132 / 158
巨星落つ闇の中
東雲柳救出作戦 緊急招集
しおりを挟む
「ただいま、マム」
リリアは未来ノ島中央繁華街近くの自宅へと戻った。街の灯りが窓からチラチラと透けて見える。細く綺麗なドアベルを鳴らしながら店舗側の入り口を抜けると、馴染みの客がカウンターで話し込んでいた。
「おー、おかえりリリアちゃん」
「なんか学校の子が大変なんだって? テストが延期になったって聞いたよ」
この夫婦は島に引っ越してきた頃、この店を始めた日から通ってくれている常連だった。突然日本の人工島に引っ越すという出来事に戸惑っていた中学生のリリアを、彼らは優しく暖かく見守ってくれた。
「そうなんだよ。でもテストよりも大変なことになってるかも」
「おかえり、リリア。大丈夫なの? そのトラブルっていうのは」
母がカウンター裏のパントリーから顔を出す。どうやら挨拶はよく聞こえてなかったらしい。いつものことだった。
「ただいま。柳……思ったより深刻で。明日も8時には集まってくれって言われたんだ」
「まあ……」
何があったか、今全てを話すことはできない。母はデバイスを立ち上げ、学校からの連絡にも具体的な説明が入らないことを確認していた。警察も口外するなと言っている。まさか自分が警察の入るような重大な出来事に関わるなんて。
いや、これに関しては柳に近しいクリスらもそうだろう。有名で人気なので忘れがちだが、柳は一般人。高専生兼、ネオトラバース選手、なのだ。
「よくはわからないけど、リリアの思うようなやりかたで、一生懸命支えてあげなさい。あなたがいい子なことは皆、きっとよく知ってるから」
母は父を早くに亡くし、女手一つでリリアを育てた。この島ができ、観光客や地元の需要を見込んでここに店を建てると聞いたときには、なぜそんな遠くに引っ越さなければならないのかと思っていた。
しかし、あれからもう5年。店は繁盛し、大好きな人たちや友人たちに囲まれ、この島での暮らしをリリアは特別に気に入っている。できれば、学校を卒業してもこの島で暮らし続けたい。
「今日は疲れたなー、慣れないことするとやっぱダメだわぁ」
東雲柳の『失踪』は大事件だ。リリアが考えるに、彼は一種のこの島の希望。自分はただ、本人とのコミュニケーションに苦手意識があるが……戻ってきたらこちらが努力すれば良い。
「今日はもう寝なさいね」
「ふぁーい」
大欠伸が出る。リリアは店の奥にある居住スペースへのドアを開け、二階に上がり風呂に向かった。
日本式の風呂は良い。体の緊張が解け、その夜リリアは翌朝からの厳しい戦いを思いながらも、よく眠ることができた。
◆
翌朝、母は仕込みのために自分よりも早く起き作業していた。最近店が繁盛して忙しく、営業時間を調整するかもしれないと言っていた。
「あら、おはようリリアちゃん。今朝は早いのね~」
「学校のやつが大変なことになっててさ。専門家とかお偉いさんもワサワサ集まって、それに大勢生徒も協力してんだ。でもまだ詳しくは内緒にしないといけないんだって」
「まぁ、そうなの……私らもプログラミングの授業はあったけど、結局関係ない仕事に就いちゃったわね」
「へー、習ってたんだ」
「私の子供の頃も必修科目だったわよ! 習ったことがない人はそれこそ平成生まれとかじゃない? 教科書で読んだことあるでしょ、社会科? それとも……もう歴史に入ってるかしら」
「んー、どっちだっけ」
開店のはるか前の時間にもかかわらず、常連は数人がカウンターに座り、しかも開店準備を手伝っていた。馴染みすぎだろう。地域密着しすぎて、この店は地面に半ば埋まっている。
「リリアちゃん、ヴァダ作ってくれない? もうオバチャンはそのへんのドーナツじゃ物足りなくて!」
「んー、アタシ今日忙しいんだけど」
「おねが~い」
「リリア、作ってあげて」
しょうがないなあ、なんて言いながら髪留めを手首から抜き、後ろに括ってエプロンをつける。今から揚げ物をしても、集合時間には間に合う。
