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清濁併せ呑む
東雲柳救出作戦第一回作戦会議
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クリスは別室で休ませることにした。
繭の内部にいる柳を何が何でも引き摺り出そうと、ユエンが止めるのも聞かずに重くて慣れない工具を振るったため、彼女の手足には打撲や傷があった。
細身の身体からは信じられないような力で暴れたため、彼女に怪我をさせないよう引き剥がそうとした男性教師たちのほうが、その剣幕に怯えたくらいである。
その上精神的にもかなり参っていることは、誰の目から見ても明らかだ。
側には保険医がついている。ひとまず、彼女が回復しなければ柳の救出は難しい。クリスタルが鍵だ。
「よし、一旦落ち着こう」
そう言って、流磨は本来の直情的な性格を制御しようとしていた。いつものように表情は無愛想だ。先程の苛烈な怒りが、彼が心から柳のことを想っているが故であったことを、ユエンは感じ取る。
「……やっぱ、ただ見てただけじゃわかんねーな……人って」
玲緒菜は黙って肩にかかっていたままのタオルを頭にかけ直していた。濡れたままでいることを気遣って、ユエンは学園内の合宿施設にあるドライヤーを持ってきてやった。
緊急事態であることから教師たちと保護者に連絡を取り、顧問の高崎が同伴することを条件に、宿泊申請を通した。
ネットワークセキュリティ上の問題も相まって、定期テストは延期するらしい。学生にとっては一大事だ。全く、大変なことになった。
高崎は夜食とドリンクがあるはずだと言って倉庫を開けてくれた。
「チェン、東雲がいないときには君がリーダーなのかしら?」
「いえ、今回が初めてです。今まであまり自分から動くことはなかったので」
彼女は倉庫の奥から、LED許可印が光る箱を見つける。どうやら人数分の使用許可を職員室から申請していたらしく、そのままロックが外れて中身を確認すると、箱を一つユエンに手渡した。
「それはなぜ?」
高崎が問う。大きなフープピアスがチリリと音を立てた。
「…………すみません、すぐには説明しにくくて。シノのことをどうにかするためには、考えるべきことが多すぎるんです……」
ユエンが背を曲げてもなお高崎にとってははるかな高さにある顔を、らしくもなく歪めた。
「言っておくけど君たち、10代にしては出来すぎてるわよ」
「あー……まあ、過酷な競技ですしね、ネオトラバースって」
「ううん、そういうことじゃないの……まあ、でも過酷よね」
中身は紐を引っ張ると温まるおにぎりの炊き込みご飯に、ビタミンを溶け込ませたバランス飲料。
ここにあるのは非常用食料じゃなかったか?どこからどこまで配慮が行き届いていると、ユエンはこんな時にもかかわらず考えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「計画を立てよう」
デバイスを操作し、電子黒板に接続すると、大きな文字で目的が表示された。
「東雲柳救出作戦」。そのシンプルな名前には、今ここにいる全員の思いが詰まっている。
「お前がリーダーで頼むぜ、ユエン」
「……わかってる」
ユエンは頷いた。しかし、流磨にどうしても言っておきたいことがある。立ち上がり教卓に手を置いた。
高崎は傍らで生徒用の椅子を引いて座り、足を組む。普段はヒールの高いミュールを履いている彼女だが、今は長期戦を覚悟してか私物のスリッパだ。緊急事態であるという実感がひしひしと感じられる。
「外部からの連絡は私がここでできるだけ処理するわ。東雲と桐崎の保護者アドレスから通話要請があったら繋ぐわね」
学校用のデバイスと私用のデバイスを併用して展開しつつ、高崎はバイザーとヘッドホンを装着する。手慣れた動作に、彼女は確かにネオトラ名門校未来ノ島学園の顧問であると、頼もしく思った。
「おねがいします。すみません、こんなことをさせてしまって。あと玲緒菜ちゃんも」
