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罪なき日々の終着
うちゅうのたまご
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繭と呼ばれるこの装置は、かつて医療機器としてその基礎が築かれた。
それはまさに患者を包み込む白くて丸い形状をしており、その名の通り、安全と再生の象徴として設計されている。
機器内部に設けられたシートは体を優しく受け止めるように柔らかく、そのすべてが肉体的な反応を感知するために微細に調整されている。
座る者の全身がこのシートに触れることで、細かな生体情報が瞬時に読み取られるのだ。繭の中心に座れば生体識別チップが活動を始め、使用者の医療情報が詳細にスキャンされる。
このチップは病状の診断から治療法の提案まで、幅広い医療支援を行うことができ、それが繭が元々開発された目的であった。
しかしその機能はやがて他の分野にも応用されることとなり、特にネオトラバーススポーツの分野で革新的な進化を遂げた。
ネオトラバースの選手たちがこの繭に入るとき、彼らの身体は検査されるだけでなく、能力や状態に応じて特別なプログラムが施される。これにより選手のパフォーマンスは最大限に引き出され、また試合での負荷からくるダメージも迅速に回復されるように各データが算出される。
この白く丸い繭からは、時に光が溢れることもある。それは内部で行われているデータの転送や情報処理の活動を映し出しており、その光はまるで生命の光のように、見る者の心をとらえて離さない。
この光景はネオトラバース部の学生たちにとって、技術の進歩がもたらす希望の象徴となっている。部員たちが繭を前にして語り合うとき、目は常に輝き、未来への期待でいっぱいであるのだ。
繭は人の能力を最大限に引き出し、それを世界に示すためのステージともなっているのである。
「データ異常なし。全機テスト終了」
「はあ~、つっかれた」
未来ノ島高専では、ネオトラバース部の使用機器の数々を生徒が管理している。
高専と言うだけあり、各ポジションでのスペシャリストを目指す若者たちが揃っているためだ。もちろん、顧問や各科目の担当教師の助けも借りなければならない場面が多々ある。
しかし、強豪校たる由縁はこの選手層と技術力の土壌が肥沃であることだった。
サポート・プレイヤー共に、専門知識は先輩から後輩へと受け継がれてゆく。
比較的新しいこのスポーツでは、一般に流通している資料からノウハウを組み立てるよりも、実地で訓練を積む方が簡単だというネオトラバースならではの事情もあった。
「……ふう」
柳は集中セッション用のバイザーを引き上げ、椅子にもたれて全身の力を抜く。ユエンは珍しいその様子に声を上げた。
「シノ、珍しい! そんなだらけた姿勢、おれ初めて見たかも」
それを聞いた柳は、はたと思い至る。そうかもしれない。
「……今まで、人見知りしてたんだ」
「ええ? お前が? 嘘こけよ」
柳の脇をユエンがくすぐる。
「あは、やめて……やめてユエン! あはは!」
年相応の男子らしいやりとりに、クリスも頬が緩んだ。
「もぉ、ほんと男子ってバカなんだから」
「羨ましい?」
「ユエン本当調子乗んな」
クリスはユエンの隣にあった椅子にやや乱暴に腰掛けた。
性別の違いから、この年にもなってそんな密接なやりとりは、この場では間違いなく不可能だ。昔とは違う。先日不慮の事故で、少しだけ密着してしまったことはあったが。
すっかりユエンは未来ノ島の面々に打ち解けている。大柄で目立ち、かつ経歴と転校生という話題性もあった彼は、明るく社交的な人柄でネオトラバース部で柳に並ぶプロレベルの知識を持つ部員として扱われるに至っていた。
実際、ユエンは高校生部門全米チャンピオンである。そのままプロにならずこの日本の島に引っ越してきたことは、皆が疑問符を付ける最大の謎だ。
