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第四章
第二十三話 ハロルド旋風〜マグヌス探偵団、謎が判明、新たなる難問発生
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今日はユリアンとリゼルが公式としては予定外だが王城に上がっている。それというのもリオンとルゼルが登城しているからだ。
先日の話の通り、三人はリオンたちの初恋かもしれない相手を確かめたいがために急遽私的な予定として王城に集まった。さしづめマグヌス探偵団結成というところだ。
本来ならばマグヌスに会うには様々な手続きが必要だが、ユリアンとリゼルは側近候補の遊び相手として登城した際の専属護衛も既にいる身分なので登城した際に簡単な申請とマグヌスの許可と護衛の都合がつけば突来でも入城可能だ。
「こういうのを職権濫用と言うんでしょうか?」
リゼルが半ば真面目な顔で言う。
「友達に会うのに職権があることがなぁ…」
マグヌスがやや遠い目で言いかけて続く言葉を飲み込んだ。立場上セキュリティが厳しいのは仕方ない。しかし自分はまだ子どもだ。友達だけで市街地を歩いてみたい。急に思い立って予定外の行動をしてみたい。
「殿下の遊び相手に選ばれて、私は良かったと思っていますよ。殿下とは気が合いますし、王城の図書宮にも入れますし、人より早く剣を習うことができました。たまたま友達が王子様だというだけで特典満載でした」
ユリアンがそう言って微笑んだ。おそらくユリアンはマグヌスの飲み込んだ言葉を汲んだのだろう。
「そのうち焼き鳥を食べに行きましょう…お忍びで」
ユリアンは本当に人の気持ちに聡い。味方でいる分には頼もしいが…にっこり微笑むユリアンはきっと鬼のような宰相になる。そんな気がする。だけど全く嫌な気はしないマグヌスだ。
「アロンから聞いた話では、例の女の子はやはり侍女のようですね。いつも王城にいると言ってましたから。髪は黒くて背は高いとも」
とリゼル。
「まぁアロンから見たらみんな背が高いよな。ただ黒髪は有力な情報だな」
これはマグヌス。
「…黒髪の侍女…って…なんだか嫌な予感がするんだけど」
これまたリゼル。
「言わないで、殿下も私も薄々そんな気がしてきてるんだから」
これはユリアン。
黙ってなんとなく目配せをする三人だ。もちろん思い出しているのはあの苦い人妻侍女への恋心だ。
と、しんみり思い出に浸っていると、遠くから「きゃー」という聞きなれない叫び声と「うおー」という聞きなれた大声が聞こえてきた。
「ヴァジュラが走っているな」
「ということはもう一方の叫び声はバークレイの弟ですね」
よくよく耳を澄ますと「殿下ー」「危ないですー」「ヴァジュラしゃまーん」という声が小さく聞こえる。
「アロンたち、差をつけられているな」
そう言ってマグヌスが笑う。
「ハロルドがヴァジュラ殿下より速いと言うのは本当なんですね」
そう言いながら三人は声のする方へ向かって行った。以前リオンたちが喧嘩をした、ルゼルの乱ウサギ卿事件の中庭だ。
通称ウサギ卿の庭はハロルドが来る日は立ち入り禁止となっている。ヴァジュラたちが作った秘密基地や国王が幼少期に作った井戸など、ハロルドには危ない場所が多いからだ。
マグヌスたち三人が中庭に行くと、ハロルドが走り回りながら垣根や花壇の花を手で撫でている。時折手に当たった木の実や花を鷲掴みにし、ぽいっと捨てながらハロルドは走り続ける。
それをリオンとルゼルは
「ハロルド、お花は取ったらいけないです」
「おてて怪我します」
と言って後を追い、ヴァジュラは
「ハロルド、お前すごい、走りながらちぎらず取れる!お前かじょー!」
と言って笑って追っている。確かにハロルドがむしる花たちはガクのところから綺麗に切り離され、花びらが千切れているものはない。木の実も同じだ。枝が折られてはいない。
「おお、ヴァジュラは良い目をしているな」
