星渦のエンコーダー

山森むむむ

文字の大きさ
上 下
153 / 165
君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった

打ち明ける決意、その理由は君の存在

しおりを挟む
 重い結論は簡単には出ない。考える時間がほしい、今はそこまでしかわからないと、彼はそう言っているらしかった。
「その末にたどり着いたのが、柳の仮面の形成で……」
 仮面、その言葉を心情の説明に使ったことはない。
 装っていたのだ。柳は自分以外の誰かを。今、東雲柳はどんな顔をしているのだろうかと、そんなことさえも彼自身は知らなかった。生きていくために用意した仮面を付け替え、そしてひたすらに、ただただ、僅かな執着の対象を追っていた。

 自身が有名になろうと、それはネオトラバースを懸命にプレイしてきた結果に付随したものであって、自尊心にはなんの影響も与えてくれなかった。周囲の人間が喜ぶ、将来のキャリアにつながる、そんな打算と日常に得られる幸せだけが、柳の生きていく理由だった。
「私は寂しいと思ったけど、柳が一生懸命出した結論なら否定できない……それは柳の苦しみも否定することになるから」
 クリスは知ろうとしてくれていた、優しくありたいと願うのに、彼女の中の苦悩に気づくことができなかった。それは、柳が弱いからかもしれない。答え合わせをする。
「強すぎる記憶は、棘になって残る……」
 暗く、冷たく、痛い記憶だった。打ち明ける瞬間に、相手を傷つけるのではないかと錯覚するほどに。同情の涙などを流されれば、柳自身が耐えられないかもしれない。そうして長い間、荷物を渡し損ねてしまった。
 
「いいんだよ……」
 非常階段は、記憶の中から劣化し始めている。
「君たちにどう説明したらいいのか、そもそもどこまで説明したらいいのかがわからなかった」
 クリスタルの両手が柳のそれを包もうとする。体格と性別の違いから、彼女は柳のすべてを包むことはできない。それでも、柔らかい指からは体温が通じた。
「痛くて、苦しくても良かったよ。それで柳が少しでも楽になれたら……私たちには何も起きてない。でも起きちゃった柳のこと、支えて、元気に……なって欲しくて」
 柳は弱くない。クリスタルの空はそう言っていた。事件の被害者になるなど、普通には経験しない出来事だった。だから仕方ないのだと、クリスは柳の苦しみによって起きた不都合を、全て肯定しようとしていた。
「そう……君たちはずっと、そう言ってくれていたのにね」
 クリスも、あの兄妹もそうだった。彼らは、事件後に知り合った友人。親友と自負し、理由に名前をつけて、安心させてくれようとしたのだ。特に流磨は。
「ショックでも、悲しくても……」
「うん」
 覚悟を告げる。逃げ出すほど、中途半端な気持ちでいない。強く大きく、しっかりとした両目が柳を貫いた。海が晴れていく。
「もうそれは柳の一部だから」
「うん……」
「柳と、一緒にいたいから。それは流磨だって同じなの」
 
 汚いもの、冷たいものが全て柳から出ていく。クリスは皆で支えると言った。酸素が形を成して二人を包み込むように、視界に流れていった。
「そうだね、今はわかるんだ。君たちが話してくれって、ずっと言ってくれた意味が……だから君にこれを見せることができた。流磨にも、もう話すことにしてる」
 そうか、皆でなら、柳の重荷を持ち上げられるかもしれない。流磨は重すぎるから寄越せと言っていた。クリスは昔から態度で示している。
「そっか……実は、れおちゃんにも散々相談してきたから、れおちゃんも……」
「ああ、なんとなくわかってたんだけどね……それは」
 玲緒奈は、クリスと流磨を通したようで、少しだけ距離があった。彼女ももう、親友の妹ではない。親しい友人として接したい。
 ありがとう、一緒にここに来てくれて」
 薄れていく重機の重み、覆いかぶさる大人の影。揺らぎは仄かに光を受け、白亜は海底の隆起した砂漠になっていく。
「帰れるかもね、この調子なら」
 遠くに、電脳世界の端が再生されていた。安全な場所であることを示す領域だ。一部には光が降り注いでいる。
 
「僕が今、隠蔽者ヒドゥンハンズと制御権を争う処理にリソースを使わないで済んでいる……ということは、きっと現実世界での対応がうまくいきつつあるんだね」
「時間稼ぎをしただけでも、柳が頑張った甲斐はあったってことじゃない?」
 柳は、虚響音ヴォイドエコーの痕跡が残る腕を上げた。これはデータ上どう処理されるのか、まだ未知数だ。もしかしたら生涯残るデジタルタトゥーとなるかもしれない。
「そうかも。怒られる準備もしなくちゃ」
「誰も怒らないよ!」
 クリスは跳ねた。髪が逆立つように、怒りを持って広がる。
「……人の生死に関わるインシデント発生は阻止した。それでもきっと、僕が問題を完全に止められなかったことを責める動きはあるでしょ」
「なにそれ! 絶対許さない!」
「あはは、クリスが怒るの?」
 クリスは繋いだ手を解いて、肩をつかんで揺さぶろうとした。
「当たり前でしょ! きっと流磨も怒るよ、そんなこと言われたら! 島のみんな、あんたを庇ってくれる!」
「ありがと……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...