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突然の前世からの襲来
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みはるに教えられた男子のピックアップを聞きながら、私は「どうしたもんかなあ」と考える。
普通に考えれば、クラスメイトの茜が安全牌だ。クラスメイトだから接点ありまくるし。でもなあ。
そうこうしている間に昼休みであり、茜が走って行くのが見えた。走って少し前髪が流れる様すら絵になるんだから、イケメンというものはすごい。
彼はとにかくいぶし銀が過ぎて、本当ならばもっとモテてしかるべきキャラだろうに、いまいちモテなかった。
そりゃそうだよね。乙女ゲームでだって、なんだかんだ言って人気が出るのはチャラついたキャラやら最初から優しいキャラだ。いわゆるギャップ萌え前提のキャラって、案外人気が出ない。
前世でも前々世でも、私は恋というものをまともにしていなかった以上、ギャップ萌えはあまりにも荷が重い気がした。
ツンデレ萌えというのは世の中にはあるはずだけれど……この世界でツンデレとかの概念要素まで存在しない前提だったら私もちょっと困る……、乙女ゲーム攻略結果以外の恋愛経験ない人間には、ちょっと難しいと思う。
乙女ゲームみたいに、ちゃんと優しくされたい。大事にされたい。まずは同じ土俵に上がって恋愛してみたい。
だとしたら、後輩の日盛になるけれど……可愛い子だとは思うけれど、その子と仲良くなるイメージはすぐに沸いても、恋愛するイメージがいまいち沸かなかった。
いぶし銀も明るく元気なムードメーカーも、乙女ゲームにはひとりくらいいるタイプのキャラだけれど、それをいざ恋愛本番で相手にするとなったら、恋愛経験値が低過ぎる私では全然わかんないなあと思ってしまうんだ。
「どうしたもんかなあ……」
思い返しながら、私は購買部に歩いていた。昼ご飯を買いに行くんだ。
さっき走ってた茜も、昼ご飯買いに購買部に走ってたのかなあ。ひとりでそうぼんやりと思っていたときだった。
──ウーウーウーウーウー……
聞き覚えのある鳴き声に、背筋に怖気が走った。
待って。ここは現代……のはず。『フォルトゥナ』の世界がとっくの昔に神話になってしまったくらい後の時代のはずなのに。
どうしてここにいるの、幻獣が……!?
私は思わず固まっていると、周りは怪訝な顔をして通り過ぎていく。
……待って。
もしかして幻獣は私にしか見えてないの?
──グラァ……!!
とうとう幻獣が視界に入ったものの、私は立ちすくんでいた。
そこにいたのはライオンの鬣、ヤギの胴体、蛇の尻尾を持ったキマイラだった。大きく嘶いているというのに、誰ひとりキマイラに視線を寄越さない。
私にしか見えてないけど、これどうしたらいいの……!
前世のウエスタには戦う力はあったものの、彼女もお世辞にも前線向けの能力ではなかった。そもそも今の私には使えるのかどうかすらわからないし……。
私の思考は、突然走ってきたキマイラがこちらに向かって突進してきたことで状況が変わった、私とキマイラの間を歩いていた子が、キマイラに突然跳ね飛ばされる。それを見ていた生徒たちから悲鳴が上がった。
「ちょっと、なに!?」
「急に吹き飛んで……!!」
「とにかくこれ……保健室? 救急車?」
「先生! 保健の先生に連絡!」
辺り一面大騒ぎになってしまったことに、私はダラダラと冷や汗を掻く。
私だけに見えて、私だけ襲えばいいじゃない。なに全く関係ない子を巻き込んだ挙げ句に跳ね飛ばしているの。こんなとき、怪我を治してくれる攻略対象がいたらよかったのに……。思ったものの、今の私はそもそも攻略対象に合っていない。
周りが慌てて吹き飛ばされて失神している子の周りを取り囲んでいるのを見ながら、私は叫んだ。
「狙いは私でしょう!?」
──グラァ!!
「だったら私だけを狙いなさい! 他の人は巻き込まないで!」
──グアアアアアアア……!!
