バッドエンド後の乙女ゲームでこれ以上なにをどう頑張れと言うのですか

石田空

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再会したら逢引に出かけることになった

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 正月の三が日は、比較的のんびりとできた。
 贈り物に関してはどちらも礼状を出し、それで決着とした。鬼龍院さんについては、こちらは顔を見てもいないんだから、どうこうできるレベルじゃない。そもそもこの辺りにいる不審者はおそらくは鬼龍院さんの息がかかった人たちだろうとようやく当たりを付けられたこともあり、もう三が日はしおんたちに「甘酒を飲みに行こう」と誘われても「寒いからいい」と断り続けて、置屋でごろごろとしていた。
 もし見つかったら最後、しおんや孝雄にまで迷惑をかけるかもしれないと思ったら、おそろしくて外には出られなかった。
 本当だったら幸哉さんがくれた長羽織を見せびらかしたかったものの、これで鬼龍院さんを下手に刺激して、幸哉さんに矛先が向くのが嫌だった……あの人の性格上、登紀子には危害を加えないだろうけれど、それ以外には全員牙を剥くはずだ。私の判断ミスのせいで怪我人や死人が出るなんて、冗談じゃない。
 正月の三が日が終えたら、吉原もいよいよ見世が開きはじめ、芸妓たちも座敷へ上がりはじめる。相変わらず私たちは地方としてせっせと楽器を鳴らし続け、姉さんたちを盛り立てていくものの、だんだん見習い芸妓たちにもご贔屓のお客さんたちがついてくるのがわかる。
 私が幸哉さんと再会したのは、目の回るような忙しい一月の末、宴会が入ったものの入る予定だった置屋の芸妓が食中毒で全滅したために、急遽ヘルプでうちの置屋に話が回ってきたときだった。
 贔屓の芸妓たちがいないことに不満を持っているお客さんたちに、ひたすら謝りながら姉さんたちが踊る中で私たちは楽器を演奏し、お酌に回る。

「はあ……この時期に食中毒か。難儀なもんだねえ」
「ええ……お客様には大変申し訳ないことをしまして」
「でもここの芸妓たちは若い子が多いねえ」

 そう言って私がお酌に回ったお客さんが、こちらを結った頭から爪先までを舐め回すように眺めてきて、私はぽつぽつと鳥肌が立つのを堪えていた。
 最近行く座敷行く座敷で、お客さんたちが比較的助平心を出さない紳士的な人が多かったけれど、酒の回った席でふてえことする客って少なくないもんなあ。私は仕事ですと笑みを浮かべて「まだ見習いですから」とお酌を済ませて、次の席に移動しようとしたとき。
 よりによってその客は、人の帯を掴んできた……残念ながら、私の帯は帯回しができるような姉さんたちのような長い帯ではないものの、掴まれたら解かれそうで普通に動けない。

「まあ、待て待て。こちらでもうちょっと飲んでいこうや、芸妓さん」
「申し訳ございません、そろそろ他のお客様にもお酌に回らなければ……」
「人手は足りてるんじゃないかね?」

 けっ。この助平ジジィが。私はどう言い募って逃れようかなと、前世のおっさんにさんざん八つ当たられていた過去を脳内で検索していたとき。
 助平ジジィの肩にポンと手を叩かれた。そこには幸哉さんがいた。

「田上様、そういうのは困ります。今日の宴会で急ごしらえで来てくださったので、今後こちらの座敷にお世話になれなくなったらどうしますか?」
「なっ……早乙女さん」
「すみません、田上さんにお水をいただけないでしょうか?」
「は、はい。ただいま」

 私はそそくさと廊下に出て、台所まで水をいただきに行った。なんというか、鮮やかな手さばきだ。あの助平ジジィ……いや田上さんを立てつつ、私たち芸妓を下げず、用事を言いつけて逃がしてくれたって。
 幸哉さんが吉原でなんらかの商売をしていることは知っているけれど、それがなにかまでは未だに聞いてはいないけれど、偉そうだった田上さんが困るくらいには、それなりに登り詰めたんだなあと思う。
 ……あの人が、鬼龍院さんみたいになってないといいな。お母さんの反応を見る限りじゃ、幸哉さんの評判はそこまで悪くないのに対して、鬼龍院さんは相当嫌われているみたいなところまでは読めたけれど、実際のお仕事がなにかがわからないと、こちらも安心はできない。
 田上さんにお水をお出ししてから、ようやく幸哉さんの席にお酌に向かうことができた。彼は周りの芸妓さんから熱視線を受けつつも、「どうぞ他のお客さんのお相手をしてあげてください」とやんわりと断って手酌で飲んでいた。
 私が「お酒、新しく用意しますか?」と声をかけると、幸哉さんはにっこりと笑った。

「いえ。ときをさんが隣に来てくれるなら歓迎です」
「ありがとうございます。最初からはいらっしゃいませんでしたね?」
「ええ、自分は遅れて来ましたから……まさかこんな形でまたお会いできるとは思ってもみませんでした」

 そう言って幸哉さんはやんわりと笑い、私も自然とつくり笑いじゃない笑みが生まれる。
 その中で、ふと幸哉さんが口にした。

「最近、ときをさんはちゃんと休めていますか?」
「ええ……三が日はしっかりと休ませていただきましたから、元気なんですよ。これでも」
「いえ。なんだかお疲れが見えましたので」

 そう言われて、私ははてと思い至る。
 一応ちゃんと食事は摂っているし、稽古にも通っている。でもたしかに、今年に入ってから、ひとつの座敷でなく座敷をはしごすることが増えたし、今日も本来だったら休みだったのがヘルプを頼まれたのでこうして働いている。
 ……たしかに私、仕事はじめからちっとも休んでないな。ドーパミンがビシビシ出ているのか、全然そんな気はなかったんだけれど。

「申し訳ございません。たしかにそうですね。気付きませんでした」
「お疲れ様です……もしよろしかったら、座敷のないときにでも、出かけませんか?」
「はい……?」

 それに思わず目を瞬かせた。
 一応芸妓も置屋に声をかけてくれれば、休みの日に遊ぶこともできるご飯食べということもできる……それこそキャバ嬢が店に行くまで客とデートするような具合だ……けれど。
 それは完全にご贔屓にならないとできない奴だ。置屋から信頼を勝ち得なければ、ご飯食べに連れ出すことはまずできない。
 私は「はわわわわ……」と声が出そうになるのを、必死で堪えて、再度尋ねた。

「いいんですか……?」
「ときをさんがよろしかったらですが」
「……お母さんにひと声かけてくださいませ。それで、よろしければ」

 それだけをどうにか絞り出した。
 嬉しい。嬉しいけれど、同時にものすごく不安だ。
 ふたりで遊びに行くのはきっと素敵なことだろうけれど、鬼龍院さんがどこかにいるというのが確定している中で、幸哉さんに危害が加えられないだろうか。
 でも、鬼龍院さんがうちの置屋に目を付けていることを知っているのは、現状お母さんだけだ。だとしたら。
 ……男衆の人たちに、話を付けておくべきだろうか。
 ……そうだ、ご飯食べなんだから、一応は置屋の管轄。男衆の人たちに声をかけても大丈夫なはずだ。
 私はそう心に決めた。
 ……デートで嬉しいって気持ちよりも先に、幸哉さんは私が守るって感情が先走るのは、なんだか違うような気がする。
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