隣の歯医者さん

はりもぐら

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隣の歯医者さん・2

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僕の名前が呼ばれたので母さんと一緒に診察室に入った。

「よろしくお願いします!」

母さんの方がはりきっているから、僕が言うはずの言葉を母さんが横取りした。

「今日はどうされましたか?」

歯医者さんの質問に、「あの、定期検診です」と、またしても母さんが答えた。

「じゃあ、ざっと見ていきますね」

僕は診察台に座ると口を大きく開けた。

すると、それを見ていた母さんもつられて大きな口を開けたんだ。

「うん、とてもキレイですね」

歯医者さんが母さんの方を振り向いた。

「ほお、これは!」

歯医者さんは、大きく開かれた母さんの口の中を覗き込んでいる。

「あうっ!」

母さんは慌てて口を閉じて思い切り手で押さえたけれど、その口の中はしっかりと歯医者さんに見られてしまった。

「お母さん、一度お口の中をしっかり見せてもらえませんか?」

「いえ、私は大丈夫です。全然大丈夫ですから!!」

母さんは口を押えたまま言った。

「ほら、のぶ君、もう帰ろう」

「え、まだ口ゆすいでない」

僕は治療用のエプロンをつけたままなのに、母さんは僕の腕を引っ張った。

「お母さん、その奥歯、放っておくと大変なことになりますよ」

「まさか、私の歯は全て治療済みですよ。嫌だわ冗談ばっかり」

母さんは何が何でも帰るつもりらしい。

「いや、医者として見逃せませんね」

歯医者さんはそういうと、僕のことを診察台からおろし、代わりに母さんのことを無理やり座らせた。

「ちょっと、医者だからってこんなことしてもいいと思ってるんですか!」

母さんはすごい剣幕で抵抗したけれど、歯科助手さんと歯医者さんに二人がかりで取り押さえられ、ついには口をこじ開けられた。

「のぶ君!た、助けてー」

母さんは必死になって叫んだけれど、僕は怖くて怖くて一歩も動けない。

「大人しくしてないと、ほかの歯も削っちゃいますよ」

歯医者さんが脅したせいで、ついに母さんは大人しくなった。

「よろしい」

歯医者さんはそういうと、凄い勢いで母さんの歯を削り始めた。

僕は虫歯になったことがないから、歯が削られているのを見るのも、その音を聞くのも初めてだった。

「いた、いた、いたたー」

母さんは涙をにじませて叫んでいるが、歯医者さんは治療の手を緩めることはない。

「さあ、これをかぶせたら終わりですよ」

歯医者さんは額の汗をぬぐった。

「ひどい、ひどいわ」

母さんはめそめそと泣いている。

さっきまでホテルみたいだ、なんてはしゃいでいたのに、今ではすっかり別人のようだ。

「もう、絶対に来ませんから」

母さんはそんな捨て台詞を歯医者さんに投げかけたもんだから、僕は「母が、すみません」とあやまっておいた。

「まったく、ひどいめにあったわ」

家に帰った母さんは鏡を手にぼやき始めた。

「母さん、僕ね将来なりたいものができたよ」

「なによ藪から棒に」

「僕、歯医者になるよ」

僕がそう言うと、母さんは持っていた手鏡を落っことしたんだ。
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