オリエンタルな内装で纏められた店内。スパイスの香りが立ち込めているが、今日はなんだか食欲がない。自分にもこんな繊細な一面があったんだな、とどこか他人事のように思いながら、油を火にかけてムング豆のペーストを取り出した。
「アンヤさん、テレビ映らなくなっちゃった」
カウンターから母を呼ぶ声がする。母は物理リモコンを使って電源を入れ直してみるが、どうやらまともに映らないらしかった。
「なに? この模様……」
その声にリリアは顔を上げた。
「……これ!」
それは、翼の一部だった。骨のような白い線でできた、大きな。先日、友人が怒りを向けた画像流出事件。そのときに見たものと同じだと直感したが、母や常連夫婦はそれほど印象に残っていなかったのか、リリアの連想を察することができないようだ。
「マム、リモコン貸して!」
チャンネルを変更する。するとまだ放送できている局があった。臨時ニュースを報じるアナウンサーが真剣な顔つきで繰り返している。
『命に関わるような医療機器をネットワーク制御しているご家庭は、今すぐに制御をアナログに切り替えてください。自動で切り替わるようになっていますが、念のため、ご自分の目でしっかりと確認してください』
アナウンサーの後ろにある巨大なモニターには、白い線が描き出されてゆく。それは段々と形をなしていき、やがて常連夫婦も気付き始めた。
「……これ、このあいだ見たような気がする……」
「なんだったかなあ?」
顔を青褪めさせるリリアを見て、アンヤは声をかける。
「リリア、何か知ってるの?」
リリアはおろしたばかりの通学カバンを肩に掛け直し、エプロンを解いた。
「マム、ごめん。アタシ行かなきゃならないみたいだ! きっとこの後連絡くるけど、緊急だわ、これは!」
「え?! あ……わかったから! 車に気をつけるのよ!」
リリアは未来ノ島中央繁華街近くの自宅へと戻った。街の灯りが窓からチラチラと透けて見える。細く綺麗なドアベルを鳴らしながら店舗側の入り口を抜けると、馴染みの客がカウンターで話し込んでいた。
「おー、おかえりリリアちゃん」
「なんか学校の子が大変なんだって? テストが延期になったって聞いたよ」
この夫婦は島に引っ越してきた頃、この店を始めた日から通ってくれている常連だった。突然日本の人工島に引っ越すという出来事に戸惑っていた中学生のリリアを、彼らは優しく暖かく見守ってくれた。
「そうなんだよ。でもテストよりも大変なことになってるかも」
「おかえり、リリア。大丈夫なの? そのトラブルっていうのは」
母がカウンター裏のパントリーから顔を出す。どうやら挨拶はよく聞こえてなかったらしい。いつものことだった。
「ただいま。柳……思ったより深刻で。明日も8時には集まってくれって言われたんだ」
「まあ……」
何があったか、今全てを話すことはできない。母はデバイスを立ち上げ、学校からの連絡にも具体的な説明が入らないことを確認していた。警察も口外するなと言っている。まさか自分が警察の入るような重大な出来事に関わるなんて。
いや、これに関しては柳に近しいクリスらもそうだろう。有名で人気なので忘れがちだが、柳は一般人。高専生兼、ネオトラバース選手、なのだ。
「よくはわからないけど、リリアの思うようなやりかたで、一生懸命支えてあげなさい。あなたがいい子なことは皆、きっとよく知ってるから」
母は父を早くに亡くし、女手一つでリリアを育てた。この島ができ、観光客や地元の需要を見込んでここに店を建てると聞いたときには、なぜそんな遠くに引っ越さなければならないのかと思っていた。
しかし、あれからもう5年。店は繁盛し、大好きな人たちや友人たちに囲まれ、この島での暮らしをリリアは特別に気に入っている。できれば、学校を卒業してもこの島で暮らし続けたい。
「今日は疲れたなー、慣れないことするとやっぱダメだわぁ」
東雲柳の『失踪』は大事件だ。リリアが考えるに、彼は一種のこの島の希望。自分はただ、本人とのコミュニケーションに苦手意識があるが……戻ってきたらこちらが努力すれば良い。
「今日はもう寝なさいね」
「ふぁーい」
大欠伸が出る。リリアは店の奥にある居住スペースへのドアを開け、二階に上がり風呂に向かった。