マグヌスは感心した。同時にハロルドを心配していたレイノルドの気持ちもわかった。確かに激しい。動きの激しかった現王の幼少期にそれ用に整えられた環境の王城だから許される激しさだ。「普通は王城だから許されないのだろうが、王とヴァジュラがああだからな」マグヌスはなんだかおかしくて笑った。マグヌスもなかなか器が大きい。
アロンはというと、ハロルドの走り回る範囲が中庭の一定した場所だと見極めると、噴水の縁に座って兄たちの様子を眺めることに決めたらしい。何も言わずに兄たちの動きを目で追っている。
「やはりアロンは冷静だな。自分に体力がないのもよくわかっている。ああやって観察しているんだな。母上にアロンは顔だけじゃないと言わないと」
マグヌスは感心したように言った。
リオンたちは相変わらずハロルドに花を取ってはいけないと言いながら走っている。ここの花は王妃から子どもたちの自由にして良いと言われている。だから侍従たちも止めはしていないのだが、真面目なリオンたちには大罪に感じるのだろう。兄たちの困り顔を見ていたアロンが座ったままおもむろに言った。
「ヴァジュラしゃまん、おはな、どしましゅーぅ?」
両手を口の脇に当ててアロンなりの大きな声で言う。ヴァジュラは聴覚が優れている。特にアロンの声は聞き逃さないからこれは兄たちにも聞こえるよう配慮しているのだろう。ヴァジュラは走ってハロルドを追いかけながら答える。
「花は綺麗なままだ。イリヤ!花は母上の湯船に浮かべろ」
なるほど、確かに無駄にならない。
「ヴァジュラしゃまん、木の実はーぁ?」
やっぱり座ったままアロンが聞く。
「イリヤ!実、侍女に持て!」
ヴァジュラが侍従のイリヤに言う。これを聞いたマグヌスがユリアンたちに説明した。
「侍女たちの間で木の実を使ったクラフトが流行っているらしい。王城にしかない実があったり、王城の木の実は形が良いとかで欲しがる物が多いらしいんだ。新年用のクラフトにむけて今から季節の実を集めてると聞いた」
「ヴァジュラ殿下は城内にお詳しいのですね」
「まぁ、今は毎日城にいるだけだからな」
それにしてもとマグヌスは思う。アロンはちゃんと周りを見ている。兄たちの心配(花や木の実)に対して無駄にならないことを教えるためにヴァジュラに質問をした。しかもヴァジュラには無駄にしない使い道の考えがあるとわかって質問していた。
アロンの洞察力からして、リオンたちが誰かに恋をしているのは間違いないだろう。
そう思っていた時、
「ハロルド!ブブー!」
ヴァジュラがより一層大きな声で言った。叫びに近い。それはヴァジュラが危ないことをする時にいつもかけられる静止の言葉だ。
そのヴァジュラの大声と水を弾く大きな音とルゼルの絶叫とリゼルの「アロン!」という声が同時に響いた。
一定方向に走っていたハロルドが目にも止まらぬ速さで急転回し、噴水に走り出してアロンを突き飛ばしたのだ。しかも噴水の中に。陽射しは暖かくても今は秋だ。水の中は冷たい。アロンは人一倍身体が弱い。
すぐさま騎士のルカが水の中からアロンを抱え上げ、アロンに続いて自分も噴水に入ろうとしたハロルドをヨハンが抱えて止めた。
「アロン!」「アロン、アロン!」
駆け寄るリゼルとルゼル。アロンに拭くものをと侍従に指示するマグヌス。泣きそうなリオンをなだめるユリアン。「奇襲…」と言って仁王立ちするヴァジュラ。
一気に騒然とする中で、ヨハンに抱えられたハロルドが「いやー!きゃー!」と絶叫して泣いて暴れている。
「絶対離すなよ、ヨハン」
アロンを抱きかかえるルカにそういわれ
「もちろんだ」
と答えるヨハン。
そこへ騒ぎを聞きつけた王妃付侍女次長のライラがタオルを持って駆けつけた。この中庭は王妃の庭なので王妃付侍女のライラが来たのだ。場が一気に落ち着く。ライラが来たらもう安心だ。
「皆様、声のトーンは通常に。ハロルド様が緊張されます。ヨハン卿、そのままハロルド様を抱えて左右に揺らしてさしあげて。アロン様、痛いところなどありますか?」
ライラはテキパキと指示を出しながらアロンをタオルで包む。
「ないでしゅ」
アロンはそう言ったあとタオルから顔を出して言った。
