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第弐章 戦国乱世、お金の章
第二十二節 兵は詭道なり
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織田信長は、どうやって国衆[独立した領主のこと]たちを屈服させたのだろうか?
「凛。
わしは、戦いの黒幕の6人を弱い順に並べた。
1人目は、室町幕府。
2人目は、大名。
3人目は、国衆。
4人目は、武器商人。
5人目は、南蛮人。
6人目は、民そのもの」
「はい」
「国衆より『強い者』は誰か?」
「武器商人と南蛮人、そして民です」
「うむ。
そこで信長様は、『武器商人』を己の味方にしようと考えられた」
「要するに……
武器商人を欺こうと?」
「『わしは、全ての大名や国衆を従わせるまで決して戦を止めない。
尾張国[現在の愛知県西部]を統一した後は美濃国[現在の岐阜県]を手に入れ、次いで伊勢国[現在の三重県]、近江国[現在の滋賀県]……
ひたすら領土を広げていく。
わしに味方すれば、どれだけの銭[お金]を儲けられるか考えてみよ!』
こう話されたのだ」
「……」
「ただし。
戦を止めない話『だけ』では、武器商人たちを味方に付けることはできまい?」
「信長様ご自身が戦に強いことを見せ付ける必要があると?
戦に必要なモノを扱う商人である以上、戦に強い武将に味方したいのは当然でしょうから……」
「その通りだ。
信長様は、こう考えられた。
『わしは……
一見すると愚かで、無謀な戦い方を始める。
敵よりも圧倒的に少ない兵力で戦いを挑もうではないか』
と」
「圧倒的に少ない兵力……?
一体、どの戦いで?」
「桶狭間」
「まさか!
あの桶狭間の戦いで、信長様は『わざと』少数の兵で突撃したと?」
「敵は、名門である今川家の当主にして海道一の弓取りとも呼ばれた名将……
今川義元の軍勢だぞ?
たった一回でも撃破した実績を上げれば、信長様の名前は大いに高まるではないか」
「つまり信長様は……
今川軍を撃破した実績を得るため『だけ』に突撃したと?
「うむ」
「義元の首を取れたのは、たまたま運が良かった『だけ』?」
「そもそも。
戦とは単純なものではない。
人が相手である以上、全てを想定することなどできん」
「戦の勝敗は常に『紙一重』なのですね。
父上」
「その通りだ。
凛よ。
話を元に戻すが……
運良く義元を討ち取った信長様に、武器商人たちはこう熱狂した。
『戦いの天才が現れたぞ!』
とな」
「瞬く間に信長様に銭[お金]が集まり、瞬く間に信長様の敵から銭が消えたのですか。
こうして国衆たちは……
信長様に屈服するか、武器商人たちから切り捨てられて自滅するかの二択を迫られたと?」
「そうだ」
◇
「ところで父上。
信長様の仰りようは何です?
『決して戦を止めない』
などと。
真っ赤な嘘ではありませんか」
「『全ての大名と国衆を従えた後は朝鮮を制圧し、明[当時の中国の王朝のこと]へと攻め込むつもりじゃ』
こう仰ってもいる」
「明も?
一体、どこまで嘘を……」
「戦いの黒幕たちは、平和な世の達成を邪魔する『敵』だ。
違うか?」
「……」
「敵に真実を伝えてどうする?
敵には、いかに嫌なことをするかが肝心であろう?」
「……」
「敵を欺くのは、むしろ『当然』ではないか」
「……」
「信長様が、『永楽銭』という銭[お金]を軍旗に掲げていることは知っていよう?」
「その軍旗も……
信長様に味方すれば、銭[お金]を儲けられると欺くために?」
「武器商人も、民も、平和な世を達成するために働いているなど……
夢にも思っていないだろうな」
「……」
「やがて。
突如として、戦を停止する命令が出る。
必死の抵抗を試みたところで既にもう遅い。
命令は絶対であり、いかなる理由があろうと決して例外を許さないからだ。
戦を止めない者たちに加えて……
兵糧や武器弾薬を売り捌いて銭[お金]を稼ごうと、争いの種を撒き、愚かな者を操って戦へと発展させようとする輩も『すべて』根絶やしにされる」
「……」
◇
戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成するためには……
戦で利益を得ている戦いの黒幕すべてに対して究極の二択を迫らねばならない。
命令に従うか、さもなくば死か。
ひた隠しに隠したところで……
織田信長の真の狙いに気付く者たちが現れるかもしれない。
気付いた者たちは必ず、信長に対して『徹底抗戦』するだろう。
だからこそ。
戦いの黒幕たちを一致団結させてはならないのだ!