「ユエンって、なんで日本に来たんだっけ?」
「そういえば、詳しくは聞いたことはなかったね」
柳が興味を示し、脱力していた身体を起こしてデスクに腕をつく。ユエンは少し困ったように瞳を隠した。
「まあ、大したことじゃないんだ。ずっとアメリカにいるより、一度外国に出て経験を積むのもいいと思ってさ」
「……ここってそんなにすごい学校なの?」
「クリス、素人すぎない? 高校生になって国際試合デビューして、世界に目を向けたネオトラ競技者は、必ずといってもいいくらいこの学校の名前見るでしょ!」
クリスはバツが悪そうに目をそらした。
逆にその知識もなく堂々と初心者として入部し、既存部員との軋轢もなく三回の練習試合をこなし、公式戦で勝利を収めたというそのポテンシャルが高すぎるのだ。
「アメリカのオリバー、イギリスのデルフィニウム、シンガポールのシンハ、デンマークのスヴェン、インドのアルファオメガ、アフリカのマダガスカル、それとここミクノシマが、世界七大強豪校って呼ばれてるみたいだよ」
横から加わった柳に突然名前を列挙されて慌てたクリスは、ポケットからデバイスを取り出してARを展開し始める。
「えっ待って待って、速い! えーっと、アメリカのオリバー…」
「おい、おれを挟んで会話しないでくれる?」
「ああ、ごめんユエン」
ユエンはクリスの方に仰け反り、大きな椅子を揺らした。
「ちょっと! ユエンあんたデカいんだからあんまり狭いところで動かないで!」
「あっちょっと、ユエン、うわっ?!」
ユエンの回した椅子が当たり、柳の椅子がひっくり返ってしまった。
柳は突然の出来事に背もたれに預けた上半身がずり落ちてしまい、フロアマットに制服の裾を擦って背中のシャツがはみ出す。
「柳?!」
「…………大丈夫」
柳はそれきり黙って、裾をスラックスにしまい込む。しかし数秒の後、元の調子で明るく言った。
「戻ろうか。今日は大体のチームがメンテで終わるだろうし。僕たちも大会が終わったから、今後どうするかを考えないとね」
笑顔だった。
それはまさに患者を包み込む白くて丸い形状をしており、その名の通り、安全と再生の象徴として設計されている。
機器内部に設けられたシートは体を優しく受け止めるように柔らかく、そのすべてが肉体的な反応を感知するために微細に調整されている。
座る者の全身がこのシートに触れることで、細かな生体情報が瞬時に読み取られるのだ。繭の中心に座れば生体識別チップが活動を始め、使用者の医療情報が詳細にスキャンされる。
このチップは病状の診断から治療法の提案まで、幅広い医療支援を行うことができ、それが繭が元々開発された目的であった。
しかしその機能はやがて他の分野にも応用されることとなり、特にネオトラバーススポーツの分野で革新的な進化を遂げた。
ネオトラバースの選手たちがこの繭に入るとき、彼らの身体は検査されるだけでなく、能力や状態に応じて特別なプログラムが施される。これにより選手のパフォーマンスは最大限に引き出され、また試合での負荷からくるダメージも迅速に回復されるように各データが算出される。
この白く丸い繭からは、時に光が溢れることもある。それは内部で行われているデータの転送や情報処理の活動を映し出しており、その光はまるで生命の光のように、見る者の心をとらえて離さない。
この光景はネオトラバース部の学生たちにとって、技術の進歩がもたらす希望の象徴となっている。部員たちが繭を前にして語り合うとき、目は常に輝き、未来への期待でいっぱいであるのだ。
繭は人の能力を最大限に引き出し、それを世界に示すためのステージともなっているのである。
「データ異常なし。全機テスト終了」
「はあ~、つっかれた」
未来ノ島高専では、ネオトラバース部の使用機器の数々を生徒が管理している。
