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巨星落つ闇の中
東雲柳救出作戦 決戦のときは近い
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起床し、病院まで見舞いに行くというクリスタルを見送った後、玲緒奈は食欲がわかないため朝食が取れなかった。
仕方なく食堂のテーブルを後にし、部室に入って協力者たちと挨拶した。まず動き始めれば、少しは元気が出るかも知れない。
見慣れない女性が大人たちの席に座っていた。情報集中処理用バイザーが青く発光し、レイヤー越しにメイクされた華やかな目元が見えた。その制服は洗いたてで、皺一つ無い。
「おはようございます……交代したんですね」
「我々で最後じゃないかしら。上の采配で、ちゃんと交代できるように人数を増やしてるわ」
どうやら彼女が今のヴィジョンデジタルテックスのリーダーらしい。昨夜は男性だったと思う。彼らは交代で常時対応している。昨夜からいた人たちは、今この部屋にいなかった。聞けば仮眠の時間だという。
隣にいるエイジス・セキュリティ社員も初めて見る顔だ。こちらは男性社員で、作業着のような赤色が入ったジャケットを着用していた。
同じタイミング、でエイジス・セキュリティとヴィジョンデジタルテックスは社員を交代させているようだ。
この2つの企業の社員は、スーツの人員以外は薄く色が入った制服が赤色と青色。そのお影で、玲緒奈ら一般生徒たちにも大まかに区別できた。
外は現状の深刻さを嘲笑うかのように眩しく晴れ渡っている。
ため息をつく元気もなく、常設デバイス群の席の一つを使って作業を始めようとした。これから起こるはずの出来事を思うと、気持ちは沈み込んでゆく。
親友の切実なる愛と、自分の持つ友情。どちらも玲緒奈にとっては大切だった。
「れお」
兄の声が響いた。玲緒奈は顔をあげ、その眼差しを受け止める。いつもは自分を支え逞しく感じられる存在も、今はただ心中を見透かしてくるのではないかというおそれへと変わっていた。
ただ、悟られたくはなかった。今は。
「なに、お兄ちゃん」
「お前はこの後の方が忙しいんだから、代わるよ。ユエンにも言ってきた。クリスを見送るんだろ」
「なんでお兄ちゃんが……? お兄ちゃんこそクリスちゃんと一緒に行くんだから、今は休まなくちゃいけないでしょ」
「平常時ならそう判断するところだ……ただ、俺は今、正直かなりヤバい。何もせずにいると、どうにも余計なことまで考える」
兄を深く知っている。親友の影響からか感情を抑え、ロジカルに冷静にとメンタルをコントロールしようとしているが、本当は感情豊かなのだ。幼少期は玲緒奈よりもはるかによく笑い、泣き、怒ったのが兄だ。
「すっかり立場が逆転したね、お兄ちゃん」
「……? なんのことだよ。いーから休め」
頭を撫でられる。この歳になっても、なぜか悪い気分はしない。異性ではあるが下手をしたら同性の友人と同じくらいに仲がいいから、よく恋人同士と間違えられるくらいなのだ。
自分も兄も、それを言われると真っ向否定するが。
確かに兄のことは好いている。だが血の繋がった人間と恋人と間違えられたくないのが、健全な情緒だろう。兄妹なのに、一見して姿形が全く似ていないことが最も大きい理由だろうが。
「なあ、れお」
「なに?」
「……何か隠してないか」
やはり、兄には敵わないようだ。でも、打ち明けるわけにはいかなかった。
追及を避けるために、無駄と分かっていても誤魔化し続ける。打ち明けなければ、誤魔化し通せたのと同じこと。
「なにも? お兄ちゃんこそ。もう少し冷静になった方がいいよ」
「あー、やっぱ、余計なこと考えるとダメだな。大人しく作業する」
玲緒奈はさりげなく部室から退散し、ほっと一息をついた。そろそろクリスタルが戻る頃だ。彼女の好きな紅茶を淹れてやれるかもしれないと、給湯室に入ろうとした時だった。
「れお! 今すぐきてくれ!」
大声で流磨が呼んだ。玲緒奈は踵を返して、兄の元へ駆け足で向かう。部室内で作戦の準備をしていた大人たちと、別室で作業していたユエンらが部室中央に集合していた。
明らかに緊急の事態だ。部室入り口から見て彼らの向こう、大型ARモニター群には緊急ニュースと妙な動画が流されている。
