星渦のエンコーダー

山森むむむ

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清濁併せ呑む

東雲柳救出作戦第二回作戦会議 命をかけたカードゲーム

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 クリスが提案する。
「リリアと鞠也にも声かけよう」  
「ごめん、それはもう済んでるんだクリス。さっき言い忘れた。長岡がクラスメイト中心に声かけと調整してる。彼も朝早くここに来てくれるらしい」
「ありがと、仕事が早いね」
 リモートで話し合いに参加している長岡は短く返事をして、デバイスを開いた。
 ネオトラバース専門ではないが、彼らも情報や技術にまつわる知識を学ぶ学友である。各々の得意分野をフルに発揮して協力してもらいたい。ユエンは彼らの得意科目、性格、今までに掴んだ情報を頭の中で整理し、クリスに確認していった。

 顔見知りの参加は作戦進行をスムーズにしてくれるだろう。
 同時進行で私物のデバイスのデータをひっくり返し探った。時間がないが、やはりこういうときのためにデータ整理は自分の意志を完璧に反映できるものにしておくべきだと思う。

 そうしているうちに機材を運び込む情報学教師と大学教授、それに助手らしき若者の集団がガヤガヤと登ってきた。
 大型機材用エレベーターがせわしなく動いている。
 この時代になっても、増え続けるニーズと拡張される電脳世界の処理のため、コンピューターの巨大化と小型化はいたちごっこを続けている。フロートキャリーが大型コンピューターを運び入れ、部室内は潜水艦や要塞のように、影と人工光からなるコントラストの大きな空間に変わっていった。

「ああ、一人でも多い方が助かる。サンキュ。おれはシノと共通の部内の奴に片っ端から声かける」
 長岡の報告を聞きながら、ユエンは更に追加人員のルートを決定した。部内の協力者も確保したい。彼の計算は早く、的確だ。
「クリスとシノんちにも俺が連絡入れる。もう学校から行ってるはずだけど、やっぱり近い人間とのやりとりは密にできたほうが解決早いしな」
 流磨は玲緒奈とともにクリスと柳の身内を中心に連絡を取り合う。既に顧問の高崎が保護者を中心にした連絡を担当しているが、いくらネオトラバース部顧問で情報処理に秀でていると言っても、彼女一人では限界があるだろう。
 それに、近しい人間が直接連絡を取れる相手として、東雲家と桐崎家の保護者は欠かせない社会的役割を有する大人たちだった。学生から直接上がった情報を適切に噛み砕いて事を運んでもらう。

「ネオトラシステム世界No.1シェアの大企業ヴィジョンデジタルテックス代表取締役兼社長東雲柊、その関連ヴィジュアルデザインの有名アーティスト東雲夕子、島の警備システムを取り仕切る警備会社エイジス・セキュリティCEO桐崎ヴィンセント、最先端人工島未来ノ島建設の立役者桐崎サファイアか。全員この場にいて欲しいくらいの強すぎるカードだな」  
 ユエンは外側からの評価を表現し、その場にいた全員を鼓舞した。彼の言葉には確固たる信念が宿っており、簡潔なデータヴィジュアルを制作してクリスのデバイスに送り込む。

 クリスの目の前に空中に描き出されたのは、この事態へ対処できる人員一覧。
 まるで壮大なカードゲームのようだった。ただし、今回のゲームの勝敗には大切な人の命がかかっている。クリスは頷きながら、目の前のユエンがまるで戦場の指揮官のように感じられた。彼の冷静な判断と迅速な行動が、今の彼女には頼もしく思えた。

「いまのところ、確定30人」
 クリスの報告を受け、ユエンが分析を始める。データの流れを見つめる彼の瞳は鋭く、その冷徹な視線が一瞬の間に全てを読み取る。

「少ない。シノと分野が被る専門の奴はいないのか」  
 ユエンの問いかけに、クリスは一瞬息を飲んだ。柳の専門性は高く、限られた人数では対応が難しいことを痛感した。だが、今は一分一秒を争う時。彼女は強い意志を持ってユエンの目を見返し、力強く頷いた。
「……そろそろ寝てる子もいると思う。これは多分自動的に通知弾いてる。連絡付かない子たちにもテキストで連絡だけ入れておくよ」
「頼むよ。明日の朝玲緒奈ちゃんに連絡してもらって」
「OK」
 少し考え、クリスは情報集中処理用バイザーを装着した渋川に問いかけた。
「……渋川さん、誰か心当たりはありませんか?私、まだネオトラバース関係の知り合い少ないんです。柳自身は色々な知り合いがいるみたいですが、私は長い間競技のことを詳しく知らずにいて」

