金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

第十五話 ルゼル、お買い物を知る〜知って大泣きする〜そして、焼き鳥は実在した。

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 その日は午前中に海に行った。波は何回かに一度大きな波になってやってくる。その時にカニや貝を見てしゃがんでいると波にのまれる。けれど走って逃げれば波にのまれないことも学んだ。
 貝には色々な形がある。図鑑で見た貝は一つも割れていなかったけれど、海にある貝は割れた物が多い。
 「かい、われるんだね」
 「うん。われてる、いっぱいね」
 図鑑だけではわからないことがそこには沢山あった。
 海から公爵別邸に戻ると、リオンとルゼルは身体がホカホカヒリヒリして沢山遊んだ充実感があった。着替えてソファに座って冷えたお茶を飲んだところまでは覚えている。二人はそのまま眠ってしまった。お昼寝だ。
 「二人で手を繋いで寝てるわ」
 パシャリ、パシャパシャ。リディラのシャッター音が響く。
 左側にリオン、右側にルゼル。クイン家の図書室のソファに座る時と同じだ。いつもは絵本を読むリオンにもたれるように覗き込むルゼルという形だが、今日はリオンがルゼルにもたれかかって眠っている。可愛い。しかも手を繋いで寝ている。とても可愛い。
 「この写真はお父様とお母様と王妃様へのお土産よ」
 リディラが早口で言って笑った。それを聞いたユリアンとリゼルが
 「私たちもお土産を探しに行きたいね」
 「今から行ってみる?を遣う練習にもなりそうだし」
 そんな流れでリオンとルゼルがお昼寝から覚めた時に兄二人はいなかった。

 「兄上!まちにしにいったの?」
 ユリアンたちが戻ってくるとリオンとルゼルが走ってやってきた。二人の後ろからリディラが微笑んで歩いてくる。どうやら二人は兄たちの不在を知っても泣かずに待てたようだ。ユリアンたちはリオンたちを置いて行ったら泣くのではと心配していたのだ。そこをリディラが「任せて」と言ったので任せた。やはりリディラは頼りになる。
 「あねーれが、あにゅーれたちはのおべんきょにいったって」
 「かえってきたら、まちのおはなししてくださるって」
 リディラに兄たちが「二人が泣いてなくて良かった」と言うと「ふふふ。実は、別の理由でとっても泣いたのですよ」とリディラが言った。

  ♢♢♢

 それは二人がお昼寝から覚めて兄たちがいない理由をリディラが二人に説明した時だ。ルゼルが聞いた。
 「ってなんでしゅか?」
 大貴族の子どもは日頃町に出て買い物はしない。リオンは買い物の意味を知っているが、ルゼルは知らないらしい。ここはリオンが兄貴風を吹かして説明する。
 「とほしいものをのことよ」
 「こうかんこ?」
 リディラがルゼルに『買い物』と『貨幣』について、更に何がどれくらいの価値なのか、平民の生活費と比較しての説明をした。
 ルゼルの衝撃は大きかった。大泣きした。ルゼルは身の回りの物がどうやって自分のところに来たのか知らなかった。考えたこともなかった。お店に商品があることは知っていた。それを欲しい人がいることも知っていた。でもそこにどんなやりとりがあるかは考えなかった。自分の欲しいものもそういうお店から自分の所に届いているなど想像外だった。しかも、自分の物は全て父上がお金を出していること、そのお金は父上が働いて稼いでいること、父上の働きには親族や領地の人々の働きがあること、しかも父上の采配が領地の平民たちの生活を支えていること、更には叔父であるコーク公爵は国を支える仕事をしていることも初めて知った。
 「ごめなしゃいーぃ」
 ルゼルは新しい絵本が欲しくておねだりしたことや、蛙を飼いたいと言った時に母上に断られて少しすねたことや、アニューレと同じ帽子が欲しいと言ってあつらえてもらったことなどなど、全てに人の働きと貨幣が伴っていたことを知り泣いた。自分はなんと軽い気持ちで欲しがっていたのか。特に蛙の件で母上に対してふてくされた態度を取ってしまったことは後悔してもしきれないほどだった。
 「父ゆえにていうーぅ。母ゆえにしゅるぅ。ふええーん」
 そこにちょうど執務に疲れて子どもたちに癒されにきた公爵アーネストが来た。
 「ルゼル、何を泣いている?」
 リディラが事情を説明した。アーネストは笑ってルゼルを抱き上げ
 「泣くなルゼル。貨幣を遣うことは貴族の義務でもあるんだぞ。ただし、どのような形で遣うかはとても大切なことなんだ」
 と言って流通の仕組みや経済を回すことの必要性、更にはそこに対する貴族の役割などを簡単に話した。
 「だけど、一番大事なのは、ルゼルの父上はそういうことより、ルゼルが喜んでくれるから買いたいと思うし、それでルゼルをもっと喜ばせたくて働きたくなるんだ。だから欲しいものは遠慮なく言えばいい。ダメな時はちゃんとダメだと言うから。そうやって何が良くて何がダメかを覚えていけば良いんだ」
 と言って笑った。
 「ほんとでしゅか?父ゆえ、きらいにならない?」
 くすんくすんと泣きながらルゼルが聞く。
 「嫌いになるどころか、父上はおねだりされるとルゼルが父上を頼りにしてくれてると思って喜ぶぞ」
 そしてリオンを見て言った。
 「リオンもだ。欲しいものやお願いがある時は遠慮なく言いなさい」
 「はいっ」
 リオンは笑って答えた。
 「ユリアンたちが帰ってきたら何を買ったか聞くといい。あの子たちもは初めてだからな」
 アーネストは笑って言った。

