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巨星落つ闇の中
親友の程度
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親友に話を聞く。たったこれだけのことに、緊張していた。
私は場の空気を盛り上げるのが好きだ。だから今回みたいに、皆が葬式みたいな顔をしている場所には、普段なら居たくない、逃げ出したいと思っているところだ。クリスタルは折れていない。
だけど、きっと思い出すのもつらいだろう。あの爽やか仮面が、本当にどこかのヒーローみたいに、みんなを守るために姿を消す。そんなエンディングは、駄目だ。ふたりはハッピーエンドを迎える。それはずっと私自身が思い描いてきた。
いつか、クリスの結婚の報告を聞く。そして結婚式に出て、二人をからかってやる。交際さえもまだ遠い先のような、幼馴染から変わらない関係の名称。それなのに、全てをすっ飛ばしてそんなことを考えてしまうほどに、ふたりは互いを深く気遣い合っていた。
変わらず私には東雲柳の表情が不自然なものに見えて仕方がなく、苦手意識を持ったままだったが、それだけは絶対に間違いない。
だって、春に多分、彼は仮面を外していた。
クリスが謂れのない疑いをかけられ、周りじゅうから噂されていた状況に、誰よりも怒っていたのは東雲柳だった。
表情は変わらず、まるでアイドルのように整えられたままのもの。それでも、よく回る頭を使って問題を根こそぎなくし、クリスが再び気持ちよく学校に通えるようにするという目標を達成するため、教師だけでなく私と鞠也にも助力を請うた。
聞いたところによれば、全てを仕掛けたとされる男子生徒に啖呵を切ったらしい。
想像もできない。だけど事実らしかった。複数の生徒が見ている。
クリスによれば、彼は元々素直で優しく、泣き虫な少年であったらしい。きっと、昔に被害にあったという事件が彼を変化させたという事実が、認識を難しくしている。
柳は人並み外れた努力と経験値を元手に、問題に対処する多くの手札を持っているということだ。
その彼が絶望に膝を折った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……そんな、こと」
鞠也が椅子から立ち上がっていた。
私はたまらず、手首にはめていたヘアゴムについた母の故郷の飾り石を、そっと撫でた。これは儀式だ。私に足りない何かを得るための。
「事実だ。俺はたまたま違う階の階段近くにいて、そこでクリスの悲鳴を聞いたんだ」
悲鳴。クリスが?
あの子は強い。そんじょそこらの男なら、悲鳴なんてあげずにその場を切り抜けられるほどの胆力を持っている。春のあの時は柳が絡んだことによるイレギュラーだった。繁華街に遊びに行った時、ガラの悪そうな男の数人がクリスに声をかけてきたことがあった。
「俺が駆けつけたときには、あの踊り場で壁にもたれて震えてて……」
しかし彼女は数秒で彼らを跳ね除け、自分たちのもとへ帰ってきたのだ。なんでもなかったかのような顔をして。
柳は、絶対にクリスを傷つけない。だから、クリスが男に悲鳴を上げるなんて、ありえないことだと思っていた。この先もずっと。
「……嫌われようと思って、シノくんはクリスちゃんを、守るために」
鞠也は、玲緒奈の言葉を黙って聞いていた。しかし、口元を覆っていた両手をゆっくりと離し、玲緒奈に対峙する。
「柳くん、その前にもクリスちゃんに冷たく言ったの……一緒に帰ろうって言おうとしたクリスちゃんに、柳くんは」
「鞠也……」
鞠也は大きな両目から涙をこぼしていた。ボロボロと落ちていく粒が、足元に丸い模様を描く。玲緒奈は、辛そうに眉を寄せた。
「……『帰れ』って、言ったの……! 私、その後リリアちゃんが怒っても動じない、私が聞いてもまともに答えない柳くんに、怒って、ほっぺたを引っ叩いたのよ!」
罪を告白するかのように、鞠也は震えていた。玲緒奈はただ受け止める。行動の結果は、今は変えられない。
「全部全部、クリスちゃんを思ってのことだったなんて……」
「大分、東雲も多分、お前のことはわかってるよ……」
長岡が慰めようと進み出る。しかし、遠くへ行ってしまった柳に対し、それを確かめるすべはない。