「いえ。私はまだ中学生でプロでもないので、どうしてもスキルが足りませんし」
玲緒奈は手元のデバイスで、彼女の処理できる範囲で現状のデータを整理してもらっていた。
「あなたはよくやっているわよ、れおちゃん」
「ありがとうございます」
玲緒菜は話し合いに必要な場合のみ参加できるよう、音声無しで協力者に連絡を取る手はずだ。今は手が足りない。
話し合いが終わった頃には深夜だろうし、今夜は雑魚寝かもしれない。
ユエンは短く息を吐き出すと、流磨に向き直る。
「流磨お前、ネオトラ用スポーツアバター使用ライセンス持ってるって、なんで今まで言わなかったんだよ」
「は?」
それはこっちのセリフだ。クリスに聞かなければ、この作戦に大きな穴が空いているところだった。東雲柳にとっての重要人物として、もっと自覚を持ってほしい。
「は? じゃねー! 今回の件がなくてもネオトラ部のサポートとしてもっと色々動けただろ! シノは知ってたんだろうけど、おれは知らなかった! 知ってたらもっと色々手が打てるかもしれない場面があっただろ……今度から、そういうことは早く言え!」
一気に捲し立てられた流磨は一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐにテーブルに肘をついて冷静さを取り戻そうとしていた。
ユエンも今の発言は強く出過ぎたかもしれないと、拳を握りながら小さく反省する。
「悪い」
「あー、いい。別に。俺も悪かった」
数秒の間流磨の手は唇をなぞっていたが、また口を開く。
「……いや、俺のは本当にライセンスを取っただけだ。シノの特別性って言ってもそれはセキュリティ面が堅牢っていうだけのことで、ネオトラ向けにしたわけじゃないから何もできないんだよ。遊びながら作った。実際にプレイヤーと対峙しても、何もできない……だから必要ないと思って、今まで言ってなかった」
ユエンも自らの事情を話し、事態を共有しようとつとめた。
「おれは今まだ日本のライセンスないから、違法な処理をすることも視野に入れてたんだぞ……FBIから梯子を外されるリスクと天秤にかけてたんだ。お前に任せられれば、というかおれよりもシノにはお前の方がいいだろ……!」
「そんなのわかんねーだろうが! シノの気持ちなんて……今は」
親友にすらわからないと言わせる柳の心境など、ユエンには更にわからない。それでも、彼とクリスに掛けるしか無いのだ。また、時は一刻を争う。
クリスの仮眠が終われば、すぐに彼らを電脳世界へダイブさせたいくらいだった。
しかしそのためには特別なセキュリティ対策を施す必要がある。大学教授に情報学の教師が束になってかかっても、数時間は要すだろう。
歯痒い思いをしてただ体力を消耗するより、話し合いの後は体力を温存するために眠る方が良い。
確定していない要素としてはユエンのライセンスがいつ降りるか、FBIとの連絡の後どういった結論を出すことになるかが主だ。これは自分にしか処理できない。
ユエンは向こう一日ほどの計画を黒板に書き記していきながら、再び流磨に声をかけた。
「他には隠してることないだろうな?」
「隠しちゃいねえって!」
「ほんとか?!よく思い出してみろよ」
詰問するかのように目を合わせるが、流磨は組んだ足先を揺らしながら目を閉じ、天井を見上げた。
「……ああ、そうだ、お前の推理っぽいやつに役に立つかはわかんねーけど、この前俺から離れようとしてブロックしてきたとき、あいつが、突きつけてきた言葉の最後に……確か変なこと言ってて」
「変なこと?」
「クリスのことを、頼むって」
「……あああああ~~~~! このやろうてめ~!」
ユエンは教卓の天板に突っ伏して、言葉以上の感情を発散しようと試みる。聞いていた玲緒菜が口を開いた。
「それって、自分じゃもうクリスちゃんのことを守れなくなるから、お兄ちゃんに頼むってこと?!」
「玲緒奈ちゃん、きっとその通りだよ……流磨、しっかりしてくれ」
「……悪い……忘れてた」
「なんで忘れるんだよ、そんなこと言われて! クリスの壁ドンキス未遂事件の時に普通言うだろ、つかアドレスブロックとセットじゃねーの?!」
