三度目の人生では恋をしたい

石田空

文字の大きさ
上 下
12 / 37

バッドエンド1:ムルキベル

しおりを挟む
 聖女フォルトゥナの野望を阻止しようと、神殿内で働きかけようにも、周りは彼女に心酔した者ばかり。
 一介の行儀見習いのウエスタの声を聞く者は、わずかばかりだった。
 せめて発言力を上げようと、幻獣対峙に精を出しても、聖女フォルトゥナが起こす奇跡の前では、俺たちの行いは砂漠に落とした一滴の雨粒と同じ。ほとんどが徒労に終わる中、ウエスタは必死に戦っていたが。
 それでも、とうとう彼女は捕らえられた。

「ウエスタ……!!」

 神殿騎士の仲間たちは、彼女に剣を向けて捕縛する。
 今まで必死に各地を駆けずり回っていた、大きな力はなくとも、慈愛の心を持っていたウエスタは、ひどく小さな女の子に見えた。

「……私のことは、どうなってもかまいません」
「なにを言う、ウエスタ」
「私を聖女フォルトゥナに逆らった異端者として処刑するなら、それもかまいません! ただ、どうか皆は私が巻き込みました! 私以外、誰も殺さないで……!!」

 ウエスタの絶叫を、黙って聖女フォルトゥナは聞いていた。
 ……俺たちは既に、彼女がどれだけおそろしいことをしようとしていたかを知っている。世界を滅ぼすために、この世界のマナを無理矢理かき集め、各地を砂漠に変えてきたことも、各地から犠牲を出して命からマナを搾り取っていたことも、全て知っている。
 だが、なにも知らない者からしてみれば、汚れひとつない真っ白な装束、白いベールを被った気高い女性を、どうやってこの世界を滅びそうとしているなんて理解できるだろうか。彼女は慈愛の笑みを浮かべながら、ウエスタの訴えを聞いていた。
 やがて、彼女はにこりと笑う。

「わかりました。ウエスタ、その慈悲に免じて、あなたにたぶらかされた全ての人々を赦しましょう」
「フォルトゥナ様!? 奴らは異端者であり、我らの裏切り者です! それを生かすだなんてとんでもない!」
「いいえ。彼らはわたくしの言うことを聞くしかできなくなります。彼女は煉獄に入れますから」

 それに俺は愕然とした。
 煉獄。それは聖女フォルトゥナの持つ奇跡の力のひとつ。
 異端者をその中に捕らえ、悔い改めるまで無限に煉獄の中で繰り返し絶望を見せるという。あの中に彼女を入れるというのか……!?

「待ってください聖女フォルトゥナ! それならば、私も……!!」
「ムルキベル、いけません。あなたは神殿騎士の使命を忘れ、異端者側に着いてしまった以上は、悔い改めなければなりません。異端者が繰り返し煉獄で焼かれるのを、きちんと見届けなければなりませんよ」

 要は、彼女が絶望して心が摩耗していく様をずっと見続けるということだ。
 それにメルクリウスは「そうですか」と静かに言った。

「かしこまりました、聖女フォルトゥナ、あなたの意思のままに」
「おい、メルクリウス。いくらなんでもそりゃなくないかい?」

 常に知的好奇心を最優先するメルクリウスは、ウエスタが捕らえられた時点で既に聖女フォルトゥナ側に組してしまっていた。彼は知的好奇心の強い側に常に着くのだから。
 それを普段ならばちゃらんぽらんでいい加減なオケアヌスが咎めるが、全く聞く耳は持たない。

「これで死んでは知識も消えてなくなる。それならば、生きて知識を活かす方が建設的ではないか?」
「おれ、あんたのそういうところ大嫌い」

 オケアヌスが呆れた顔をしている中、グラディウスはずっと捕らえられているウエスタを見つめている。

「ウエスタ……」
「……私のことは気にしないでグラディウス……。私は、皆を巻き込んだから」

 これが、彼女と話をした最期の時だった。

「それでは連れて行きましょう。あなたがすぐに悔い改めるのならば、解放は早いですが……あなたが悔い改めることがないのならば、それは無限に等しい罰を受け続けることとなるでしょう。それでは連行なさい」

 彼女の小さな背中が神殿騎士たちに囲まれ、ついに見えなくなってしまった。

「ウエスタ……ウエスタ…………!!」

 彼女はただ、孤立無援な神殿の中で、真実をどうにか公表しようとしただけ。
 世界を守ろうとしただけ。なのに彼女は聖女の力を持って罰を受けようとする。彼女は……そこまで悪いことをしたのか?
 神殿騎士たちに連行されていこうとするウエスタを取り戻そうと走り出そうとしたが、すぐにグラディウスに手を掴まれた。

