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暗がりを切り裂く試み
掌の契約
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未来ノ島学園付属高専ネオトラバース部は、来る試合本番に向けてのチーム別練習に注力していた。
クリスと玲緒菜は現実世界上での動きに加え、繭を利用した実際の試合形式に即す練習に入っている。
ユエンは柳と流磨が立つ横に座って、技術的な詳細に注目し、人工知能のサポートを受けながらクリスのパフォーマンスを精密に分析していた。
集中分析用のバイザーに二人のデータが走る。
『クリス、加速するとバランスが崩れることがある。もっと左腕の振りを意識すれば、更に加速機構の効果を高められる。やってみて』
ユエンの指摘は具体的で、クリスが即座に修正を加えることができる内容だった。
彼女はこのアドバイスを受け入れ、実際に左腕の振りを意識した走りを試みた結果、加速時のバランスが明らかに改善された。
『OK! 今日は終わり。二人共いい仕上がりだから、このまま行こう』
柳が手を叩いた瞬間に緊張が解ける。彼らは部活内のポジション同士の関係から、ただの友人に戻った。
「うん、いいね。ありがとうユエン。タイミングも内容も適切だ」
柳もバイザーを上げ、ユエンに笑顔を向けた。どうやらお気に召したようで何より。
「どうも。ただアメリカ式だと強すぎないか? ずっとアメリカでやってきたから、日本のやりとりに慣れない」
「それについては皆知ってるから大丈夫じゃないかな。速さが重要なスポーツなんだから、それでいい」
「どーも」
流磨は会話する二人を後にして、妹とクリスにドリンクを渡していた。
「ありがとう、流磨」
「ありがと、お兄ちゃん」
クリスはいつもなら、終わればすぐに近寄ってくる柳がいないことに気づき、ふと彼の方を見るが、ユエンとの会話が丁度終わった様子であるとわかったようだ。
しかし先に歩み寄ったのはユエンで、柳は手元のデバイスを操作し始める。どうやら終了処理が全て終わっていたわけではないようだ。
クリスは黙ってドリンクのボトルから水分を補給する。
「お疲れ様。はい、タオルあるよ」
ユエンも彼女らの近くに寄り、二人の努力を称賛したが、心中には葛藤があった。柳への探りという目的が流磨に見透かされていることに気づいていたが、流磨の態度の変化を感じていた。
以前のジムでの会話以来、流磨の言動は友人のようでいて、どこか一線を引いたような感触がある。それが彼自身の特性によるものか、柳をめぐる一連の不信感によるものなのかはわからない。
ネオトラバース部の活動を終え、それぞれが帰路につく。
クリスと玲緒奈は先に帰し、二人を無事自宅に送り届けるため流磨は彼女らに同伴する。玲緒菜に続いてクリスをマンションまで送ってから再びユエンらの残るコンビニをのあるエリアまでやってくることになっていた。
その後サポート要員のみで、来るジュニアパートナーシップカテゴリでの出場に向けた調整について議論する予定だ。
ユエンはメッシュの入った髪を息で払って遊ぶ。これは気を抜いた瞬間の癖のようなものだった。
陳列棚の間をゆっくりと回遊していた二人だったが、ふとユエンは菓子の棚の前で立ち止まり、体を折り曲げてある商品を凝視する。コンビニは商品の入れ替わりが激しく、見ているだけでも暇つぶしになる。
「シノ、お前これこの間長岡にもらってたよな。どう?」
「うーん……」
じ、とユエンは柳を見つめた。
菓子の感想を聞いただけなのだが、思いの外真剣に考え込んでしまった友人を、楽しい奴だと感じる。
長考の末、柳はゆっくりと顔をあげた。
「不可思議、だったね……」
「なに、その言葉のチョイス……」
ユエンは肩を揺らして笑う。柳の時折見せる、このようにややずれているとも思える言動を、ユエンは気に入っていた。
本人は笑われている意味がわかっていないのか、首を傾げながらこちらの出方をうかがう。
突然レジの方面で男性が大声を出し始めた。年齢は、彼らの祖父ほどのものに見える。