こちらに向かって再び突進してきたのに、私は全速力で走りはじめた。
今の私は普通の女子高生だ。お世辞にも運動神経はないし、なによりも乙女ゲームの主人公補正だってない。嫌だ嫌だと思っていても、知らぬ存ぜずで全く会ったことのない赤の他人が巻き込まれるのも嫌で、キマイラに追いかけられながら、私は必死に走るしかなかった。
運動神経はない。そもそも普通の女子高生はアスリートのような体力も脚力持ってない。だんだんキマイラの生臭い息が背中に吹き掛けられるのに気付きながらも、私は必死で逃げるしかなかった。
あとちょっとで、捕まる……私はまた、恋のひとつも知らずに死ぬのか。
そう思っていたときだった。
「……君がそんなに無鉄砲だと、こちらも心配になる」
そう声をかけてきたのは、胴着姿の茜だった。黙って竹刀を引き抜いている。
「ちょっと、茜!? あんた、キマイラが見えて……!」
「君のことを探していた、ウエスタ」
「……!!」
私の前世の名前を呼んだ!?
待って、まさか茜も転生者だっていうの!?
私が息を飲んでいる中、茜は真っ直ぐに竹刀を構えてキマイラに突っ込んでいった。
キマイラは幻獣の中でも、特に皮膚が硬い部類だ。おまけに鬣にガードされてしまって、なかなか胴体に攻撃が届かないというのに。
彼はいともたやすく竹刀で、キマイラの胴を薙ぎ払ったのだ。ドッと血が噴き出る。
私はその能力を知っている。
彼は、持っているもの全てを聖剣にできる。本来だったら竹でできてるはずの竹刀だって、彼が握ればたちまち聖剣と変わらなくなるから、あの硬いキマイラだって、一刀両断にできてしまうんだ。
「茜……あんたまさか、ムルキベス?」
「名前を覚えてくれてたんだ、ウエスタ」
そう彼は柔和に笑った。
ムルキベス。私と一緒にフォルトゥナ神話でさんざんな描かれ方をされてしまっている神殿騎士。私は前世でさんざん彼の世話になっていた。
キマイラはシュウシュウと音を立てて消えて、やがて血の一滴も残さずに消滅してしまった。こいつらのひどいところは名前の通り幻獣。どれだけ被害が出ても、証拠ひとつ残さずに消滅してしまう幻の獣だってことだ。
さっき保健の先生を呼ばれた子、大丈夫だといいんだけど。
「どうして……幻獣がここに?」
「それを探るのが君の役目だと思うよ、ウエスタ」
「……やめて。今の私は東雲まりな。その名前はとっくの昔に捨てたから」
そう私がきっぱりと言うと、茜は困ったように目を瞬かせた。
「でも……」
「私、前世でも前々世でも、恋ひとつしてなかった。ゲームのこととか、世界のこととか、自分の身の丈に合ってないことばかりに躍起になってた……ばっかみたい」
「待って。君はそんな人では……」
「前世はこれでも頑張ったんだよ。前々世のゲームの記録なんて、全然役に立たなかったけど」
私の言葉に、茜は……いや、この場合はムルキベスか? とにかく彼は困っていた。意味がわからなかったのかもしれない。
そうだよね。だって彼は神殿騎士。世界を滅ぼそうとする聖女なんて許容できる訳ないから頑張ったし、その陰謀に気付いてしまって必死になって頑張ったウエスタしか知らないんだから、まさか中身がこんなに身勝手だったなんて想像もしてなかったんだろう。
私は言う。
「ごめんね茜。私、本当はこっちが素なの。だから私にウエスタを求めるのは止めて」
「でもウエスタ……いや、東雲さん? 君はどうして必死になってフォルトゥナを止めようとしたのか、覚えてないんでしょう?」
そう言われて、私はビクンと肩を跳ねさせた。
……そうだ。私は何度も何度も失敗して……バッドエンドばっかり回収していたんだ。バッドエンド回収のペナルティーは、過去の記憶の抹消。私はバッドエンドを全回収したばかりに、前世の人間関係はある程度は覚えていても、肝心の宿敵フォルトゥナのことについては、本当におぼろげにしか覚えていないんだ。
私は……ううん、ウエスタは、どうしてそこまで必死になってフォルトゥナを止めようとしたんだろう?