「大切なクリスちゃんに、そんなことをしないといけなくなるくらい追い詰められていたなんて……」
長岡は、鞠也の後悔にただ寄り添うことを選んだようだった。下手な慰めは宙に浮くだけ。鞠也はハンカチを取り出して涙を拭っていたが、どんどんと布地が色を濃くしていく。
「泣きたいのは柳くんのほうだよね……私、柳くんにトドメをさしちゃったのかも……」
自虐が入りだした。こうなると鞠也はどこまでも自分を責め立ててしまう。私はそうなる前に、再び鞠也にフォローを入れることにした。
「さっき長岡も言ったけど、アンタが友達思いなのは、ヤツだって知ってる……戻ってきたら謝れば良いんだ」
救いのシナリオを提示する。ただ、確実性については何も言及できない。だから長岡の言ったことと似たようなコメントになってしまう。
ここにいる誰もがそれを知らない。
「……どうしよう、戻ってこなかったら……」
全員が考えていることだ。あの時ああ言っていたら、もっとこうしていれば。考え始めると底がない。私達は、なんて愚かしいんだろう。
「酷いやつだ……私、柳くんが戻ってこなかったら謝れないって……その後の自分の罪悪感の心配して……」
私だって、鞠也の立場なら同じことを思っただろう。鞠也はきれいな心の持ち主だ。正しくあろうといつも頑張っている。勇気だってある。自分を守りたい欲求は全員にある。
私は彼女を責めることなんてできないと、小さな頭をぽんぽんと叩いて慰めた。
「演技うますぎだよな、アイツ」
「……ふふ……」
鞠也が少しだけ笑った。長岡は少し気が緩んだかのように、希望の言葉を付け加える。
「大丈夫……きっとクリスが頼み込んだら、戻ってきたくなるって」
普段の彼なら、そうだろう。
しかし、別人のようになってしまった彼の思い描くシナリオに、そんなセリフは載っているだろうか。
鞠也が小さくつぶやいた。
「全部間違いだったって説明すれば、それで終わるのかな……?」
私は場の空気を盛り上げるのが好きだ。だから今回みたいに、皆が葬式みたいな顔をしている場所には、普段なら居たくない、逃げ出したいと思っているところだ。クリスタルは折れていない。
だけど、きっと思い出すのもつらいだろう。あの爽やか仮面が、本当にどこかのヒーローみたいに、みんなを守るために姿を消す。そんなエンディングは、駄目だ。ふたりはハッピーエンドを迎える。それはずっと私自身が思い描いてきた。
いつか、クリスの結婚の報告を聞く。そして結婚式に出て、二人をからかってやる。交際さえもまだ遠い先のような、幼馴染から変わらない関係の名称。それなのに、全てをすっ飛ばしてそんなことを考えてしまうほどに、ふたりは互いを深く気遣い合っていた。
変わらず私には東雲柳の表情が不自然なものに見えて仕方がなく、苦手意識を持ったままだったが、それだけは絶対に間違いない。
だって、春に多分、彼は仮面を外していた。
クリスが謂れのない疑いをかけられ、周りじゅうから噂されていた状況に、誰よりも怒っていたのは東雲柳だった。
表情は変わらず、まるでアイドルのように整えられたままのもの。それでも、よく回る頭を使って問題を根こそぎなくし、クリスが再び気持ちよく学校に通えるようにするという目標を達成するため、教師だけでなく私と鞠也にも助力を請うた。
聞いたところによれば、全てを仕掛けたとされる男子生徒に啖呵を切ったらしい。
想像もできない。だけど事実らしかった。複数の生徒が見ている。
クリスによれば、彼は元々素直で優しく、泣き虫な少年であったらしい。きっと、昔に被害にあったという事件が彼を変化させたという事実が、認識を難しくしている。
柳は人並み外れた努力と経験値を元手に、問題に対処する多くの手札を持っているということだ。
その彼が絶望に膝を折った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……そんな、こと」
鞠也が椅子から立ち上がっていた。
私はたまらず、手首にはめていたヘアゴムについた母の故郷の飾り石を、そっと撫でた。これは儀式だ。私に足りない何かを得るための。
「事実だ。俺はたまたま違う階の階段近くにいて、そこでクリスの悲鳴を聞いたんだ」
悲鳴。クリスが?