 渋川レンは事務椅子の上に裸足になってあぐらをかいていた。薄々思って履いたのだが、普通にできないのか、この人。
「いるにはいるが……お嬢ちゃん、あいつを助けるためなら我慢できるか?」
「えと……おっしゃっている意味がよくわからないのですが……それは私が既に仲が悪い人物、という意味ですか?」
 心当たりはないが、言葉から読み取れる意味を問うてみる。
「いや、そうじゃねえ。会ったこともないと思うんだがな。……まあリモートでいいか。主にオレがやりとりするから多分大丈夫だろう。任せろ」
「ありがとうございます」
 結局誰に頼れるのかははっきりと教えてもらえなかったが、柳の師匠というからには信用できる。悪い人ではないということは、クリスにもわかっていた。ただちょっと、教育によくなさそうな素行がこの学園内では浮く……というだけなのかもしれない。

「長岡、根岸と大分には連絡とれたか。……ああ、大丈夫だ。明日の朝でいい。こっちも機材の搬入とか、協力してくれる会社の人の受け入れとかがあってな」
「ありがとうございます。質問ありますか?……では指定時刻と名簿、人数と専門分野の分類、ポジション、集合場所など送ります。デバイスは各自私物を持ち寄ってください。使用しているデバイスの型式が古いなどで今回の使用に不安がある人は、学校の学習用デバイスを貸与するそうですので、登校後にパーソナルデバイス管理倉庫で貸出の処理をしてください。リモートでの連絡は以上です。明日はよろしくお願いします」
 流磨と玲緒奈は並んで部員やクラスメイトたちへの連絡を取っていた。

 この後睡眠時間を確保することを考えると、あと1時間ほどしか猶予はない。ユエンは睡眠だけは削るなと何度も繰り返している。眠れないかもしれないが、強制的に明かりを落として眠るポーズだけでも取るべきだ。それだけ今回の事態は万全に挑みたい。
 
「おじさん!」
 長岡らとのリモート会議を終えた流磨が入り口に向かう。
「お疲れ様、流磨くん。……うちの息子がすまない」
「……何言ってるんですか? シノは悪くない、悪いのは全部あいつ……あの脅迫文送ってきたやつで……」
「ありがとう……」

 東雲柊だった。背後には妻と、部下だろうか。技術者らしき者を従えている。きちんと整えられているはずの髪が乱れ、スーツのジャケットを肩にかけていた。あの様子では相当参っている。
「社長」
「ああ、頼むよ。よろしく」
 高崎が近寄り、情報学教師らのいる一角へ案内して機材搬入の相談を始めた。この学校は設備が整っているが、それをフルに使うためには教師陣との連携が必須だ。彼女がデバイスを使って時折職員室と通話をする。

「お父さん!」
「……クリス。……苦労をかけたね」
「そんな……お父さんのほうがきっと……」
 愛息子が命を投げ出そうとしている。理由は何であろうと、きっと親の気持ちは苦しいのだろう。まだ子供であるクリスには想像もつかないほどに。
「正直、こんな日がこないために手を尽くしてきたのに起きてしまった、という思いはあるが……」
 柊は強くあろうとしていたが、息子を思う親心が彼を追い詰め続けていることがその表情から読み取れた。夕子は背後で暗い顔をして、ただ立っている。
「柳は、私と流磨が絶対に連れて帰ります……だからお父さん、お母さん。帰ってきた柳のこと、抱きしめてあげてください」
 柊は目を大きく開けて息を吸った。聞いていた夕子は、耐えられず瞳に涙を溜める。
「ありがとう、本当に大事なことだね……それは」

 クリスは、室内に佇む柳が入っているはずの繭を見た。

 ──────聞いてるか、柳。こんなにお父さん心配させて、お母さん泣かせて。私が絶対行かせない。絶対に、流磨と一緒にあんたを連れ戻すから!
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