「他に色々起きすぎただろ! 考えること多すぎんだよ!つーか何だよその壁ドンキス未遂事件って」
「メンタルコーチとか言ってんだろお前! それシノにとってはあり得ない変化なんだからちゃんと教えてくれよ! はぁ~、今この場にクリスがいなくて本当によかった……」
ユエンは教卓に覆いかぶさったまま静止する。今の会話はだいぶ精神にきた。流磨もランニング帰りに更に走ってここまで来たのだ。そう自覚した途端、突然強い疲労感が襲ってくる。
「……そうですよね……私的にはクリスちゃんにはもうこれ以上シノくんのこと……う……ううん、無理だね……」
玲緒菜はクリスの親友のひとりだ。
柳とも長い付き合いだが、クリスに比べると柳に対しては多少の距離があった。そもそも柳は玲緒奈を友人というより、庇護対象としてみている節がある。クリスの不安に寄り添いたい、彼女を守りたいという気持ちが、玲緒奈の揺れる瞳から染み出している。
それでも、クリスの意思の強さがその心配を押し除けて、柳のもとへ向かおうとするだろうことに、玲緒奈も流磨も思い至る。
「来るなって言っても来るだろうし、喋るなって言ってもあいつは、シノを問い詰めようとするだろうな」
流磨は玲緒菜の言わんとする事を代弁する。
「……おれのプロライセンス申請してからの連絡は、受け付けたことを確認する自動返信が最後だ。正式に許可が降りるまでは後一日か二日はかかるだろう。これをシノは知ってる。シノとおれの家で話したとき、おれのライセンスを申請するって言ったからな」
「なら、一日はユエンが手を出せないと思ってるってことだろ」
「順当に考えれば、そうなる」
ユエンは電子黒板に時系列を書き出す。柳が本当に自分の精神を中心とした生体データを引き渡そうとするなら、膨大な電子処理が必要だ。
十代の少年とはいえ、その全ての人生を凝縮し、データとして纏めて隠蔽者側が処理を施す。更に特殊な精神性とネオトラバースのノウハウを含めた専門知識、技術、そして彼の持つ特異性。
この処理には間違いなく時間がかかるとユエンは踏んでいた。しかしまだ何か、ピースが足りない気がした。
そのことを考慮に入れ、また柳との自室での話し合いで得た情報を総合して、頭の中で並べ直す。
「まさかFBIだなんて、思ってもみなかったろうし……」
流磨の言うことはもっともだった。まさか高校生がFBIだなんて、漫画じゃあるまいし。
「その点は流磨のことは言えない。散々悩んでたんだけど、シノには隠蔽者という名称だけを伝えたんだ。FBIのことは、本当に隠し通すつもりでいたから」
ユエンは忙しなくデバイスを操作して流磨にデータを飛ばし、処理を手伝わせた。
クリスの回復までの時間、メンバーを集めるための時間、リソース、手順、各々の専門分野と各種スキル、自分たちの休養の必要性、柳が行動を起こすために必要な、現実時間基準のタイムラグ。
「そのFBIの仕事って、シノくんのことを調べるっていうことだったんですよね?」
「理由はさっき言った親友のことだよ。隠蔽者を炙り出すために貴重な存在だった。その……東雲柳は……」
敵意はなかった。そのことを説明するように、目を閉じる。
そうだ。親友を取り戻すため。
国に帰り、ダレルの人格を隠蔽者の手から……必ず取り戻す決意だ。
しかし、今はその手順を見直すことを考えている。眼の前にいる友人の危機を解決すれば、新たな道が拓けるかもしれなかった。まだ考えはまとまっていないが、ユエンはそう直感していた。
「FBIに協力を要請するとかは?」
流磨が右手を軽く上げて進言する。
「ちょっと考えさせてくれ。おれも単独行動で捜査権を失ったりとかは不都合だし、色々と言い訳を考えないといけない」
「早くな」
「わかってる」
「……あ?!」
突然の大声が響き、高崎がヘッドホンを外した。玲緒菜も驚いてユエンを見上げている。
「ど、どうしたんですかユエンさん…」
高崎は黙って何事かと目を向けたようだったが、話し合いは終わっておらず介入は不要と判断したのか、またすぐに戻した。
