146 / 165
君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった
世界の合間に
しおりを挟む
夕子は静かに話し出した。
『私達は、アメリカ合衆国に住んでいました。私は生まれも育ちも日本の日本人ですが、夫は日系……でも、親戚などの影響もあって……日本文化には、一般の日系アメリカ人よりも遥かに造詣が深い、と言えますね』
柊は傍らに立ち、夕子の肩を抱く。ヴィジョンデジタルテックス社員たちは、夫妻の背後で指を走らせ、資料を纏め始めた。リリアはその動きに一瞬目を奪われながらも、話し続ける柳の母へと集中した。
『夫とは留学中に出会い、私はアーティストになりました。夫は、皆さんも知っての通り……ヴィジョンデジタルテックスという企業を造り、世界に広めました。その過程で、ネオトラバースという電脳スポーツに開発事業の手を広げました。現在は八割のシェアまで成長しています』
母国でも、ネオトラバースは都市部で盛んなスポーツだった。また田舎の街にもついに繭が設置されるという知らせが届いた時、近所の友人たちが我先にと試したがって大人たちに叱られていた、そんな記憶がある。
『当時、ネオトラバースというスポーツはまだできたばかりです。黎明期には別の企業が、ネオトラバースシステムや電脳装備全般のプログラムやデザイン・開発の大手だった……デジタルアートワールドという会社です』
そして、夕子の話題は本題に切り込もうとする。部のメンバーも同級生たちも、聞くべきか聞かないべきか、知っているのか知らないのか、その内容と認識には差異があり、夕子はまずその説明から始めることにしたようだった。
『……同級生で、小さな頃から島にいた人の中には、当時の柳が大人から怪我をさせられたという話を聞いたり、事件後の柳を見たりしたメンバーもいますね』
リリアは、その柳の深刻な過去を殆ど知らない。クリスに聞いたところで、いつもある程度話したところで辛そうに目を伏せてしまうものだから、なんとなく先を聞きそびれていた。恋愛相談ならばいつでも受けられたが、その問題となる部分がどういう意味を持つのか。柳とクリスの間に何があるのか、柳の妙な心の壁の正体は一体何かをリリアは、本当は知りたかったのだ。
『事件名は、未来ノ島スポーツクラブ生体データ違法売却及び児童殺人未遂事件です』
事件の名称から、数名が記憶をすぐに呼び起こして驚きの声を上げた。知らない生徒もいたが、この島の中で起こった事件。被害児童の特定はされないように情報をシャットアウトされた報道、また事件のあったスポーツクラブの、被害者と加害者が関係したクラスは即時解散という形をとって瓦解したため、東雲柳こそが殺人未遂の被害者だったことは、当時の同級生でも数名しか知らない。
裁判、その判決、それらは公開されていたものの、判決当時十歳という年齢で同級生にとってもショックが大きい、その理由から積極的に知らされなかったため、内容があまり浸透していなかった。柳本人が知られたがらなかったことも大きい。
『犯人は元プロネオトラバース選手であり、当時未来ノ島スポーツクラブのコーチだった。黎明期に大手だった企業、その創業者の息子です』
日向貴将。その顔写真と選手データが、立体映像で大写しにされた。
「日向選手!」
「……元、だろ」
「この事件のことだったのか……」
純粋にファンであった生徒も存在するだろう。しかし事実は事実だ。
『その企業は、ヴィジョンデジタルテックスが影響力を大きくしていく過程で不祥事を起こしました。その出来事がきっかけで確かに業績は伸びていきましたが、それを理由に息子を攻撃したのは……はっきりと言えば完全な言いがかりと、私は捉えています……不祥事は弊社と何の関係もありませんでした』
竜ヶ峰プロバーチャルリアリティスポーツ選手転落事故。ワイドショー、報道番組、週刊誌記事は一時この話題でもちきりであった。リアリズムがユーザーの電脳世界と現実世界の垣根を壊し、現状を正しく認識する力を壊す原因とバッシングを受け、デジタルアートワールドはまるで事件を引き起こしたというように世論に追い込まれていった。所属選手で創業者の息子だった日向貴将の動機とつながる。
『ヴィジョンデジタルテックスへの恨みをつのらせていた犯人は、その創業者である夫が愛する存在である息子・柳を殺せば、夫に対する復讐になる、そういった理屈での攻撃でした』