数人いた他の客は、その事態を把握するとそそくさと店を出ていってしまった。
他の店員も不在のようだ。店員は経験が浅いのか、対応に苦慮しているようだった。他の客の一斉退店を見るに、多分運も悪い。
「あらら……」
先に声をかけたのはユエンだ。進み出て、酔っ払いの注意をこちらにそらす。
「おっさん、ちょっと声のトーン落としてくれないか?」
「ユエン、ちょっと……」
「いいから」
ユエンは考えがあったが、柳は目の前の酔っぱらいが次に取る行動を予測するように、ユエンと酔っぱらい、そして店員の間に視線を走らせる。
「……うるせぇ……んだよぉ!」
「おー、来た来た」
ユエンはふらふらと殴りかかってくる男を受け止め、投げ飛ばそうとする。が、その手を後ろから制した柳に驚いた。
「おい?!」
柳はユエンの腕を掴みながら、静かに見上げている。するとユエンのすぐ横を酔っぱらいがドタドタと通り過ぎていった。
そのまま前のめりにふらついた後、入口近くのウェルカムマットを肩で引きずりながら自動ドアに激突し、そのまま転がって動かなくなった。
「……ね?」
「……おお、なるほどな……」
ユエンは戸惑いながらも、彼のやり方に納得する。徹底した非暴力主義だ。
そして現状の数歩先の未来を予測している。この思考プロセスは、常人とはかけ離れた彼のメンタリティが由来しているのだろう。
「力には力を使わない。こういう時こそ、冷静に……って、僕は心がけてる。ありがとう、協力してくれて」
彼は戸惑う店員に警察を呼ぶよう促し、転がったままの酔っぱらいを安全な場所まで移動させようと腰を下ろした。
「……大丈夫ですか? ここでは危ないですよ」
真っ赤になった酔っぱらいは、自力で起き上がることもできないでいるようだ。大柄な身体を起こす柳を手伝い、二人で酔っ払いをレジカウンターに寄りかかって座らせた。
「お~い、おっさ~ん」
「……寝ちゃったかな?」
周囲の騒ぎを一切気にせず、酔っぱらいはいびきをかきはじめている。呑気なものだ。
警官が到着し、軽い事情聴取の後でユエンらは買い物をしてコンビニを出た。
事情聴取を受けている途中に合流しようとやってきた流磨が、コンビニ前の道端でドリンクを片手に呆れた目線を送ってくる。
どうやら、待ちくたびれた抗議の意味を含んでいるらしい。
「……また警察のご厄介かよ。とんだ不良選手だな、お二人さん」
親愛のこもった彼なりの冗談に、ユエンは笑い、柳も「お待たせ。ごめんね」と軽く謝りながら加わる。
その手に引っかかっているエコバッグの中身は、小型犬用のフード缶だった。他に、ドリンクと軽食。
ユエンはその買い物の中身たちから目新しい情報を認識したため、尋ねる。
「犬飼ってんの?」
「うん。小さなパグをね。なんだかあまり運動は得意じゃないけど、かわいいんだ」
ドリンクのキャップを外しながら、柳は小さな家族を思って顔を綻ばせている。
「いいな。おれも犬いたらなあ」
ユエン自身も犬好きで、母国の自宅では大きな犬と暮らしていた。祖父と祖母にもよくなついているが、自分がいなくなり寂しがっているだろう。
「今度、連れてこようか」
「いいな! 頼むよ」
「モチか? しばらく見てないけど、元気かよ?」
流磨も会話に加わり、彼らは学園エリア近くの公園に立ち寄る。
ここは住宅エリアと繁華街エリアの狭間に位置し、今この時間帯には話し合いにうってつけの場所だった。
背の高いライトが、来訪者を見下ろしている。砂場近くのベンチに三人並んで腰を下ろした。
「……で、どうすんだ」
流磨はドリンクに口をつけながら問う。
「……今までユエンには、チーム全体の調整を手伝うという形で参加してもらっていたけど、出場に向けて本格的にポジションを定めたい」
ユエンは立ち上がり、すぐ前に広がる砂漠に足を踏み入れた。
「雑用係卒業?」
「ばーか」
冗談を言って、笑う。
最初はギスギスしていた関係も、今では表面上良好な友人関係へと変貌を遂げていた。柳は安心したように微笑みながら、手帳型ARデバイスを操る。
軽食のドライフルーツバーを未開封のまま割り、開封してそれを口に放り込んだ。ユエンと流磨の前には、彼らのポジション名や役割の概要を記したデジタル書類が展開された。
