金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

第十九話 怖い夢見ました。泣きました。〜兄はいくらでも抱っこします。〜ユリアン、スパダリ説

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 海の別邸から戻って2日。疲れが出たのかリオンはいつもより長いお昼寝をしていた。いつもならリオンの声や気配がそこここにする時間に静かだとなんとなく物足りないと思いながらユリアンは冬休みの宿題をこなしていた。
 「計算式は数字しかないから楽なんだけど、問題文のある計算てちょっと面倒だな」
 など、思いながら文章を読んでいたら、遥か彼方からリオンの泣くような声とパタパタいう音が聞こえた気がした。
 あれ?気のせい?
 と、思っていると、泣き声も足音もどんどん近づいてきた。
 「気のせいじゃない!リオンが泣いてる!」
 ガバッと立ち上がり部屋の扉まで走ると、ユリアンは勢いよく扉を開けた。同時にリオンが飛び込んで来た。
 「ふわわぁん。兄上ーっ」
 「リオン。どうしたの?」
 「兄上ーっ。だっこぉ。だっこしてくださいぃ」
 ユリアンの足にしがみついてリオンが言う。
 かっ、可愛いっ。
 ユリアンは泣いているリオンを抱っこしてソファまで歩いた。最後に抱っこしたのはいつだっけ?随分重くなってきた。弟の成長を感じる。
 ソファに座ると、リオンを膝に乗せたまま落ち着くまでリオンの頭をなでる。
 リオンはユリアンのブラウスを握りしめてユリアンの胸に顔をうずめて泣いている。ユリアンはチラッとリオンの従者ヤーべを見たが、ヤーべは心配そうな顔をして首を振った。
 「ふわぁん。ああん、ああん」
 なかなかリオンは落ち着かない。ユリアンはリオンを抱えたまま少し左右に揺らしてやる。しばらくそうしていると、やっとリオンが落ち着いてきた。
 「ひくっ。ひくっ」
 「リオン。落ち着いた?いったいどうしたの?」
 ユリアンは声のトーンをいつもと変えずに聞いた。こういう時、ユリアンの口調がいつもと違うとリオンは不安で余計に泣くのだ。それにユリアンには、リオンの泣いた理由がいつものように考えの飛躍かお昼寝で見た夢あたりだろうと推測していたので、あまり慌てなかったのだ。案の定、リオンは
 「こわいのゆめ、みました」
 と言った。その手はまだユリアンのブラウスを握り、顔も上げない。よほど怖い夢だったのだろう。
 「聞いても良い?どんな夢?怖くて話したくないなら言わなくて良いよ」
 「はい…」
 リオンはくすんくすんとしているが、だいぶ落ち着いたようだ。少し揺らしながら待つとリオンが話し出した。
 「ルゼが、海でいなくなるのゆめです…ふぇっ」
 言ってからまた泣きそうになっている。ルゼルがいなくなる夢なんて怖かっただろうな。しかも海でなんて…実際波にさらわれたルゼルを見た時大泣きしていたしな。あれは、実際のところ、ルゼルはものすごい浅瀬で強めの波に転がされただけだったんだけど、一瞬ルゼルが見えなくなったから怖かったんだろうな。私たちには波で転んで可愛いだけだったんだけど。
 「そう。それは怖かったね。夢の中ではヤンはルゼルを助けてくれなかったの?」
 「たすけてました。あのときとおんなじです…ふえっ」
 と言って、またまざまざと思い出したのだろう。
 「うん。ルゼルにはヤンがいるから大丈夫だよ。ね」
 「はい。でも、やだだったのは、私がルゼになんにもできないだったからです」
 そういえば、リオンはルゼルが転んだ時もいつも真っ先に起こしに行くな。
 「リオンはルゼルを助けてあげたいんだね」
 「はい。つぎもなんにもできなかったら、やだですぅ…うぅっ。だいじなのは、きづいたあと、つぎからどうするかですぅ…ううっ…つぎぃ…」
 ああ、リオンがまた泣きそうだ。
 「ルゼルにはヤンがいるよ。それにルゼルだってこれからどんどん強くなるよ。波に連れていかれないくらい強くなるだろうし、連れていかれても一人で戻れるくらい強くなれるよ」
 リオンの目が驚きで見開かれた。
 「なみにつれていかれても、もどれる?」
 「うん。ちゃんと泳ぎの練習をすればきっと海でも泳げるよ」
 「れんしゅしたら、およげる?」
 「うん。私も騎士団の練習で少しずつ泳ぎの練習もしているんだ」
 「え!きしさま、およぐもできるですか?」
 「もちろんだよ。『きしだんと、りんごのき』でも川で溺れた人を騎士様が泳いで助けていたでしょ?」
 そういえばそうだ。騎士様たちは水でも強いのか。すごい。
 「ルゼがおよぐできて、私もおよぐできたら、もうあんしん?」
 「大好きで守りたい人のことはいつでも少し心配は残るものだよ。でもできることが増えると心配の大きさが少し小さくなる」
