星渦のエンコーダー

山森むむむ

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君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった

世界の合間に

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 夕子は静かに話し出した。
『私達は、アメリカ合衆国に住んでいました。私は生まれも育ちも日本の日本人ですが、夫は日系……でも、親戚などの影響もあって……日本文化には、一般の日系アメリカ人よりも遥かに造詣が深い、と言えますね』
 柊は傍らに立ち、夕子の肩を抱く。ヴィジョンデジタルテックス社員たちは、夫妻の背後で指を走らせ、資料を纏め始めた。リリアはその動きに一瞬目を奪われながらも、話し続ける柳の母へと集中した。
『夫とは留学中に出会い、私はアーティストになりました。夫は、皆さんも知っての通り……ヴィジョンデジタルテックスという企業を造り、世界に広めました。その過程で、ネオトラバースという電脳スポーツに開発事業の手を広げました。現在は八割のシェアまで成長しています』
 母国でも、ネオトラバースは都市部で盛んなスポーツだった。また田舎の街にもついに繭が設置されるという知らせが届いた時、近所の友人たちが我先にと試したがって大人たちに叱られていた、そんな記憶がある。

『当時、ネオトラバースというスポーツはまだできたばかりです。黎明期には別の企業が、ネオトラバースシステムや電脳装備全般のプログラムやデザイン・開発の大手だった……デジタルアートワールドという会社です』
 そして、夕子の話題は本題に切り込もうとする。部のメンバーも同級生たちも、聞くべきか聞かないべきか、知っているのか知らないのか、その内容と認識には差異があり、夕子はまずその説明から始めることにしたようだった。
『……同級生で、小さな頃から島にいた人の中には、当時の柳が大人から怪我をさせられたという話を聞いたり、事件後の柳を見たりしたメンバーもいますね』
 リリアは、その柳の深刻な過去を殆ど知らない。クリスに聞いたところで、いつもある程度話したところで辛そうに目を伏せてしまうものだから、なんとなく先を聞きそびれていた。恋愛相談ならばいつでも受けられたが、その問題となる部分がどういう意味を持つのか。柳とクリスの間に何があるのか、柳の妙な心の壁の正体は一体何かをリリアは、本当は知りたかったのだ。
『事件名は、未来ノ島スポーツクラブ生体データ違法売却及び児童殺人未遂事件です』

 事件の名称から、数名が記憶をすぐに呼び起こして驚きの声を上げた。知らない生徒もいたが、この島の中で起こった事件。被害児童の特定はされないように情報をシャットアウトされた報道、また事件のあったスポーツクラブの、被害者と加害者が関係したクラスは即時解散という形をとって瓦解したため、東雲柳こそが殺人未遂の被害者だったことは、当時の同級生でも数名しか知らない。
 裁判、その判決、それらは公開されていたものの、判決当時十歳という年齢で同級生にとってもショックが大きい、その理由から積極的に知らされなかったため、内容があまり浸透していなかった。柳本人が知られたがらなかったことも大きい。

『犯人は元プロネオトラバース選手であり、当時未来ノ島スポーツクラブのコーチだった。黎明期に大手だった企業、その創業者の息子です』
 日向貴将。その顔写真と選手データが、立体映像で大写しにされた。
「日向選手!」
「……元、だろ」
「この事件のことだったのか……」
 純粋にファンであった生徒も存在するだろう。しかし事実は事実だ。
『その企業は、ヴィジョンデジタルテックスが影響力を大きくしていく過程で不祥事を起こしました。その出来事がきっかけで確かに業績は伸びていきましたが、それを理由に息子を攻撃したのは……はっきりと言えば完全な言いがかりと、私は捉えています……不祥事は弊社と何の関係もありませんでした』
 竜ヶ峰プロバーチャルリアリティスポーツ選手転落事故。ワイドショー、報道番組、週刊誌記事は一時この話題でもちきりであった。リアリズムがユーザーの電脳世界と現実世界の垣根を壊し、現状を正しく認識する力を壊す原因とバッシングを受け、デジタルアートワールドはまるで事件を引き起こしたというように世論に追い込まれていった。所属選手で創業者の息子だった日向貴将の動機とつながる。
『ヴィジョンデジタルテックスへの恨みをつのらせていた犯人は、その創業者である夫が愛する存在である息子・柳を殺せば、夫に対する復讐になる、そういった理屈での攻撃でした』
 水を打ったように部室は音を無くす。
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