フルーツバーを飲み下し口内を茶で潤してから、柳が発言する。
「僕は今まで通り戦略技術コーディネーターとして、試合中のクリスとれおちゃんへの直接指示を行う。そして流磨はメンタルコーチとして支えてほしい。ユエンは、戦略パフォーマンスアナリストとしてポジションを定義したい」
耳慣れないポジション名だった。
ネオトラバースでは、選手が他のサポート要員と協力して自らの実力を底上げすることが多い。
ユエンはその意図を問う。
「OK、それで?」
「データ分析と戦略立案、パフォーマンスの最適化、リソースの効率的利用。これらを主に管理してもらう意味での、新たな定義だね」
「つまり、パフォーマンスエンハンサー兼戦略リソースアナリストってことだな」
「とくにジュニアパートナーシップカテゴリでは、二人一組の選手を並行して支援しなければならない。連携次第な部分も多いけど、サポートを増やして損はない」
眼前のデータの層が動き、クリスと玲緒奈の記録を分析した結果が表示される。
確かにメンタル面では安定を見せているが、パフォーマンスとリソース利用については更に改善の余地があることを示していた。
すべてを柳と流磨の二人で向上に導くことは困難だろう。
「れおちゃんのメンタル面は特に、クリスについても勿論流磨の領域だし。それに外部から人を呼んでメンバーを増やすよりは、すでに選手としての経験が豊富にあるユエンを本格的にサポート要員としてポジショニングしたほうが、二人の精神的負担も最小限に抑えられるよね?」
「データ分析力・戦略的思考・コミュニケーション能力、ユエンなら全ての面で協力できると」
流磨は柳の結論を確認するように、漆黒の瞳を向けた。柳がそれを受けとめ、ゆっくりとまばたきをしながらユエンを見上げ、薄く笑った。
「頼りにしてる」
ユエンはその説明を聞き遂げると、足元の砂を混ぜながら笑ってみせた。
「まあ、競争力の強化にはおれを入れるしかないよな!」
全面的な同意を示す。
「最終意思決定者はシノだぞ」
「わかってるよ」
「よろしくね」
「ああ。三人で協力していこう」
ユエンが右手を出し、柳が応じる。流磨も続けて、掌の約束を交わした。
クリスと玲緒菜は現実世界上での動きに加え、繭を利用した実際の試合形式に即す練習に入っている。
ユエンは柳と流磨が立つ横に座って、技術的な詳細に注目し、人工知能のサポートを受けながらクリスのパフォーマンスを精密に分析していた。
集中分析用のバイザーに二人のデータが走る。
『クリス、加速するとバランスが崩れることがある。もっと左腕の振りを意識すれば、更に加速機構の効果を高められる。やってみて』
ユエンの指摘は具体的で、クリスが即座に修正を加えることができる内容だった。
彼女はこのアドバイスを受け入れ、実際に左腕の振りを意識した走りを試みた結果、加速時のバランスが明らかに改善された。
『OK! 今日は終わり。二人共いい仕上がりだから、このまま行こう』
柳が手を叩いた瞬間に緊張が解ける。彼らは部活内のポジション同士の関係から、ただの友人に戻った。
「うん、いいね。ありがとうユエン。タイミングも内容も適切だ」
柳もバイザーを上げ、ユエンに笑顔を向けた。どうやらお気に召したようで何より。
「どうも。ただアメリカ式だと強すぎないか? ずっとアメリカでやってきたから、日本のやりとりに慣れない」
「それについては皆知ってるから大丈夫じゃないかな。速さが重要なスポーツなんだから、それでいい」
「どーも」
流磨は会話する二人を後にして、妹とクリスにドリンクを渡していた。
「ありがとう、流磨」
「ありがと、お兄ちゃん」
クリスはいつもなら、終わればすぐに近寄ってくる柳がいないことに気づき、ふと彼の方を見るが、ユエンとの会話が丁度終わった様子であるとわかったようだ。
しかし先に歩み寄ったのはユエンで、柳は手元のデバイスを操作し始める。どうやら終了処理が全て終わっていたわけではないようだ。
クリスは黙ってドリンクのボトルから水分を補給する。
「お疲れ様。はい、タオルあるよ」
