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壊されたヒーロー
春の嘘。庭園に咲くのは、約束の花。 1
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柳とクリスの間には、学園内で羨望の眼差しを集めるほどの深い信頼関係が築かれていた。
しかし、その関係は恋愛という領域に踏み込む一線を越えてはおらず、そのことも誰もが知るところとなっている。
「今日は図書館でいい? ちょっと調べたいものがあるんだ」
「いいよ。閉館まで勉強ね!」
『東雲柳は恋愛感情に関しては極めて鈍感である』
周囲の大多数の人間からは、そういう認識になっている。
クリスの彼に対する深い感情も、自分自身の心の内も理解していない。というよりも、理解しているように見えない。
今日も隣を歩くクリスがその横顔を切なく見上げているのに、視線に気づくと微笑むだけだ。
その無言のやり取りはまるで恋人同士のそれだが、幼馴染という名称のまま、終わりの訪れない平行移動。クリスは自らの恋愛感情に気づいてから、この試練にじりじりと焼け付くような痛みを味わい続けている。
クリスは柳と一緒に、大きな扉を開いて教養の部屋に立ち入った。
図書館の静かな空間で、再び自分の感情と向き合う。心の中には、柳へ告白をするかどうかという葛藤が渦巻いている。リリアらから繰り返し焚き付けられているのだ。
しかし、柳への想いを言葉にする勇気がない。今の深い信頼関係を壊したくない。そして、彼自身の問題が解決されないままなんて、なんだかずるいような気がしていた。
その時、柳がふとクリスを見て尋ねる。
「クリス、最近考え事が多いみたいだけど、何か悩んでるの?」
しかし、いつものことだ。彼には通じない答えを返すよりも、ただ微笑み答えた。
「ううん、大丈夫」
今心の中を占めている悩みは、もう何年も前から抱えている。日に日に大きくなって、胸の中を圧迫していく。
それを、最近だなんて。本当にこの気持ちに気づいていないのだということを、まさに証明されたようなものだ。
柳が髪を揺らしながら、大きく開いた瞼を今度は柔らかく細める。
「いつでも話して。僕はクリスの味方だから」
柳はクリスの返答に納得していたわけではないが、クリスが自分を信頼してくれていることを知り、いつでも聞く用意があることを伝えてくれた。
二人の間には、誰にも邪魔ができないと感じさせるような、言葉にはならない深い絆が流れている。
柳の鈍感さとクリスのためらいが交差する中で、彼らの関係はある種の静かな均衡を保っている、とも言えた。
しかし、その関係を妬む者たちも存在している。影山をリーダーとする一部のグループは、二人を引き裂くために陰湿な計画を立てていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この計画は、学園内の雑談やSNSを通じて、クリスが柳以外の男子生徒に興味を持っているかのような噂を広めることから始まった。
それは嘘であり、クリスがある人気の男子生徒と頻繁に、親密な会話を交わしているという内容だった。補足として様々な事実を編み込まれたストーリーは、彼女を少しでも知るものにとって真実に映り、疑うことなく受け入れられていく。
この噂は学園内のさまざまな場所で小さなささやきとなり、次第に大きなうねりとなっていった。
春の息吹が未来ノ島学園の隅々にまで届いているある日、クリスに関する偽情報が広まっていることに本人が気づいた。
何の気なしにデバイスを開き、学校のカフェテリア営業予定時刻を閲覧しようとした。その瞬間、不穏な動画が生徒間のメッセージルームに流されている様子を、自動で抽出されたハイライト表示で目前にしてしまった。
「…なにこれ」
リリアはクリスが件の動画をSNSで閲覧したことに気づくと、見ちまったのか、と言った。
鞠也が先に気づき、対応を相談し合っていたらしい。
クリスは周囲の変化を観察した。この偽の情報が、柳にどのように受け取られるかという恐怖が渦巻く。
柳との関係は、何よりも大切な宝物であったからだ。
「……や、柳はこれ……」
「ごめん、アタシらも確認できてねーのよ」
「柳くんはあまりSNS見ないみたいだし……気づいていたらクリスちゃんに、それとなく探りを入れるくらいはするんじゃないかしら」
確かに鞠也の言う通り、クリスに直接知られずに済むような問題なら、柳がそのように確認した後、対処の計画を立てる可能性は高いように思われた。
しかし、今気づいたものの、明らかにこの噂は学校中に広まっていると見て取れる。
「……広まってる?」
「そうみたい……クリスちゃん、大丈夫?」
「柳に確認取るまで、帰るわけにいかないよな」
時間の問題かもしれない。クリスは、柳との間に誤解が生じることを恐れていた。
