星渦のエンコーダー

山森むむむ

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君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった

思考のトライアングラー

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 エイジス・セキュリティとヴィジョンデジタルテックスの警備ネットワークと電脳システムが協力し合い、島全体を覆う大規模ネットワーク障害に対応していた。
「悪い、また離席する」
 短く言いおいて、忙殺されていた渋川は席を離れた。彼が目指すは清宮兄妹とユエン。指で呼ぶが、様子がおかしい。動こうとせずに話し合っているから、彼らが集まる部屋の隅まで渋川は足を向けた。
「……待て、なんだその……」
「何って、おれ、その部分聞き取れてなかったんだけど」
「何があった?」
 渋川が呼びかけると、ユエンと流磨は一瞬目配せして向き直り、玲緒奈が顔を向ける。
「渋川さん、あの……電脳空間でのシノくんのやりとりのなかで、どうもおかしいことがあったみたいで」
「……なんだって?」
 各々の聞き取り調査ではわからなかった、重大な情報があった? 渋川は耳を傾ける。そのまま話を続けるよう促した。流磨はチェアに体重を預けつつ、額に手を当てて考え込むような仕草を見せた。ユエンは胸元のアクセサリーを握る。思い悩むときに見せる癖の一つだ。
「あの空間はシノ本人の心象や意思を反映していたはず……そのシノはあの時、半催眠状態だった」
 流磨はその確認に応じる。言い争っているわけではなさそうだが、玲緒奈は話の内容を考えるように顎に指を当てながら、傍らに立って聞いていた。ユエンも流磨や玲緒奈に目線を合わせるように腰を下ろす。声のトーンは下がっていった。
「嘘をつけないってことだよな。ってことは、言葉を聴覚で捉える相手を制限する、なんていう工作も難しいってことだろ」
「ああ、あそこでの『聴覚』は物理的な音ではなく、データ認識だ。もしもユエンが何か別の大きな音をあの瞬間、あの領域内で聞いたとして、それでも問題なくユエンは言葉を受け取れたはずなんだ」
虚響音ヴォイドエコー? ……声……謎かけのつもりか? やつの名前は対外的に隠蔽者ヒドゥンハンズ……で通ってるよな?」
「そのはずだ。FBIもそれが正しいと、度重なる調査の末に結論してる」
「わざわざ象徴として実働隊を呼び分けてるのか? こんな認知が面倒な凝った名称をつけて?」
 会話の該当部分に思い当たる節はある。渋川は静かに聞いた。
「逆コンパイルし崩壊させるつもりでいる……そのシノが目的を俺たちに開示…………あの時点でシノは制御権を争う戦いの最中で……」
 ユエンは下唇に拳を当てる。ぶつぶつと思考を纏めたいようだったが、流磨の確認が入った。
「おい、これ……なあ、シノの識別チップ、隠蔽者にとっては喉から手が出るほど欲しいものなんだよな?」
「ああ、そうだ。優先順位としては世界への加害から得られる利益より、シノ個人を自由に扱えるようにするということのほうが、やつらにとって高かったはずだ」
「待て、シノは病院で偽の医師に一度、酷い精神的拷問の末に……薬剤で催眠状態にされていた。クリスが引き剥がして連れて帰ってきた時、医師は追いかけてくるそぶりも見せなかったらしい」
「そりゃあ……」
 ユエンは拷問の程度を知らなかったらしい。ならば東雲柳が受けたダメージを推し量る材料も足らなかったろう。今この瞬間までおかしいと気づかなかったのも、無理はない。

「おかしいだろ? シノのことが欲しいなら、死に物狂いで追いかけてくるはずだ、誰もがそう思う」
「つまりあの時点で大方の目的を達成していたから、偽医師は追いかけてこなかった?」
「チップだけ手にしても意味はない。シノの生体組織と癒着しているコーティング部分もセットでないと。つまり背骨あたり。人体の急所も含んでる。急所ということは死んだら機能しなくなる。だからチップを利用するには東雲柳という個人を……」
「隠蔽者、ヒドゥンハンズ……手……ヴォイドエコーは音……」
「なるほど、つまり音……言葉、認識を操作するんだ。一時的にだが、やつらはおれに答えを導き出されることを嫌った」
 だからユエンにのみ認識を阻害する干渉をした。ユエンはあの瞬間、柳がほぼ同じことを意味する言葉を発したように認識させられ、そのためにその後の会話にも違和感を感じられなかったのかもしれない。
 玲緒奈が控えめに進み出た。
「ねえ、お兄ちゃん、ユエンさん、渋川さん、ちょっと待って……本当に正しいのかまで深く考えていないんだけど、聞いてくれない?」
「なんだ、れお」
「あの……」
 渋川はここで介入することにし、背中を押す。
「こういう話し合いは初めてだろうし緊張するだろうが、間違っていても誰もきみを否定しない。堂々と言ってみなさい」
「はい……」
 玲緒奈は深呼吸をし、兄に近寄る。無意識に不安を払拭したいのだろう。渋川は彼女に椅子を勧め、ユエンにも座るよう促した。
「その呼び分けは、目的の区別に過ぎないんじゃない?」
「目的?」
 ユエンはデスクに腕をついて最初に反応した。
「……組織の性質の話か?」
「待ってね……ええと、つまり……人間的な感情や意識が存在するものではないとしたら、隠蔽者は組織というより、システム的な利益追求そのものを指している」
 話が軌道に乗ってきた。ここは彼女が考えていることを一息に吐き出させたほうが良いと判断し、彼女以外の人間は静かに言葉を待った。
「本当に純粋に経済的利益を追求するための仕組みで、虚響音は利益を得るための演出をするという、手段。今回で言う、シノくんを悪の象徴に仕立て上げようとする行動そのものを指すってこと」
 一旦話しを切った玲緒奈は、兄を見つめた。流磨が問いかける。
「ふたつの名称は組織の中の上下とかじゃないってことか」
 流磨は額に貼り付けていた湿布を外し、玲緒奈はドリンクを一口飲んだ。
「だから両者の中に明確な利益の関係があるわけじゃない。電脳空間の存在なら、全部が一つの存在と考えることもできるでしょ。もしシノくんが虚響音の支配を完全に受けたとして、その時点で隠蔽者の一部になったことになる。響く音として存在することで、隠蔽者の利益が共振するかのように増幅される」
 ユエンは頷いて聞いている。一旦それに反応して唇を止めたが、そんな玲緒奈にユエンは先を要求した。
「続けて」
「私達みたいに指示側と直接に行動する側が別れてるわけじゃないの。ただシステムは分かたれてる」
「それで世界中を支配しているはずの隠蔽者という存在が掴めなくなってるってことか、理屈は変じゃない……本当にそうなんじゃないかって思えてくる」
「本当に根拠はないんだけど……」
「いや、おれの所属組織内にもその可能性に思い至っている人間がいるかもしれない。ただ共有はされていないってことは新たな発想なのかもしれない。とりあえず報告してみてもいいか」
「い、いいですけど……」
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