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夢のない日々からの脱却を願って。

始まり。

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―翌朝。ルネはカーテンの隙間からうっすらと差し込む日の光に、眠い目をこすって身体を起こした。普段ならばカジミールが戸を叩くまでもうひと眠りするのだが、今日は昨日決めた通りにしてみたい。兵士や廷臣たちをなるべく起こさぬよう、ひっそりと部屋の扉を開けて、そろり、そろりと絨毯の敷き詰められた通路を歩きだしていった。城門からそのまま出るわけにもいかないが、勝手口のうち一つは厨房にあるから、すでに起きだして料理の支度をしている女中たちがいる。

「(……遠回りになるが、あそこから行くしかないな)」

そう結論を出して、ルネは庭へ通じるもう一つの勝手口へと歩みを進めた。庭師は朝が弱いことで城の中では有名だったから、このタイミングならば誰もいないはずだ。

案の定、庭への勝手口に人影はなかった。年季の入った木の扉をゆっくり押し開けて、ルネはそのまま庭を一直線に横切り、城壁が少しへこんでいるところに手をかけた。城下の様子を見に外へ出るならば、ここしかないのだ。

青髪のさわやかな青年が城壁を乗り越えるのはいささか不格好に見えるものではあったが、とにかくそうしたいと思ったからには仕方がない。いつもより少し質素な、しかし平民よりは明らかにきれいな薄灰色の外套を着こんだルネは、城壁を越えてそのまま城下の外れ、家並みとの間にある空き地の中へ足を踏み入れた。

―その時だった。普段なら朝に人などいるはずがない空き地に、一人の女性が倒れているのを目にしたのは。怪我か、急な病か。ともかくも放っておくわけにはいかない。ルネは、平民であろうが廷臣であろうが、普段と違う様相の者には敏感な性質であった。

駆け寄ってみて、まずは声をかける。

「おい、大丈夫か?」

年のころは20代半ばか。本来は割と可愛らしい顔つきと思われるが、その顔にはいくつものにきびができていた。何よりも、苦しそうな顔だ。

「ん、ん…」

ルネが声をかけること数秒、女性は目を醒まして立ち上がった。さらに気になるのは、彼女が自分たちの国では恐らく見られない、ボタン付きの薄手の上下揃いの衣服に身を纏っていることだった。庶民の服にしては、いやに生地が良い。というよりも、こんな切れ目なくきれいな、しかし質素な生地は見たことがない。

「起きたか。見かけない格好の女だな…」

女性は返事をしない。どうも夢うつつ、そしてどこか悶々とした表情だ。そういえば、立ち上がり方が妙によろよろとしていた。痛む所でもあるのかと思い、さらに質問を重ねる。

「…怪我でもしているのか」

そこまで尋ねると、女性はやっと口を開いた。

「たぶんそう。…でも、お金なくて治せないからそのままなの」

どこから来たのかもわからないうえに、おそらくは怪我持ち。もう少しヒントになるものがないかと、ルネは一廻りしながら彼女の様子を観察した。そして、意を決して一声かけた。

「……城に来い」

しかし、彼女はこう返した。

「ごめん、もう一度言って…私から見て、右のほうから…」

恐らく、耳も悪いようだ。しかし、城へ連れて行かない事には状況は何も進展しない。おそらく聞こえるであろう、彼女の右側へ回り、再び声をかけた。

「とりあえず、このままにしておく事はできないから城まで連れていくか。家臣たちが満足な手当てをしてくれるかどうかは分からんが」

それだけ言って、ルネは彼女の手を取り、歩き出した。低いとはいえ、城壁を越えられるだけの脚力が彼女にまだあれば良いが。もちろん、彼女がどこからやってきた誰なのか、それを後から聞いて驚かされるとはこの時思ってもみなかったのである。
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