高専と言うだけあり、各ポジションでのスペシャリストを目指す若者たちが揃っているためだ。もちろん、顧問や各科目の担当教師の助けも借りなければならない場面が多々ある。
しかし、強豪校たる由縁はこの選手層と技術力の土壌が肥沃であることだった。
サポート・プレイヤー共に、専門知識は先輩から後輩へと受け継がれてゆく。
比較的新しいこのスポーツでは、一般に流通している資料からノウハウを組み立てるよりも、実地で訓練を積む方が簡単だというネオトラバースならではの事情もあった。
「……ふう」
柳は集中セッション用のバイザーを引き上げ、椅子にもたれて全身の力を抜く。ユエンは珍しいその様子に声を上げた。
「シノ、珍しい! そんなだらけた姿勢、おれ初めて見たかも」
それを聞いた柳は、はたと思い至る。そうかもしれない。
「……今まで、人見知りしてたんだ」
「ええ? お前が? 嘘こけよ」
柳の脇をユエンがくすぐる。
「あは、やめて……やめてユエン! あはは!」
年相応の男子らしいやりとりに、クリスも頬が緩んだ。
「もぉ、ほんと男子ってバカなんだから」
「羨ましい?」
「ユエン本当調子乗んな」
クリスはユエンの隣にあった椅子にやや乱暴に腰掛けた。
性別の違いから、この年にもなってそんな密接なやりとりは、この場では間違いなく不可能だ。昔とは違う。先日不慮の事故で、少しだけ密着してしまったことはあったが。
すっかりユエンは未来ノ島の面々に打ち解けている。大柄で目立ち、かつ経歴と転校生という話題性もあった彼は、明るく社交的な人柄でネオトラバース部で柳に並ぶプロレベルの知識を持つ部員として扱われるに至っていた。
実際、ユエンは高校生部門全米チャンピオンである。そのままプロにならずこの日本の島に引っ越してきたことは、皆が疑問符を付ける最大の謎だ。
「ユエンって、なんで日本に来たんだっけ?」
「そういえば、詳しくは聞いたことはなかったね」
柳が興味を示し、脱力していた身体を起こしてデスクに腕をつく。ユエンは少し困ったように瞳を隠した。
「まあ、大したことじゃないんだ。ずっとアメリカにいるより、一度外国に出て経験を積むのもいいと思ってさ」
「……ここってそんなにすごい学校なの?」
「クリス、素人すぎない? 高校生になって国際試合デビューして、世界に目を向けたネオトラ競技者は、必ずといってもいいくらいこの学校の名前見るでしょ!」
クリスはバツが悪そうに目をそらした。
逆にその知識もなく堂々と初心者として入部し、既存部員との軋轢もなく三回の練習試合をこなし、公式戦で勝利を収めたというそのポテンシャルが高すぎるのだ。
「アメリカのオリバー、イギリスのデルフィニウム、シンガポールのシンハ、デンマークのスヴェン、インドのアルファオメガ、アフリカのマダガスカル、それとここミクノシマが、世界七大強豪校って呼ばれてるみたいだよ」
横から加わった柳に突然名前を列挙されて慌てたクリスは、ポケットからデバイスを取り出してARを展開し始める。
「えっ待って待って、速い! えーっと、アメリカのオリバー…」
「おい、おれを挟んで会話しないでくれる?」
「ああ、ごめんユエン」
ユエンはクリスの方に仰け反り、大きな椅子を揺らした。
「ちょっと! ユエンあんたデカいんだからあんまり狭いところで動かないで!」
「あっちょっと、ユエン、うわっ?!」
ユエンの回した椅子が当たり、柳の椅子がひっくり返ってしまった。
柳は突然の出来事に背もたれに預けた上半身がずり落ちてしまい、フロアマットに制服の裾を擦って背中のシャツがはみ出す。
「柳?!」
「…………大丈夫」
柳はそれきり黙って、裾をスラックスにしまい込む。しかし数秒の後、元の調子で明るく言った。
「戻ろうか。今日は大体のチームがメンテで終わるだろうし。僕たちも大会が終わったから、今後どうするかを考えないとね」
笑顔だった。
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