金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第四章

第十三話 気を取り直して…かきかきします!〜三角だって楽勝です!

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 積極的な女の子の奇襲洗礼を受けた後、リオンとルゼルの屋敷にそれぞれ奇襲をかけた女児の家とその本家筋に当たる家門から正式な謝罪が入った。
 リオンに飛びついた女児は伯爵家の一人娘で、事業も成功しておりゆくゆくは婿養子をもらう算段をしている家だった。そんな家門ですら、公爵家の…しかもただの公爵家ではない。現王妃の実家であり当主は宰相閣下であり、幼稚園設立の立役者だ。その公爵家の息子、今最も注目を集めるのリオンに失礼をしたということで大事なはずの一人娘を退園させるからどうか許してほしいと家長直々に頭を下げに来た。
 もちろんアーネストはそんなことは望んでいない。むしろ退園などされたら、やっと形になった息子たちの異能さの隠れ蓑である幼稚園にケチがつくし要らぬ注目を浴びるだろう。「公爵家の子息に失礼を働き退園になったらしい」などとリオンを噂の中心にするような行為は本末転倒だ。
 「退園の必要はない。御息女は息子と仲良くしたかっただけであろう?そのような、人との正しい距離感での関係を早い時期に学ぶのも幼稚園設立の目的でもあるのだ。そこを念頭に、御息女を通して幼稚園の必要性を感じたら周囲に話題提供していただけると有難い」
 アーネストにそう言われた伯爵は「有難いご対処…」と言って深々と頭を下げて帰って行った。
 アーネストは自身が初等学園に入学した時も同じように女生徒にわざとぶつかられて会話のキッカケを作られた経験がある。妹である王妃主催のお茶会では息子であるユリアンたちが令嬢たちに取り囲まれていると聞いた。だからリオンたちもいずれは令嬢たちの「見て見て、ワタクシを見て」の洗礼を受けるとは思っていたが、まさか幼稚園という低年齢で体当たりという形で受けるとは想像だにしていなかった。
 今までリオンの周囲にいる親しい令嬢はマーリンとリディラくらいだった。リオンたちはこの2人が令嬢のスタンダードだと思っていたかもしれない。アーネストから見るとこの令嬢たちは貴族令嬢の中でもかなり礼儀正しい令嬢だ。だとしたら油断もしていただろう。
 一つのことに様々な枝分かれをさせて先を予測するアーネストだが「…ご令嬢方は私の知る時代のご令嬢方よりハツラツとしているのかもしれない。ご令嬢方に変化があったとすると家門そのものに何かしらの変化があったはず。今後の政策はそこも考慮すべきだな」と思うのだった。

 一方、リオンとルゼルはくだんの令嬢たちからの正式謝罪を受け入れた。
 「に耐えられなかったのは私の弱さなので…」
 と、強い男に憧れるリオンは言い、ルゼルもまた
 「次は歩いてきてください」
 と言った。
 リオンとルゼルは謝罪を受け入れはしたがどこかまだ緊張があった。一連の様子の目撃者となったアデルや同じクラスの園児たちも上学年の勢いは恐怖の印象を植え付けたようだった。
 すぐさま教諭たちの会議がもたれ、子どもたちの緊張をほぐすための対策が練られた。外で沢山走ったり、室内では寄贈のポムポムホースに乗ったりして身体をほぐした。座学では楽しい事を思い出してもらおうと「入園してからの楽しかったことを絵に描く」という活動をした。
 美術の教諭は画家のロンだ。リディラが学園に入学したので、日中の時間が空いたロンは当面その時間を幼稚園教諭として過ごすことになったのだ。
 ロンはリディラたちと過ごす中で、子どもたちの描くことに対する姿勢や表現したいこと、描きたいけれど描けない難しい形、表現、などを把握していたのでうってつけの教諭と言えた。
 幼稚園の4歳児の画力は様々だった。何を描いたかわかるものから円錯画、擦画まで幅があったが、描くことそのものを拒否する子どもはいなかった。擦画であってもその子なりの「これはみんなで走ってるところ」などキチンと意味があった。子どもたちが楽しかった場面は多岐にわたっており、個々に楽しさが全く違うことも新しい発見だった。
 とは言え、大体が入園後の外遊びや室内での自由遊び、活動を楽しかった場面として描く中、リオンとルゼルは違った。
 「リオン君の絵はなんの場面ですか?」
 邸では呼びだが、ここでは君呼びだ。ロンは慣れないがリオンとルゼルはスンナリ受け入れている。
 「はい。私の楽しかったのは、入園式で一人一人お名前呼ばれるのとこです」
 リオンの絵は、椅子らしきものに棒人間が立っていたり座っていたりするものだった。入園式では、入園児の名前を一人一人呼び、呼ばれたら立つという場面があった。それがリオンには楽しかったらしい。何故だろう。
 「お名前呼ばれたことが嬉しかったのですか?」
 「いいえ。あのあの、お名前呼ばれるの順番がなんの順番かなって思ったの。です。それで一生懸命聞いていたら、アイウエオの順番てわかったの。です。
 形のあるものは三角とか丸とかに分けられるし、リオンのおうちの丸とルゼのおうちの丸を重ねたところに男の子ってできたりするでしょう?」
 …以前発見した集合の概念ですね…。
 「それと同じで、お名前も規則が作れるんだーってわかって楽しかった。です」
 …遊びじゃないところに楽しみをみつけている。いや、リオンにとっては全てが遊びなのかもしれない。
 「なるほど」
 ロンは心底感心した。
 そして画用紙の端に小さな三角があるのを見つけた。
 「この三角はなんですか?」
 「あ、えとえと、この三角はなんでもない三角です。あのね、三角が上手に描けるようになったから少し描きたくなってしまったの。です。ごめんなさい」
 こういうところは年齢相応で非常に可愛らしい。ロンは笑って、
 「はい。とても良い三角だと思います」
 と言った。
 ルゼルもまた入園式の場面を描いていた。棒人間が線の上に立っている絵だ。色合い的にアーネストだろう。入園式で宰相として挨拶をしていた。その手前にはやはり色合いとしてリリィラとユリアンとリオンらしき棒人間がいる。一番小さな棒人間が金の髪に紫の瞳なので間違いないだろう。
 「これはね、入園式での叔父上です」
 ルゼルはアーネストらしき棒人間を指差して言った。やはりアーネストだった。
 「叔父上は偉い偉いのだから入園式でリオンの父上になれなかったの」
 家族として入園式には出席できなかったということだろう。
 「ええ、残念でしたね」
 とロンは言った。そして、それがどう楽しかったことにつながるのかと興味を持った。
 「だからね、ホントは遠くにいたリオンたちをここに描いてね…」
 とルゼルはリオンたちを指差して言った。 
 「こうしたら、叔父上も一緒の入園式になって楽しいなの」
 楽しかった絵ではなかったが、ルゼルなりに楽しめる絵を描いたということか。
 「絵はすごいすごいです。ホントはなかったことも絵にしたらあったことになるの。写真と違うとこなの。絵にしたら全部叶うの」
 そう言って見上げる翡翠のなんとキラキラしていることか。横で聞いていたリオンも
 「あ!父上が私たちと一緒にいます!わーいです!」
 と喜んでいる。
 ルゼルは絵画の持つ力を本能で引き出した。それを意識できて言語化した。「絵にしたら全部叶う」と。ロンは震えた。だからこそ描いてはいけないものも絵にはある…気づかない者が多いこの真実にルゼルが気づくのは時間の問題だろう。それを多くの者には意識させずに教えていくのも自分の役目なのだとロンは気持ちを引き締めた。

 
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