幕府、大名、国衆、武器商人、南蛮人、そして民を弱い順に各個撃破するために。
◇
作戦の第一段階。
「戦いの天才が現れたぞ!」
武器商人や民に、こう思い込ませること。
敵より圧倒的に少ない兵力で戦いを挑む信長を見て、家臣や兵たちは呆れ、激しく反対したに違いない。
一見すると愚かで、無謀な戦い方をしようとしているのだから。
凛はふと、ある疑問を感じた。
「少ない兵力で戦いを挑むことが……
必ず、愚かで無謀な戦い方になると決まっているのかしら?
例えば。
『少数精鋭』だと、話がまるで変ってくるのでは?」
続けてこう考えた。
「足腰の強い者に限定し、毎日厳しい訓練を課せば、電光石火のような素早い行動も可能になる。
常に命令に忠実で、長い時間を共に過ごした絆で結ばれた強力な少数精鋭部隊が完成する!
信長様はいつも……
餌を撒いて敵の分断を図っていた。
桶狭間のときも、そう。
今川家の有力武将の籠る大高城の周囲に5つもの砦を築いて兵糧の補給を断ち、大高城を救援する今川軍の兵が5つに『分散』するように仕向けられた」
さらに続けてこう考えた。
「要するに……
桶狭間の戦いは、分散した敵を少数精鋭部隊で撃破した『だけ』のことでしょう?
天才的な戦略や戦術を使ったわけでもなさそう。
これが、真に戦いの天才だというの?」
こう結論付けた。
「孫子の兵法にある……
『兵は詭道なり』
つまり。
実際には天才でないとしても、人々に天才だと思い込ませて欺けば良いと!」
◇
続いて……
作戦の第二段階。
「信長様は、こう話して人々を欺いた。
『そちたちは皆……
より多くの銭[お金]が欲しいのであろう?
銭を増やすことが、生きる目的なのであろう?
ならばわしに味方せよ。
決して戦を止めない、わしに味方すれば……
どれだけの銭を儲けられるか考えてみよ!』
と。
これを信じ込ませるために、銭を軍旗にまで使った!」
「『兵は詭道なり』
どれだけ汚い方法でも、相手を欺いた者が戦いに勝利する……」
◇
凛の思考は続く。
「信長様も。
そして父上も。
なぜ、ここまで人を欺くことができるの?
それは、人が持つ傾向を知り尽くしているから!」
人の持つ『傾向』は……
大きく2つ。
1つ目は、欲があること。
『欲』を満たすために、お金は欠かせない。
衣食住、娯楽に至るまで何でも交換できる。
場合によっては、好みの異性すら手に入る。
ただし。
お金そのもには何の価値もない。
モノと交換するため『だけ』に登場したのだから。
「しかし。
人々は、いつしかこの真理を忘れてしまった……
『銭[お金]が人を幸せにしてくれるのじゃ。
銭を増やすことこそ、人の生きる目的ではないか!』
と。
信長様は、この傾向を利用して人々を欺いた!」
◇
そして2つ目は、『無知』であること。
全てを知っている玄人は極めて少ない。
むしろ一部を見た程度で、全てを知ったと勘違いしている無知な素人の方が圧倒的に多い。
不思議なことに。
玄人は黙っている場合が多い反面……
無知な素人の方が、自分の言葉に何の責任も負わなくて済む、無関係な、安全な場所から意見を言う場合が多い。
玄人と比べて素人の意見は中身が空っぽではあるが、一見すると簡単で面白かったりする。
こうして素人が、素人の話を真に受けて問題を複雑にしていく。
「問題が複雑になると、争いも複雑になる。
問題は解決せず、争いも解決せず、ついには決裂する。
信長様は、この傾向を利用して敵を『分断』させた!」
◇
ときを少しだけ遡る。
戦いの黒幕の1人目・『室町幕府』。
信長討伐命令を発令して一時的に織田信長を窮地に陥れたが……
やがて読み書きを上手く使って無知な人々を欺き、己の味方とした信長に対して劣勢となる。
民の声を無視できない大名が、幕府の命令に従って兵を出せなかったからだ。
自らの優位を確信した信長は、幕府軍の籠もる山城国・槇島城[現在の京都府宇治市]を圧倒的な大軍で包囲する。
敵の兵数を見て士気を喪失した幕府軍から逃亡兵が相次いだことで城はあっさりと落ち、将軍・足利義昭は京の都を追放され、室町幕府は『滅亡』した。
およそ1年前の出来事である。
【次節予告 第二十三節 女たちの闘い、開幕】
明智光秀も、織田信長も……
人間が持つ傾向を知り尽くしていました。
策略とは、人間が持つ傾向を『利用』するものだからです。
「凛。
わしは、戦いの黒幕の6人を弱い順に並べた。
1人目は、室町幕府。
2人目は、大名。
3人目は、国衆。
4人目は、武器商人。
5人目は、南蛮人。
6人目は、民そのもの」
「はい」
「国衆より『強い者』は誰か?」
「武器商人と南蛮人、そして民です」
「うむ。
そこで信長様は、『武器商人』を己の味方にしようと考えられた」
「要するに……
武器商人を欺こうと?」
「『わしは、全ての大名や国衆を従わせるまで決して戦を止めない。
尾張国[現在の愛知県西部]を統一した後は美濃国[現在の岐阜県]を手に入れ、次いで伊勢国[現在の三重県]、近江国[現在の滋賀県]……
ひたすら領土を広げていく。
わしに味方すれば、どれだけの銭[お金]を儲けられるか考えてみよ!』
こう話されたのだ」
「……」
「ただし。
戦を止めない話『だけ』では、武器商人たちを味方に付けることはできまい?」
「信長様ご自身が戦に強いことを見せ付ける必要があると?
