星渦のエンコーダー

山森むむむ

文字の大きさ
上 下
53 / 165
暗がりを切り裂く試み

未来ノ島に遊びに行ったら、東雲柳が歩いてた!

しおりを挟む
 未来都市の一角で、『東雲柳』がスポンサー企業の広告キャンペーンの中心になっている。

 広告はただのポスターやビルボードにとどまらず、街を歩けば数ヶ月前に撮影された姿がデジタルビジョンで映し出され、電脳空間では開発に関わった最先端のVRギアを紹介する仮想展示が行われている。

 柳自身、このキャンペーンの公開初日に街中を歩く。
 周りは巨大なデジタルビジョンの広告を見る人々で溢れ、彼らはその技術的な側面だけでなく、柳が提案したデザインの洗練さにも魅了されているらしかった。ありがたいことだ。
 柳のデジタルアバターが、市民にVRギアの装着方法を教える姿が、あちこちのスクリーンで流れている。自分自身ではないのに自分が教えている光景が、まだ慣れずに奇妙に感じた。
『このギアは、装用時も包み込むように……』
『……自分のサイズに合わせて調整されます』
『……自動的に生成され……』

 街のメインブロックに近づくと、デジタルアバターの音声は遠のいていった。

 街のメインプラザでは監修したVR体験ブースが設けられ、電脳スポーツでの戦略を体感できるプログラムが提供されている。
 参加者は柳が実際の試合で使ったテクニックを学び、電脳世界での動きを追体験できる。
『視覚情報が追いつかない場合は、再生モードを調整してください。身体の対応を調整する必要があるときは……』

 この日のために特別に設計された柳の新たなアバター装備のビジュアルも公開され、それはスポーツでの勝利だけでなく、テクノロジーと人間性の融合を象徴するものとして、人々の心を掴む。
 キャンペーンの仕掛け人の手腕だ。『東雲柳』という素材を存分に活かしている。マネージャーからも概ね講評と聞いていた。

 これらの広告が自分の力で成し遂げたことの証であると同時に、これからの挑戦への動力であると、今柳は感じている。街を歩き、自分が関わったプロジェクトが人々に受け入れられ、喜ばれているのを見ることで、新たな使命感という動機づけをする。
 ネオトラバースにまつわる情熱は、心に残された確かな要素の一つ。

 人はきっとこのようなことを、生きがいと呼ぶのだろう。柳は、そう認識している。
 だからこうして新たな結果が街に現れる時期は、自分の目で確認するために最も数多くの広告が展開されるここを歩くことにしていた。

 柳はただのアスリートや技術者を超えた、未来を創造する一人のビジョナリーとして、新たな日々を刻み始めているのだと自覚した。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 未来ノ島の活気ある観光地を歩いている田舎育ちの女の子は、ふと目の前の大型デジタルサイネージに映し出された柳の姿に目を奪われる。
「ひ、ひえぇ……東雲柳だぁ……」
 ここはこの未来ノ島区で最も大きな繁華街らしい。地元にある古いタイプとは違いデジタルサイネージも派手で、広告の枠が全て埋まっている。
『ヤナギ・シノノメ。未来ノ島の貴公子! その活躍ぶりはスポーツのみならず……』
 デジタルサイネージビジュアルに柳のサインが描き出されてゆくのを、彼女は感心しながら見つめた。
「うわー、大きいなあ」

 柳のサインは、彼の内面を象徴するような独特のものだ。穏やかで内省的な性格でありながら、競技場では圧倒的な強さを見せるという二面性を持っている。

 そのため、彼のサインもその二面性を表現する要素を含む。
 シンプルながら流れるような文字は、彼の穏やかな性格を反映してシンプルで洗練されていた。競技での動きを象徴するように、文字は流れるような曲線で構成される。最後には小さな風の渦を模したマークを加えて、「柳」にかけた遊び心を表現している。

 そして、完成したサインが等身大パネルに吸い付けられるように動いた時、すぐ隣を全く同じ姿をした通行人が歩くのを目撃してしまった。
「ああ! しのっ……!」
 その瞬間、彼女は思わず大声をあげてしまいそうになるが、その声はすぐに優しい手によって制された。
「……待って、待ってね。……しーっ」
 実際に目の前に立っている柳は驚きと尊敬のまなざしを向けられることにすっかり慣れており、彼女の反応に微笑みを返す。
 柳はそっと落ち着かせようとしている。口に触れない距離に、あこがれの人の人差し指が立った。身体を硬直させた女の子は柳の視線に囚われ、その声を聞こうと息を止めた。