そこまで考えて私はハッとした。
……いけないいけない。また私は、現世まで自分の人生を棒に振るところだった。
「私には関係ない」
「でも東雲さん。君は幻獣に襲われた子を見て、これ以上犠牲を出さないために囮になろうとしたでしょう? 君は思っているよりもずっと、前世の君が濃いと思うよ」
「……やめてよ。そもそもどうして幻獣なんて出たの? だってフォルトゥナはもういないじゃな……」
「いるんじゃないかな。フォルトゥナは」
茜の言葉に、私は目を見開く。
「待って! だってフォルトゥナはもう、神話では女神扱いされてるじゃない!? それだけ大昔の人が、どうして今も生きられるの……!」
「ごめん。僕も前世の記憶を全部持っている訳じゃないんだ。でも幻獣は元々フォルトゥナの使い魔だったよね。違う?」
「違わ……ないけど。でも」
「おかしいと思うんだよ。僕も東雲さんも、どうして前世の記憶を取り戻したんだろう? どうして今、幻獣に襲われるんだろう?」
「知らないよ、私、関係……」
「関係なくなんかないでしょう?」
茜は私に言い含めるように言ってきた。その口調は、前世のことを思わせた。
フォルトゥナに立ち向かうには、なにもかもが足りない。まずは私の言っていることを信じてもらわないといけないのに、片や聖女、片や下級貴族の行儀見習い。どちらの方が信じられるかなんて一目瞭然な中、真っ先に話を聞いてくれたのがムルキベスだった。
誰も話を聞いてくれなくって泣いていたとき、優しい口調で言い含めてきたのだって、彼だった。
「今、幻獣に立ち向かえるのは僕たちだけなんだよ? 今の家族がもし襲われたらどうするの? 誰も見えないし、誰もなにが起こったのかわからないのに、ある日突然大事な人が消えたら困るでしょう? なら立ち向かおうよ。僕たちにはそれだけの力があるんだからさ。ねえ?」
「……卑怯だ、あんたはいつもいつも正しくって、ムカつく」
「いつも正しいことを言うウエスタに、まさかそう言われる日が来るなんて思わなかった」
そう茜に笑われ、私は喉を詰まらせた。
……茜は。ううん。ムルキベスは知らないんだ。
ウエスタが一番好きだったのは彼だったことを。だって、恋愛イベントなんて全く起こらなかったんだから、伝えることだってできなかったんだもの。
普通に考えれば、クラスメイトの茜が安全牌だ。クラスメイトだから接点ありまくるし。でもなあ。
そうこうしている間に昼休みであり、茜が走って行くのが見えた。走って少し前髪が流れる様すら絵になるんだから、イケメンというものはすごい。
彼はとにかくいぶし銀が過ぎて、本当ならばもっとモテてしかるべきキャラだろうに、いまいちモテなかった。
そりゃそうだよね。乙女ゲームでだって、なんだかんだ言って人気が出るのはチャラついたキャラやら最初から優しいキャラだ。いわゆるギャップ萌え前提のキャラって、案外人気が出ない。
前世でも前々世でも、私は恋というものをまともにしていなかった以上、ギャップ萌えはあまりにも荷が重い気がした。
ツンデレ萌えというのは世の中にはあるはずだけれど……この世界でツンデレとかの概念要素まで存在しない前提だったら私もちょっと困る……、乙女ゲーム攻略結果以外の恋愛経験ない人間には、ちょっと難しいと思う。
乙女ゲームみたいに、ちゃんと優しくされたい。大事にされたい。まずは同じ土俵に上がって恋愛してみたい。
だとしたら、後輩の日盛になるけれど……可愛い子だとは思うけれど、その子と仲良くなるイメージはすぐに沸いても、恋愛するイメージがいまいち沸かなかった。
いぶし銀も明るく元気なムードメーカーも、乙女ゲームにはひとりくらいいるタイプのキャラだけれど、それをいざ恋愛本番で相手にするとなったら、恋愛経験値が低過ぎる私では全然わかんないなあと思ってしまうんだ。
「どうしたもんかなあ……」
思い返しながら、私は購買部に歩いていた。昼ご飯を買いに行くんだ。
さっき走ってた茜も、昼ご飯買いに購買部に走ってたのかなあ。ひとりでそうぼんやりと思っていたときだった。
──ウーウーウーウーウー……
聞き覚えのある鳴き声に、背筋に怖気が走った。
待って。ここは現代……のはず。『フォルトゥナ』の世界がとっくの昔に神話になってしまったくらい後の時代のはずなのに。
どうしてここにいるの、幻獣が……!?