「……ん……でも柳、もう多分学校にいない。今日はスポンサーさんとのやり取りで、島にある支社に行かないといけないって言ってたから」
「タイミングいいんだか悪いんだか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、聞いた? クリスがあの人気男子と放課後デートしてるらしいよ」
「マジで? シノくんとはどうなってるの?」
「知らないけど、二人で図書館の裏で話しているのを見たって。クリス、結構積極的に話しかけてたみたい」
細部に至るまで具体的な情報が語られることで、噂は一層の信憑性を帯びていく。
その内容は多くがドラマティックなストーリーのように脚色され、相手とされている男子が否定のコメントをSNSに投稿するが、クリスの関係の深い相手には元々柳がいることで注目度は高く、彼の発言もあっという間に埋もれていく。
『今日、クリスと〇〇くんが一緒にいるの見た!二人、なんかいい感じだった #未来ノ島学園 #新カップル?』
『クリスって柳くんのことどう思ってるんだろ。〇〇くんとめちゃくちゃ仲良さそうだったけど…』
『え、待って。クリスと〇〇くんってマジ?! #ガセネタ希望 #学園の話題』
匿名のアカウントや生徒たちの間で、クリスとある人気男子生徒の仲を示唆する写真やコメントが飛び交い、一部には憶測を呼ぶようなタグが付けられている。
これらの投稿は瞬く間に拡散し、学年内の生徒だけでなく他のクラスや学年の生徒にも広まっていった。
困惑とショックを隠せなかった。クリスは何も知らない間に、まるで自分が主役のドラマに巻き込まれてしまったかのようだった。
そんな様子を察したリリアはクリスのもとへと駆け寄る。
「クリス、数だけの噂に負けんな! 誰が何と言おうと、本当のことはアタシらが知ってるから!」
鞠也も静かに二人のもとへ歩み寄り、控えめながらも力強い声で言葉を継ぐ。
「リリアの言う通りよ、クリスちゃん。私たちは味方。こんな嘘に振り回される必要なんてないんだから」
リリアと鞠也の言葉に、少しの温かさで満たされていくのを感じる。
「ありがとう、リリア、鞠也……二人がそう言ってくれて、本当にうれしいから」
リリアはクリスの肩を力強く抱きしめ、「アタシたちがついてる!」と励ます。その言葉に勇気づけられたクリスは、頭を上げ、心を強く持って前向きに対処することを決意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この噂をさらに利用してクリスに直接的に迫ることで、柳とクリスの間に決定的な亀裂を生じさせる策略を練る。
首謀者は自分たちの計画が順調に進んでいることに満足感を抱いていた。
影山はクリスが一人でいるタイミングを見計らい、放課後の図書館で彼女に接近することにした。
図書館はクリスがよく利用する静かな場所であり、他の生徒たちの目を気にすることなく話ができる最適な場所だった。
クリスが図書館の一角で勉強に集中している。その姿を見つけた影山は、ゆっくりと彼女のもとへと歩み寄り、声をかけた。
「桐崎さん、ちょっといいかな?」
クリスは驚きつつも、彼の顔を見上げて返答する。
「何でしょうか?」
「実は、学園中で桐崎さんと〇〇くんの噂が広まっているのを知ってる? 俺、ずっと気になってて。もしそれが事実なら、ふたりはお似合いだし、俺たちも応援したいと思っていて……」
影山は噂を事実かのように装い、さらにクリスに対して同情を示すふりをした。一見して人の良さそうな笑顔を向ける。この顔で声をかけた女子は、いつもまんまと影山の言葉に騙されてくれた。
クリスは、この突然の言葉に数秒の間考え込むような表情をした。しかし冷静さを保とうとするように、はっきりと声に出して拒否の意を示した。
「噂があることは知っていますが、あくまで噂です。私と柳の間に、他の人はいません……」
最後には少し震えが入っている。怖がっているくせに、強がりもいいところだ。
影山はクリスの返答に内心で不満を感じつつも、彼女の言葉を受け入れるふりをする。簡単に攻略できない女こそ、落としがいがあると言うものだ。そして、東雲柳との関係にわずかな不信感を植え付けようと、次の手を打った。
「そうなんだ、誤解だったんですね。でも、桐崎さんが誤解されるような行動を取ったのなら、東雲くんも心配するかもしれないから、気をつけた方がいいよ……」
クリスは影山の真意に気づき、影山が自分と東雲柳を引き裂こうとしていることを強く感じ取ったようだった。
そして顔を上げて、「私たちのことは私たちで解決します。余計な心配は不要です」と言い放った。
「……そう? まあ、恋愛は自由であるべきだ。東雲柳くんが自分からアクションを起こさない限り、君はフリーの子だって見なされても仕方ない。……言動には今まで以上に注意して」
