星渦のエンコーダー

山森むむむ

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巨星落つ闇の中

その問いに答えよ

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「この空間、お前の意志で操作しているんだろう? シノ」
 ユエンが問うてきた。彼はきっと流磨とクリスの安全を守る立場だ。当然だろう。
「何をしていて、何をするつもりなのか、俺たちに教えてくれるか」
 流磨は、真剣な目をしていた。君たちになら、教えてもいい。だけど、来るべきではないと言ったのに来てしまったのだ。迷ったが、この情報を渡すことで彼らの安心を買えるのなら、安い損失だ。柳は、自分の口からある程度の情報を出すことを許した。
「今、僕の生体識別チップを通じて収集されたデータは、グローバルネットワーク上で波及効果を発生させている。しかし、僕の目的は人命の抹消やインシデントの誘発ではない。生死に直結するデバイスへの干渉は、僕のアルゴリズムによってすべてリアルタイムでモニタリングされ、現状は隠蔽者ヒドゥンハンズが操作する媒体……この虚響音ヴォイドエコーの手から守られている。自身のすべてのシステムリソースを用いて、隠蔽者というシステムを逆コンパイルし、目的を妨害し、崩壊させるつもりでいる」
 相手にわかりやすいように説明する場面なのに、制御権を争ったままの状態で、そこまでのリソースは割けなかった。3人はあっけにとられたように立ち尽くしている。
「あはは……はは!」
 ユエンが最初に反応した。彼なら全てを理解しただろうが、他の二人はどうだろうか。
「だめだ…………うん、多分、表面上の意味くらいはわかった」
 流磨も専門分野はメンタルであり、早口でまくしたてるように再生されたこの計画概要を理解するのは、おそらく不得手なほうだろう。
 クリスに関しては、あまり技術的な話しをしたことはなかった。大枠を理解してはいるだろうが、普段の会話と大きく異なる文脈で話され、少し戸惑ったように見開いていた目を、柔らかく細めた。
「そっか、柳って……頭いいんだったね」

 ややあって、クリスが再び口を開く。
「なんで、私達が帰ってきてほしいって言っても、柳は帰ってきてくれないの?」
 帰れない理由を問われている。回答を文章化したものを、唇が再生する。
「仮に僕が生還したとして、隠蔽者ヒドゥンハンズの情報操作アルゴリズムにより世界中でサイバークライムの首謀者として認識される末路が待っている。攻撃を受けた結果こうなったというのは、言い訳に過ぎない。ある視点から見れば、僕は完全なるマリシャスアクターだ。居場所はもはや存在しない。君たちも共に帰れば東雲柳の友人として、世界中から指弾されることになる」

 なぜだか、全員が微笑んで柳を見ていた。意味が分からず見返す。
 普段ならば理解できたのかも知れない。しかし、今は遠く靄がかかったように、制御権の奪い合いが処理を阻んでいる。腕の拘束がさらに強まった。
「優しさ……あ、もちろん相手に理解されないと話が進まないとかっていう理由もある、と思うけど。わかったよ、柳ってやっぱり優しいって」
 突然に話題のカテゴリが変わったような気がしていた。クリスは全身に纏っていた柔らかな雰囲気を変化させ、なにかを諦めたかのようにこちらを見た。
 おそらく、この認識は間違ってはいない。ユエンと流磨も戸惑ったように彼女を見やる。

「私、考えたんだよ一応……あんたに何を言おうかって。でも、あんたの顔見たら全部吹っ飛んじゃった」
 一体何の話をしようというのだろう。
「優しさって、やっぱり自分以外の方に意識が行きがちだけど……自分への優しさも必要不可欠だと思う。あんたは……自分に優しくしない」
 クリスは、相変わらず綺麗な瞳だった。僅かな微笑みが消え、悲しみに伏せられた瞼。その睫毛のあわいから空色を垣間見る。
「許してよ、柳は柳自身を……自分に優しくして、許してあげて欲しい」
 理解を阻むなにかが、音を立てて騒ぎ出した。
「でなきゃ、ずっと苦しいまま……あんたのこと見てると、私まで痛い」
 このままじゃ駄目だ、それはわかっていた。しかし、きっと自分が全てを知ってしまえば、クリスを傷つけてしまうに違いない。その時が来たら、耐えられると思えなかった。彼女を泣かせたくなかった。彼女が傷つくことが正しい未来なんて、認められないから、だから自分から手放そうとしたのに。
「ん……、じゃあ、しょうがないか……一つ質問があるの。聞いてくれる?」
 クリスは少しだけ離れたところに立ち、その胸に咲く象徴であるクリスタルの、その縁に触れて笑った。
「……これ、どうやったら壊せる……?」
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