星渦のエンコーダー

山森むむむ

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巨星落つ闇の中

東雲柳救出作戦第十六回作戦会議 桐崎ヴィンセントの視線

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 ヴィンセントは、事態を把握してすぐに仮眠から戻った。
「状況は」
 自社の社員たちに問えば、既に状況説明のため用意されていた報道内容の羅列、ニュース映像が多重展開される。
「トラフィック、要点に絞って展開します」

 電脳体験室に広がる映像配信のレイヤーを、目慎重にで追う。東雲柳の背中の傷をヴィジュアルイメージとして利用し、全世界に広がるネットワーク障害、サイバー攻撃の数々。明らかに同一の出処であるかのように演出している。敵対組織が世界的にネットワークを張っているものなら、拠点も攻撃する存在も、一つきりなはずがない。リスクも無駄も大きすぎる。
「……この白い線、組織の印象捜査の一環だと感じるか?」
 社員は、全く同意見と答えた。

 未だ正体の分からないこの存在が、少年『東雲柳』のイメージと、此度の大災害とも言える攻撃を結びつけようとしていることは明らかである。
 決して許されない。許されてはならない。利用するだけ利用し、東雲柳を吸い取って空にするつもりだ。生命が精神没入という形を取って電脳世界に飛び込み、現実世界を海と陸のように行き来する。人類は新たな自由を手に入れる。物理法則から開放され、経済格差、僻地・都市部の受ける恩恵を限りなく小さくし、全人類が情報社会の恩恵を受ける。
 それがヴィンセントの、電脳世界の発展に望む大義だ。繭は、世界中に設置しようという段階になって、新たに生産される機体に全て世界同一の破壊・盗難防止対策技術が投入されている。どのような治安地域に対しても設置できるよう配慮され、常人の考える方法ではおよそ破壊できないよう設計されている。
 今回は柳がそれを利用して、自らを隔離してしまったのだが。クリスらが工具を使ってこじ開けようとしたらしい。しかし人の手で持ち使える工具程度をいくら打ち付けても、中から彼を出すことは不可能だった。

 人類は、個人を追い詰めて意思と命を欲望に変換するために、ネットワークを整備し、活動領域を電脳世界に求めたのではない。
 単なる会話、データ交換、対面しているかのような濃密なやりとりや、感覚の共有。ビジネス、金融、公共の福祉、そしてネオトラバースのような新しい分野の開発。
 ネットワーク、セキュリティ、IT関連を始めとする多くの関連業種の働き手は、人々の人生と生活が豊かになるようにと、夢のある未来を描けるようにと尽力しているのだ。
 電脳世界が現実と変わらぬ身近な場所として存在するようになる前、仮想空間が架空の物語の中だけにある夢の国と思われていた頃から込められてきた数多の人の思いを、夢を、努力を全て踏みにじる犯罪。そしてそれだけでは飽き足らず、命をも。
 現実に血を流さない静かな殺人。それでも、この世界を深く知るヴィンセントはマグマのような怒りを感じていた。今、叫ばずにいることが難しく感じるほどに。

「社長!」
「クリスちゃん!」
 東雲夫妻とクリスタルが病院から戻ってきた。クリスは歩み寄ってくる。今度は、ヴィンセントを呼び駆け寄る元気すら無い程に、疲れ切っているようだ。ヴィンセントは娘を抱きしめ、細い体を支えた。
「クリス……もう知っているんだな、その調子では」
「車の中で、大体のことは聞いた」
 柊がヴィンセントに会釈して通り過ぎ、自社スタッフに声をかけた。彼も人の親としての厳しい試練にさらされている。車でここまで来るその間に、少しでも眠ることができればよかったのに。夕子の目の下にも隈がくっきりと入っている。
 現状はこうも残酷に人々を追い詰めていた。
「サファイア……」
「クリス、あなたの気持ちはわかるわ。でも少し休みなさい……」
 柳も、クリスタルも、そして愛する隣人、柊や夕子も卑怯者たちの手によって傷つけられ続けている。