「いる! こういうときに頼れる人が! シノのこともおれのことも知ってる。きっと協力してくれる!」
ユエンは左腕を上げ、即座にコールを鳴らした。
繭の内部にいる柳を何が何でも引き摺り出そうと、ユエンが止めるのも聞かずに重くて慣れない工具を振るったため、彼女の手足には打撲や傷があった。
細身の身体からは信じられないような力で暴れたため、彼女に怪我をさせないよう引き剥がそうとした男性教師たちのほうが、その剣幕に怯えたくらいである。
その上精神的にもかなり参っていることは、誰の目から見ても明らかだ。
側には保険医がついている。ひとまず、彼女が回復しなければ柳の救出は難しい。クリスタルが鍵だ。
「よし、一旦落ち着こう」
そう言って、流磨は本来の直情的な性格を制御しようとしていた。いつものように表情は無愛想だ。先程の苛烈な怒りが、彼が心から柳のことを想っているが故であったことを、ユエンは感じ取る。
「……やっぱ、ただ見てただけじゃわかんねーな……人って」
玲緒菜は黙って肩にかかっていたままのタオルを頭にかけ直していた。濡れたままでいることを気遣って、ユエンは学園内の合宿施設にあるドライヤーを持ってきてやった。
緊急事態であることから教師たちと保護者に連絡を取り、顧問の高崎が同伴することを条件に、宿泊申請を通した。
ネットワークセキュリティ上の問題も相まって、定期テストは延期するらしい。学生にとっては一大事だ。全く、大変なことになった。
高崎は夜食とドリンクがあるはずだと言って倉庫を開けてくれた。
「チェン、東雲がいないときには君がリーダーなのかしら?」
「いえ、今回が初めてです。今まであまり自分から動くことはなかったので」
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「それはなぜ?」
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「…………すみません、すぐには説明しにくくて。シノのことをどうにかするためには、考えるべきことが多すぎるんです……」
ユエンが背を曲げてもなお高崎にとってははるかな高さにある顔を、らしくもなく歪めた。
「言っておくけど君たち、10代にしては出来すぎてるわよ」
「あー……まあ、過酷な競技ですしね、ネオトラバースって」
「ううん、そういうことじゃないの……まあ、でも過酷よね」
中身は紐を引っ張ると温まるおにぎりの炊き込みご飯に、ビタミンを溶け込ませたバランス飲料。
ここにあるのは非常用食料じゃなかったか?どこからどこまで配慮が行き届いていると、ユエンはこんな時にもかかわらず考えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「計画を立てよう」
デバイスを操作し、電子黒板に接続すると、大きな文字で目的が表示された。
「東雲柳救出作戦」。そのシンプルな名前には、今ここにいる全員の思いが詰まっている。
「お前がリーダーで頼むぜ、ユエン」
「……わかってる」
ユエンは頷いた。しかし、流磨にどうしても言っておきたいことがある。立ち上がり教卓に手を置いた。
高崎は傍らで生徒用の椅子を引いて座り、足を組む。普段はヒールの高いミュールを履いている彼女だが、今は長期戦を覚悟してか私物のスリッパだ。緊急事態であるという実感がひしひしと感じられる。
「外部からの連絡は私がここでできるだけ処理するわ。東雲と桐崎の保護者アドレスから通話要請があったら繋ぐわね」
学校用のデバイスと私用のデバイスを併用して展開しつつ、高崎はバイザーとヘッドホンを装着する。手慣れた動作に、彼女は確かにネオトラ名門校未来ノ島学園の顧問であると、頼もしく思った。
「おねがいします。すみません、こんなことをさせてしまって。あと玲緒菜ちゃんも」
「いえ。私はまだ中学生でプロでもないので、どうしてもスキルが足りませんし」
玲緒奈は手元のデバイスで、彼女の処理できる範囲で現状のデータを整理してもらっていた。
「あなたはよくやっているわよ、れおちゃん」
「ありがとうございます」
玲緒菜は話し合いに必要な場合のみ参加できるよう、音声無しで協力者に連絡を取る手はずだ。今は手が足りない。
話し合いが終わった頃には深夜だろうし、今夜は雑魚寝かもしれない。
ユエンは短く息を吐き出すと、流磨に向き直る。
「流磨お前、ネオトラ用スポーツアバター使用ライセンス持ってるって、なんで今まで言わなかったんだよ」
「は?」
それはこっちのセリフだ。クリスに聞かなければ、この作戦に大きな穴が空いているところだった。東雲柳にとっての重要人物として、もっと自覚を持ってほしい。
「は? じゃねー! 今回の件がなくてもネオトラ部のサポートとしてもっと色々動けただろ! シノは知ってたんだろうけど、おれは知らなかった! 知ってたらもっと色々手が打てるかもしれない場面があっただろ……今度から、そういうことは早く言え!」
一気に捲し立てられた流磨は一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐにテーブルに肘をついて冷静さを取り戻そうとしていた。
ユエンも今の発言は強く出過ぎたかもしれないと、拳を握りながら小さく反省する。
「悪い」
「あー、いい。別に。俺も悪かった」
数秒の間流磨の手は唇をなぞっていたが、また口を開く。
「……いや、俺のは本当にライセンスを取っただけだ。シノの特別性って言ってもそれはセキュリティ面が堅牢っていうだけのことで、ネオトラ向けにしたわけじゃないから何もできないんだよ。遊びながら作った。実際にプレイヤーと対峙しても、何もできない……だから必要ないと思って、今まで言ってなかった」
ユエンも自らの事情を話し、事態を共有しようとつとめた。
「おれは今まだ日本のライセンスないから、違法な処理をすることも視野に入れてたんだぞ……FBIから梯子を外されるリスクと天秤にかけてたんだ。お前に任せられれば、というかおれよりもシノにはお前の方がいいだろ……!」
「そんなのわかんねーだろうが! シノの気持ちなんて……今は」
親友にすらわからないと言わせる柳の心境など、ユエンには更にわからない。それでも、彼とクリスに掛けるしか無いのだ。また、時は一刻を争う。
クリスの仮眠が終われば、すぐに彼らを電脳世界へダイブさせたいくらいだった。
しかしそのためには特別なセキュリティ対策を施す必要がある。大学教授に情報学の教師が束になってかかっても、数時間は要すだろう。
歯痒い思いをしてただ体力を消耗するより、話し合いの後は体力を温存するために眠る方が良い。
確定していない要素としてはユエンのライセンスがいつ降りるか、FBIとの連絡の後どういった結論を出すことになるかが主だ。これは自分にしか処理できない。
ユエンは向こう一日ほどの計画を黒板に書き記していきながら、再び流磨に声をかけた。
「他には隠してることないだろうな?」
「隠しちゃいねえって!」
「ほんとか?!よく思い出してみろよ」
詰問するかのように目を合わせるが、流磨は組んだ足先を揺らしながら目を閉じ、天井を見上げた。
「……ああ、そうだ、お前の推理っぽいやつに役に立つかはわかんねーけど、この前俺から離れようとしてブロックしてきたとき、あいつが、突きつけてきた言葉の最後に……確か変なこと言ってて」
「変なこと?」
「クリスのことを、頼むって」
「……あああああ~~~~! このやろうてめ~!」
ユエンは教卓の天板に突っ伏して、言葉以上の感情を発散しようと試みる。聞いていた玲緒菜が口を開いた。
「それって、自分じゃもうクリスちゃんのことを守れなくなるから、お兄ちゃんに頼むってこと?!」
「玲緒奈ちゃん、きっとその通りだよ……流磨、しっかりしてくれ」
「……悪い……忘れてた」
「なんで忘れるんだよ、そんなこと言われて! クリスの壁ドンキス未遂事件の時に普通言うだろ、つかアドレスブロックとセットじゃねーの?!」
「他に色々起きすぎただろ! 考えること多すぎんだよ!つーか何だよその壁ドンキス未遂事件って」