「ハロルド、アロとあそびたかったの。アロ、つまんない、ハロルド思ったの」
「なんて?」
通訳を頼むマグヌス。訳者はリゼルだ。
「アロンは、ハロルドはアロンがつまらなくて座っていると思って、遊ぼうと思って来ただけなんだと言ってます」
「そうか?アロン」
「あい」
だとするとハロルドに悪意はない。だがアロンにハロルドの勢いは危険だ。
そう思っていると気づけばハロルドの絶叫が治まっている。ヨハンに揺らされ落ち着いてきたようだ。そのハロルドにライラが「ハロルド様、ビックリしてしまいましたね。落ち着きましたか?アロン様は大丈夫ですよ。少しドーンが過ぎましたわね」と話しかけている。ハロルドは何も言わずヨハンの揺れを味わっているようだ。
仁王立ちしていたヴァジュラがいつの間にかマグヌスの近くに寄って来ていた。
「大丈夫だ。ヴァジュラ。アロンもハロルドも大丈夫だぞ」
そう声をかけるマグヌスに、
「あに…。奇襲、ブブー」
ヴァジュラはアロンを心配そうに見ながらそれだけ言った。
ライラが言う。
「ヨハン卿、そのままハロルド様をバークレイ侯爵家の馬車にお連れください。ハロルド様のお好きな虫の名前など言いながらお連れしてくださいな。きっと落ち着かれますから。ヴァジュラ殿下、今日はハロルド様とのお遊びはここまででよろしいですね」
「う…うん」
ヴァジュラも恐縮している。なんだかんだ言ってもヴァジュラは根が素直だ。
「…ハロルドを叱らないのか?」
聞いたのはマグヌス。おそらくこの場にいた者達の気持ちだ。いつものライラならピシャリと叱る場面だからだ。
しかしライラは意外にもにこりとして言った。
「アロン様が仰っていましたでしょう?ハロルド様はアロン様を思ってした結果だと。もちろん押してしまうことは良くありません。いつかしっかりお伝えしなければいけませんわね。でも、今のハロルド様には伝わらないのです」
確かにヴァジュラなら叱れば次からは少し意識するように心がけるだろう。実際そうだ。しかしハロルドは?
「ハロルド様は元気がおありすぎで今までも沢山叱られてきたのでしょう?でもお変わりになられませんわよね。それは時期が違うのです。ヨハン卿に抱えられ暴れていたハロルド様は、拘束が嫌だったのではありませんよ。皆がいつもと違う慌てた声や、力加減ができずに自分の思っていたのと違いアロン様を突き飛ばしてしまった驚きで不安になっておられたのです。今はハロルド様が少し成長されることを待つ時期なのですわ。今は叱っても意味が残らず不快と不安が残るだけ…それより気持ちをくんで、どうしたかったのかどうしたら良いのかをお伝えする時なのですわ。
アロン様もそう思われていますでしょう?それともハロルド様を叱っていただきたいですか?」
「ううん。アロ、ハロルド好き。ハロルド、アロ好き」
アロンもハロルドもお互いが友達だとタオルから顔だけ出したアロンが言っている。キリッとした顔だ。ハロルドを叱らないでとその表情が言う。
ハロルドがしたことは確かにいけないが、手加減ができないハロルドに手加減をしろと言っても難しい。ハロルドもアロンを結果的に突き飛ばしてパニックになっていた。ハロルドももしかしたら困っているのかもしれない。
確かに。何事にもタイミングは必要だ。ライラはハロルドはまだその時期ではないから、まずは安心できる環境を作れと言っているのだ。側から見たら甘いのかもしれないがハロルドには常識的なアプローチとは違う切り込み方が必要なのだろう。その場にいた全員が何故か納得した。
…と、この時、マグヌスが気づいた。リオンとルゼルがライラを見てホゥッとした顔をしていることを。これは見覚えがある。ユリアンやリゼルが初恋の時にしていた顔だ。やはり、リオンたちはライラに恋していたのか!探偵団が活躍するまでもなく謎が解明された。だが…。
「なんてことだ…」
思わずマグヌスが呟く。
何を隠そう、マグヌスたちの初恋の相手もライラだった。そしてライラは既婚者だ。しかも相手は…キエル副団長だ…。
「あー…」
