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第四章

第十七話 バークレイ次男、ハロルド。〜対抗馬現る!

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 朝からレイノルド・バークレイはため息ばかりついていた。…そんな様子はしょっちゅうなので、誰も深刻な心配はしていないのだが気にはなる。そんな時はだいたいユリアンが切込隊長だ。なんだかんだ言ってもレイノルドは侯爵家嫡男。万が一深刻な話だとしたら下位貴族が声をかけることは命取りだからだ。だからユリアンがまず聞く。
 「どうしたの?バークレイ。まだお昼だよ。眠いわけじゃないよね?心配事?」
 そして顔を近づけて小声で
 「恋煩い?」
 と言ってから顔を離してにっこりと笑った。極上の笑顔だ。
 「わー!ユリアン、急に顔出すのやめろってば!両方だよ、両方!」
 レイノルドは手でユリアンを払うような仕草をしながら答えた。ユリアンにはリディラを好きなことがバレているからもう隠さない。ユリアンに隠したところで意味はないし、ユリアンがリディラを匂わせてくれることが少し嬉しかったりもするからだ。
 「だけど今日は心配事の方が強い」
 「あれ?バークレイの心配事ってもしかして真面目な心配事?」
 「私をなんだと思っているんだ!あ、でもユリアンならわかるかも。教えてユリアン」
 「うん。何?」
 レイノルドをしょっちゅうからかうユリアンだが、基本は模範的紳士のユリアンは友達の真面目な話は茶化さない。そんなところも男前だと思いながらレイノルドは言った。
 「今日、うちのハロルドがヴァジュラ殿下の所に行ってるんだ」
 「あぁ」
 ユリアンは聞いていた。リオンたちが幼稚園に入ってしまったのでヴァジュラの遊び相手が足りなくなっていると。ヴァジュラはアロンがいれば良いと言っているらしいが、陛下と叔母王妃が良くないと思っていると。ヴァジュラにとってではなく、アロンにとって良くないと…。
 ヴァジュラはとにかく体力お化けだ。アロンも飄々としているが体力は平均よりまだ低い。走り回るヴァジュラにもうまくついて行っているようだが、周りがハラハラしている。アロンはルゼルに似ている。ヴァジュラの振り回す木の枝で何度顔に傷をつけたことか。転んだことか。溺れたことか。
 叔母王妃がヴァジュラを叱るのを聞いたことがある。
 「アロンは三男なのよ。体力もあまりないわ。家業を継がず騎士にもなれなかったらあの綺麗なお顔がアロンの生活を支えるのよ。お顔を怪我させてはいけません」
 意味は良くわからなかったけど、叔母王妃がアロンの顔が大好きなのはわかった。
 そこでヴァジュラに体力で勝負できる遊び相手を探しているときいてはいたが…
 「それでうちのハロルドがヴァジュラ殿下と同い年だし、どうかって、今日顔合わせに行ってるんだけど…もし、もしもヴァジュラ殿下に怪我させたり、王城のものを壊したりしたらハロルドはどうなるかわかる?」
 レイノルドの顔は真剣だ。そういえば以前話していた。リオンたちを見たときにうちの弟は全然おとなしくないって。だけどヴァジュラより元気な子はそうそういないはずだ。
 「心配無用だと思うよ。王城もヴァジュラ殿下の勢いを知ってるから殿下が過ごす場所には高価なものや危ないものは置いてないんだ」
 正確には陛下の子ども時代からそういう環境整備をしている。
 それでもレイノルドは不安そうだ。
 「だけど、うちのハロルドは…その…ただ元気なだけじゃないんだ…。気に入らないとものすごく暴れるし、騒ぐし、全然落ち着かなくて…痛みにも鈍いから人の痛みもわからないし…」
 そこまで言うと途中から話に入ってきていたリゼルが 
 「…ヴァジュラ殿下と同じじゃん」
 「うん。だな」とユリアン。
 「え?」とレイノルド。
 「ヴァジュラ殿下も同じだよ。ただヴァジュラ殿下は言うと最近は行動制御できるみたいだけど」
 「そうなの?ハロルドは全然聞かないけど…」
 「ある意味、ハロルド君はヴァジュラ殿下と良いライバルになりそうだけど?どう思う、ユリアン?」
 「そうだな。ヴァジュラ殿下にはリオンたちは物足りないと思うんだ。だから少しくらい覇気の強い遊び相手がいた方が良いと思う。あのままリオンたちとばかり遊んでいたらヴァジュラ殿下の良さが減りそうで」
 「確かになー。あははは」
 「え?え?」
 笑う二人に、ヴァジュラ殿下ってどんな?どんな?と思うレイノルドだった。

 一方、王城。
 初めての王城に興奮しているハロルドは、ヴァジュラやアロンを前にしても臆することなくキョロキョロとあたりを見回し、今にも走ろうとするのを従者に抑えられていた。「離せ!あっち行く!」「ハロルド様、ご挨拶が先でございま…」「あー!あーあーあー!あっち行くーぅ!」ハロルドは大暴れだ。ハロルドの従者は二人とも困り顔でハロルドをつかまえている。その様子をヴァジュラとアロンは意外に冷静に見ていた。アロンの護衛についていたヨハンは、内心、「ルゼル天使なら泣いてる場面だなー。アロン様はメンタルお強いよな」と思いながら見ていた。ヴァジュラのメンタルは考えるまでもない。
 しばらくハロルドの様子を見ていたヴァジュラがハロルドの従者に言った。
 「手、離せ」
 「はい?」
 従者たちは戸惑った。手を離したらハロルドは走り出す。王城で何かしでかしたら一大事だ。だがヴァジュラは繰り返した。
 「手、離せ」
 それを聞いたヴァジュラの侍従のイリヤがハロルドの従者に言った。
 「殿下の仰せに従ってください。こちらで責任はとりますので」
 そこで従者たちが渋々とハロルドの手を離すと、ハロルドは「わー!」と言って走り出した。それを見てヴァジュラが言った。
 「追うぞ!アロン!」
 「ぎょいーぃ」
 ハロルドは速かった。ヴァジュラも速かった。アロンの声が時々庭園に響く
 「ヴァジュラしゃまーん」
 「ここー」
 そうやって二人はハロルドの後を追った。ハロルドは庭園の入り口近くに座り込んでいた。花の下を覗くように手を伸ばしている。何かあるみたいだ。
 「カマキリ!たまご!」
 覗いているハロルドが叫んでいる。
 「え?カマキリ?卵?」
 「カマキリぃ?」
 ヴァジュラたちも花の下を覗いてみた。そこにはリオンたちが図鑑で見せてくれたカマキリの卵の本物があった。
 「すごい!お前、これ、見えていた!お前、すごい!」
 ハロルドは庭園に入った時にカマキリの卵らしものが見えていた。それが欲しかった。だけど、なんだか別の方向に進まされて嫌だった。だけど今はこうしてカマキリの卵を確認できた。やっぱりカマキリの卵だった。次にも確認したいものがある。あっちだ。走らなければ!
 ハロルドはヴァジュラやアロンを見ることなく走り去った。
 「あ、アロン、追うぞ!」
 「ぎょいーぃ」
 きゃー。
 きゃー。
 いつにも増して広範囲からヴァジュラとアロンの楽しむ声が聞こえてくる日だった。

 ハロルドはその日、全くヴァジュラとアロンを見ることはなかったが、二人はハロルドが大好きになった。
 ハロルドは正式にヴァジュラの遊び相手として決定した。
  
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