あの子は強い。そんじょそこらの男なら、悲鳴なんてあげずにその場を切り抜けられるほどの胆力を持っている。春のあの時は柳が絡んだことによるイレギュラーだった。繁華街に遊びに行った時、ガラの悪そうな男の数人がクリスに声をかけてきたことがあった。
「俺が駆けつけたときには、あの踊り場で壁にもたれて震えてて……」
しかし彼女は数秒で彼らを跳ね除け、自分たちのもとへ帰ってきたのだ。なんでもなかったかのような顔をして。
柳は、絶対にクリスを傷つけない。だから、クリスが男に悲鳴を上げるなんて、ありえないことだと思っていた。この先もずっと。
「……嫌われようと思って、シノくんはクリスちゃんを、守るために」
鞠也は、玲緒奈の言葉を黙って聞いていた。しかし、口元を覆っていた両手をゆっくりと離し、玲緒奈に対峙する。
「柳くん、その前にもクリスちゃんに冷たく言ったの……一緒に帰ろうって言おうとしたクリスちゃんに、柳くんは」
「鞠也……」
鞠也は大きな両目から涙をこぼしていた。ボロボロと落ちていく粒が、足元に丸い模様を描く。玲緒奈は、辛そうに眉を寄せた。
「……『帰れ』って、言ったの……! 私、その後リリアちゃんが怒っても動じない、私が聞いてもまともに答えない柳くんに、怒って、ほっぺたを引っ叩いたのよ!」
罪を告白するかのように、鞠也は震えていた。玲緒奈はただ受け止める。行動の結果は、今は変えられない。
「全部全部、クリスちゃんを思ってのことだったなんて……」
「大分、東雲も多分、お前のことはわかってるよ……」
長岡が慰めようと進み出る。しかし、遠くへ行ってしまった柳に対し、それを確かめるすべはない。
「大切なクリスちゃんに、そんなことをしないといけなくなるくらい追い詰められていたなんて……」
長岡は、鞠也の後悔にただ寄り添うことを選んだようだった。下手な慰めは宙に浮くだけ。鞠也はハンカチを取り出して涙を拭っていたが、どんどんと布地が色を濃くしていく。
「泣きたいのは柳くんのほうだよね……私、柳くんにトドメをさしちゃったのかも……」
自虐が入りだした。こうなると鞠也はどこまでも自分を責め立ててしまう。私はそうなる前に、再び鞠也にフォローを入れることにした。
「さっき長岡も言ったけど、アンタが友達思いなのは、ヤツだって知ってる……戻ってきたら謝れば良いんだ」
救いのシナリオを提示する。ただ、確実性については何も言及できない。だから長岡の言ったことと似たようなコメントになってしまう。
ここにいる誰もがそれを知らない。
「……どうしよう、戻ってこなかったら……」
全員が考えていることだ。あの時ああ言っていたら、もっとこうしていれば。考え始めると底がない。私達は、なんて愚かしいんだろう。
「酷いやつだ……私、柳くんが戻ってこなかったら謝れないって……その後の自分の罪悪感の心配して……」
私だって、鞠也の立場なら同じことを思っただろう。鞠也はきれいな心の持ち主だ。正しくあろうといつも頑張っている。勇気だってある。自分を守りたい欲求は全員にある。
私は彼女を責めることなんてできないと、小さな頭をぽんぽんと叩いて慰めた。
「演技うますぎだよな、アイツ」
「……ふふ……」
鞠也が少しだけ笑った。長岡は少し気が緩んだかのように、希望の言葉を付け加える。
「大丈夫……きっとクリスが頼み込んだら、戻ってきたくなるって」
普段の彼なら、そうだろう。
しかし、別人のようになってしまった彼の思い描くシナリオに、そんなセリフは載っているだろうか。
鞠也が小さくつぶやいた。
「全部間違いだったって説明すれば、それで終わるのかな……?」
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