ユエンも彼女らの近くに寄り、二人の努力を称賛したが、心中には葛藤があった。柳への探りという目的が流磨に見透かされていることに気づいていたが、流磨の態度の変化を感じていた。
以前のジムでの会話以来、流磨の言動は友人のようでいて、どこか一線を引いたような感触がある。それが彼自身の特性によるものか、柳をめぐる一連の不信感によるものなのかはわからない。
ネオトラバース部の活動を終え、それぞれが帰路につく。
クリスと玲緒奈は先に帰し、二人を無事自宅に送り届けるため流磨は彼女らに同伴する。玲緒菜に続いてクリスをマンションまで送ってから再びユエンらの残るコンビニをのあるエリアまでやってくることになっていた。
その後サポート要員のみで、来るジュニアパートナーシップカテゴリでの出場に向けた調整について議論する予定だ。
ユエンはメッシュの入った髪を息で払って遊ぶ。これは気を抜いた瞬間の癖のようなものだった。
陳列棚の間をゆっくりと回遊していた二人だったが、ふとユエンは菓子の棚の前で立ち止まり、体を折り曲げてある商品を凝視する。コンビニは商品の入れ替わりが激しく、見ているだけでも暇つぶしになる。
「シノ、お前これこの間長岡にもらってたよな。どう?」
「うーん……」
じ、とユエンは柳を見つめた。
菓子の感想を聞いただけなのだが、思いの外真剣に考え込んでしまった友人を、楽しい奴だと感じる。
長考の末、柳はゆっくりと顔をあげた。
「不可思議、だったね……」
「なに、その言葉のチョイス……」
ユエンは肩を揺らして笑う。柳の時折見せる、このようにややずれているとも思える言動を、ユエンは気に入っていた。
本人は笑われている意味がわかっていないのか、首を傾げながらこちらの出方をうかがう。
突然レジの方面で男性が大声を出し始めた。年齢は、彼らの祖父ほどのものに見える。
数人いた他の客は、その事態を把握するとそそくさと店を出ていってしまった。
他の店員も不在のようだ。店員は経験が浅いのか、対応に苦慮しているようだった。他の客の一斉退店を見るに、多分運も悪い。
「あらら……」
先に声をかけたのはユエンだ。進み出て、酔っ払いの注意をこちらにそらす。
「おっさん、ちょっと声のトーン落としてくれないか?」
「ユエン、ちょっと……」
「いいから」
ユエンは考えがあったが、柳は目の前の酔っぱらいが次に取る行動を予測するように、ユエンと酔っぱらい、そして店員の間に視線を走らせる。
「……うるせぇ……んだよぉ!」
「おー、来た来た」
ユエンはふらふらと殴りかかってくる男を受け止め、投げ飛ばそうとする。が、その手を後ろから制した柳に驚いた。
「おい?!」
柳はユエンの腕を掴みながら、静かに見上げている。するとユエンのすぐ横を酔っぱらいがドタドタと通り過ぎていった。
そのまま前のめりにふらついた後、入口近くのウェルカムマットを肩で引きずりながら自動ドアに激突し、そのまま転がって動かなくなった。
「……ね?」
「……おお、なるほどな……」
ユエンは戸惑いながらも、彼のやり方に納得する。徹底した非暴力主義だ。
そして現状の数歩先の未来を予測している。この思考プロセスは、常人とはかけ離れた彼のメンタリティが由来しているのだろう。
「力には力を使わない。こういう時こそ、冷静に……って、僕は心がけてる。ありがとう、協力してくれて」
彼は戸惑う店員に警察を呼ぶよう促し、転がったままの酔っぱらいを安全な場所まで移動させようと腰を下ろした。
「……大丈夫ですか? ここでは危ないですよ」
真っ赤になった酔っぱらいは、自力で起き上がることもできないでいるようだ。大柄な身体を起こす柳を手伝い、二人で酔っ払いをレジカウンターに寄りかかって座らせた。
「お~い、おっさ~ん」
「……寝ちゃったかな?」
周囲の騒ぎを一切気にせず、酔っぱらいはいびきをかきはじめている。呑気なものだ。
警官が到着し、軽い事情聴取の後でユエンらは買い物をしてコンビニを出た。
事情聴取を受けている途中に合流しようとやってきた流磨が、コンビニ前の道端でドリンクを片手に呆れた目線を送ってくる。
どうやら、待ちくたびれた抗議の意味を含んでいるらしい。
「……また警察のご厄介かよ。とんだ不良選手だな、お二人さん」
