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3章 天使と仔猫と風呂と俺、マスコットを添えて
06
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「俺は昨日、色ボケ貴族に魔法で拉致されたんだ。」
「は?」
「そのときに諸々あって、知識とか常識に欠落がある。拉致犯の貴族から慰謝料を貰って、宿を取ろうと繁華街に向かっていた途中で、フェイトが暴行されているところに出くわしたんだ。」
「はいっ!?」
「それで戸籍も無いし、身元不明で身分証明書も持ってないから、一般的な職業には就けない状況だ。」
「そんなっ!これからどうやって生きて行けと言うのですか!」
「だから二人に相談して、今の所ハンターになろうかと考えている。もうどこにあるのかわからなくなってしまったが、俺の故郷はこの国と交流の無い島なんだ。そこでは武術の指南をしていたからな。」
「あぁ、それなら戸籍は必要無いですし、ギルドカードがあれば身分証明書にもなりますね。」
落ち着いて話すと、低くて柔らかな耳触りの良い声だ。
大人の男…見た目より実年齢が上だとよく分かる。
「そうらしいな。それで家も無いから、セキュリティと主がしっかりした健全な宿を教えて貰ってここに来たんだ。」
「そうなのですね…。しかし、セキュリティ面を気にするのはわかりますが、主も重要なのですか?」
「設備がどれだけ素晴らしい宿も、主がその気になれば部屋に侵入できるし、引き込みの手引も可能だ。乗っかられたり、伸し掛かられて起こされるのは御免被る。不愉快極まりないからな。」
「………苦労してきたのですね。」
「嫌味に聞こえるかもしれないが、この見た目だ。虫が湧くのはどうしようもない。あなたにも覚えがあるのでは?」
そう言えば、彼は切ない表情を浮かべ頷いた。
化粧で多少隠されているが、精悍でとても整った顔付きだ。
さぞかしたくさんの害虫が湧くであろう事は、想像に難くない。
「こちらの二人もだが、あなたも誠実な方だとお見受けする。こちらの宿に世話になりたいが、長期滞在に向いた部屋は空いているだろうか?」
「そうですね…今なら空室があると思います。人を呼んで確認しましょう。」
「それならば『ジェイデン』、『アンジェラ』に戻ってから呼ぶ方が良い。」
はっ、として彼は真っ赤になってしまった。
それはもう、ぼぼぼっと音がしそうな勢いで。
「ヤダ、シオンちゃん!気付いていたならもっと早く教えてちょうだい!こんな事、初めてよぅ!あなたがびっくりさせるからっ!」
大きな手で顔を隠してイヤイヤしている。
優しい色合いの爪が良く見える。
「ジェイデン。そのネイル、あなたの纏う優しい雰囲気に良く似合っている。」
ふるふると立派な身体を震わせて羞恥と闘うジェイデンは可愛い。
「恥ずかしがるあなたも、可愛いよ。」
自分が贈った物を身に着けた相手を褒めるのは当然だと思っているで、ちゃんと言葉にして伝える。
が、途端にラースが騒ぎ出した。
「タラシだっ!タラシがいるぞっ!!」
「うるさいな、俺は本当のことを言ったまでだ。」
「その辺で止めてやれ、シオン!アンジェラさんの心臓が止まっちまう!っフェイト!!」
するとフェイトが立ち上がってジェイデンの肩を抱い…………抱けて無いかもしれないが、抱いた。
「アンジェラさん、シオンさんの賛辞は麻薬です。僕もそうですが、それを知らなかった頃には戻れないでしょう。でも僕は戻りたいとは思いません。もっと認めて貰えるように頑張ろうと思えるんです。あなたはどうですか?」
そろそろと俯いていた顔を上げて答えた。
「………そうね、とっても幸せな気持ちになれたわ。」
「僕もです。お互い頑張りましょうね。」
何を?とは思ったが、微笑み合う二人は良い感じに纏まりそうなので言葉にはしない。
「タラシ怖い…タラサれた奴も怖い……。」と震えるラースは見ないフリをしておこう。
それに、忘れないうちに『これは譲れない』という条件を伝えなければ。
安定した収入も無いのにどうかと思うが、譲れないものは譲れない。
「ジェイデン」と呼びかけば「なっ、なあに?」と返された。
まだ恥ずかしいのだろうか。
「滞在する部屋は風呂付きが良いのだが、あるだろうか?」
三人揃ってキョトンとしてしまった。
「共用なのか?そうなると貸し切らない限り、俺は入れないな…。」
前屈みと内股の人間を量産するだけでは済まなくなってしまう。
「あのね、シオンちゃん。基本的な事なのだけれど、この国にお風呂は無いわ。あったとしても王都からは遠い所よ。」
「………風呂、が、無い、?」
俺は雷に打たれたような、いや、それ以上の衝撃を受けた。
衝撃なんて生温いな。
これは絶望だ。
「風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い……………。」
もう、それしか言葉が出てこない。
