金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第四章

第十九話 迷路は楽し楽しです。〜ヴァジュラ殿下とハロルドには不向きです。

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 王立幼稚園は王立中等学園の敷地内にある。中等学園には15歳から18歳の子どもたちが学んでいる。幼稚園生から見たら立派な大人だ。
 その中等学園の敷地の片隅に垣根を利用した迷路があった。
 迷路と言っても、学生たちの姿がまるきり見えなくなるような迷路は運営上よろしくないので、垣根の高さは百二十センチほどだ。中等学園生の身長なら隠れることはない。
 この迷路の垣根はプランターに植えた丈の短い木で作られている。プランターなのは頻繁に移動できるようにだ。つまり、この迷路は定期的に形が変わる。学生たちの息抜きのために作られた遊びの迷路なのだ。
 学生たちは迷路が新しくなったと聞くと、お昼休みに挑戦しに行く。
 お昼休みは、迷路の入り口に「迷路、第○番」と最新のバージョンナンバーが書かれた札が立てられ、庭師が待機している。挑戦する者は入り口の庭師に入った時刻を書いた紙を渡される。迷路の出口には別の庭師がいて、出た時刻を記入する。そうやって速さを競い、上位者は貼り出されるのだ。記録が更新されると貼り出される表も書き換えられる。
 迷路の道筋を変えても、迷路のコツを知っている者は簡単に出てきてしまうので、時々「途中に妖精の人形を何体か置いてあります。さて何体でしょう」とか「この迷路は平均3分で出られます。そこをあえて5分に近いタイムで出るように挑戦してください。5分に近い人が勝者です」などという問題付きの迷路も作られるので、学生たちには好評だ。
 この迷路に今日は幼稚園生が挑戦する。これが今日のお勉強だ。
 幼稚園生たちは背が低いので垣根に完全に隠れてしまう。だが、それが迷路をする目的にかなっている。
 迷路は幼稚園生には難しい。周りも見えない。方向がわかりにくい。そんな場所でも冷静に対処できる力をつけてほしいというのが担任であるカティアの狙いだ。要は迷子になっても慌てない練習だ。
 「どうしても出られなくて怖くなってしまった人はちゃんと先生を呼んでくださいね。すぐに助けに行きますよ」
 カティアはそう言って、庭師にも協力してもらい一人ずつ迷路に入る。
 みんなは迷路の周りで応援している。
 「がんばれー」
 「待ってるからねー」
 一人で迷路なんて、考えただけで怖かったアデルも、みんなの声がずっと聴こえていたおかげで、何回も行き止まりに行ってその度に怖くなってしまっても慌てることなく泣かずに出口まで来ることができた。
 「アデルおかえりー」
 ルゼルがにこやかにアデルを迎える。アデルはルゼルを見ると安心した顔になり、
 「みんなの声が聞こえたから泣かなかったよ。ちょっと怖かったけど泣かなかった!」
 と言って両手を挙げて喜んでいた。
 アデルの前に入った伯爵家の長男のミッドも
 「うん、うん、みんなの声が聞こえなかったら頑張れなかった」
 と同意していた。
 次はリオンの番だ。
 「リオン、頑張ってね」
 ルゼルたちが声をかけると、
 「うん。ありがと。行ってくるね」
 とリオンはワクワクした顔で入り口へ移動した。
 「はい、ではリオン君。よーいスタート」
 カティアの合図とともにリオンは迷路に入った。…と思うまもなく、あっと言う間に出口に到着した。
 ルゼルたちは「リオン、頑張ってー」を何回も言っていない間にだ。
 これには庭師たちもカティアもビックリだ。クラスメイトたちは普通に「すごい!」「リオン君、速い!」と喜んでいる。
 まぁ、たまには一度も道を間違えずに出てくるラッキーな生徒もいるからな…と庭師たちは思っていた。
 リオンの次はルゼルだ。
 「ルゼ、頑張ってね」
 リオンが言うと、
 「うん。ビューンで出てくるね」
 と言って迷路に向かった。
 果たして…ルゼルは本当にビューンの速さで出口に到着した。タイムとしてはリオンより僅かに速い。
 庭師たちもカティアもこれには声を失うほど驚いた。大人たちには上から迷路の子どもたちの様子が見えるのだ。まずリオンは垣根しかない周囲を見ながら歩いて一度も間違えずに出てきた。ルゼルは「あ、こっちじゃないでした」と二回ほど方向を変えたが終始小走りで迷った様子ではなかった。
 「リオン君とルゼル君はとても速かったけれど、どうやって行き先を決めていたの?」
 カティアが聞いた。庭師たちもそこが知りたい。
 まずはリオンが答えた。
 「えとえと、みんなの声が聞こえたから、私が今このあたりにいるなーっていうのがわかっていたから、んとんと、あとは垣根の影で方向がわかったの。ルゼの声は入り口の方で聞こえていたから、そっちに戻らないように影を見て行く方決めていたの。です」
 つまり、音の情報と影の向きで自分の位置を把握して動いていたということか?これは偶然?