日本式の風呂は良い。体の緊張が解け、その夜リリアは翌朝からの厳しい戦いを思いながらも、よく眠ることができた。
◆
翌朝、母は仕込みのために自分よりも早く起き作業していた。最近店が繁盛して忙しく、営業時間を調整するかもしれないと言っていた。
「あら、おはようリリアちゃん。今朝は早いのね~」
「学校のやつが大変なことになっててさ。専門家とかお偉いさんもワサワサ集まって、それに大勢生徒も協力してんだ。でもまだ詳しくは内緒にしないといけないんだって」
「まぁ、そうなの……私らもプログラミングの授業はあったけど、結局関係ない仕事に就いちゃったわね」
「へー、習ってたんだ」
「私の子供の頃も必修科目だったわよ! 習ったことがない人はそれこそ平成生まれとかじゃない? 教科書で読んだことあるでしょ、社会科? それとも……もう歴史に入ってるかしら」
「んー、どっちだっけ」
開店のはるか前の時間にもかかわらず、常連は数人がカウンターに座り、しかも開店準備を手伝っていた。馴染みすぎだろう。地域密着しすぎて、この店は地面に半ば埋まっている。
「リリアちゃん、ヴァダ作ってくれない? もうオバチャンはそのへんのドーナツじゃ物足りなくて!」
「んー、アタシ今日忙しいんだけど」
「おねが~い」
「リリア、作ってあげて」
しょうがないなあ、なんて言いながら髪留めを手首から抜き、後ろに括ってエプロンをつける。今から揚げ物をしても、集合時間には間に合う。
オリエンタルな内装で纏められた店内。スパイスの香りが立ち込めているが、今日はなんだか食欲がない。自分にもこんな繊細な一面があったんだな、とどこか他人事のように思いながら、油を火にかけてムング豆のペーストを取り出した。
「アンヤさん、テレビ映らなくなっちゃった」
カウンターから母を呼ぶ声がする。母は物理リモコンを使って電源を入れ直してみるが、どうやらまともに映らないらしかった。
「なに? この模様……」
その声にリリアは顔を上げた。
「……これ!」
それは、翼の一部だった。骨のような白い線でできた、大きな。先日、友人が怒りを向けた画像流出事件。そのときに見たものと同じだと直感したが、母や常連夫婦はそれほど印象に残っていなかったのか、リリアの連想を察することができないようだ。
「マム、リモコン貸して!」
チャンネルを変更する。するとまだ放送できている局があった。臨時ニュースを報じるアナウンサーが真剣な顔つきで繰り返している。
『命に関わるような医療機器をネットワーク制御しているご家庭は、今すぐに制御をアナログに切り替えてください。自動で切り替わるようになっていますが、念のため、ご自分の目でしっかりと確認してください』
アナウンサーの後ろにある巨大なモニターには、白い線が描き出されてゆく。それは段々と形をなしていき、やがて常連夫婦も気付き始めた。
「……これ、このあいだ見たような気がする……」
「なんだったかなあ?」
顔を青褪めさせるリリアを見て、アンヤは声をかける。
「リリア、何か知ってるの?」
リリアはおろしたばかりの通学カバンを肩に掛け直し、エプロンを解いた。
「マム、ごめん。アタシ行かなきゃならないみたいだ! きっとこの後連絡くるけど、緊急だわ、これは!」
「え?! あ……わかったから! 車に気をつけるのよ!」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
異世界に転生したら王子と勇者に追いかけられてます
椎名サクラ
BL
30歳童貞ニートの颯馬(そうま)は運命の女神のうっかりで死んでしまったが、来世にオプションを付けてくれるというので色々と盛りだくさんのお願い事をした。「王様になる」「素敵な恋人(背が高く見た目がいい、胸はあるに越したことはない)」「皆から好かれる」「最強魔法」を得て転生したはずなのに、なぜか片田舎の少年として生まれた。幼馴染に異様に可愛がられ、まんざらでもない幼少期を過ごすが、幼馴染が勇者になるべく旅立った日、父に連れられて行ったのは深い森の奥だった。