三人とも、俺の様子に絶句してしまった。
それ程までに、俺は酷い顔をしているのだろう。
「は?」
「そのときに諸々あって、知識とか常識に欠落がある。拉致犯の貴族から慰謝料を貰って、宿を取ろうと繁華街に向かっていた途中で、フェイトが暴行されているところに出くわしたんだ。」
「はいっ!?」
「それで戸籍も無いし、身元不明で身分証明書も持ってないから、一般的な職業には就けない状況だ。」
「そんなっ!これからどうやって生きて行けと言うのですか!」
「だから二人に相談して、今の所ハンターになろうかと考えている。もうどこにあるのかわからなくなってしまったが、俺の故郷はこの国と交流の無い島なんだ。そこでは武術の指南をしていたからな。」
「あぁ、それなら戸籍は必要無いですし、ギルドカードがあれば身分証明書にもなりますね。」
落ち着いて話すと、低くて柔らかな耳触りの良い声だ。
大人の男…見た目より実年齢が上だとよく分かる。
「そうらしいな。それで家も無いから、セキュリティと主がしっかりした健全な宿を教えて貰ってここに来たんだ。」
「そうなのですね…。しかし、セキュリティ面を気にするのはわかりますが、主も重要なのですか?」
「設備がどれだけ素晴らしい宿も、主がその気になれば部屋に侵入できるし、引き込みの手引も可能だ。乗っかられたり、伸し掛かられて起こされるのは御免被る。不愉快極まりないからな。」
「………苦労してきたのですね。」
「嫌味に聞こえるかもしれないが、この見た目だ。虫が湧くのはどうしようもない。あなたにも覚えがあるのでは?」
そう言えば、彼は切ない表情を浮かべ頷いた。
化粧で多少隠されているが、精悍でとても整った顔付きだ。
さぞかしたくさんの害虫が湧くであろう事は、想像に難くない。
「こちらの二人もだが、あなたも誠実な方だとお見受けする。こちらの宿に世話になりたいが、長期滞在に向いた部屋は空いているだろうか?」
「そうですね…今なら空室があると思います。人を呼んで確認しましょう。」
「それならば『ジェイデン』、『アンジェラ』に戻ってから呼ぶ方が良い。」
はっ、として彼は真っ赤になってしまった。
それはもう、ぼぼぼっと音がしそうな勢いで。
「ヤダ、シオンちゃん!気付いていたならもっと早く教えてちょうだい!こんな事、初めてよぅ!あなたがびっくりさせるからっ!」
大きな手で顔を隠してイヤイヤしている。
優しい色合いの爪が良く見える。
「ジェイデン。そのネイル、あなたの纏う優しい雰囲気に良く似合っている。」
ふるふると立派な身体を震わせて羞恥と闘うジェイデンは可愛い。
「恥ずかしがるあなたも、可愛いよ。」
自分が贈った物を身に着けた相手を褒めるのは当然だと思っているで、ちゃんと言葉にして伝える。
が、途端にラースが騒ぎ出した。
「タラシだっ!タラシがいるぞっ!!」
「うるさいな、俺は本当のことを言ったまでだ。」
「その辺で止めてやれ、シオン!アンジェラさんの心臓が止まっちまう!っフェイト!!」
するとフェイトが立ち上がってジェイデンの肩を抱い…………抱けて無いかもしれないが、抱いた。
「アンジェラさん、シオンさんの賛辞は麻薬です。僕もそうですが、それを知らなかった頃には戻れないでしょう。でも僕は戻りたいとは思いません。もっと認めて貰えるように頑張ろうと思えるんです。あなたはどうですか?」
そろそろと俯いていた顔を上げて答えた。
「………そうね、とっても幸せな気持ちになれたわ。」
「僕もです。お互い頑張りましょうね。」
何を?とは思ったが、微笑み合う二人は良い感じに纏まりそうなので言葉にはしない。
「タラシ怖い…タラサれた奴も怖い……。」と震えるラースは見ないフリをしておこう。
それに、忘れないうちに『これは譲れない』という条件を伝えなければ。
安定した収入も無いのにどうかと思うが、譲れないものは譲れない。
「ジェイデン」と呼びかけば「なっ、なあに?」と返された。
まだ恥ずかしいのだろうか。
「滞在する部屋は風呂付きが良いのだが、あるだろうか?」
三人揃ってキョトンとしてしまった。
「共用なのか?そうなると貸し切らない限り、俺は入れないな…。」
前屈みと内股の人間を量産するだけでは済まなくなってしまう。
「あのね、シオンちゃん。基本的な事なのだけれど、この国にお風呂は無いわ。あったとしても王都からは遠い所よ。」
「………風呂、が、無い、?」
俺は雷に打たれたような、いや、それ以上の衝撃を受けた。
衝撃なんて生温いな。
これは絶望だ。
「風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い、風呂が無い……………。」
もう、それしか言葉が出てこない。
三人とも、俺の様子に絶句してしまった。
それ程までに、俺は酷い顔をしているのだろう。
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