戦に必要なモノを扱う商人である以上、戦に強い武将に味方したいのは当然でしょうから……」
「その通りだ。
信長様は、こう考えられた。
『わしは……
一見すると愚かで、無謀な戦い方を始める。
敵よりも圧倒的に少ない兵力で戦いを挑もうではないか』
と」
「圧倒的に少ない兵力……?
一体、どの戦いで?」
「桶狭間」
「まさか!
あの桶狭間の戦いで、信長様は『わざと』少数の兵で突撃したと?」
「敵は、名門である今川家の当主にして海道一の弓取りとも呼ばれた名将……
今川義元の軍勢だぞ?
たった一回でも撃破した実績を上げれば、信長様の名前は大いに高まるではないか」
「つまり信長様は……
今川軍を撃破した実績を得るため『だけ』に突撃したと?
「うむ」
「義元の首を取れたのは、たまたま運が良かった『だけ』?」
「そもそも。
戦とは単純なものではない。
人が相手である以上、全てを想定することなどできん」
「戦の勝敗は常に『紙一重』なのですね。
父上」
「その通りだ。
凛よ。
話を元に戻すが……
運良く義元を討ち取った信長様に、武器商人たちはこう熱狂した。
『戦いの天才が現れたぞ!』
とな」
「瞬く間に信長様に銭[お金]が集まり、瞬く間に信長様の敵から銭が消えたのですか。
こうして国衆たちは……
信長様に屈服するか、武器商人たちから切り捨てられて自滅するかの二択を迫られたと?」
「そうだ」
◇
「ところで父上。
信長様の仰りようは何です?
『決して戦を止めない』
などと。
真っ赤な嘘ではありませんか」
「『全ての大名と国衆を従えた後は朝鮮を制圧し、明[当時の中国の王朝のこと]へと攻め込むつもりじゃ』
こう仰ってもいる」
「明も?
一体、どこまで嘘を……」
「戦いの黒幕たちは、平和な世の達成を邪魔する『敵』だ。
違うか?」
「……」
「敵に真実を伝えてどうする?
敵には、いかに嫌なことをするかが肝心であろう?」
「……」
「敵を欺くのは、むしろ『当然』ではないか」
「……」
「信長様が、『永楽銭』という銭[お金]を軍旗に掲げていることは知っていよう?」
「その軍旗も……
信長様に味方すれば、銭[お金]を儲けられると欺くために?」
「武器商人も、民も、平和な世を達成するために働いているなど……
夢にも思っていないだろうな」
「……」
「やがて。
突如として、戦を停止する命令が出る。
必死の抵抗を試みたところで既にもう遅い。
命令は絶対であり、いかなる理由があろうと決して例外を許さないからだ。
戦を止めない者たちに加えて……
兵糧や武器弾薬を売り捌いて銭[お金]を稼ごうと、争いの種を撒き、愚かな者を操って戦へと発展させようとする輩も『すべて』根絶やしにされる」
「……」
◇
戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成するためには……
戦で利益を得ている戦いの黒幕すべてに対して究極の二択を迫らねばならない。
命令に従うか、さもなくば死か。
ひた隠しに隠したところで……
織田信長の真の狙いに気付く者たちが現れるかもしれない。
気付いた者たちは必ず、信長に対して『徹底抗戦』するだろう。
だからこそ。
戦いの黒幕たちを一致団結させてはならないのだ!