「今日からお前は竜王だ!」「父さん、なに言ってるかわからない」「パパ隠居するから、じゃ!」「父さーーーん!」
そんなやり取りの末、竜王となった主人公の波乱万丈異世界転生。
※幼馴染×主人公&第五王子×主人公で展開されるはず。
※生まれて初めての異世界転生なので深く突っ込まないでください。
※基本、攻め二人からの溺愛です。
※エロエロは33話以降から予告なしにあります。
※ムーンライトノベルズ様にて同時掲載しております。
毎日0時に数話ずつアップしていきます。
愛を乞う獣【完】
雪乃
恋愛
「愛してる、ルーシー」
違う誰かの香りをまとって、あなたはわたしに愛をささやく。
わたしではあなたを繋ぎ止めることがどうしてもできなかった。
わかっていたのに。
ただの人間のわたしでは、引き留めることなどできない。
もう、終わりにしましょう。
※相変わらずゆるゆるです。R18。なんでもあり。
名乗る程でもありません、ただの女官で正義の代理人です。
ユウ
恋愛
「君との婚約を破棄する」
公衆の面前で晒し物にされ、全てを奪われた令嬢は噂を流され悲しみのあまり自殺を図った。
婚約者と信じていた親友からの裏切り。
いわれのない罪を着せられ令嬢の親は多額の慰謝料を請求されて泣き寝入りするしかなくなった。
「貴方の仕返しを引き受けましょう」
下町食堂。
そこは迷える子羊が集う駆け込み教会だった。
真面目に誠実に生きている者達を救うのは、腐敗しきった社会を叩き潰す集団。
正義の代行人と呼ばれる集団だった。
「悪人には相応の裁きを」
「徹底的に潰す!」
終結したのは異色の経歴を持つ女性達。
彼女は国を陰から支える最強の諜報員だった。
別れたいようなので、別れることにします
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。
魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。
命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。
王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。
アルファポリスでホクホク計画~実録・投稿インセンティブで稼ぐ☆ 初書籍発売中 ☆第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞(22年12月16205)
天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
~ これは、投稿インセンティブを稼ぎながら10万文字かける人を目指す戦いの記録である ~
アルファポリスでお小遣いを稼ぐと決めた私がやったこと、感じたことを綴ったエッセイ
文章を書いているんだから、自分の文章で稼いだお金で本が買いたい。
投稿インセンティブを稼ぎたい。
ついでに長編書ける人になりたい。
10万文字が目安なのは分かるけど、なかなか10万文字が書けない。
そんな私がアルファポリスでやったこと、感じたことを綴ったエッセイです。
。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.
初書籍「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」が、レジーナブックスさまより発売中です。
月戸先生による可愛く美しいイラストと共にお楽しみいただけます。
清楚系イケオジ辺境伯アレクサンドロ(笑)と、頑張り屋さんの悪役令嬢(?)クラウディアの物語。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
。o○。o○゚・*:.。. .。.:*・゜○o。○o。゚・*:.。. .。.:*・゜。o○。o○゚・*:.。.
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる