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罪なき日々の終着
小さな星たちの戯れ 踵の痛みを感じる
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クリスはコート上でボールを操り、ゲームに全力を注ぐ日々を送っていた。今は自分が部内で一番背が高く、チームメイトからも頼りにされている。
「パス!パス回して!」
しかしその姿勢の裏には、心の奥底に秘めた葛藤が渦巻いていた。
「走る走る走る! ボール追って!」
バスケットボールへの情熱は本物だが、それは同時に柳への思いから逃れるための避難所でもあった。柳という存在は、心の中で重くのしかかっている。苦悩、過去、今に至るまでに受ける柳の痛みは、クリスにとっても切実な重みとなっていた。
試合中、一時的にそれらを忘れることができる。コート上では、ただその瞬間に集中し、スコアを決めることだけを考えられる。
「ッしゃあ!次!」
「ありがとうございました!」
だが、試合が終わり歓声が遠ざかると、再び柳の影が心を覆い始める。
自問自答を繰り返す。私は柳から逃げているのだろうか? それともただ、彼の存在の重さに押しつぶされそうになるのを防いでいるだけなのか? クリスはバスケットボールに打ち込むことで、一時的にでも柳のことを考えることから逃れようとしていた。
「……ずるいなあ、私」
しかし、真実は本当は、クリス自信がよく知っている。
柳との深い結びつき、彼のために何ができるかを常に考えていること、そして彼が人生の一部であることからは逃れられない。その事実がバスケットボールへの没入を、ただの一時的な解放に過ぎないと感じさせる。
「おつかれー」
クリスは深い溜息をつきながら、体育館の外の花壇に座ってまだ夕日混じりの星空を見上げる。空の広がりのように、心には柳への深い思いが広がっていった。
花壇のある木の影から出ると、日が沈みかけた校庭に柳が待っているのを見つけた。彼はいつものように穏やかな笑顔でクリスを迎え、一日の疲れを感じさせない軽やかさで「お疲れ、クリス」と声をかける。
「……あ」
柳のその笑顔を受け止めながら、心の奥深くで微かな良心の痛みを感じた。その痛みは柳への思いと、少しでも心の重荷を取り除こうとする自身の試みから生じる罪悪感。
バスケットボールに打ち込むことで一時的にでも柳の苦しみから目を逸らし、自分自身を保つための壁を築いていた。
だが、彼がこうして自分を待っている姿を見るたびに、その壁は崩れ落ちそうになる。
「柳?! こんなに遅くまで待っててくれたの?」
クリスが問いかけると、柳はただ頷き、静かに答えた。
「クリスが安全に帰ることは、ヴィンセントさんたちやうちの父さん母さんも望んでいることだから。僕もね」
言葉は優しさに満ちていたが、クリスにはそれが自分への罰のように感じられた。こんなにも自分のことを思ってくれているのに、自分は彼の深い傷に向き合うことから逃れようとしている。
クリスは柳の隣に静かに立ち、二人の影が校庭に長く伸びるのを見つめた。深く息を吸い込み、彼に向かって声を絞り出す。
「本当にありがとう、柳。いつも支えてくれて」
柳はクリスの手を優しく握る。
「僕たちはいつでも互いを支え合うんだよ、当たり前」
その手の温もりは苦痛と愛情が混ざり合った複雑な感情を呼び起こす。しかし同時に、この関係がどれほど貴重なものであるかを改めて思い知らされるのだった。
「だから……だから大丈夫」
クリスはそっと柳の顔を見つめ、銀灰色の瞳に目を奪われた。男子としては珍しくサイドの髪が少し長く伸ばされている彼の髪型が、神秘的な魅力を一層引き立てている。
風が吹いて、柔らかい直毛をさらさらと揺らした。
クリスはその髪が美しい瞳を隠してしまっていることに、少しもどかしさを感じる。何故柳が髪を長くしているのかその理由を知らず、ただそのスタイルが柳の何かを象徴しているように思えた。
「柳、髪を少し切ったらどう? きれいな瞳がもっと見えるのに」
提案するかのように軽く言った。その言葉に柳は小さく笑い、照れ隠しをするように手で髪を摘む。
「うん、でもなんとなく……このままにしておきたいなって」
クリスはその瞳に動揺を隠せない。柳の瞳には静かな力強さと深い悲しみが同居しており、それがクリスの心を揺さぶる。
「ねえ、柳」
クリスは穏やかに言った。
「いつもそばにいてくれて、あの……本当に、ありがとう」
柳はその言葉に少し驚きながらも、優しい微笑を浮かべた。しばらくその場に立ち尽くし、互いの存在を感じながら、共に過ごした時間の重みを改めて認識する。
柳の瞳が隠れる髪が、複雑な過去と現在を隠す仮面のように感じられる。クリスにはしかし、その瞳が彼の真摯な心を映し出す窓のようにも思えた。
「行こうか」
「パス!パス回して!」
しかしその姿勢の裏には、心の奥底に秘めた葛藤が渦巻いていた。
「走る走る走る! ボール追って!」
バスケットボールへの情熱は本物だが、それは同時に柳への思いから逃れるための避難所でもあった。柳という存在は、心の中で重くのしかかっている。苦悩、過去、今に至るまでに受ける柳の痛みは、クリスにとっても切実な重みとなっていた。
試合中、一時的にそれらを忘れることができる。コート上では、ただその瞬間に集中し、スコアを決めることだけを考えられる。
「ッしゃあ!次!」
「ありがとうございました!」
だが、試合が終わり歓声が遠ざかると、再び柳の影が心を覆い始める。
自問自答を繰り返す。私は柳から逃げているのだろうか? それともただ、彼の存在の重さに押しつぶされそうになるのを防いでいるだけなのか? クリスはバスケットボールに打ち込むことで、一時的にでも柳のことを考えることから逃れようとしていた。
「……ずるいなあ、私」
しかし、真実は本当は、クリス自信がよく知っている。
柳との深い結びつき、彼のために何ができるかを常に考えていること、そして彼が人生の一部であることからは逃れられない。その事実がバスケットボールへの没入を、ただの一時的な解放に過ぎないと感じさせる。
「おつかれー」
クリスは深い溜息をつきながら、体育館の外の花壇に座ってまだ夕日混じりの星空を見上げる。空の広がりのように、心には柳への深い思いが広がっていった。
花壇のある木の影から出ると、日が沈みかけた校庭に柳が待っているのを見つけた。彼はいつものように穏やかな笑顔でクリスを迎え、一日の疲れを感じさせない軽やかさで「お疲れ、クリス」と声をかける。
「……あ」
柳のその笑顔を受け止めながら、心の奥深くで微かな良心の痛みを感じた。その痛みは柳への思いと、少しでも心の重荷を取り除こうとする自身の試みから生じる罪悪感。
バスケットボールに打ち込むことで一時的にでも柳の苦しみから目を逸らし、自分自身を保つための壁を築いていた。
だが、彼がこうして自分を待っている姿を見るたびに、その壁は崩れ落ちそうになる。
「柳?! こんなに遅くまで待っててくれたの?」
クリスが問いかけると、柳はただ頷き、静かに答えた。
「クリスが安全に帰ることは、ヴィンセントさんたちやうちの父さん母さんも望んでいることだから。僕もね」
言葉は優しさに満ちていたが、クリスにはそれが自分への罰のように感じられた。こんなにも自分のことを思ってくれているのに、自分は彼の深い傷に向き合うことから逃れようとしている。
クリスは柳の隣に静かに立ち、二人の影が校庭に長く伸びるのを見つめた。深く息を吸い込み、彼に向かって声を絞り出す。
「本当にありがとう、柳。いつも支えてくれて」
柳はクリスの手を優しく握る。
「僕たちはいつでも互いを支え合うんだよ、当たり前」
その手の温もりは苦痛と愛情が混ざり合った複雑な感情を呼び起こす。しかし同時に、この関係がどれほど貴重なものであるかを改めて思い知らされるのだった。
「だから……だから大丈夫」
クリスはそっと柳の顔を見つめ、銀灰色の瞳に目を奪われた。男子としては珍しくサイドの髪が少し長く伸ばされている彼の髪型が、神秘的な魅力を一層引き立てている。
風が吹いて、柔らかい直毛をさらさらと揺らした。
クリスはその髪が美しい瞳を隠してしまっていることに、少しもどかしさを感じる。何故柳が髪を長くしているのかその理由を知らず、ただそのスタイルが柳の何かを象徴しているように思えた。
「柳、髪を少し切ったらどう? きれいな瞳がもっと見えるのに」
提案するかのように軽く言った。その言葉に柳は小さく笑い、照れ隠しをするように手で髪を摘む。
「うん、でもなんとなく……このままにしておきたいなって」
クリスはその瞳に動揺を隠せない。柳の瞳には静かな力強さと深い悲しみが同居しており、それがクリスの心を揺さぶる。
「ねえ、柳」
クリスは穏やかに言った。
「いつもそばにいてくれて、あの……本当に、ありがとう」
柳はその言葉に少し驚きながらも、優しい微笑を浮かべた。しばらくその場に立ち尽くし、互いの存在を感じながら、共に過ごした時間の重みを改めて認識する。
柳の瞳が隠れる髪が、複雑な過去と現在を隠す仮面のように感じられる。クリスにはしかし、その瞳が彼の真摯な心を映し出す窓のようにも思えた。
「行こうか」
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