可愛い従兄弟のリオンやルゼルの失恋、弟たちが初恋に敗れた姿に凹む側近候補、遊び相手が起こした事件にショックを受ける可愛い弟ヴァジュラ、アロンは風邪を引かないか気になる、何からフォローすれば良いのか、マグヌスは、頭を抱えた。
先日の話の通り、三人はリオンたちの初恋かもしれない相手を確かめたいがために急遽私的な予定として王城に集まった。さしづめマグヌス探偵団結成というところだ。
本来ならばマグヌスに会うには様々な手続きが必要だが、ユリアンとリゼルは側近候補の遊び相手として登城した際の専属護衛も既にいる身分なので登城した際に簡単な申請とマグヌスの許可と護衛の都合がつけば突来でも入城可能だ。
「こういうのを職権濫用と言うんでしょうか?」
リゼルが半ば真面目な顔で言う。
「友達に会うのに職権があることがなぁ…」
マグヌスがやや遠い目で言いかけて続く言葉を飲み込んだ。立場上セキュリティが厳しいのは仕方ない。しかし自分はまだ子どもだ。友達だけで市街地を歩いてみたい。急に思い立って予定外の行動をしてみたい。
「殿下の遊び相手に選ばれて、私は良かったと思っていますよ。殿下とは気が合いますし、王城の図書宮にも入れますし、人より早く剣を習うことができました。たまたま友達が王子様だというだけで特典満載でした」
ユリアンがそう言って微笑んだ。おそらくユリアンはマグヌスの飲み込んだ言葉を汲んだのだろう。
「そのうち焼き鳥を食べに行きましょう…お忍びで」
ユリアンは本当に人の気持ちに聡い。味方でいる分には頼もしいが…にっこり微笑むユリアンはきっと鬼のような宰相になる。そんな気がする。だけど全く嫌な気はしないマグヌスだ。
「アロンから聞いた話では、例の女の子はやはり侍女のようですね。いつも王城にいると言ってましたから。髪は黒くて背は高いとも」
とリゼル。
「まぁアロンから見たらみんな背が高いよな。ただ黒髪は有力な情報だな」
これはマグヌス。
「…黒髪の侍女…って…なんだか嫌な予感がするんだけど」
これまたリゼル。
「言わないで、殿下も私も薄々そんな気がしてきてるんだから」
これはユリアン。
黙ってなんとなく目配せをする三人だ。もちろん思い出しているのはあの苦い人妻侍女への恋心だ。
と、しんみり思い出に浸っていると、遠くから「きゃー」という聞きなれない叫び声と「うおー」という聞きなれた大声が聞こえてきた。
「ヴァジュラが走っているな」
「ということはもう一方の叫び声はバークレイの弟ですね」
よくよく耳を澄ますと「殿下ー」「危ないですー」「ヴァジュラしゃまーん」という声が小さく聞こえる。
「アロンたち、差をつけられているな」
そう言ってマグヌスが笑う。
「ハロルドがヴァジュラ殿下より速いと言うのは本当なんですね」
そう言いながら三人は声のする方へ向かって行った。以前リオンたちが喧嘩をした、ルゼルの乱ウサギ卿事件の中庭だ。
通称ウサギ卿の庭はハロルドが来る日は立ち入り禁止となっている。ヴァジュラたちが作った秘密基地や国王が幼少期に作った井戸など、ハロルドには危ない場所が多いからだ。
マグヌスたち三人が中庭に行くと、ハロルドが走り回りながら垣根や花壇の花を手で撫でている。時折手に当たった木の実や花を鷲掴みにし、ぽいっと捨てながらハロルドは走り続ける。
それをリオンとルゼルは
「ハロルド、お花は取ったらいけないです」
「おてて怪我します」
と言って後を追い、ヴァジュラは
「ハロルド、お前すごい、走りながらちぎらず取れる!お前かじょー!」
と言って笑って追っている。確かにハロルドがむしる花たちはガクのところから綺麗に切り離され、花びらが千切れているものはない。木の実も同じだ。枝が折られてはいない。
「おお、ヴァジュラは良い目をしているな」
マグヌスは感心した。同時にハロルドを心配していたレイノルドの気持ちもわかった。確かに激しい。動きの激しかった現王の幼少期にそれ用に整えられた環境の王城だから許される激しさだ。「普通は王城だから許されないのだろうが、王とヴァジュラがああだからな」マグヌスはなんだかおかしくて笑った。マグヌスもなかなか器が大きい。