「やつらだ、間違いなくこれは」
「こんにちは。通報を受けましたが、高崎先生は?」
玲緒奈の側を通り抜けて警察関係者が入ってくる。彼らはこの事態が始まってから何度か見た顔だった。
「通報した高崎です」
高崎は一礼し、エイジス・セキュリティ社員と共に並ぶ。サイバー対策課の警察関係者に説明が必要な事態。彼らが真剣に対応を競技するような出来事。
玲緒奈は血の気が引いた。
「島だけでなく、世界規模でのネットワーク障害を仕組まれたものと思われます」
エイジス・セキュリティ社員が、警察関係者のデバイスに根拠となる資料を飛ばしたようだった。それを確認した彼は随伴の女性と共に頷く。
「東雲柳くんは我が未来ノ島学園の生徒であり、プロネオトラバース選手です。しかし彼がこのような行為をする動機はありません。それよりも、彼が意識を囚われているダークネット上の『組織』と呼ばれている存在が、彼を媒介にしてこれを企んだものと」
高崎が進言する。しかし警察官としてはそれを鵜呑みにはできないだろう。
「警察はエイジス・セキュリティさんと連携して現在捜査中で、全てを明かすことはできません。しかし非公開の情報筋ですが……ほぼ確信に至っている点がいくつかあります。我々も、大多数がその見解でおりますので……この後の対応について、内密に情報を共有したいと思っているのですが、改めて、宜しいでしょうか?」
「れお、こっちだ!」
兄に呼ばれていたのだった。慌てて小走りで寄る。
「ごめん、お兄ちゃん。なに?」
「……見てくれ」
ユエンが玲緒奈のために一歩横に動き、玲緒奈は流磨とユエンに挟まれて立つ。ヴィジョンデジタルテックス社員が空中に資料を広げた。どうやらこの後の作戦のため集まる生徒たちに見せようと、少し前から報道や現場の内容を集めて整理していたらしい。
視認できる範囲に広がる内容によれば、大規模ネットワーク障害が発生している。
数多くのネットワーク制御機器、そしてあらゆる社会システム全般が機能不全に陥っている。報道に乗った動画の一部には、白く枝分かれしながら広がる、奇妙な紋様が映り込んでいた。
「…………これは、やばいかもしれねーやつか」
流磨は眉間に深く皺を寄せながら、低い声で聞いた。ユエンが答える。
「だと思う……やつらは、シノの退路を塞ぐつもりだ」
仕方なく食堂のテーブルを後にし、部室に入って協力者たちと挨拶した。まず動き始めれば、少しは元気が出るかも知れない。
見慣れない女性が大人たちの席に座っていた。情報集中処理用バイザーが青く発光し、レイヤー越しにメイクされた華やかな目元が見えた。その制服は洗いたてで、皺一つ無い。
「おはようございます……交代したんですね」
「我々で最後じゃないかしら。上の采配で、ちゃんと交代できるように人数を増やしてるわ」
どうやら彼女が今のヴィジョンデジタルテックスのリーダーらしい。昨夜は男性だったと思う。彼らは交代で常時対応している。昨夜からいた人たちは、今この部屋にいなかった。聞けば仮眠の時間だという。
隣にいるエイジス・セキュリティ社員も初めて見る顔だ。こちらは男性社員で、作業着のような赤色が入ったジャケットを着用していた。
同じタイミング、でエイジス・セキュリティとヴィジョンデジタルテックスは社員を交代させているようだ。
この2つの企業の社員は、スーツの人員以外は薄く色が入った制服が赤色と青色。そのお影で、玲緒奈ら一般生徒たちにも大まかに区別できた。
外は現状の深刻さを嘲笑うかのように眩しく晴れ渡っている。
ため息をつく元気もなく、常設デバイス群の席の一つを使って作業を始めようとした。これから起こるはずの出来事を思うと、気持ちは沈み込んでゆく。
親友の切実なる愛と、自分の持つ友情。どちらも玲緒奈にとっては大切だった。
「れお」
兄の声が響いた。玲緒奈は顔をあげ、その眼差しを受け止める。いつもは自分を支え逞しく感じられる存在も、今はただ心中を見透かしてくるのではないかというおそれへと変わっていた。
ただ、悟られたくはなかった。今は。
「なに、お兄ちゃん」
「お前はこの後の方が忙しいんだから、代わるよ。ユエンにも言ってきた。クリスを見送るんだろ」
「なんでお兄ちゃんが……? お兄ちゃんこそクリスちゃんと一緒に行くんだから、今は休まなくちゃいけないでしょ」
