星渦のエンコーダー

山森むむむ

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巨星落つ闇の中

東雲柳救出作戦 緊急招集

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「ただいま、マム」
 リリアは未来ノ島中央繁華街近くの自宅へと戻った。街の灯りが窓からチラチラと透けて見える。細く綺麗なドアベルを鳴らしながら店舗側の入り口を抜けると、馴染みの客がカウンターで話し込んでいた。
「おー、おかえりリリアちゃん」
「なんか学校の子が大変なんだって? テストが延期になったって聞いたよ」
 この夫婦は島に引っ越してきた頃、この店を始めた日から通ってくれている常連だった。突然日本の人工島に引っ越すという出来事に戸惑っていた中学生のリリアを、彼らは優しく暖かく見守ってくれた。
「そうなんだよ。でもテストよりも大変なことになってるかも」
「おかえり、リリア。大丈夫なの? そのトラブルっていうのは」
 母がカウンター裏のパントリーから顔を出す。どうやら挨拶はよく聞こえてなかったらしい。いつものことだった。
「ただいま。柳……思ったより深刻で。明日も8時には集まってくれって言われたんだ」
「まあ……」
 何があったか、今全てを話すことはできない。母はデバイスを立ち上げ、学校からの連絡にも具体的な説明が入らないことを確認していた。警察も口外するなと言っている。まさか自分が警察の入るような重大な出来事に関わるなんて。
 いや、これに関しては柳に近しいクリスらもそうだろう。有名で人気なので忘れがちだが、柳は一般人。高専生兼、ネオトラバース選手、なのだ。

「よくはわからないけど、リリアの思うようなやりかたで、一生懸命支えてあげなさい。あなたがいい子なことは皆、きっとよく知ってるから」
 母は父を早くに亡くし、女手一つでリリアを育てた。この島ができ、観光客や地元の需要を見込んでここに店を建てると聞いたときには、なぜそんな遠くに引っ越さなければならないのかと思っていた。
 しかし、あれからもう5年。店は繁盛し、大好きな人たちや友人たちに囲まれ、この島での暮らしをリリアは特別に気に入っている。できれば、学校を卒業してもこの島で暮らし続けたい。

「今日は疲れたなー、慣れないことするとやっぱダメだわぁ」
 東雲柳の『失踪』は大事件だ。リリアが考えるに、彼は一種のこの島の希望。自分はただ、本人とのコミュニケーションに苦手意識があるが……戻ってきたらこちらが努力すれば良い。
「今日はもう寝なさいね」
「ふぁーい」
 大欠伸が出る。リリアは店の奥にある居住スペースへのドアを開け、二階に上がり風呂に向かった。
 日本式の風呂は良い。体の緊張が解け、その夜リリアは翌朝からの厳しい戦いを思いながらも、よく眠ることができた。




 翌朝、母は仕込みのために自分よりも早く起き作業していた。最近店が繁盛して忙しく、営業時間を調整するかもしれないと言っていた。
「あら、おはようリリアちゃん。今朝は早いのね~」
「学校のやつが大変なことになっててさ。専門家とかお偉いさんもワサワサ集まって、それに大勢生徒も協力してんだ。でもまだ詳しくは内緒にしないといけないんだって」
「まぁ、そうなの……私らもプログラミングの授業はあったけど、結局関係ない仕事に就いちゃったわね」
「へー、習ってたんだ」
「私の子供の頃も必修科目だったわよ! 習ったことがない人はそれこそ平成生まれとかじゃない? 教科書で読んだことあるでしょ、社会科? それとも……もう歴史に入ってるかしら」
「んー、どっちだっけ」
 開店のはるか前の時間にもかかわらず、常連は数人がカウンターに座り、しかも開店準備を手伝っていた。馴染みすぎだろう。地域密着しすぎて、この店は地面に半ば埋まっている。
「リリアちゃん、ヴァダ作ってくれない? もうオバチャンはそのへんのドーナツじゃ物足りなくて!」
「んー、アタシ今日忙しいんだけど」
「おねが~い」
「リリア、作ってあげて」
 しょうがないなあ、なんて言いながら髪留めを手首から抜き、後ろに括ってエプロンをつける。今から揚げ物をしても、集合時間には間に合う。
 オリエンタルな内装で纏められた店内。スパイスの香りが立ち込めているが、今日はなんだか食欲がない。自分にもこんな繊細な一面があったんだな、とどこか他人事のように思いながら、油を火にかけてムング豆のペーストを取り出した。

「アンヤさん、テレビ映らなくなっちゃった」
 カウンターから母を呼ぶ声がする。母は物理リモコンを使って電源を入れ直してみるが、どうやらまともに映らないらしかった。
「なに? この模様……」
 その声にリリアは顔を上げた。
「……これ!」
 それは、翼の一部だった。骨のような白い線でできた、大きな。先日、友人が怒りを向けた画像流出事件。そのときに見たものと同じだと直感したが、母や常連夫婦はそれほど印象に残っていなかったのか、リリアの連想を察することができないようだ。

「マム、リモコン貸して!」
 チャンネルを変更する。するとまだ放送できている局があった。臨時ニュースを報じるアナウンサーが真剣な顔つきで繰り返している。
『命に関わるような医療機器をネットワーク制御しているご家庭は、今すぐに制御をアナログに切り替えてください。自動で切り替わるようになっていますが、念のため、ご自分の目でしっかりと確認してください』
 アナウンサーの後ろにある巨大なモニターには、白い線が描き出されてゆく。それは段々と形をなしていき、やがて常連夫婦も気付き始めた。
「……これ、このあいだ見たような気がする……」
「なんだったかなあ?」
 顔を青褪めさせるリリアを見て、アンヤは声をかける。
「リリア、何か知ってるの?」
 リリアはおろしたばかりの通学カバンを肩に掛け直し、エプロンを解いた。
「マム、ごめん。アタシ行かなきゃならないみたいだ! きっとこの後連絡くるけど、緊急だわ、これは!」
「え?! あ……わかったから! 車に気をつけるのよ!」
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