私は思わず固まっていると、周りは怪訝な顔をして通り過ぎていく。
……待って。
もしかして幻獣は私にしか見えてないの?
──グラァ……!!
とうとう幻獣が視界に入ったものの、私は立ちすくんでいた。
そこにいたのはライオンの鬣、ヤギの胴体、蛇の尻尾を持ったキマイラだった。大きく嘶いているというのに、誰ひとりキマイラに視線を寄越さない。
私にしか見えてないけど、これどうしたらいいの……!
前世のウエスタには戦う力はあったものの、彼女もお世辞にも前線向けの能力ではなかった。そもそも今の私には使えるのかどうかすらわからないし……。
私の思考は、突然走ってきたキマイラがこちらに向かって突進してきたことで状況が変わった、私とキマイラの間を歩いていた子が、キマイラに突然跳ね飛ばされる。それを見ていた生徒たちから悲鳴が上がった。
「ちょっと、なに!?」
「急に吹き飛んで……!!」
「とにかくこれ……保健室? 救急車?」
「先生! 保健の先生に連絡!」
辺り一面大騒ぎになってしまったことに、私はダラダラと冷や汗を掻く。
私だけに見えて、私だけ襲えばいいじゃない。なに全く関係ない子を巻き込んだ挙げ句に跳ね飛ばしているの。こんなとき、怪我を治してくれる攻略対象がいたらよかったのに……。思ったものの、今の私はそもそも攻略対象に合っていない。
周りが慌てて吹き飛ばされて失神している子の周りを取り囲んでいるのを見ながら、私は叫んだ。
「狙いは私でしょう!?」
──グラァ!!
「だったら私だけを狙いなさい! 他の人は巻き込まないで!」
──グアアアアアアア……!!
こちらに向かって再び突進してきたのに、私は全速力で走りはじめた。
今の私は普通の女子高生だ。お世辞にも運動神経はないし、なによりも乙女ゲームの主人公補正だってない。嫌だ嫌だと思っていても、知らぬ存ぜずで全く会ったことのない赤の他人が巻き込まれるのも嫌で、キマイラに追いかけられながら、私は必死に走るしかなかった。
運動神経はない。そもそも普通の女子高生はアスリートのような体力も脚力持ってない。だんだんキマイラの生臭い息が背中に吹き掛けられるのに気付きながらも、私は必死で逃げるしかなかった。
あとちょっとで、捕まる……私はまた、恋のひとつも知らずに死ぬのか。
そう思っていたときだった。
「……君がそんなに無鉄砲だと、こちらも心配になる」
そう声をかけてきたのは、胴着姿の茜だった。黙って竹刀を引き抜いている。
「ちょっと、茜!? あんた、キマイラが見えて……!」
「君のことを探していた、ウエスタ」
「……!!」
私の前世の名前を呼んだ!?
待って、まさか茜も転生者だっていうの!?
私が息を飲んでいる中、茜は真っ直ぐに竹刀を構えてキマイラに突っ込んでいった。
キマイラは幻獣の中でも、特に皮膚が硬い部類だ。おまけに鬣にガードされてしまって、なかなか胴体に攻撃が届かないというのに。
彼はいともたやすく竹刀で、キマイラの胴を薙ぎ払ったのだ。ドッと血が噴き出る。
私はその能力を知っている。
彼は、持っているもの全てを聖剣にできる。本来だったら竹でできてるはずの竹刀だって、彼が握ればたちまち聖剣と変わらなくなるから、あの硬いキマイラだって、一刀両断にできてしまうんだ。
「茜……あんたまさか、ムルキベス?」
「名前を覚えてくれてたんだ、ウエスタ」
そう彼は柔和に笑った。
ムルキベス。私と一緒にフォルトゥナ神話でさんざんな描かれ方をされてしまっている神殿騎士。私は前世でさんざん彼の世話になっていた。
キマイラはシュウシュウと音を立てて消えて、やがて血の一滴も残さずに消滅してしまった。こいつらのひどいところは名前の通り幻獣。どれだけ被害が出ても、証拠ひとつ残さずに消滅してしまう幻の獣だってことだ。
さっき保健の先生を呼ばれた子、大丈夫だといいんだけど。
「どうして……幻獣がここに?」
「それを探るのが君の役目だと思うよ、ウエスタ」
「……やめて。今の私は東雲まりな。その名前はとっくの昔に捨てたから」
そう私がきっぱりと言うと、茜は困ったように目を瞬かせた。
「でも……」
「私、前世でも前々世でも、恋ひとつしてなかった。ゲームのこととか、世界のこととか、自分の身の丈に合ってないことばかりに躍起になってた……ばっかみたい」
「待って。君はそんな人では……」
「前世はこれでも頑張ったんだよ。前々世のゲームの記録なんて、全然役に立たなかったけど」
私の言葉に、茜は……いや、この場合はムルキベスか? とにかく彼は困っていた。意味がわからなかったのかもしれない。
そうだよね。だって彼は神殿騎士。世界を滅ぼそうとする聖女なんて許容できる訳ないから頑張ったし、その陰謀に気付いてしまって必死になって頑張ったウエスタしか知らないんだから、まさか中身がこんなに身勝手だったなんて想像もしてなかったんだろう。
私は言う。
「ごめんね茜。私、本当はこっちが素なの。だから私にウエスタを求めるのは止めて」
「でもウエスタ……いや、東雲さん? 君はどうして必死になってフォルトゥナを止めようとしたのか、覚えてないんでしょう?」
そう言われて、私はビクンと肩を跳ねさせた。
……そうだ。私は何度も何度も失敗して……バッドエンドばっかり回収していたんだ。バッドエンド回収のペナルティーは、過去の記憶の抹消。私はバッドエンドを全回収したばかりに、前世の人間関係はある程度は覚えていても、肝心の宿敵フォルトゥナのことについては、本当におぼろげにしか覚えていないんだ。
私は……ううん、ウエスタは、どうしてそこまで必死になってフォルトゥナを止めようとしたんだろう?
そこまで考えて私はハッとした。
……いけないいけない。また私は、現世まで自分の人生を棒に振るところだった。
「私には関係ない」
「でも東雲さん。君は幻獣に襲われた子を見て、これ以上犠牲を出さないために囮になろうとしたでしょう? 君は思っているよりもずっと、前世の君が濃いと思うよ」
「……やめてよ。そもそもどうして幻獣なんて出たの? だってフォルトゥナはもういないじゃな……」
「いるんじゃないかな。フォルトゥナは」
茜の言葉に、私は目を見開く。
「待って! だってフォルトゥナはもう、神話では女神扱いされてるじゃない!? それだけ大昔の人が、どうして今も生きられるの……!」
「ごめん。僕も前世の記憶を全部持っている訳じゃないんだ。でも幻獣は元々フォルトゥナの使い魔だったよね。違う?」
「違わ……ないけど。でも」
「おかしいと思うんだよ。僕も東雲さんも、どうして前世の記憶を取り戻したんだろう? どうして今、幻獣に襲われるんだろう?」
「知らないよ、私、関係……」
「関係なくなんかないでしょう?」
茜は私に言い含めるように言ってきた。その口調は、前世のことを思わせた。
フォルトゥナに立ち向かうには、なにもかもが足りない。まずは私の言っていることを信じてもらわないといけないのに、片や聖女、片や下級貴族の行儀見習い。どちらの方が信じられるかなんて一目瞭然な中、真っ先に話を聞いてくれたのがムルキベスだった。
誰も話を聞いてくれなくって泣いていたとき、優しい口調で言い含めてきたのだって、彼だった。
「今、幻獣に立ち向かえるのは僕たちだけなんだよ? 今の家族がもし襲われたらどうするの? 誰も見えないし、誰もなにが起こったのかわからないのに、ある日突然大事な人が消えたら困るでしょう? なら立ち向かおうよ。僕たちにはそれだけの力があるんだからさ。ねえ?」
「……卑怯だ、あんたはいつもいつも正しくって、ムカつく」
「いつも正しいことを言うウエスタに、まさかそう言われる日が来るなんて思わなかった」
そう茜に笑われ、私は喉を詰まらせた。
……茜は。ううん。ムルキベスは知らないんだ。
ウエスタが一番好きだったのは彼だったことを。だって、恋愛イベントなんて全く起こらなかったんだから、伝えることだってできなかったんだもの。
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