幕府、大名、国衆、武器商人、南蛮人、そして民を弱い順に各個撃破するために。
◇
作戦の第一段階。
「戦いの天才が現れたぞ!」
武器商人や民に、こう思い込ませること。
敵より圧倒的に少ない兵力で戦いを挑む信長を見て、家臣や兵たちは呆れ、激しく反対したに違いない。
一見すると愚かで、無謀な戦い方をしようとしているのだから。
凛はふと、ある疑問を感じた。
「少ない兵力で戦いを挑むことが……
必ず、愚かで無謀な戦い方になると決まっているのかしら?
例えば。
『少数精鋭』だと、話がまるで変ってくるのでは?」
続けてこう考えた。
「足腰の強い者に限定し、毎日厳しい訓練を課せば、電光石火のような素早い行動も可能になる。
常に命令に忠実で、長い時間を共に過ごした絆で結ばれた強力な少数精鋭部隊が完成する!
信長様はいつも……
餌を撒いて敵の分断を図っていた。
桶狭間のときも、そう。
今川家の有力武将の籠る大高城の周囲に5つもの砦を築いて兵糧の補給を断ち、大高城を救援する今川軍の兵が5つに『分散』するように仕向けられた」
さらに続けてこう考えた。
「要するに……
桶狭間の戦いは、分散した敵を少数精鋭部隊で撃破した『だけ』のことでしょう?
天才的な戦略や戦術を使ったわけでもなさそう。
これが、真に戦いの天才だというの?」
こう結論付けた。
「孫子の兵法にある……
『兵は詭道なり』
つまり。
実際には天才でないとしても、人々に天才だと思い込ませて欺けば良いと!」
◇
続いて……
作戦の第二段階。
「信長様は、こう話して人々を欺いた。
『そちたちは皆……
より多くの銭[お金]が欲しいのであろう?
銭を増やすことが、生きる目的なのであろう?
ならばわしに味方せよ。
決して戦を止めない、わしに味方すれば……
どれだけの銭を儲けられるか考えてみよ!』
と。
これを信じ込ませるために、銭を軍旗にまで使った!」
「『兵は詭道なり』
どれだけ汚い方法でも、相手を欺いた者が戦いに勝利する……」
◇
凛の思考は続く。
「信長様も。
そして父上も。
なぜ、ここまで人を欺くことができるの?
それは、人が持つ傾向を知り尽くしているから!」
人の持つ『傾向』は……
大きく2つ。
1つ目は、欲があること。
『欲』を満たすために、お金は欠かせない。
衣食住、娯楽に至るまで何でも交換できる。
場合によっては、好みの異性すら手に入る。
ただし。
お金そのもには何の価値もない。
モノと交換するため『だけ』に登場したのだから。
「しかし。
人々は、いつしかこの真理を忘れてしまった……
『銭[お金]が人を幸せにしてくれるのじゃ。
銭を増やすことこそ、人の生きる目的ではないか!』
と。
信長様は、この傾向を利用して人々を欺いた!」
◇
そして2つ目は、『無知』であること。
全てを知っている玄人は極めて少ない。
むしろ一部を見た程度で、全てを知ったと勘違いしている無知な素人の方が圧倒的に多い。
不思議なことに。
玄人は黙っている場合が多い反面……
無知な素人の方が、自分の言葉に何の責任も負わなくて済む、無関係な、安全な場所から意見を言う場合が多い。
玄人と比べて素人の意見は中身が空っぽではあるが、一見すると簡単で面白かったりする。
こうして素人が、素人の話を真に受けて問題を複雑にしていく。
「問題が複雑になると、争いも複雑になる。
問題は解決せず、争いも解決せず、ついには決裂する。
信長様は、この傾向を利用して敵を『分断』させた!」
◇
ときを少しだけ遡る。
戦いの黒幕の1人目・『室町幕府』。
信長討伐命令を発令して一時的に織田信長を窮地に陥れたが……
やがて読み書きを上手く使って無知な人々を欺き、己の味方とした信長に対して劣勢となる。
民の声を無視できない大名が、幕府の命令に従って兵を出せなかったからだ。
自らの優位を確信した信長は、幕府軍の籠もる山城国・槇島城[現在の京都府宇治市]を圧倒的な大軍で包囲する。
敵の兵数を見て士気を喪失した幕府軍から逃亡兵が相次いだことで城はあっさりと落ち、将軍・足利義昭は京の都を追放され、室町幕府は『滅亡』した。
およそ1年前の出来事である。
【次節予告 第二十三節 女たちの闘い、開幕】
明智光秀も、織田信長も……
人間が持つ傾向を知り尽くしていました。
策略とは、人間が持つ傾向を『利用』するものだからです。
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