「クリス、私はクリスや流磨くんやユエンくんが、柳くんを取り戻せるように全力を尽くす」
 ヴィンセントは娘の二の腕を握って支える。横にいたサファイアもクリスタルの頭を撫でた。クリスはなぜだか身を固くして、目を伏る。
「だから約束してくれ。一緒に戻ってくるんだ。今度こそ本当に」
 視線を合わせるために屈む。手を離して、握っていた二の腕をぽんと叩いた。
「負けてられないだろう?」
 負けん気の強い娘になった。柳のことを想い、ふさわしい自分になれるように頑張っていると聞いている。ヴィンセントの言葉に少しだけ顔を上げ、クリスは目を合わせてきた。強い眼差しが戻る。色はヴィンセントのものだが、そうして見つめてくる目つきはサファイアとそっくりだ。
「……うん、わかったよ。私は…………私は自分のできることを精一杯やるから……」
「クリス、本当にいい娘に育ったよ」
「ありがと、パパ。ママ……」
 クリスはサファイアの抱擁を受けてから歩み出る。玲緒奈が繭の清掃を終えていた。
「クリスちゃん」
「うん、れおちゃん」
 ユエンと流磨も集まってきた。配置転換はあったが、彼らを除けばほとんど変わらないポジションで全員が作業に入る。決戦の時は目前だ。だが今回は警察のサイバー犯罪対策課も同席している。緊張感が増すが、士気に影響しないだろうか。人員の殆どがまだ社会に出たこともない若者だ。

『じゃあ、始めるぞー皆。臨時の臨時リーダーの渋川だ。トイレとか行ってる奴はいないな』
 渋川は演台に立ったが、そう言うとすぐにユエンに物理マイクを手渡した。
『ありがとう、渋川さん……臨時リーダーのユエンだ。今回はおれのかわりに、渋川さんがリーダーをやってくれるらしい。今の変な自己紹介はそういう意味だから、あんま気にしないで』
 緊張しているのか、笑う聴衆の顔は引きつっている。
『知らせている通り、おれもライセンスを取得できたから今回一緒にあちらへ行く。桐崎クリスタル、清宮流磨、チェン・ユエンの三人で対面して柳を引きずり戻す。どんな手を使ってでも……』
 多数のメンバーが頷く。
『その前に解決しないといけない問題がいくつか考えられる。でも全ては今、組織の企みで何が起きるかわからない環境にあるんだ。そこで部やクラスの皆、大人の皆さんの指示に従って、全員でかかる』
『警察の人たちは渋川さんと一緒にやってくれる。細かい対処はその場でリーダーが指揮。渋川さんがエイジス・セキュリティさんの提供してくれたシステムを流用して、指揮系統を整備した。皆を最大5人の班に分け、指示がわかりやすく飛ぶヴィジュアライザーを各デスクに配置している』
 デスクにつく全員が席に座るよう指示される。ここに席のないクラスメイトや一年生たちはデバイスに班の構成が表示された。
『色々なやり方で各々に認識しやすい指示がされるはずだ。未来ノ島学園に通う皆は、学習過程で分析されている認識傾向をもとに、今回AIの助けを借りて指示が変換される。絵がわかりやすいやつは絵、声でわかるやつは音声。だからデバイス操作を割り当てられている人員は全員、情報分析用バイザーを着用すること』
 座った者たちが人数分置かれていたバイザーを装着する。これで眼の前に展開された情報と手元に見える立体書類、奥にいるユエンたちを同時に認識し、並行処理することができるだろう。
『リーダーの選定は適正を見てAIが割り振っている。決まったやつは学年所属関係なく、大方の自動生成指示に従いながらやればうまくいくはずだ。リーダー以外は指示に従ってくれ』
 ユエンは一度、渋川にマイクを手渡した。普段の軽薄な雰囲気は鳴りを潜めている。
『なぜこれほどシステムによって人員を細分化したか、それは今起きている世界規模の組織の攻撃が原因で、何かが起きてもその班だけをシャットアウトして全体の処理を続けることができるようにだ。だから切り離しやすいよう、班ごとに小規模ネットワークで区分けしている』

 物理マイクをもう一つ受け取り、ユエンが続けた。
『世界が攻撃されているが、今はこの島と数カ国だけが電脳ネットワークをクローズにして難を逃れている。だけどこのままでは済まない。奴らは必ず壁を打ち破っておれたちを攻撃しようとするだろう。……東雲柳のいる、この島を』
 その名前が出た瞬間、人員の全員が目の色を替えた。柳の命がかかっている。自分たちの暮らしがかかっている。未来がかかっている!
『島を守り、東雲柳を取り戻す!』
 ユエンが声を張り上げる。聴衆が続いた。心は一つだ。

 渋川が吠える。
『組織の最終目標がなんだろうと、彼を取り戻せばその企みは頓挫する! 全員が全身全霊で役割を果たす! ……作戦開始ィ!』
 
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