 次はルゼルだ。
 「リオン、すごいすごいだね。先生、私はね、迷路って人体様の腸みたいだなって思っていたから出られたの」
 …もっと詳しく。と大人たちが思っていると、リオンが言った。
 「ああ、人体様の腸と迷路っておんなじ筒だもんね」
 カティアは二人が人体模型に人体様という名前をつけていることは知っていた。だが?迷路と腸が筒で似ている?
 「あのあの、腸も迷路も入り口が一つで出口も一つでしょ?だから筒なの。頭の中で真っ直ぐな筒にすると、真っ直ぐ行けば出られるの」
 哲学か?と庭師たちが首を傾げる中、カティアだけはハッとしていた。するとルゼルに続けてリオンが言った。
 「トポロジーだね」
 ルゼルが答える。
 「そう、トポロジー」
 やはり、と、カティアは思った。トポロジーは位相幾何学という数学の一分野だが、数学というより概念に近い印象だ。物質の本質を単純な形にして考えるというもので、引き合いによく出されるのがマグカップとドーナツだ。形を単純化すると穴が一つというという考え方だ。
 アデルとミッドがルゼルに聞く
 「トポロジーって何?」
 「トポロジーはね、物体に幾つ穴が空いてるかーっていうものの見方だよ」
 「えー、ルゼル、もっとわかるようにお話して」
 「えー、穴の数で分ける分け方だよー」
 「えー、わかんないよー」
 「んー、リオン、お話できる?」
 ルゼルがリオンにバトンを渡す。
 「んとんと、穴が一つだけ空いてるものはー、1の仲間で、穴が二つ空いてるのは2の仲間で、三つ空いてるのが3の仲間だとするよ。そしたら、輪投げの輪は穴いくつ?」
 誰かが一つと答える。
 「でしょ。だから輪投げの輪は1の仲間。じゃ、ブラウスはいくつだー?」
 「一つ」誰かが言う。
 「ブブー。ブラウスにはお袖のトンネルが二つあるでしょ。トンネルは穴だよね。だからブラウスに穴は二つで2の仲間」
 「わかった!じゃ、マグカップは穴が二つだから2の仲間なのね?」また誰かが言う。
 「ブブー」
 また不正確。
 「マグカップはおてて持つの場所は穴だけど、お茶を入れるの場所は底があって抜けてないでしょ?抜けてないはブブーなの。だからマグカップは穴が一つの1の仲間」
 「なるほどー。穴ってトンネルの数のことなんだね」
 「そうなの。面白いでしょ。ルゼと物は色んな形に分けられるねって話してて、他にも形のことわかるかなって図鑑見てたらトポロジーがあったの」
 「形を分けるって何?」
 「それはねー」
 子どもたちの話が広がっている。楽しそうだが中身は濃い。
 カティアは一連の話を聞いて、リオンとルゼルが正しくトポロジーを理解していると感じた。そしてルゼルはそれを迷路に当てはめて「自分は筒の中にいる」つまり「迷路の穴は一つ」ととらえ、「真っ直ぐ出られる」と結論づけた。
 確かに迷路は入り口一つで出口一つだが、この曲がりくねった迷路をと考えられる能力。それを頭の中で形づくり正しい方向に行く。これは偶然ではない。この子どもたちは特別なのだ。
 カティアの心は震え、知らず知らず手を強く握りこんでいたが、誰かの「面白いねー」という声で我に帰り、何かを言わなければと思った。
 「ルゼル君、リオン君、とても早く出られたお話、ありがとうございます。二人のやり方ならどんな迷路もとても速く出られるわね」
 すると二人は頭を振って否定した。
 「ううん、私たちはそんなに速くないの。ヴァジュラ殿下は垣根をドーンしていくからとってもとっても速いの。です」
 「ねー。私たちいつも置いていかれちゃうんだよねー」
 「ねー」
 カティアはヴァジュラの噂を知っている。父王の幼少時代に顔も動きもそっくりらしい。二人のトポロジー発言でキツく握っていた手が、マード王の幼少時代のエピソードを思い出したことで思わず笑い、手が開いた。カティアのお気に入りは、幼少時代の王が自分で掘った井戸に落ちて大騒ぎになった話だ。思い出すたびに笑える。ヴァジュラはあの王に似ているのかと思うとそれも笑えてくる。
 笑いを堪えるカティアとは裏腹に、子どもたちは自分たちが早くも一目置いているリオンやルゼルがかなわないという、まだ見ぬヴァジュラ殿下に感嘆の声をあげるのだった。
 そして庭師たちは、「トポロジーはわかったようなわからないようなだけれど、なんだか迷路は数学的な遊びなんだな。よし、この二人が影みたいな自然科学の知識や数学的知識では攻略できないような難しい迷路を作るぞ」と謎の気合いが入り、中等学園の迷路がパワーアップし、難しすぎるとの声に応えて、迷路を初級中級上級と三つのコースを作り、中等学園生のお昼休みがより一層楽しい気分転換になり、学園全体の成績が上がって来るという現象に繋がっていった。
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