「ここでは、色んな有名人を見かけることがある。だから驚かなくても大丈夫だよ……」
 ほとんど吐息のように小さく、しかし確かに届けられる彼の声は温かく、女の子の興奮を優しく包み込む。
「……は、はい……」
 周囲には確かに他の有名人や芸能人も散見され、カメラに囲まれながらも観光客と同じように島を楽しんでいる姿があった。きっと大声を出して恥をかいてしまわないよう、そっと教えてくれたのだ。柳の優しさと、未来ノ島の日常の一コマに心を打たれ、新たな発見と経験を胸に刻む。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 この島では新たな技術やエンターテインメントが日常的に融合し、その一環として有名人が身近に存在するのが普通のことだった。
「……す、すみませんでした、騒ぎそうになっちゃって!」
 彼女はある程度落ち着いた後で柳に感謝の言葉を述べ、柳は再び笑顔で応えた。
 次に彼女が持っていた色紙にサインを求められたため、応じた。受け取って、さっき目撃したサインと同一のものが目の前にあることに、きらきらと目を輝かせている。
「うわあ、ありがとうございます!」
「気をつけてね。道に迷っていたなら、この先の左側に交番があるから」
「えっ?!気づいて……あっ、いや、ごめんなさい、ありがとうございます!」

 彼女が去った後で柳は少し立ち止まり、この島での自分の役割と、ここで起こる小さな出会いが人々にとってどれだけ特別な意味を持つかを改めて感じ取る。
 あの女の子にとって自分は一時の憧れでも、土産話の種でもいい。ただ少しだけの幸せを与えられたのかもしれないという手応えに、少しの間目を閉じた。

 病気療養中の今でも、数件の広告起用や取材の仕事は受けられている。クリスタルのサポートとしての経験も、復帰後の計画に役立つだろう。

 そして、未来ノ島の一日が再び動き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

君の浮気にはエロいお仕置きで済ませてあげるよ

サドラ
恋愛
浮気された主人公。主人公の彼女は学校の先輩と浮気したのだ。許せない主人公は、彼女にお仕置きすることを思いつく。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

宇宙人は恋をする!

山碕田鶴
児童書・童話
私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。 全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの? 中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉ (表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろう」様に感謝) 【第2回きずな児童書大賞】奨励賞を受賞しました。ありがとうございます。

電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ
SF
 人工知能を搭載した量子コンピュータセフィロトが自身の電子ネットワークと、その中にあるすべてのデータを物質化して創りだした電子による世界。通称、エデン。2075年の現在この場所はある事件をきっかけに、企業や国が管理されているデータを奪い合う戦場に成り果てていた。  そんな中かつて狩猟兵団に属していた十六歳の少年久遠レイジは、エデンの治安維持を任されている組織エデン協会アイギスで、パートナーと共に仕事に明け暮れる日々を過ごしていた。しかし新しく加入してきた少女をきっかけに、世界の命運を決める戦いへと巻き込まれていく。  かつての仲間たちの襲来、世界の裏側で暗躍する様々な組織の思惑、エデンの神になれるという鍵の存在。そして世界はレイジにある選択をせまる。彼が選ぶ答えは秩序か混沌か、それとも……。これは女神に愛された少年の物語。 <注意>①この物語は学園モノですが、実際に学園に通う学園編は中盤からになります。②世界観を強化するため、設定や世界観説明に少し修正が入る場合があります。  小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

渋谷少女A続編・山倉タクシー

多谷昇太
ライト文芸
これは既発表の「渋谷少女Aーイントロダクション」の続編です。霊界の東京から現実の東京に舞台を移しての新たな展開…田中茂平は69才になっていますが現世に復帰したA子とB子は果してあのまま…つまり高校生のままなのでしょうか?以降ざっと筋を述べたいのですがしかし叶いません。なぜか。前作でもそうですが実は私自身が楽しみながら創作をしているので都度の閃きに任せるしかないのです。唯今回も見た夢から物語は始まりました。シャンソン歌手の故・中原美佐緒嬢の歌「河は呼んでいる」、♬〜デュランス河の 流れのように 小鹿のような その足で 駈けろよ 駈けろ かわいいオルタンスよ 小鳥のように いつも自由に〜♬ この歌に感応したような夢を見たのです。そしてこの歌詞内の「オルタンス」を「A子」として構想はみるみる内に広がって行きました…。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
本編は完結。番外編を不定期で更新。 番外編更新 10/12 *『いつもあなたの幸せを。』 番外編更新 9/14 *『伝統行事』 番外編更新 8/24 *『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで *『日常のひとこま』は公開終了しました。 番外編更新 7月31日   *『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 番外編更新 6/18 *『ある時代の出来事』 番外編更新 6/8   *女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。 *光と影 全1頁。 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  以降は思いついた時にぽちぽちと番外編を載せていこうと考えています。 ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台であり、現在日本国内には存在しない形の建物等が出てきます。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和6年1/7 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

君の中で世界は廻る

便葉
ライト文芸
26歳の誕生日、 二年つき合った彼にフラれた フラれても仕方がないのかも だって、彼は私の勤める病院の 二代目ドクターだから… そんな私は田舎に帰ることに決めた 私の田舎は人口千人足らずの小さな離れ小島 唯一、島に一つある病院が存続の危機らしい 看護師として、 10年ぶりに島に帰ることに決めた 流人を忘れるために、 そして、弱い自分を変えるため…… 田中医院に勤め出して三か月が過ぎた頃 思いがけず、アイツがやって来た 「島の皆さん、こんにちは~ 東京の方からしばらく この病院を手伝いにきた池山流人です。 よろしくお願いしま~す」 は??? どういうこと???

処理中です...