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巨星落つ闇の中
東雲柳救出作戦 白銀の髪飾り
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クリスは髪飾りを掌に乗せる。休むように、との指示だ。東雲夫妻によれば、身体的には脱水症状以外に目立った問題はないらしい。やはり、電脳世界での柳の意思決定を促せるか、それがすべてを決定づける。
明日は早朝に一度病院へ行くことができる。その後、部の面々や協力者たちが揃い次第、流磨とユエンが共に電脳世界へと潜る予定だ。
ひどい脱力感に、耐えきれず簡易ベッドに伸びる。気力がなく、今日は肌と髪のケアもおざなりだ。今すぐに寝てしまいそうだが、もう少し考えたいことがある。
猫のように伸びをした後に、しゃっきりと顔を上げて窓から外を見た。改めて柳が、この世界でどれだけの努力を重ねてきたかを思い知る。
ただでさえ、電脳世界で体を動かしたという認識は現実での疲労感を加速させる。そのために選手たちは現実世界でのトレーニングを欠かさないのだ。
長期間にわたり分野が違うからと、競技を実際にプレイすることも、疑似プログラムで模倣することも避けてきた。親友の流磨、玲緒奈が競技に参加するようになっても、自分だけが距離を置き続けた。
これは罰かもしれない。
失いたくないと思うなら、自分から近づくべきだった。強い心を持っていても、変わらぬ愛を誓っても、その心に寄り添う存在として認められなければ、ある日突然に水泡に帰すかもしれない。
クリスタルは、柳のことを知らない。明日、全てを聞こう。
「クリスちゃん、明かり消すよ」
玲緒奈が声をかけた。小さく返事をする。玲緒奈は、クリスが考えているこれからの行動計画を、どこか察しているようだった。それでも、クリスは決断を覆す気はない。わかっていて、玲緒奈も言及しない。
ただ、彼女はクリスに近づき、その背中に身を寄せた。
「……クリスちゃん、聞いても良い?」
「何を? ……れおちゃんの質問なら、なんだって」
「シノくんのこと、今でも大好きだよね……?」
クリスは黙り込んだ。
そうか、そこまでわかっちゃうんだ。ごめんね、れおちゃん。私は、あまりいいお姉さんじゃない。いつもお世話になってる気がするよ。
「……そうだよ」
玲緒奈は震えている。クリスは続けた。
「…………私は、柳のことが大好き。きっと、柳が何者でも……いつ出会ったのだとしても、好きになった」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あの日も秋だった。
彼は落ち葉が絡んでしまったこの髪を解き、それを取り去った。そしてその後に入った店で、クリスに髪留めを買ってあげると、言ってくれたのだ。
「え?! い、いいよ! 家にあるし! 適当なのつけてくるから、気にしないで!」
「僕が買ってあげたいんだけど……だめ?」
子犬みたいに落ち込んだ、かわいい柳。
その顔に弱い。かっこいいと思ったらかわいいなんて。かわいいと思ったら、かっこいいなんて。
「んむっ……だ……めじゃないぃ……!」
「よかった、じゃあ選んで」
店には繊細な髪留めからカジュアルなものまで、数々の髪飾りが並んでこちらを見ていた。クリスは突然の出来事に、その全てから最適解を出すことに尻込みしてしまう。
友人と一緒なら、多少悩みはしてもすぐに決めてしまえるのに。柳が一緒だと、何もかもだめな気がしていた。
「ぅうう……う、うーん……や、やっぱり柳が選んで! おねがい!」
「え? クリスのなんだよ。クリスが好きなのを選ぶのが一番いいんじゃないの?」
数度にわたって、そんなやりとりをした。それでもやっぱり、最後に折れたのは柳だった。
「しょうがないな……」
柳は店内の素材別に分けられた棚をゆっくりと回り、やがて白銀のヘアピンを手に取った。その表面はなだらかなようでいて、細部には細かなディティールが施されている。
翼の一部を記号的に模したような形は、丸みを帯びてデフォルメされているがどこか優雅で、クリスタルはその輝きが気に入ってしまった。
「……これは? クリスにぴったり」
柳は、クリスの髪の分け目近くにピンを掲げた。小首をかしげて笑顔で。
息が苦しい。心臓がうるさい。こんな彼が、自分にこれを贈りたいと言う。涙が出るくらいに嬉しかった。
「うん……ありがと……」
「これにする?」
「うん……」
会計を済ませた柳は、クリスに外に出るよう促す。街角のベンチに席を取ると、二人で並んだ。
「ここでいい?」
彼はクリスのつむじから少し離れた分け目を、人差し指でそっと撫でた。
どうして、この人と恋愛ができないんだろう。付き合っていないのがおかしいと言われ続けている。その理由を知らずに、周囲は自分たちを羨む。
「うん、柳……」