アロンはというと、ハロルドの走り回る範囲が中庭の一定した場所だと見極めると、噴水の縁に座って兄たちの様子を眺めることに決めたらしい。何も言わずに兄たちの動きを目で追っている。
「やはりアロンは冷静だな。自分に体力がないのもよくわかっている。ああやって観察しているんだな。母上にアロンは顔だけじゃないと言わないと」
マグヌスは感心したように言った。
リオンたちは相変わらずハロルドに花を取ってはいけないと言いながら走っている。ここの花は王妃から子どもたちの自由にして良いと言われている。だから侍従たちも止めはしていないのだが、真面目なリオンたちには大罪に感じるのだろう。兄たちの困り顔を見ていたアロンが座ったままおもむろに言った。
「ヴァジュラしゃまん、おはな、どしましゅーぅ?」
両手を口の脇に当ててアロンなりの大きな声で言う。ヴァジュラは聴覚が優れている。特にアロンの声は聞き逃さないからこれは兄たちにも聞こえるよう配慮しているのだろう。ヴァジュラは走ってハロルドを追いかけながら答える。
「花は綺麗なままだ。イリヤ!花は母上の湯船に浮かべろ」
なるほど、確かに無駄にならない。
「ヴァジュラしゃまん、木の実はーぁ?」
やっぱり座ったままアロンが聞く。
「イリヤ!実、侍女に持て!」
ヴァジュラが侍従のイリヤに言う。これを聞いたマグヌスがユリアンたちに説明した。
「侍女たちの間で木の実を使ったクラフトが流行っているらしい。王城にしかない実があったり、王城の木の実は形が良いとかで欲しがる物が多いらしいんだ。新年用のクラフトにむけて今から季節の実を集めてると聞いた」
「ヴァジュラ殿下は城内にお詳しいのですね」
「まぁ、今は毎日城にいるだけだからな」
それにしてもとマグヌスは思う。アロンはちゃんと周りを見ている。兄たちの心配(花や木の実)に対して無駄にならないことを教えるためにヴァジュラに質問をした。しかもヴァジュラには無駄にしない使い道の考えがあるとわかって質問していた。
アロンの洞察力からして、リオンたちが誰かに恋をしているのは間違いないだろう。
そう思っていた時、
「ハロルド!ブブー!」
ヴァジュラがより一層大きな声で言った。叫びに近い。それはヴァジュラが危ないことをする時にいつもかけられる静止の言葉だ。
そのヴァジュラの大声と水を弾く大きな音とルゼルの絶叫とリゼルの「アロン!」という声が同時に響いた。
一定方向に走っていたハロルドが目にも止まらぬ速さで急転回し、噴水に走り出してアロンを突き飛ばしたのだ。しかも噴水の中に。陽射しは暖かくても今は秋だ。水の中は冷たい。アロンは人一倍身体が弱い。
すぐさま騎士のルカが水の中からアロンを抱え上げ、アロンに続いて自分も噴水に入ろうとしたハロルドをヨハンが抱えて止めた。
「アロン!」「アロン、アロン!」
駆け寄るリゼルとルゼル。アロンに拭くものをと侍従に指示するマグヌス。泣きそうなリオンをなだめるユリアン。「奇襲…」と言って仁王立ちするヴァジュラ。
一気に騒然とする中で、ヨハンに抱えられたハロルドが「いやー!きゃー!」と絶叫して泣いて暴れている。
「絶対離すなよ、ヨハン」
アロンを抱きかかえるルカにそういわれ
「もちろんだ」
と答えるヨハン。
そこへ騒ぎを聞きつけた王妃付侍女次長のライラがタオルを持って駆けつけた。この中庭は王妃の庭なので王妃付侍女のライラが来たのだ。場が一気に落ち着く。ライラが来たらもう安心だ。
「皆様、声のトーンは通常に。ハロルド様が緊張されます。ヨハン卿、そのままハロルド様を抱えて左右に揺らしてさしあげて。アロン様、痛いところなどありますか?」
ライラはテキパキと指示を出しながらアロンをタオルで包む。
「ないでしゅ」
アロンはそう言ったあとタオルから顔を出して言った。
「ハロルド、アロとあそびたかったの。アロ、つまんない、ハロルド思ったの」
「なんて?」
通訳を頼むマグヌス。訳者はリゼルだ。
「アロンは、ハロルドはアロンがつまらなくて座っていると思って、遊ぼうと思って来ただけなんだと言ってます」
「そうか?アロン」
「あい」