   ♢♢♢

 という流れがあったことをリディラから聞いたリゼルは思わずルゼルを抱きしめた。
 「ルゼル!本当に可愛いなっ」
 ルゼルは少し照れた顔で笑っている。
 「ないちゃったの、かっこよくないでした」
 「違うよルゼル。わがままで泣いたんじゃなくて父上や皆のことを思ってだったんだから、かっこいいよ。今度からどうしたらいいかわかったんだから、ね」
 二人のやりとりを見て、リオンはずっと前にルゼルとウサギ卿のことで喧嘩した後に騎士ルカと話した時のことを思い出していた。そういえばルカたちは今何をしているんだろう。
 「私たちが買ったのはこれだよ」
 ユリアンとリゼルが選んだお土産は、貝でできたブレスレット、ブレスレットと同じ種類の貝が描かれているカップ、光っているところには貝が嵌め込まれているらしい。とても綺麗だ。それからカニの形をしたクッション。
 「もっと沢山欲しいものはあったけど、持っていたお金で買えたのはこれだけ」
 それでも6歳児二人が買うにはなかなかの大金だ。しかもユリアンたちはで買い物をすることも知識では知っている。けれども今回はで買い物をすることが目的だったので考えに考えてこの三つを選んだ。クイン家でお留守番のジゼルとシャロンとアロンのためのお土産だった。
 「かい、きらきらきれい」
 「母ゆえ、よろこびましゅ!」
 「アロンも気にいるわね」
 三人の受けも良かったのでユリアンたちも一安心だ。
 「それでね、ついに見たよ!!」
 「えっ!」リディラ。
 「はわーっ!」ルゼル。
 「はっ、はわー!」リオンが驚きのあまりルゼルにつられた。
 「とっても良い香りだった」
 「うん。リディラが言っていたというソースは茶色かったよ」
 焼き鳥を語るユリアンたちに留守番三人は羨望の眼差しだ。
 「お兄様…それで…それで…それは本当に…」
 リディラがドキドしながら聞く。リオンもルゼルも手はグーで息をのんで兄たちの次の言葉を待っている。
 「うん。本当だった。歩きながら食べていたよ!」
 きゃー。
 「しかも、沢山の人が普通にやっていた」
 きゃー。
 「それにね、歩きながら食べるのは焼き鳥だけじゃなかったんだよ」
 えー‼︎
 大変な賑わいになった。他には何を食べ歩きしていたのかとか、何が売られていたのかとか、兄たちの話は想像以上に楽しかった。町の中はどうなっているんだろう。はワクワクする。
 「…したいです。兄上、ってどんなふうにするですか?」
 リオンが真顔でユリアンを見上げて聞いた。
 「欲しいものがあるお店に行って、欲しい物が持ってるお金で足りる時に『これをくださいな』って言うんだよ」
 ざっくりだが、そういう流れだ。
 「だれにいうですか?」
 「お店で働いている人に言うんだよ。そのお店にあるもので聞きたいことがある時もお店の人に聞くんだ。例えば、このノートは色違いのものがありますか?とか、何の革でできていますか?とか…」
 どうやら二人は文具店にも行ったようだ。
 「たべてあるくのも、きくですか?」
 「食べ歩きできる食べ物は『屋台』って言うお店にあるんだ。お家の形のお店じゃなくて、外に机を出してるみたいなお店なんだ。屋台で買える食べ物はだいたい歩きながら食べられるみたいだった。誰も聞かないで、買うとそのまま食べていたよ」
 「やたい」
 「やたい、しゅごい」
 「うん。あれはビックリしたな」
 「誰も叱っていなかった」
 なんだかは楽しそうです。
 「したいです」
 「したいでしゅ」
 「父上と母上におねがいしてきます」
 「におねがいしてきましゅ」
 ぱたぱたぱたぱた…二人がかけていった。
 二人の姿がすっかり見えなくなった所でリディラが兄たちに聞いた。
 「それで?焼き鳥のお味はどうでしたの?」
 「えっ?」
 「あっ?」
 ユリアンとリゼルはそれぞれの従者を見た。従者たちは首を振った。完全にリディラには読まれているということか。
 「お召し上がりになったのでしょう?焼き鳥。歩きながら召し上がったのでしょう?」
 「う…母上には秘密だよ。あとあの二人にも」
 リディラは無言で頷いて笑った。
 「…美味しかった。食べたことない味だった。あのタレというソースが未知の味だった」
 「焼き鳥も炭火?で焼いてるから屋敷の料理と違う香りなんだよな」
 「焼き鳥…興味深いですわね」
 「いつかみんなで食べようよ、町に出て」
 「王都にもあるはずだものな」
 五人?アロンが大きくなったら六人で焼き鳥を食べながら歩く。考えただけで楽しい。三人はなんとなく声を顰めて笑い合った。
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