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第四章

第二十二話 バークレイ(兄)泣く。

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 レイノルドたちは学園の休み時間に同じクラスの高位貴族様方のお戯れを眺めていた。
 お戯れなのはマグヌスとユリアンとリゼルだ。
 ただの雑談なのだろうが、この三人にはなぜか割り込めない、見えない壁を感じるクラスメイトたちだ。嫌われているわけでも避けられているわけでもない。ただひたすらにきらめきすぎて割り込めないのだ。割り込んだらなんだか自分が消滅しそうだし、眺めている方が御利益ある気がするからだ。
 何を話しているのか、急にマグヌスが珍しく恥ずかしそうな顔で髪をかく。感情が態度に出るなどかなりレアなマグヌスの状況に、遠巻きで会話の聞こえないクラスメイトたちは興味津々で見ている。それだけではない。普段クールなユリアンも身内以外には興味なさそうなリゼルも苦笑いして照れ隠しをしたり顔を覆ったりしている。なんの話をしているんだ。
 気になるクラスメイトたちにレイノルドが小突かれる。「行ってこい、レイノルド。偵察だ」「え?なんで私が?」「今、あの集団と共通の話題があるのは君だけだろ?」確かに弟のハロルドがヴァジュラの遊び相手に選出されてはいる。が、暴れん坊という点だけで選ばれたハロルドと優秀さで選ばれたリオンやルゼルとは兄としての立場が違うんだよな、と思いながらも前に出されたレイノルド。気づいたのはユリアンだ。
 「何?バークレイ。殿下に何か?」
 レイノルドは知らず知らずマグヌスを見ていたらしい。不敬かな?
 「なんだ、レイノルド?」
 マグヌスが振り向く。切長の目が美形さを増してるよなと思いながら何か言わなくちゃと焦る。
 「あっ、あの、最近弟のハロルドが王城で走り回っているみたいで…その…大丈夫かなって…」
 これは本当に聞きたいことだった。とにかくハロルドは言うことを聞かない。気になるものが見えると走り出す。高い場所に登る。思いが通らないと暴れて叫ぶ。はじめは元気な子と思っていたが、二歳を過ぎたあたりから何だか違うと思い始めていた。家のものが壊されない日はない。なだめてもすかしても変わらない。言葉も話すのに会話にならない。言いたいことを一方的に言うだけだ。
 困り果てた父、バークレイ侯爵はハロルドを外国の著名な医師に診てもらうことにした。その医師はハロルドに診断名をつけた。対人課題を含む多動症だと。つまり動きが激しくて人とのやりとりにも難しさがある子なんだって。診断はつけられるけど治療は環境調整とか、行動療法?とか、とにかく手術とかでは治らないらしい。父侯爵はハロルドをしばらく病院施設に入れようと言い出した。それに反対したのがエリィと母上。意外だったな。母上はハロルドに手を焼いていたし、大事な陶器の器を日課のように割られて怒ってばかりいたから。
 それで話がまとまらないところに宮内省から連絡がきた。「ハロルドを一度ヴァジュラ殿下と会わせたい」と。
 まさかと思ったよ。ハロルドだよ?王城で何かしたらお家取潰しだよ?もちろん父侯爵はハロルドの状況を説明して断ったけど最後はコーク宰相直筆の書面が来た。行かないわけにいかない。覚悟を決めてハロルドを送り出したら、意外にもヴァジュラ殿下がハロルドを気に入ってくださって正式な遊び相手になったんだ。この国すごくない?懐が深いよな。それだけにハロルドが気になる。絶対やらかしてるはずだ。だから偵察云々関係なく聞いてしまった。
 「ああ、弟のハロルドはとても元気なようだな。ヴァジュラが誰かの後を追う姿など想像もつかなかったと侍従たちが話題にしているよ。ヴァジュラもハロルドは不思議なものを見つけるのがうまいと感心している」
 「え?」
 レイノルドは驚いた。屋敷であれほど困り果てていたハロルドが、王城で受け入れられている?
 「確かにハロルドの動きは激しいようだが、父王もヴァジュラもたいがいだからな。こちらとしての対策は父王で慣れているようだよ。それよりヴァジュラの体力についてこられることが助かる。あのままではリオンたちがいつか大怪我しそうで心配だったんだ」
 「はぁ…ハロルドなら多少の怪我は慣れていますし」
 レイノルドが恐縮しながら答えると、意外そうな顔をしたマグヌスが言った。
 「勘違いするなよレイノルド。ハロルドなら怪我をして良いと言う話ではないんだよ。ハロルドのおかげでみんなが怪我をしないで済みそうだという話だ」
 「え?ハロルドで本当に良いんですか?」
 「ああ、こちらがハロルド良いんだ。ヴァジュラの激しさをものともしないで同等に走り回っていられるなんて、私にも無理だ」
 そう言ってマグヌスは笑う。だがレイノルドの心配はそれだけでは拭えない。
 「ですが、その…ハロルドは話はしますが、会話となると難しいので、ヴァジュラ殿下のお話し相手にはなれていないのではないかと…」
 「会話するだけならリオンたちがいるから。ヴァジュラが言うにはハロルドは物知りなんだそうだな。葉の裏側をめくって虫をみつけるとその虫の名前を教えてくれるそうだ」
 レイノルドは知っている。それはヴァジュラに教えているわけではなくて、見つけたからその虫の名前を口にしただけだ。ハロルドは子ども向けの、物の絵と名前だけが書かれた図鑑シリーズが大好きだ。物の名称だけなら沢山知っている。ハロルドは知っているから声に出して言っているだけだ。
 「その話、私もルゼルから聞いているよ。ルゼルは葉の裏側の世界は知らなかったからハロルドはすごいって」
 「そんな…葉の裏側の世界って…ルゼル君の方が表現素敵…」
 レイノルドが驚いたように言うと続けてユリアンが言う。
 「ハロルドはヴァジュラ殿下と同じくらいカエルを見つけるのがうまいって。しかもカエルの種類もよく知ってるって。ルゼルがビックリするくらいだって言ってリオンもビックリしてた」
 「ヴァジュラが言っていたが、ハロルドがそうやって色々見つけて名前を言うと、リオンかルゼルがそれについて解説するらしい。図鑑で仕入れた知識だろうな。それをヴァジュラとアロンがなるほどなって聴いているとハロルドが次の新しい物を見つけて、みんなで見に行くらしい。それが楽しいと。
 ハロルドは仲良くやっているよ」
 「なんだよ、バークレイ、泣いてるの?」
 「いや、泣いてなんか。あれ?泣いてる?」
 「すまん、そんなにハロルドが心配ならもっと早くに様子を言えば良かったな」
 「違うんです。ハロルドが、役に立つ場があるんだって思ったらなんか、涙出たみたいで…ありがとうございます。なんでこんなに嬉しいんだろ。ハロルドを遊び相手にしてくださってありがとうございます。私、もう一生マグヌス殿下についていきます!」
 「いや、決めたのはヴァジュラだから。それとレイノルド、声が大きい」
 「じゃあ。じゃあ。ヴァジュラ殿下に忠誠を誓います!」
 「レイノルド、大袈裟だ」
 ハロルドが普通と少し違うことはマグヌスはもちろん、ユリアンもリゼルもそれとなく聞かされてはいた。三人とも弟をもつ兄としてレイノルドの気持ちはよくわかる。弟たちに良い刺激を与えてくれていることも有難い。確かにハロルドは少し変わっているようだが、弟たちはハロルドが好きだ。今はそれで良いと三人は思っていた。
 「レイノルド、休み時間が終わる。泣き止め。事情を知らない者が見たら私が威圧していると思われるじゃないか」
 そう言うマグヌスに、
 「あ、すみま…ぐすっ…せん」
 と言うレイノルド。それを見てユリアンが
 「あは、殿下が謝らせたみたいに見えるから、逆効果だよバークレイ。一生ついていくなら、ここは殿下のために笑わなきゃ」
 と言ってレイノルドの肩をポンと叩いている。
 その様子を見ながら、リゼルは「アロンが言う女の子は女性全般のことかもしれないし、屋敷では手に余っていたと言うハロルドも環境の整った王城では適応してる…ヴァジュラのハロルドの見方もハロルドの評価に影響あった。物事って少し何かを変えると全く違う意味を持つんだな…ルゼルってこういう感じで世界を見ているのかも」と思った。
 さらに一連の様子を見ていたクラスメイトたちは、なんだかわからないけどレイノルドが王家に忠誠を誓ったという場面の目撃者となった。
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