星渦のエンコーダー

山森むむむ

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巨星落つ闇の中

東雲柳救出作戦第十五回作戦会議 推理ごっこ2

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 彼を救いたいという、目的のため。様々な思いが葛藤し、クリスの瞳を濁らせているのだ。
 柳は言っていた。クリスの青い瞳が、その澄んだ色がきれいだと。だが、その色には間違いなく、柳自身の存在が不可欠である。

 輝きの前提条件。
 月が光るために太陽が必要であるように、太陽は夜になって天に月が登らなければ、その昼の輝きの強さを人間は理解できなかっただろう。
 クリスが太陽であれば、柳は月。しかし、クリス自身はきっと、逆であると考えるのだろう。自分が輝けるのは、柳の存在があるからなのだと。
「わかるよ……柳もそれを皆に伝えなかった」
「それは本人の決めることであるべきだ」
 それは正しい。正しいが、今はだめだ。
「そうだね……でも今は、私の口から言うべきなのかも……」

 ユエンは内密の話になると告げ、玲緒奈に議事録の作成を止めさせた。
 クリスはぽつりと、懐かしむように話し始める。
「柳は、昔は今より自然に笑えた」
 昔とは、流磨自身が彼を認識する前の話。
 マンションの階が違うだけの彼女らは、赤ん坊だったときから隣りにいた。その時間の膨大さ、つながる思い出の強さに、痛みを感じながらクリスの言葉に耳を傾ける。

「泣くのも、上手だったよ。私は昔、柳と一緒にわんわん泣いた。大声だけは柳に負けなかったかも」
「……ああ、目の前にいるみたいに想像つくよ」
 ユエンは、クリスの話から流磨と同じ感想を抱いたようだった。確かに彼女が幼少から感情表現豊かであったという話は、今現在と変わらなさすぎて笑えた。

「お利口さんだったけど、やっぱりどこかふわふわしててね。男の子と一緒にサッカーボール蹴ったりするより、ベンチに座って私とお話してるときのほうが多かった」
 内向的な子供だったのか。人見知りか、ただ単にクリスと一緒にいるほうがよかったのか。
「私はお花とか、草とか虫をみるのが好きだったから、よく柳の手を引いて散歩した」
 幼稚園の制服を着て、手を繋いで歩く二人。今と大して変わらないじゃないか。
「ネオトラバースに出会って、柳はすごく楽しそうだった」
 そういえば、流磨が柳に出会ってから、ネオトラバースを通じて仲が深まっていったのだった。
「好きなことを見つけらた柳が羨ましかった。私もそうしているうちに、自分がバスケットボールをドリブルしながら、走れるってことに気付いたの。そのとき、それができたのは周囲の女の子たちのなかで私だけだった。きっかけは本当に、小さなことで」
 中学生の頃、彼女が小学校で始めたバスケットボールが楽しくなってきたと言っていたのを、思い出した。
 流磨は柳と一緒に彼女の試合を観に行ったことがあった。彼女の存在感は際立っており、周囲と比べて背が伸びるのも早かったため、この競技においてひときわ輝く選手だった。
「足も速かった。だから誰よりも長くボールを操って、そしてゴールにそれを入れるゲームにのめりこんだ。得点入れてチームを勝たせる。仲間と感謝して感謝される。私は柳のように夢中になれるスポーツを見つけたと、そのときは思った」
 チームメイトとハイタッチをする姿を見て、隣の席で頬を緩ませる柳。心から応援していた。柳も、夢中になれるものを見つけた喜びを知っているから。

「だけど私は、柳ほどバスケに夢中になりきれなかった。どうしてかを考えたんだけど、認めたくなくて長い間気づかなかった。中学校の三年間はバスケ部続けた。でもバスケに夢を見られないことに気づいたら、あっさりと辞める決断ができた」
 流磨は、クリスが競技をやめることを言ってきた時、そのあまりにあっさりとした口調に拍子抜けしたことを覚えている。
「私にとってバスケは、柳と向き合うことから逃げるための手段でしかなかった」

 初めて明かされた事実に、彼女の顔を覗き見る。いつもより下を向いた顔は金髪に隠され、よく表情が確認できなかった。
「そんな……」
 ユエンが気遣うように反応した。しかしクリスは顔を向け、わずかに唇で弧を描く。
「ううん、悪いことばっかりじゃなかったの。バスケをしている間は、少しだけ心が楽だった。柳のことが好きだって気付いたけど、柳が日向から受けた傷で変わっちゃったこと、簡単には柳自身に戻れないことを受け入れるのに何年もかかっちゃったけど……それでわかったとも言えるから」
 クリスは強い。相談された覚えはなかった。玲緒奈のほうを伺うが、彼女も初めて知ったような顔だ。
 自分ひとりだけでその結論を出した?口を開こうとしたが、クリスが再び憎々しげに声を出したために、声は内側で止まった。

「……柳をグチャグチャに壊したのは、あいつ」
 濁った瞳に苛烈な感情が見える。
 説明は聴衆に配慮されたものであったが、言葉の端々にマグマのような憤怒を孕む。
「柳はよく私に話していたの。スポーツクラブの日向先生が優しくて、アドバイスもすごく的確だって、目を輝かせながら言ってて。9歳の、2320年10月22日。柳は心を壊された。信頼させておいて。優しくしておいて……だから、私は余計に許せない」
 日向貴将。元ネオトラバース選手。事件の概要を反芻し、彼女の説明と照らし合わせていく。
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