水を打ったように部室は音を無くす。
『私達は、アメリカ合衆国に住んでいました。私は生まれも育ちも日本の日本人ですが、夫は日系……でも、親戚などの影響もあって……日本文化には、一般の日系アメリカ人よりも遥かに造詣が深い、と言えますね』
柊は傍らに立ち、夕子の肩を抱く。ヴィジョンデジタルテックス社員たちは、夫妻の背後で指を走らせ、資料を纏め始めた。リリアはその動きに一瞬目を奪われながらも、話し続ける柳の母へと集中した。
『夫とは留学中に出会い、私はアーティストになりました。夫は、皆さんも知っての通り……ヴィジョンデジタルテックスという企業を造り、世界に広めました。その過程で、ネオトラバースという電脳スポーツに開発事業の手を広げました。現在は八割のシェアまで成長しています』
母国でも、ネオトラバースは都市部で盛んなスポーツだった。また田舎の街にもついに繭が設置されるという知らせが届いた時、近所の友人たちが我先にと試したがって大人たちに叱られていた、そんな記憶がある。
『当時、ネオトラバースというスポーツはまだできたばかりです。黎明期には別の企業が、ネオトラバースシステムや電脳装備全般のプログラムやデザイン・開発の大手だった……デジタルアートワールドという会社です』
そして、夕子の話題は本題に切り込もうとする。部のメンバーも同級生たちも、聞くべきか聞かないべきか、知っているのか知らないのか、その内容と認識には差異があり、夕子はまずその説明から始めることにしたようだった。
『……同級生で、小さな頃から島にいた人の中には、当時の柳が大人から怪我をさせられたという話を聞いたり、事件後の柳を見たりしたメンバーもいますね』
リリアは、その柳の深刻な過去を殆ど知らない。クリスに聞いたところで、いつもある程度話したところで辛そうに目を伏せてしまうものだから、なんとなく先を聞きそびれていた。恋愛相談ならばいつでも受けられたが、その問題となる部分がどういう意味を持つのか。柳とクリスの間に何があるのか、柳の妙な心の壁の正体は一体何かをリリアは、本当は知りたかったのだ。
『事件名は、未来ノ島スポーツクラブ生体データ違法売却及び児童殺人未遂事件です』
事件の名称から、数名が記憶をすぐに呼び起こして驚きの声を上げた。知らない生徒もいたが、この島の中で起こった事件。被害児童の特定はされないように情報をシャットアウトされた報道、また事件のあったスポーツクラブの、被害者と加害者が関係したクラスは即時解散という形をとって瓦解したため、東雲柳こそが殺人未遂の被害者だったことは、当時の同級生でも数名しか知らない。
裁判、その判決、それらは公開されていたものの、判決当時十歳という年齢で同級生にとってもショックが大きい、その理由から積極的に知らされなかったため、内容があまり浸透していなかった。柳本人が知られたがらなかったことも大きい。
『犯人は元プロネオトラバース選手であり、当時未来ノ島スポーツクラブのコーチだった。黎明期に大手だった企業、その創業者の息子です』
日向貴将。その顔写真と選手データが、立体映像で大写しにされた。
「日向選手!」
「……元、だろ」
「この事件のことだったのか……」
純粋にファンであった生徒も存在するだろう。しかし事実は事実だ。
『その企業は、ヴィジョンデジタルテックスが影響力を大きくしていく過程で不祥事を起こしました。その出来事がきっかけで確かに業績は伸びていきましたが、それを理由に息子を攻撃したのは……はっきりと言えば完全な言いがかりと、私は捉えています……不祥事は弊社と何の関係もありませんでした』
竜ヶ峰プロバーチャルリアリティスポーツ選手転落事故。ワイドショー、報道番組、週刊誌記事は一時この話題でもちきりであった。リアリズムがユーザーの電脳世界と現実世界の垣根を壊し、現状を正しく認識する力を壊す原因とバッシングを受け、デジタルアートワールドはまるで事件を引き起こしたというように世論に追い込まれていった。所属選手で創業者の息子だった日向貴将の動機とつながる。
『ヴィジョンデジタルテックスへの恨みをつのらせていた犯人は、その創業者である夫が愛する存在である息子・柳を殺せば、夫に対する復讐になる、そういった理屈での攻撃でした』
水を打ったように部室は音を無くす。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる