星渦のエンコーダー

山森むむむ

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泡沫夢幻

お前の考えていることはわからねえ。いつもそうだった。だけど今回ばかりは絶対にわかるまで食い下がる。クリスを泣かせた理由を教えろ。

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 学園地下のアーカイブルームは、古びた書架が並び、薄暗い光が静かな空間に漂う。

 ユエン、クリス、そして流磨、玲緒奈、長岡はその隅々を調べ上げるために集まっていた。
 柳の使用した痕跡のある席から、この地下アーカイブルームの使用申請がされた記録があったからだ。
 この申請は学園司書室に対して提出されるもので、申請した履歴は操作できない。重要な物理書籍も多数あるため、これは盗難防止の意味合いもあった。
 流磨が先に口を開く。

「…………シノは慎重で用心深い。自信過剰なタイプでもない。だから重要な決定をするときは、WEBだけじゃなくローカルのアーカイブも複数参照する。そのためにあいつは図書館に通ってたんだ」

 ユエンは頷きながら続く。
「学習スペースや自宅での作業をダブルチェックとしても、ここで物理的な情報源を確認した」

「膨大な手間が必要になるって事だね。だから長い時間を確保する必要があった」
 クリスの言葉に、更にユエンは付け加える。
「情報ソースは複数確認することが基本だ。シノの行動は、ネオトラバースプレイヤーとして模範的なプロセスを踏んでいた。……おそらく『奴ら』は、そこを狙ったんだろう」
「『奴ら』……?」
「それって……シノを付け狙う奴が複数いるっていう、あの話なのか?」
 ユエンは明確に頷く。
「おそらくは。……全ては繋がってる」
 嫌な感じだ。自分が組織について調べていたあの時と、どこか類似した感触。東雲柳は情報操作された可能性がある。
 クリスは長い髪を肩にあげ、顔をあげないまま意見する。
「それは柳のお父さんから私たちも聞いたことなの、ユエン。私達には今のところ、何かの脅威が迫っているという情報は確認されてない。実感もない……じゃあ、その組織とやらの攻撃の対象は依然として、柳一人……」

「シノのやつ、さっきのいつも使ってる席では、自分が使ってるARデバイスの使用履歴とテーブルに備え付けられてる資料閲覧履歴を消去してる。それも…………うまいやり方で」
 流磨は手元の腕時計型デバイスを展開し、吸い上げてきた使用履歴を辿ろうと文字を送った。そこには不自然にならない程度に消去された資料の痕跡が僅かに残されている。

 ユエンはクリスに確認したが、東雲柳は部活すら休んで、ほぼ毎日ここに篭っていた。
 何日も、そして長時間を使った調査に、たったこれだけの資料が釣り合うわけがない。この履歴は削られているとユエンは確信する。そしてそれには必ず目的がある。ユエンが言う前にクリスが口を開いた。
「私達みたいに、後から気づいて誰かが調べても……わからないようにするため?」
「だろうな」
 どうやら同意見のようだ。
 クリスの疑問に同意した後、ユエンは保管庫の扉を開けるプロトコルを司書ドローンに実行させた。許可はすぐさま下り、重厚な扉が徐々に開いてゆく。

「用意周到で計画的なシノは、全てが正しかった」
「……逆にわかりやすかったってことか?」
 流磨が眉をひそめて問う。
「シノはずっとここにこもってた。その時期とクリスに辛く当たるようになった時期はほぼ同じだよな?」

 クリスが小さく頷き、遠くを見るような視線で言葉を紡ぐ。
「……う、うん……やっぱり関係あるんだ……」
「何がなんだか知らねーが、絶対あいつには理由を吐かせてやる」
 東雲柳を深く知る彼らの、彼の言動への疑問もまた深い。流磨が進み出て、閲覧履歴の中からまず該当の書物を探し当てる。長岡は彼を手伝った。
 長岡はドローンのスキャン結果から、共通の単語や要素を寄り分けてクリスのデバイスへ転送していった。

 クリスは自然な動作でそれらの資料を整理し、多重にAR展開させたものを長岡と玲緒菜にも渡していった。その情報は書棚の間に設けられた丸テーブルに集められる。
 ここはおそらく利用者が物理書籍を仮置きしたり、整頓や作業を行うためのスペースなのだろう。調べ物もできるよう、情報分析用のビジュアライザーまであった。
「……少ないけど、確かに共通する要素はある」
 クリスの言葉に続いて、長岡が口を挟んだ。
「東雲はこんなに色々調べて、何を知らなきゃならなかったっていうんだよ……」
 膨大な資料に圧倒され、玲緒菜も大きな瞳を不安げに揺らす。
「シノくん……」
 やがて空中に並んだ資料たちが、大きな球を作るように情報を可視化してゆく。
 青白い光をただ見つめ、真実を知ろうとする全員の意思を指先が叶えていった。

 ユエンが資料の構成を操作しながら、説明を始める。
「おれたちが知っていることは、シノがデジタルフォレンジックのスキルも持っていたということだ。その内容で教師の了承を得て同級生への授業を行ったことすらある。クリスが被害にあった春のあれだ。シノは自らのデバイスセキュリティを強化し、訪れたウェブサイトやデータベースから得た情報が改竄されていないかどうかも、多分常にチェックしていただろう」

 外部でも資料を求めたのだろうが、この図書館が東雲柳にとって最も重要な情報ベースとして機能していることは明らかだ。
 図書館と、ここ以外の外部で取得した情報の矛盾は、おそらく比較検討の末に外部の方をノイズとして処理されたのだろう。それだけ物理書籍は信頼できる情報ソースなのだ。電子書籍より偽造はかなり難しく、手間がかかる。

 流磨が呆れたようにコメントした。
「通りであいつ、いつも忙しい訳だ」
 ユエンは組み上がった情報の塊を見上げると、腕時計型デバイスをスキャンモードに切り替え、物理アーカイブと電脳アーカイブのデータをスキャニングする。
「……そうだな、シノは自分のためにも、他人のためにもいろいろなことに追われていた」

 クリスは説明と資料を理解しながら、集まってゆく資料を選り分け、視覚的に整理してゆく。
「私もそういうことは手伝ったことがあるけど……ここまで色々調べなきゃいけないって、一体どれだけ難しいことだったのかって思う」
 流磨はクリスの二重チェックを担当し、彼女の直感を通した資料を整理し更に効率的な視覚情報を構築していった。
「時間をかけて調べたなら、その動機も深刻かもしれない。興味や遊びじゃないことは、まずわかることだ」
 玲緒奈がデータの層を撫で、悲しげに唇を引き結ぶ。そのままデバイスを取り出して情報の塊を押し固め、再解凍する。情報の最低限の健全性を確認するツールだ。
「シノくんの使った資料、全体的にそう古いものじゃないみたい……ここ10年以内の書物に集中してます」
 全ての問題がクリアなことを確認し、長岡に手渡す。
 長岡は全ての資料内容が客観的に不自然でないことを見て取ると、テーブルの中央に展開される調査資料の球に新たな大地を貼り合わせてゆく。
「うわ、なんだこれ……これをいちいち物理で確認したのかよ、東雲のやつ」

「組織的な妨害なら……柳一人が調べ回れる量の資料を、気づかれない程度に少しずつ改竄することくらいは可能なはずだ」
 ユエンのスキャンの結果が徐々にデバイスの画面に映し出される。
 クリスと流磨はその結果を見つめ、緊張が顔に浮かぶ。
「……柳、私たちを突き放しながら、ここで自分をどんどん追い詰めていったんだね……」
 ユエンが指をスクリーン上で動かし、特定のデータを拡大する。流磨は歯軋りしながら言った。
「……あのクソ馬鹿野郎……」

「ここの文章セルフチェック機能は自動的には機能しない。膨大な学園ネットワーク、そして島のネットワーク、やがてはこの国のネットワークを介した比較検討までを毎回行うことは、通常の調査では非効率だ。ここまでの事態へ発展するリスクは、構築当初から想定されていないだろう」

「柳に気づかれない程度の少しずつの捏造、それを補強する情報源、散りばめられた矛盾点、その多くを調べて行き着く結論は…」
 一同は息を呑む。

 映し出されたのは、柳の過去の行動や目標と完全に矛盾する情報であり、それが彼の決断を大きく誤らせたことが明確になった。
 部屋に重い沈黙が落ちる。

 クリスが静かに言葉を紡いだ。
「……これが柳が変わった理由なんだね。私たちを遠ざけた理由……」
 ユエンは深いため息をついて考えた。
「敵は、巨大だ。世界の警察や調査機関が実態をつかめないほどの規模で……個人が対抗する術なんてないと言っていい」
「優秀故に、操りやすい……」

───『帰れ』
 冷酷に告げられた命令の言葉は、必死にクリスたちの安全を願っていたことの裏返しだった。その心中を思い、ユエンもどうしようもなく胸が締め付けられる。

「柳の情報を操作しようとするなら、それはこの図書館しかないってことだね」
「シノくんは、調べ物をしっかりすればするほどに騙されるよう、仕組まれていたってことなんだ……」
 玲緒奈はユエンを見上げた。
 ユエンは全ての結論を示す単語を見据え、この先の全ての戦いに意識を向けていた。
 集められた資料によれば、柳がクリスや他の仲間たちと過ごした時間が、実はクリスらにとって危険だったという事実が提示されている。
 眼前には、複数の単語が不規則に点滅して重要な要素であることを主張していた。

『東雲柳』『友人』『家族』『危険』『影響』『組織』『身柄』『攻撃』『被害者』『事件』『知人』

『未来ノ島学園附属未来ノ島高等専門学校』
『未来ノ島スポーツクラブ スターライトチェイス・ネオトラバース教室』

『未来ノ島スポーツクラブ生体データ違法売却及び児童殺人未遂事件』
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