クリスは恥ずかしくなり、目線を合わせることができなかった。目を伏せるが、柳の体がこちらに少しだけ傾くので、とうとう我慢できずに、ぎゅっと閉じる。
「はい、できたよ」
そこから先を見る前に、クリスは目を覚ました。
明日は早朝に一度病院へ行くことができる。その後、部の面々や協力者たちが揃い次第、流磨とユエンが共に電脳世界へと潜る予定だ。
ひどい脱力感に、耐えきれず簡易ベッドに伸びる。気力がなく、今日は肌と髪のケアもおざなりだ。今すぐに寝てしまいそうだが、もう少し考えたいことがある。
猫のように伸びをした後に、しゃっきりと顔を上げて窓から外を見た。改めて柳が、この世界でどれだけの努力を重ねてきたかを思い知る。
ただでさえ、電脳世界で体を動かしたという認識は現実での疲労感を加速させる。そのために選手たちは現実世界でのトレーニングを欠かさないのだ。
長期間にわたり分野が違うからと、競技を実際にプレイすることも、疑似プログラムで模倣することも避けてきた。親友の流磨、玲緒奈が競技に参加するようになっても、自分だけが距離を置き続けた。
これは罰かもしれない。
失いたくないと思うなら、自分から近づくべきだった。強い心を持っていても、変わらぬ愛を誓っても、その心に寄り添う存在として認められなければ、ある日突然に水泡に帰すかもしれない。
クリスタルは、柳のことを知らない。明日、全てを聞こう。
「クリスちゃん、明かり消すよ」
玲緒奈が声をかけた。小さく返事をする。玲緒奈は、クリスが考えているこれからの行動計画を、どこか察しているようだった。それでも、クリスは決断を覆す気はない。わかっていて、玲緒奈も言及しない。
ただ、彼女はクリスに近づき、その背中に身を寄せた。
「……クリスちゃん、聞いても良い?」
「何を? ……れおちゃんの質問なら、なんだって」
「シノくんのこと、今でも大好きだよね……?」
クリスは黙り込んだ。
そうか、そこまでわかっちゃうんだ。ごめんね、れおちゃん。私は、あまりいいお姉さんじゃない。いつもお世話になってる気がするよ。
「……そうだよ」
玲緒奈は震えている。クリスは続けた。
「…………私は、柳のことが大好き。きっと、柳が何者でも……いつ出会ったのだとしても、好きになった」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あの日も秋だった。
彼は落ち葉が絡んでしまったこの髪を解き、それを取り去った。そしてその後に入った店で、クリスに髪留めを買ってあげると、言ってくれたのだ。
「え?! い、いいよ! 家にあるし! 適当なのつけてくるから、気にしないで!」
「僕が買ってあげたいんだけど……だめ?」
子犬みたいに落ち込んだ、かわいい柳。
その顔に弱い。かっこいいと思ったらかわいいなんて。かわいいと思ったら、かっこいいなんて。
「んむっ……だ……めじゃないぃ……!」
「よかった、じゃあ選んで」
店には繊細な髪留めからカジュアルなものまで、数々の髪飾りが並んでこちらを見ていた。クリスは突然の出来事に、その全てから最適解を出すことに尻込みしてしまう。
友人と一緒なら、多少悩みはしてもすぐに決めてしまえるのに。柳が一緒だと、何もかもだめな気がしていた。
「ぅうう……う、うーん……や、やっぱり柳が選んで! おねがい!」
「え? クリスのなんだよ。クリスが好きなのを選ぶのが一番いいんじゃないの?」
数度にわたって、そんなやりとりをした。それでもやっぱり、最後に折れたのは柳だった。
「しょうがないな……」
柳は店内の素材別に分けられた棚をゆっくりと回り、やがて白銀のヘアピンを手に取った。その表面はなだらかなようでいて、細部には細かなディティールが施されている。
翼の一部を記号的に模したような形は、丸みを帯びてデフォルメされているがどこか優雅で、クリスタルはその輝きが気に入ってしまった。
「……これは? クリスにぴったり」
柳は、クリスの髪の分け目近くにピンを掲げた。小首をかしげて笑顔で。
息が苦しい。心臓がうるさい。こんな彼が、自分にこれを贈りたいと言う。涙が出るくらいに嬉しかった。
「うん……ありがと……」
「これにする?」
「うん……」
会計を済ませた柳は、クリスに外に出るよう促す。街角のベンチに席を取ると、二人で並んだ。
「ここでいい?」
彼はクリスのつむじから少し離れた分け目を、人差し指でそっと撫でた。
どうして、この人と恋愛ができないんだろう。付き合っていないのがおかしいと言われ続けている。その理由を知らずに、周囲は自分たちを羨む。
「うん、柳……」
クリスは恥ずかしくなり、目線を合わせることができなかった。目を伏せるが、柳の体がこちらに少しだけ傾くので、とうとう我慢できずに、ぎゅっと閉じる。
「はい、できたよ」
そこから先を見る前に、クリスは目を覚ました。
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