影山は図書室をあとにしたが、クリスが自分の策略をかわしたことに内心で激しく憤りを感じていた。強気な態度と、東雲への深い信頼。なるほど、気に入らない。しかしあの女を切り崩し、必ず目の前で泣かせてやりたくなった。
さらに悪質な手段に出ることを決意する。
「なにがプロ選手だよ。自分のオンナ一人守れないチンケな野郎だってこと、島中に広めてやる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリスと柳の信頼関係を根底から揺るがすために、影山がより巧妙で卑劣な策を練った。
クリスがある他の男子生徒と親しげに話している場面の写真を作成し、それを学園のSNSグループに流すというものだった。
この写真は、卑劣にも男子生徒の姿が特定されないような処理と構図に工夫されており、高い加工技術を駆使して作成され、一見すると実際にクリスがその男子生徒と親密な関係にあるかのように見えるものだ。
一人目に続いての、他の男子との写真。
枚数が増えるほどに、クリスの印象は陽性の美少女から女の魅力を操る妖しいヴィラネスへと近づいてゆくだろう。
影山はこの偽の写真を匿名のアカウントから学園内のSNSグループに投稿し、『これって桐崎さんじゃない? 東雲くんとはどうなってるんだろう…?』というコメントと共に拡散させた。
この投稿は瞬く間に学園内で拡散し、ますます多くの生徒たちの間に驚きと囁きが広がる。
クリスは、自分の名前が挙がっている通知を受け取り、その偽の写真を目の当たりにしてしまった。
その場で息をのみ、これまでの噂とは比べ物にならないほどのダメージを受け、一瞬にして立ち尽くしてしまう。
しかしリリアと鞠也はクリスがこのような無実の罪を着せられたことに激しく怒り、すぐさま彼女の擁護に回る。
『クリスはそんなことしない! これは完全な偽物だ!』リリアが力強くSNSで反論し、鞠也もまた、『私たちはクリスを信じてるから。誰かが悪意で作ったものだと思います』とコメントを寄せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
連続して、天気は晴天。校舎は今日も陽光を受け、白く輝いて青春の学舎を支えるエネルギーを生産し続けている。
しかしその平和な雰囲気とは裏腹に、クリスは心ならずも複雑な心境に陥っていた。
影山は彼女を陥れるための最終段階として、直接グループデートに誘う計画を実行に移すことにした。
「東雲柳の女を貶めれば、自動的に奴の名前も引き摺り下ろせる。ついでにあの女とも遊べりゃ、俺たちは十分楽しめるって訳だ」
しかし、その関係は恋愛という領域に踏み込む一線を越えてはおらず、そのことも誰もが知るところとなっている。
「今日は図書館でいい? ちょっと調べたいものがあるんだ」
「いいよ。閉館まで勉強ね!」
『東雲柳は恋愛感情に関しては極めて鈍感である』
周囲の大多数の人間からは、そういう認識になっている。
クリスの彼に対する深い感情も、自分自身の心の内も理解していない。というよりも、理解しているように見えない。
今日も隣を歩くクリスがその横顔を切なく見上げているのに、視線に気づくと微笑むだけだ。
その無言のやり取りはまるで恋人同士のそれだが、幼馴染という名称のまま、終わりの訪れない平行移動。クリスは自らの恋愛感情に気づいてから、この試練にじりじりと焼け付くような痛みを味わい続けている。
クリスは柳と一緒に、大きな扉を開いて教養の部屋に立ち入った。
図書館の静かな空間で、再び自分の感情と向き合う。心の中には、柳へ告白をするかどうかという葛藤が渦巻いている。リリアらから繰り返し焚き付けられているのだ。
しかし、柳への想いを言葉にする勇気がない。今の深い信頼関係を壊したくない。そして、彼自身の問題が解決されないままなんて、なんだかずるいような気がしていた。
その時、柳がふとクリスを見て尋ねる。
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「ううん、大丈夫」
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それを、最近だなんて。本当にこの気持ちに気づいていないのだということを、まさに証明されたようなものだ。
柳が髪を揺らしながら、大きく開いた瞼を今度は柔らかく細める。
「いつでも話して。僕はクリスの味方だから」
柳はクリスの返答に納得していたわけではないが、クリスが自分を信頼してくれていることを知り、いつでも聞く用意があることを伝えてくれた。
二人の間には、誰にも邪魔ができないと感じさせるような、言葉にはならない深い絆が流れている。
柳の鈍感さとクリスのためらいが交差する中で、彼らの関係はある種の静かな均衡を保っている、とも言えた。