「平常時ならそう判断するところだ……ただ、俺は今、正直かなりヤバい。何もせずにいると、どうにも余計なことまで考える」
兄を深く知っている。親友の影響からか感情を抑え、ロジカルに冷静にとメンタルをコントロールしようとしているが、本当は感情豊かなのだ。幼少期は玲緒奈よりもはるかによく笑い、泣き、怒ったのが兄だ。
「すっかり立場が逆転したね、お兄ちゃん」
「……? なんのことだよ。いーから休め」
頭を撫でられる。この歳になっても、なぜか悪い気分はしない。異性ではあるが下手をしたら同性の友人と同じくらいに仲がいいから、よく恋人同士と間違えられるくらいなのだ。
自分も兄も、それを言われると真っ向否定するが。
確かに兄のことは好いている。だが血の繋がった人間と恋人と間違えられたくないのが、健全な情緒だろう。兄妹なのに、一見して姿形が全く似ていないことが最も大きい理由だろうが。
「なあ、れお」
「なに?」
「……何か隠してないか」
やはり、兄には敵わないようだ。でも、打ち明けるわけにはいかなかった。
追及を避けるために、無駄と分かっていても誤魔化し続ける。打ち明けなければ、誤魔化し通せたのと同じこと。
「なにも? お兄ちゃんこそ。もう少し冷静になった方がいいよ」
「あー、やっぱ、余計なこと考えるとダメだな。大人しく作業する」
玲緒奈はさりげなく部室から退散し、ほっと一息をついた。そろそろクリスタルが戻る頃だ。彼女の好きな紅茶を淹れてやれるかもしれないと、給湯室に入ろうとした時だった。
「れお! 今すぐきてくれ!」
大声で流磨が呼んだ。玲緒奈は踵を返して、兄の元へ駆け足で向かう。部室内で作戦の準備をしていた大人たちと、別室で作業していたユエンらが部室中央に集合していた。
明らかに緊急の事態だ。部室入り口から見て彼らの向こう、大型ARモニター群には緊急ニュースと妙な動画が流されている。
「やつらだ、間違いなくこれは」
「こんにちは。通報を受けましたが、高崎先生は?」
玲緒奈の側を通り抜けて警察関係者が入ってくる。彼らはこの事態が始まってから何度か見た顔だった。
「通報した高崎です」
高崎は一礼し、エイジス・セキュリティ社員と共に並ぶ。サイバー対策課の警察関係者に説明が必要な事態。彼らが真剣に対応を競技するような出来事。
玲緒奈は血の気が引いた。
「島だけでなく、世界規模でのネットワーク障害を仕組まれたものと思われます」
エイジス・セキュリティ社員が、警察関係者のデバイスに根拠となる資料を飛ばしたようだった。それを確認した彼は随伴の女性と共に頷く。
「東雲柳くんは我が未来ノ島学園の生徒であり、プロネオトラバース選手です。しかし彼がこのような行為をする動機はありません。それよりも、彼が意識を囚われているダークネット上の『組織』と呼ばれている存在が、彼を媒介にしてこれを企んだものと」
高崎が進言する。しかし警察官としてはそれを鵜呑みにはできないだろう。
「警察はエイジス・セキュリティさんと連携して現在捜査中で、全てを明かすことはできません。しかし非公開の情報筋ですが……ほぼ確信に至っている点がいくつかあります。我々も、大多数がその見解でおりますので……この後の対応について、内密に情報を共有したいと思っているのですが、改めて、宜しいでしょうか?」
「れお、こっちだ!」
兄に呼ばれていたのだった。慌てて小走りで寄る。
「ごめん、お兄ちゃん。なに?」
「……見てくれ」
ユエンが玲緒奈のために一歩横に動き、玲緒奈は流磨とユエンに挟まれて立つ。ヴィジョンデジタルテックス社員が空中に資料を広げた。どうやらこの後の作戦のため集まる生徒たちに見せようと、少し前から報道や現場の内容を集めて整理していたらしい。
視認できる範囲に広がる内容によれば、大規模ネットワーク障害が発生している。
数多くのネットワーク制御機器、そしてあらゆる社会システム全般が機能不全に陥っている。報道に乗った動画の一部には、白く枝分かれしながら広がる、奇妙な紋様が映り込んでいた。
「…………これは、やばいかもしれねーやつか」
流磨は眉間に深く皺を寄せながら、低い声で聞いた。ユエンが答える。
「だと思う……やつらは、シノの退路を塞ぐつもりだ」
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