 「しんぱいなのは、すきだから?」
 「私の場合はね、心配しなくても良いはずなのに心配に思う時はその人の事を大切に思っていることが多いんだよ。リオンとかルゼルとかね。だからそうなんじゃないかなって思ってる」
 「私はルゼがすきだから、しんぱい?」
 「それは絶対あるね」
 「できることいっぱいになったら、しんぱいへりますか?」
 「うん。どうしたらいいかなとか、なにができるかなの選択肢が増えるからね」
 「?」
 「うーん。『その時、できる事の数』ということかな」
 「もしもだとどうなりますか?」
 「例えば?うーんと。大きなりんごの木が倒れるとするよ」
 「えっ⁉︎」
 「例えばだからね」
 例え話でも驚いて不安な顔になるリオンも可愛い。リオンが不安になるのはかわいそうだけど例え話なら大丈夫、すぐに安心させてあげられる。
 「倒れるりんごの木の下にウサギがいたとするよ」
 リオンが真っ青だ。
 「今のリオンがそこにいたらどうする?」
 「な…なにも…できないぃ…ぐぅうっ」
 泣きそうだ。早く安心させてあげなきゃ。
 「うん。でも近くにいるのが騎士様なら?キエル副団長様なら、りんごの木を支えてウサギを逃すことができるかもしれないし、ウサギを抱っこして素早く走れるかもしれないし、木を剣で切ってウサギを助けるかもしれないよね。同じ状況でもできることが多いと選べるやり方も増えるんだよ」
 「…そのとき、できることいっぱいあるのに、なにもしないもになりますか?」
 またリオンが哲学的なことを言い出した。
 「うん。何もできないのと、できるのにしないのとでは意味が違うからね。その時は選択肢の一つになるよ」
 ユリアンは好奇心から聞いた。
 「リオンがなんでもできるなら、どうやってウサギを助ける?」
 「…りんごのきが、たおれないにします。まいにちみて、りんごのきがだいじょぶかしらべます」
 ひゅっ。驚いて何人かの息を吸う音が聞こえた。ユリアンもだ。リオンはその時の状況を理解して、その前後から根本的な問題解決を探している。確かにそれができるのが良い。はなからウサギを危険にさらさずにすむ。だが、これは?
 少し沈黙になるとリオンが言った。
 「のいみ、ちがいましたか?んとんと、きたら、りんごのき、ささえます。そしたら、うさぎちゃんたすかるし、りんごのもきずつきません。でもでも、ほんとのほんとになんでもできるだったら、もどして、りんごのきがたおれないにします。あ、もどせるできたら、ほかにもできます…えとえと」
 リオンは何か名案を語り続けているがユリアンの思考は少し前で止まっていた。
 というのは対策なしで出会でくわしたらという意味か。確かにそれを聞いていたんだけど。その場合でも、ウサギだけでなくりんごの実も得る、というその場での最善を選択するのか。…これ、普通ならウサギを助けることばかり考えそうなんだけど、頭の回転早すぎないか?
 ユリアンが黙っていると、リオンがまた慌てた。
 「えとえと、りんごのがないときでしたか?」
 もう、なんだかリオンは凄い。学園の同級生以上の会話になっている。
 「でも兄上、私わかりました。私はルゼがすきだから、しんぱいなります。できることいっぱいにして、ルゼまもるの。そしたら兄上にだっこしてもらわなくても、がんばれる」
 「あっ、ちょっと待って。兄上はリオンを抱っこしたいから、頑張らない時でも抱っこさせて欲しいんだけどな」
 何かを真剣に考え始めたユリアンだったが、リオンの聞き捨てならない一言で思考が止まって現実に戻ってきた。リオンを抱っこするのは自分の特権と思っている。リオンはいくら大好きでも従兄弟たちに抱っこは求めないからだ。リオンの特別を感じられて嬉しいし、リオンを抱っこするのは可愛くて楽しい。見上げてくるリオンの紫の瞳は天使でしかない。
 「兄上、だっこいやじゃないですか?」
 「嫌じゃないどころかリオン抱っこするの大好きだよ。リオンはいつか大きくなるでしょう?小さいリオンを抱っこできるのは今だけなんだよ?リオンが大きくなったら色んなこともできて泣かなくなるし、私を頼ることも減ってしまうよ。だから今沢山可愛がりたいの」
 「兄上、リオン大好き?」
 ニコニコしてリオンが聞く。もう部屋に走って来た時の涙もすっかり乾いた。
 「あはは。今頃?」
 ユリアンはやっぱりリオンは笑っている顔が一番だなと思う。もっと笑わせたいから従者に言う。
 「クッキーとお茶を用意して。リオンにはココアね」
 「ここあ!私、ここあだいすきです!あれ?ここあはだいすきなのに、ここあはなんにもになりません。ふしぎです」
 本気で首を傾げるリオンにユリアンは笑った。
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