しかし、その関係を妬む者たちも存在している。影山をリーダーとする一部のグループは、二人を引き裂くために陰湿な計画を立てていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この計画は、学園内の雑談やSNSを通じて、クリスが柳以外の男子生徒に興味を持っているかのような噂を広めることから始まった。
それは嘘であり、クリスがある人気の男子生徒と頻繁に、親密な会話を交わしているという内容だった。補足として様々な事実を編み込まれたストーリーは、彼女を少しでも知るものにとって真実に映り、疑うことなく受け入れられていく。
この噂は学園内のさまざまな場所で小さなささやきとなり、次第に大きなうねりとなっていった。
春の息吹が未来ノ島学園の隅々にまで届いているある日、クリスに関する偽情報が広まっていることに本人が気づいた。
何の気なしにデバイスを開き、学校のカフェテリア営業予定時刻を閲覧しようとした。その瞬間、不穏な動画が生徒間のメッセージルームに流されている様子を、自動で抽出されたハイライト表示で目前にしてしまった。
「…なにこれ」
リリアはクリスが件の動画をSNSで閲覧したことに気づくと、見ちまったのか、と言った。
鞠也が先に気づき、対応を相談し合っていたらしい。
クリスは周囲の変化を観察した。この偽の情報が、柳にどのように受け取られるかという恐怖が渦巻く。
柳との関係は、何よりも大切な宝物であったからだ。
「……や、柳はこれ……」
「ごめん、アタシらも確認できてねーのよ」
「柳くんはあまりSNS見ないみたいだし……気づいていたらクリスちゃんに、それとなく探りを入れるくらいはするんじゃないかしら」
確かに鞠也の言う通り、クリスに直接知られずに済むような問題なら、柳がそのように確認した後、対処の計画を立てる可能性は高いように思われた。
しかし、今気づいたものの、明らかにこの噂は学校中に広まっていると見て取れる。
「……広まってる?」
「そうみたい……クリスちゃん、大丈夫?」
「柳に確認取るまで、帰るわけにいかないよな」
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「……ん……でも柳、もう多分学校にいない。今日はスポンサーさんとのやり取りで、島にある支社に行かないといけないって言ってたから」
「タイミングいいんだか悪いんだか」
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「ねぇ、聞いた? クリスがあの人気男子と放課後デートしてるらしいよ」
「マジで? シノくんとはどうなってるの?」
「知らないけど、二人で図書館の裏で話しているのを見たって。クリス、結構積極的に話しかけてたみたい」
細部に至るまで具体的な情報が語られることで、噂は一層の信憑性を帯びていく。
その内容は多くがドラマティックなストーリーのように脚色され、相手とされている男子が否定のコメントをSNSに投稿するが、クリスの関係の深い相手には元々柳がいることで注目度は高く、彼の発言もあっという間に埋もれていく。
『今日、クリスと〇〇くんが一緒にいるの見た!二人、なんかいい感じだった #未来ノ島学園 #新カップル?』
『クリスって柳くんのことどう思ってるんだろ。〇〇くんとめちゃくちゃ仲良さそうだったけど…』
『え、待って。クリスと〇〇くんってマジ?! #ガセネタ希望 #学園の話題』
匿名のアカウントや生徒たちの間で、クリスとある人気男子生徒の仲を示唆する写真やコメントが飛び交い、一部には憶測を呼ぶようなタグが付けられている。
これらの投稿は瞬く間に拡散し、学年内の生徒だけでなく他のクラスや学年の生徒にも広まっていった。
困惑とショックを隠せなかった。クリスは何も知らない間に、まるで自分が主役のドラマに巻き込まれてしまったかのようだった。
そんな様子を察したリリアはクリスのもとへと駆け寄る。
「クリス、数だけの噂に負けんな! 誰が何と言おうと、本当のことはアタシらが知ってるから!」
鞠也も静かに二人のもとへ歩み寄り、控えめながらも力強い声で言葉を継ぐ。
「リリアの言う通りよ、クリスちゃん。私たちは味方。こんな嘘に振り回される必要なんてないんだから」
リリアと鞠也の言葉に、少しの温かさで満たされていくのを感じる。
「ありがとう、リリア、鞠也……二人がそう言ってくれて、本当にうれしいから」
リリアはクリスの肩を力強く抱きしめ、「アタシたちがついてる!」と励ます。その言葉に勇気づけられたクリスは、頭を上げ、心を強く持って前向きに対処することを決意した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この噂をさらに利用してクリスに直接的に迫ることで、柳とクリスの間に決定的な亀裂を生じさせる策略を練る。
