金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

閑話 いかつい私は騎士団長。〜でも国王の方がいかついと思っている。

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 私はいかつい。パッと見もじっくり見も、どの角度から見てもいかつい。いかつさでは国王と張り合えるほどいかつい。
 だから、私は幼児に必ず泣かれる。目が合わなくても近くにいるだけで泣かれる。目が合おうものなら号泣か無音になるかの二択だ。国王と並んでいたらトラウマレベルだ。自覚ある。実際、大戦争後の凱旋時に国王と馬を並べて闊歩した時は国民の声援とキエルに向けての黄色い声と幼児の泣き声が等分で聴こえた。
 そのようなわけで、リオン殿とルゼル殿が騎士団練習場見学をされた際の案内役には副団長のキエルを指名した。
 当日は遠目にお二人を眺めていた。確かに護衛をつけるべき稀有な美しさだった。現に幾度か攫われかけたことがあるという。いずれもクイン侯爵家の使用人が阻止したと聞いた。…クイン侯爵家…いや、今は考えるのをやめよう。
 自分がお二人の前に姿を現すきっかけとなったのは、海のお土産と言って騎士から渡された絵だ。最初は子どもの描いたものだとわからなかった。機密文書だと思った。浮力を応用したら鉄を飛ばせるとか、水力を風力に置き換えたら陸で何ができるとか、栄養を変えることで食材となる生物や植物の品種改良ができるとか…。お絵描きレベルで国家予算を動かせる発案をしている。本当に3歳児の発想かどうかを確かめるために副団長と共に面談をすることになった。名目はお土産のお礼だ。
 泣かれるのを覚悟で行った。私で泣いた後、副団長のキエルを見て泣き止んでくれたら良いと願っていた。
 ところが。
 泣かない!泣かなかったのだ。それどころか怖がりもしなかった。
 遠征後に帰宅すると、しばらく会わなかった我が子にも泣かれる私が初対面の幼児に泣かれなかった。しかも二人ともだ。
 これには感動と驚きで我ながら絶句した。キエルは笑っていたが、私はどんな顔をしていたのか…。
 とにかくそれだけでもお二人が只者ではないと感じた。少し話すと可愛らしい見た目からは想像できないほどの大きな人物像が垣間見えた。
 機密文書の海の絵は自分たちの発想だと楽しげに語っていた。
 「はね、たべるものちがうと、色がになるの。だから、たべものや、おみずのかえたら、色やもかわるができるとおもったの」
 「ねー」
 「ねー」
 「あ、それってさ、かえたら、くさがげんきにならないところでも、くさがげんきになるってことだよね」
 「あ、そだね。ひとちゅひとちゅじゃなくて、じめんぜんぶにしたら、ぜんぶげんきになるね」
 「の色はそこの海のおみずがちがうだったもんね。じめん、ちがうにしたら、いいんだね」
 それは、今まさに現在進行形で取り組んでいる痩せた土地に野菜を育てるプロジェクトだった。
 「でもでも、どしたらじめん、ちがうになる?」
 「んとんと、海ので色ちがうになったから…あ、あれだ!」
 「あ!そかそか。ね」
 「うん!」
 お二人は図鑑が大好きだとは聞いていたが、レベルが想像と違いすぎた。
 あの時、目の前でお二人は微生物をどうしたらその土地に適応させて量産できるかとか話し出していたが、キエルと二人、しばし思考が白くなったな。機密文書は間違いなく幼児が描いたと納得した。同時にえらい逸材を見つけてしまった。しかも二人。

 その後、国王に報告すると、どうやらリオン殿は伝説の存在らしいこと、ルゼル殿もそれに近い存在だろうという話を聞かされた。そしてコーク宰相と話し合いとなった…。
 今、その事実を知る者は国王とコーク宰相とクイン侯爵、私にキエルの五人だ。
 コーク宰相とクイン侯爵はお二人に自分たちが伝説の存在と知られずに育って欲しいと願われていた。百歩譲っても天才扱いで留めて欲しい。できれば秀才扱い程度にして欲しいと。…「秀才扱い」って、流石秀才一族コーク公爵家だと思った瞬間だ。
 だがどうだろう。世の中が気づいてしまうのは時間の問題ではないか?まず見た目で人々に知られる存在になるだろう。幼稚園の主旨がなんであれ、抜きん出た存在になることは目に見えている。少し過ごすとわかってしまいそうだ。
 今目の前でお二人が無邪気に怪我が治ったばかりの騎士を言い当てた。右手を痛めた騎士を見抜いた。
 どちらも並大抵の観察眼ではわからないはずだ。騎士たちには、不調を見抜かれることは命取りになるから悟らせるなと言って育ててきた。実際左右の手の色が違うと指摘したが、パッと見では左右差の見分けはつかない。
 このお二人には何が見えているのだろう。物の見え方が違うとしか思えない。何しろ私を見て泣かなかったのだから!
 騎士たちの間で二天使は見る薬と言われ「二天使聖女説」とふざけて良く話されているが、あながち間違いでもないのかもしれない。指圧練習をする姿を見ているだけで疲れが取れているのを感じる。ルカたちの指圧を見ても疲れが取れたことなど皆無だ。
 「だんちょ様、だんちょ様」
 騎士たちの練習が再開され、我々はまた見学席に戻るとリオン殿が声をかけてきた。
 「だんちょ様、おてて、みせてください」
 手のひらを開いてこちらに向けている。紫の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
 不思議だ。目が合うだけで子ども相手に自分が一人の人間として認められたような気になる。…可愛らしい。癒される…。私が口に出したら捕まりそうだな。
 そっと手を広げて出すと、その手を重ねてきた。…幼児に触れたのいつ以来か?手のひらの小さな部分がほんのり温かくなる。小さな手だ。
 「みてみてルゼ!おててのおおきさ、こんなにちがう」
 「うんうん。だから、ぜんぜんちがうになったのね」
 どうして自分たちの指圧は騎士の指圧と違うのか研究中らしい。ここで「面白かったね」で終わらないところが賢いな。どうしたら手が大きくなるか思案中だ。手袋を使ってみることにしたらしい。
 手袋をしたところでまだまだ小さな手だろうが、その手のひらには世界が乗っているような気がする。
 本当にこのお二人には世界がどのように見えているのだろうか。いつか、じっくり話を聞いてみたい。
 
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