「メンタルコーチとか言ってんだろお前! それシノにとってはあり得ない変化なんだからちゃんと教えてくれよ! はぁ~、今この場にクリスがいなくて本当によかった……」
ユエンは教卓に覆いかぶさったまま静止する。今の会話はだいぶ精神にきた。流磨もランニング帰りに更に走ってここまで来たのだ。そう自覚した途端、突然強い疲労感が襲ってくる。
「……そうですよね……私的にはクリスちゃんにはもうこれ以上シノくんのこと……う……ううん、無理だね……」
玲緒菜はクリスの親友のひとりだ。
柳とも長い付き合いだが、クリスに比べると柳に対しては多少の距離があった。そもそも柳は玲緒奈を友人というより、庇護対象としてみている節がある。クリスの不安に寄り添いたい、彼女を守りたいという気持ちが、玲緒奈の揺れる瞳から染み出している。
それでも、クリスの意思の強さがその心配を押し除けて、柳のもとへ向かおうとするだろうことに、玲緒奈も流磨も思い至る。
「来るなって言っても来るだろうし、喋るなって言ってもあいつは、シノを問い詰めようとするだろうな」
流磨は玲緒菜の言わんとする事を代弁する。
「……おれのプロライセンス申請してからの連絡は、受け付けたことを確認する自動返信が最後だ。正式に許可が降りるまでは後一日か二日はかかるだろう。これをシノは知ってる。シノとおれの家で話したとき、おれのライセンスを申請するって言ったからな」
「なら、一日はユエンが手を出せないと思ってるってことだろ」
「順当に考えれば、そうなる」
ユエンは電子黒板に時系列を書き出す。柳が本当に自分の精神を中心とした生体データを引き渡そうとするなら、膨大な電子処理が必要だ。
十代の少年とはいえ、その全ての人生を凝縮し、データとして纏めて隠蔽者側が処理を施す。更に特殊な精神性とネオトラバースのノウハウを含めた専門知識、技術、そして彼の持つ特異性。
この処理には間違いなく時間がかかるとユエンは踏んでいた。しかしまだ何か、ピースが足りない気がした。
そのことを考慮に入れ、また柳との自室での話し合いで得た情報を総合して、頭の中で並べ直す。
「まさかFBIだなんて、思ってもみなかったろうし……」
流磨の言うことはもっともだった。まさか高校生がFBIだなんて、漫画じゃあるまいし。
「その点は流磨のことは言えない。散々悩んでたんだけど、シノには隠蔽者という名称だけを伝えたんだ。FBIのことは、本当に隠し通すつもりでいたから」
ユエンは忙しなくデバイスを操作して流磨にデータを飛ばし、処理を手伝わせた。
クリスの回復までの時間、メンバーを集めるための時間、リソース、手順、各々の専門分野と各種スキル、自分たちの休養の必要性、柳が行動を起こすために必要な、現実時間基準のタイムラグ。
「そのFBIの仕事って、シノくんのことを調べるっていうことだったんですよね?」
「理由はさっき言った親友のことだよ。隠蔽者を炙り出すために貴重な存在だった。その……東雲柳は……」
敵意はなかった。そのことを説明するように、目を閉じる。
そうだ。親友を取り戻すため。
国に帰り、ダレルの人格を隠蔽者の手から……必ず取り戻す決意だ。
しかし、今はその手順を見直すことを考えている。眼の前にいる友人の危機を解決すれば、新たな道が拓けるかもしれなかった。まだ考えはまとまっていないが、ユエンはそう直感していた。
「FBIに協力を要請するとかは?」
流磨が右手を軽く上げて進言する。
「ちょっと考えさせてくれ。おれも単独行動で捜査権を失ったりとかは不都合だし、色々と言い訳を考えないといけない」
「早くな」
「わかってる」
「……あ?!」
突然の大声が響き、高崎がヘッドホンを外した。玲緒菜も驚いてユエンを見上げている。
「ど、どうしたんですかユエンさん…」
高崎は黙って何事かと目を向けたようだったが、話し合いは終わっておらず介入は不要と判断したのか、またすぐに戻した。
「いる! こういうときに頼れる人が! シノのこともおれのことも知ってる。きっと協力してくれる!」
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