「……ウエスタの犠牲を、無駄にする気!?」
「彼女はまだ、死んではいない!」
「でも! 聖女の煉獄に捕らえられたら、もう逃げ出すことなんてできないよ! 彼女は……廃人にされちゃうってわかっててオレたちを逃がしたことわかってるでしょう!?」
「……っ!1」

 グラディウスは泣いていた。泣きたいのは俺のほうだ。
 それを静かに見つめていたメルクリウスは「ふむ」と顎を撫でていた。それをげんなりとした顔でオケアヌスは眺めている。

「なんだよ、あんた聖女に着いたんじゃなかったのか?」
「いや。ウエスタは俺たちの中でも力なんてほぼない。なのに聖女が固執した理由はなにかと思ってな」
「……はあ?」
「異端者を始末するならば、俺たち全員、その場で煉獄に捕らえればそれで終わるはずなのに、わざわざ俺たちを生かし、ウエスタだけ煉獄に捕らえた。たしかに俺たちを逆らわないようにするための人質として捕まえたという話は通るが……本当にそれだけか?」
「なによ。それならウエスタを煉獄に捕らえることそのものが目的だと?」
「聖女の奇跡の力は、神官にも全ては伝えられてないからな」

 ふたりの会話が耳を擦り抜けていく。
 俺は、ただ助けられた空虚な命の捨て所だけを考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バッドエンド後の乙女ゲームでこれ以上なにをどう頑張れと言うのですか

石田空
恋愛
奨学金返済のために昼の事務職と夜のキャバ嬢の二重生活の果てに無事完済したものの、過労で死亡。 仕事の息抜きでしていた乙女ゲーム『華族ロマネスク』の世界に転生してしまったが、超世間知らずが故に、ヒロインの登紀子は既にバッドエンドの吉原ルートに直行。借金完済まで逃げられなくなってしまっていた。 前世でも借金に喘いでいたのに、現世でもこれかよ!? キレた登紀子改めときをは、助けに来ない攻略対象なんぞ知らんと、吉原で借金完済のために働きはじめた。 しかし攻略対象ヤンデレオンリーな中で、唯一の癒やし要員兼非攻略対象の幸哉と再会を果たしてしまい……。 なんちゃって大正時代を舞台に、信じられるのはお金のみな守銭奴ヒロインと、優しい故に影が薄い元婚約者の恋愛攻防戦。 サイトより転載になります。 ピクシブでも公開中。

断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。

甘寧
恋愛
断罪の最中に前世の記憶が蘇ったベルベット。 ここは乙女ゲームの世界で自分がまさに悪役令嬢の立場で、ヒロインは王子ルートを攻略し、無事に断罪まで来た所だと分かった。ベルベットは大人しく断罪を受け入れ国外追放に。 ──……だが、追放先で攻略対象者である教皇のロジェを拾い、更にはもう一人の対象者である騎士団長のジェフリーまでがことある事にベルベットの元を訪れてくるようになる。 ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢と言うフラグが今だに存在している気がして仕方がないベルベットは、平穏な第二の人生の為に何とかロジェとジェフリーと関わりを持たないように逃げまくるベルベット。 しかし、その行動が裏目に出てロジェとジェフリーの執着が増していく。 そんな折、何者かがヒロインである聖女を使いベルベットの命を狙っていることが分かる。そして、このゲームには隠された裏設定がある事も分かり…… 独占欲の強い二人に振り回されるベルベットの結末はいかに? ※完全に作者の趣味です。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

ゲーム序盤に殺されるモブに転生したのに、黒幕と契約結婚することになりました〜ここまで愛が重いのは聞いていない〜

白鳥ましろ@キャラ文芸大賞・奨励賞
恋愛
激甘、重すぎる溺愛ストーリー! 主人公は推理ゲームの序盤に殺される悪徳令嬢シータに転生してしまうが――。 「黒幕の侯爵は悪徳貴族しか狙わないじゃない。つまり、清く正しく生きていれば殺されないでしょ!」  本人は全く気にしていなかった。  そのままシータは、前世知識を駆使しながら令嬢ライフをエンジョイすることを決意。  しかし、主人公を待っていたのは、シータを政略結婚の道具としか考えていない両親と暮らす地獄と呼ぶべき生活だった。  ある日シータは舞踏会にて、黒幕であるセシル侯爵と遭遇。 「一つゲームをしましょう。もし、貴方が勝てばご褒美をあげます」  さらに、その『ご褒美』とは彼と『契約結婚』をすることで――。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...