首謀者は自分たちの計画が順調に進んでいることに満足感を抱いていた。
影山はクリスが一人でいるタイミングを見計らい、放課後の図書館で彼女に接近することにした。
図書館はクリスがよく利用する静かな場所であり、他の生徒たちの目を気にすることなく話ができる最適な場所だった。
クリスが図書館の一角で勉強に集中している。その姿を見つけた影山は、ゆっくりと彼女のもとへと歩み寄り、声をかけた。
「桐崎さん、ちょっといいかな?」
クリスは驚きつつも、彼の顔を見上げて返答する。
「何でしょうか?」
「実は、学園中で桐崎さんと〇〇くんの噂が広まっているのを知ってる? 俺、ずっと気になってて。もしそれが事実なら、ふたりはお似合いだし、俺たちも応援したいと思っていて……」
影山は噂を事実かのように装い、さらにクリスに対して同情を示すふりをした。一見して人の良さそうな笑顔を向ける。この顔で声をかけた女子は、いつもまんまと影山の言葉に騙されてくれた。
クリスは、この突然の言葉に数秒の間考え込むような表情をした。しかし冷静さを保とうとするように、はっきりと声に出して拒否の意を示した。
「噂があることは知っていますが、あくまで噂です。私と柳の間に、他の人はいません……」
最後には少し震えが入っている。怖がっているくせに、強がりもいいところだ。
影山はクリスの返答に内心で不満を感じつつも、彼女の言葉を受け入れるふりをする。簡単に攻略できない女こそ、落としがいがあると言うものだ。そして、東雲柳との関係にわずかな不信感を植え付けようと、次の手を打った。
「そうなんだ、誤解だったんですね。でも、桐崎さんが誤解されるような行動を取ったのなら、東雲くんも心配するかもしれないから、気をつけた方がいいよ……」
クリスは影山の真意に気づき、影山が自分と東雲柳を引き裂こうとしていることを強く感じ取ったようだった。
そして顔を上げて、「私たちのことは私たちで解決します。余計な心配は不要です」と言い放った。
「……そう? まあ、恋愛は自由であるべきだ。東雲柳くんが自分からアクションを起こさない限り、君はフリーの子だって見なされても仕方ない。……言動には今まで以上に注意して」
影山は図書室をあとにしたが、クリスが自分の策略をかわしたことに内心で激しく憤りを感じていた。強気な態度と、東雲への深い信頼。なるほど、気に入らない。しかしあの女を切り崩し、必ず目の前で泣かせてやりたくなった。
さらに悪質な手段に出ることを決意する。
「なにがプロ選手だよ。自分のオンナ一人守れないチンケな野郎だってこと、島中に広めてやる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリスと柳の信頼関係を根底から揺るがすために、影山がより巧妙で卑劣な策を練った。
クリスがある他の男子生徒と親しげに話している場面の写真を作成し、それを学園のSNSグループに流すというものだった。
この写真は、卑劣にも男子生徒の姿が特定されないような処理と構図に工夫されており、高い加工技術を駆使して作成され、一見すると実際にクリスがその男子生徒と親密な関係にあるかのように見えるものだ。
一人目に続いての、他の男子との写真。
枚数が増えるほどに、クリスの印象は陽性の美少女から女の魅力を操る妖しいヴィラネスへと近づいてゆくだろう。
影山はこの偽の写真を匿名のアカウントから学園内のSNSグループに投稿し、『これって桐崎さんじゃない? 東雲くんとはどうなってるんだろう…?』というコメントと共に拡散させた。
この投稿は瞬く間に学園内で拡散し、ますます多くの生徒たちの間に驚きと囁きが広がる。
クリスは、自分の名前が挙がっている通知を受け取り、その偽の写真を目の当たりにしてしまった。
その場で息をのみ、これまでの噂とは比べ物にならないほどのダメージを受け、一瞬にして立ち尽くしてしまう。
しかしリリアと鞠也はクリスがこのような無実の罪を着せられたことに激しく怒り、すぐさま彼女の擁護に回る。
『クリスはそんなことしない! これは完全な偽物だ!』リリアが力強くSNSで反論し、鞠也もまた、『私たちはクリスを信じてるから。誰かが悪意で作ったものだと思います』とコメントを寄せた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
連続して、天気は晴天。校舎は今日も陽光を受け、白く輝いて青春の学舎を支えるエネルギーを生産し続けている。
しかしその平和な雰囲気とは裏腹に、クリスは心ならずも複雑な心境に陥っていた。
影山は彼女を陥れるための最終段階として、直接グループデートに誘う計画を実行に移すことにした。
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