

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 潤也先輩に宣言されたあとも、私の真綿の首絞めのような細かいいやがらせは続いていた。
 正直、雪だるま式に心労が溜まっていく。

「はあ……」

 何度も何度もみはるに庇わせていたら、あの子まで巻き込むかもしれないから、このところは人気の少ない場所に移動して昼食を済ませることが増えた。食堂だといやがらせをされても逃げ切れない。教室だとずっと陰口を叩かれ続けている。男子はそれを見て、女子の粘着質に絡まれたくなくって放置してくるものだから、登校中にコンビニに入ってパンを買い、それとペットボトルのお茶で済ませることが増えていた。
 そんな中、「あれ、茜くんの?」と声をかけられた。
 胴着姿の男子はどう見ても剣道部の子だった。……なんで茜の名前が出てくるんだろう。

「……茜とはクラスメイトですけど」
「あれ、てっきり付き合ってるのかとばかり……最近茜くん、なにかにつけて部活早めに切り上げて帰ってたから」
「そんなんじゃないです。迷惑かけられてますから」
「ああ、そう……ごめん」

 剣道部はもっと自己主張が激しく、喜怒哀楽がわかりやすいと思っていた。茜だって一見口調が柔らかめに聞こえても、その実自己主張は激しいから、ある意味わかりやすいのに。こんなにふにゃふにゃして、おどおどしている人もいるんだなと、勝手に失礼なことを思っていた。
 そうこうしている内に、剣道部の男子は言う。

「茜くんにちゃんと部活に出るように言って欲しいんだよ。茜くん、最近本当に部活抜け出すのが多いから」
「あー……」

 フォルトゥナ教の暗躍やら、前世持ちの集まりやらで、茜の部活にも支障を来しているらしい。基本的に自由人な潤也先輩や大学生でゼミさえ出ていれば、ある程度の融通が利く暁先輩とは違って、普通の高校生には制約が大き過ぎるんだ。
 そして原因はほぼ私のせいなんだけど。
 考えた末、口にしてみる。

「無理、茜は私の話なんか聞かない」
「えー……君に対しては優しく思えたし、この間の写真だって」
「あんなもの捏造。なんか知らないけど、貼り出されて勝手にビッチ扱いされて迷惑してるから。私を巻き込むのは本当に勘弁してほしい」
「えー……ならせめて、ちゃんと部活に顔を出すようには言って欲しいよ」

 ……私はなんとも言えなくなった。
 一瞬全く見知らぬ人に声をかけられたから、てっきりフォルトゥナ教の人かと思ったけど、どうにも彼はふにゃふにゃし過ぎてそれっぽくない。だとしたら、本気で茜の友達として部活に出て欲しいだけなんだろう。
 私は少し考えてから、口を開いた。

「……わかったけど、あなた名前は?」
「僕? 昼間《ひるま》」
「昼間くんね。茜に言っておいて、私……東雲にこれ以上近付くのやめてと。こっちだって迷惑してるってずっと言ってるのに」
「わ、わかった……あの、今日茜くん当番だから、言ってほしいんだ……」

 そこでふと違和感を覚えた。
 ……彼はおそらくあまりにわかりやす過ぎてフォルトゥナ教の信者ではない。でも。彼のふにゃふにゃした頼りない部分を利用されて、フォルトゥナ教関係者に利用されてるとしたら? その線のほうがあり得そうな気がした。
 ……私は今日はスマホを持ってきていることを確認してから、昼間くんに言われるがままに物置に入った。

「茜は?」
「え、ええっと……」
「よくやったな、昼間」

 ……やっぱりか。冷えたものが胸を占めた。この手のことには本当に慣れたくない。
 そこに立っていたのは、同じ剣道部員らしい男子たちだった。彼らは、私を以前閉じ込めたフォルトゥナ教信者の先生と同じような剣呑とした気配を感じた。

「……私をこんなところに呼び出してどうするつもり?」
「偉大なる聖女フォルトゥナが目の上のたんこぶとしている女。お前を粛正騎士に引き渡す」
「いい加減にして。ここは学校。こんなところに粛正騎士なんて呼んだら、普通に司法問題になるから」
「粛正騎士にそんな脅しが通用すると思うのか?」

 思わない。あいつら宗教以外どうでもいいから、聖女フォルトゥナの命令とあればなんでもやるから。
 詭弁も通用しないととなったら。私はスカートに手を突っ込んで手早くスマホを弄った。

「……呼べるものなら呼びなさいよ」
「せいぜい強がってろ」

 昼間くんは泣きそうな顔で、心底申し訳なさそうな顔でついていってしまった。
 彼は本気で脅されているだけだから、私はなんとも思わなかったけれど。粛正騎士が来るまでの間に逃げ出さないと、今度こそ終わる。
 前よりはよっぽど落ち着いてしまったのは、既に何度もしてやられているせいだろう。
 そうこう言っている間に、物置の床板がガタンガタンと響き、私は思わず後ずさる。床板が下から外されたと思ったら、見覚えのある顔がひょっこりとこちらに覗き込んできた。私はスカートを抑えて更に後ずさる。

「あれえ、また捕まったんだ?」

 日盛のキョトンとした顔に、私は心底ほっとした。
 今の私の中で、一番信用できるのが彼なんだから。
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