だとするとハロルドに悪意はない。だがアロンにハロルドの勢いは危険だ。
そう思っていると気づけばハロルドの絶叫が治まっている。ヨハンに揺らされ落ち着いてきたようだ。そのハロルドにライラが「ハロルド様、ビックリしてしまいましたね。落ち着きましたか?アロン様は大丈夫ですよ。少しドーンが過ぎましたわね」と話しかけている。ハロルドは何も言わずヨハンの揺れを味わっているようだ。
仁王立ちしていたヴァジュラがいつの間にかマグヌスの近くに寄って来ていた。
「大丈夫だ。ヴァジュラ。アロンもハロルドも大丈夫だぞ」
そう声をかけるマグヌスに、
「あに…。奇襲、ブブー」
ヴァジュラはアロンを心配そうに見ながらそれだけ言った。
ライラが言う。
「ヨハン卿、そのままハロルド様をバークレイ侯爵家の馬車にお連れください。ハロルド様のお好きな虫の名前など言いながらお連れしてくださいな。きっと落ち着かれますから。ヴァジュラ殿下、今日はハロルド様とのお遊びはここまででよろしいですね」
「う…うん」
ヴァジュラも恐縮している。なんだかんだ言ってもヴァジュラは根が素直だ。
「…ハロルドを叱らないのか?」
聞いたのはマグヌス。おそらくこの場にいた者達の気持ちだ。いつものライラならピシャリと叱る場面だからだ。
しかしライラは意外にもにこりとして言った。
「アロン様が仰っていましたでしょう?ハロルド様はアロン様を思ってした結果だと。もちろん押してしまうことは良くありません。いつかしっかりお伝えしなければいけませんわね。でも、今のハロルド様には伝わらないのです」
確かにヴァジュラなら叱れば次からは少し意識するように心がけるだろう。実際そうだ。しかしハロルドは?
「ハロルド様は元気がおありすぎで今までも沢山叱られてきたのでしょう?でもお変わりになられませんわよね。それは時期が違うのです。ヨハン卿に抱えられ暴れていたハロルド様は、拘束が嫌だったのではありませんよ。皆がいつもと違う慌てた声や、力加減ができずに自分の思っていたのと違いアロン様を突き飛ばしてしまった驚きで不安になっておられたのです。今はハロルド様が少し成長されることを待つ時期なのですわ。今は叱っても意味が残らず不快と不安が残るだけ…それより気持ちをくんで、どうしたかったのかどうしたら良いのかをお伝えする時なのですわ。
アロン様もそう思われていますでしょう?それともハロルド様を叱っていただきたいですか?」
「ううん。アロ、ハロルド好き。ハロルド、アロ好き」
アロンもハロルドもお互いが友達だとタオルから顔だけ出したアロンが言っている。キリッとした顔だ。ハロルドを叱らないでとその表情が言う。
ハロルドがしたことは確かにいけないが、手加減ができないハロルドに手加減をしろと言っても難しい。ハロルドもアロンを結果的に突き飛ばしてパニックになっていた。ハロルドももしかしたら困っているのかもしれない。
確かに。何事にもタイミングは必要だ。ライラはハロルドはまだその時期ではないから、まずは安心できる環境を作れと言っているのだ。側から見たら甘いのかもしれないがハロルドには常識的なアプローチとは違う切り込み方が必要なのだろう。その場にいた全員が何故か納得した。
…と、この時、マグヌスが気づいた。リオンとルゼルがライラを見てホゥッとした顔をしていることを。これは見覚えがある。ユリアンやリゼルが初恋の時にしていた顔だ。やはり、リオンたちはライラに恋していたのか!探偵団が活躍するまでもなく謎が解明された。だが…。
「なんてことだ…」
思わずマグヌスが呟く。
何を隠そう、マグヌスたちの初恋の相手もライラだった。そしてライラは既婚者だ。しかも相手は…キエル副団長だ…。
「あー…」
可愛い従兄弟のリオンやルゼルの失恋、弟たちが初恋に敗れた姿に凹む側近候補、遊び相手が起こした事件にショックを受ける可愛い弟ヴァジュラ、アロンは風邪を引かないか気になる、何からフォローすれば良いのか、マグヌスは、頭を抱えた。
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