親愛のこもった彼なりの冗談に、ユエンは笑い、柳も「お待たせ。ごめんね」と軽く謝りながら加わる。
その手に引っかかっているエコバッグの中身は、小型犬用のフード缶だった。他に、ドリンクと軽食。
ユエンはその買い物の中身たちから目新しい情報を認識したため、尋ねる。
「犬飼ってんの?」
「うん。小さなパグをね。なんだかあまり運動は得意じゃないけど、かわいいんだ」
ドリンクのキャップを外しながら、柳は小さな家族を思って顔を綻ばせている。
「いいな。おれも犬いたらなあ」
ユエン自身も犬好きで、母国の自宅では大きな犬と暮らしていた。祖父と祖母にもよくなついているが、自分がいなくなり寂しがっているだろう。
「今度、連れてこようか」
「いいな! 頼むよ」
「モチか? しばらく見てないけど、元気かよ?」
流磨も会話に加わり、彼らは学園エリア近くの公園に立ち寄る。
ここは住宅エリアと繁華街エリアの狭間に位置し、今この時間帯には話し合いにうってつけの場所だった。
背の高いライトが、来訪者を見下ろしている。砂場近くのベンチに三人並んで腰を下ろした。
「……で、どうすんだ」
流磨はドリンクに口をつけながら問う。
「……今までユエンには、チーム全体の調整を手伝うという形で参加してもらっていたけど、出場に向けて本格的にポジションを定めたい」
ユエンは立ち上がり、すぐ前に広がる砂漠に足を踏み入れた。
「雑用係卒業?」
「ばーか」
冗談を言って、笑う。
最初はギスギスしていた関係も、今では表面上良好な友人関係へと変貌を遂げていた。柳は安心したように微笑みながら、手帳型ARデバイスを操る。
軽食のドライフルーツバーを未開封のまま割り、開封してそれを口に放り込んだ。ユエンと流磨の前には、彼らのポジション名や役割の概要を記したデジタル書類が展開された。
フルーツバーを飲み下し口内を茶で潤してから、柳が発言する。
「僕は今まで通り戦略技術コーディネーターとして、試合中のクリスとれおちゃんへの直接指示を行う。そして流磨はメンタルコーチとして支えてほしい。ユエンは、戦略パフォーマンスアナリストとしてポジションを定義したい」
耳慣れないポジション名だった。
ネオトラバースでは、選手が他のサポート要員と協力して自らの実力を底上げすることが多い。
ユエンはその意図を問う。
「OK、それで?」
「データ分析と戦略立案、パフォーマンスの最適化、リソースの効率的利用。これらを主に管理してもらう意味での、新たな定義だね」
「つまり、パフォーマンスエンハンサー兼戦略リソースアナリストってことだな」
「とくにジュニアパートナーシップカテゴリでは、二人一組の選手を並行して支援しなければならない。連携次第な部分も多いけど、サポートを増やして損はない」
眼前のデータの層が動き、クリスと玲緒奈の記録を分析した結果が表示される。
確かにメンタル面では安定を見せているが、パフォーマンスとリソース利用については更に改善の余地があることを示していた。
すべてを柳と流磨の二人で向上に導くことは困難だろう。
「れおちゃんのメンタル面は特に、クリスについても勿論流磨の領域だし。それに外部から人を呼んでメンバーを増やすよりは、すでに選手としての経験が豊富にあるユエンを本格的にサポート要員としてポジショニングしたほうが、二人の精神的負担も最小限に抑えられるよね?」
「データ分析力・戦略的思考・コミュニケーション能力、ユエンなら全ての面で協力できると」
流磨は柳の結論を確認するように、漆黒の瞳を向けた。柳がそれを受けとめ、ゆっくりとまばたきをしながらユエンを見上げ、薄く笑った。
「頼りにしてる」
ユエンはその説明を聞き遂げると、足元の砂を混ぜながら笑ってみせた。
「まあ、競争力の強化にはおれを入れるしかないよな!」
全面的な同意を示す。
「最終意思決定者はシノだぞ」
「わかってるよ」
「よろしくね」
「ああ。三人で協力していこう」
ユエンが右手を出し、柳が応じる。流磨も続けて、掌の約束を交わした。
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