金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

第十二話 騎士団、歌う〜騎士団は強いだけじゃないぞ。

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 「おうた、たのしでしゅ」
 ルゼルは学園参観以来すっかり歌が気に入ってしまった。何かに集中すると鼻歌のように覚えた讃美歌を歌っている。鼻歌レベルではないその歌声に使用人たちも聴き入ってしまう。
 それはそれで良いのだが、素晴らし過ぎてルゼルの異能さが目立ってしまう。屋敷内なら良いが、外では心配だ。もう少し年齢に合った歌を歌ってもらいたい。
 そんな思いから、シャロンはアロンやルゼルといる時に童謡を沢山歌うようになった。使用人たちにも来客のない時は仕事中に歌うことを許可した。ルゼルたちクイン家の子どもたちは使用人の仕事場に顔を出すことが多かったからだ。
 とにかく歌の種類を数で聴かせる作戦だ。あえて音楽家庭教師を雇うより沢山の歌を知ることができる。

 「♪かえるのうたがー、きこえてくるよー」
 「♪さいたー、さいたー、の、はながー」
 「♪ぞーしゃん、ぞーしゃん、おはながながいのねー」
 
 ルゼルはどんどん歌を覚えた。
 同時にクイン家にも変化が生まれた。使用人たちの仕事の手際が良くなったのだ。
 例えば洗濯で手を動かす時に歌を歌うとリズム良く手が動く。一曲歌い終わると次の工程…という具合に同じ職種で足並みが揃いだし、結果効率が良くなった。しかも、歌うと気分も良い。たまに歌詞を間違うと笑ってしまうし、時々替え歌にして笑ったりもして楽しい。
 使用人たちの間で、この仕事にはこの歌が合うなど編み出され、いつしか、持ち場ごとのテーマソングのような歌ができた。

 こうしてルゼルは沢山の歌を覚えた。
 ある日、リオンと共にヴァジュラの遊び相手として呼ばれた時にリオンとルゼルでヴァジュラに歌を聴かせようという話になった。

 「ゔぁじゅらでんか、りおんと、かえるのおうた、うたましゅね」
 「ゔぁじゅら殿下、きいててくださいね」

 二人は輪唱で歌った。
 「♪かーえーるーのーうーたーがー」
 「♪かーえーるーのーうーたーがー」
 輪唱はなんだか面白い。
 ヴァジュラも手を叩いて喜んでいる。最後の
 「♪くわっくわっくわー」
 ではヴァジュラ大爆笑だ。自らも「くわーっ!」と言って手を叩いた。
 「もっかー!」
 ヴァジュラがとリクエストした。
 歌い終わるとまたヴァジュラがアンコールしてくる。しまいには三人で蛙の真似をして跳ねながら歌った。楽しかったし、見ている護衛騎士や従者たちも楽しんでいた。

 「楽しそうだな」
 学園から戻ったマグヌスが二人が来ていると聞いてやってきた。
 「あにー!」どーん。まずヴァジュラがマグヌスに飛びついた。
 「まぐぬす殿下にりおん・こーくがごあいさつします」
 「まぐにゅしゅでんかに、るぜる・くいんが、ごあいさちゅしましゅ」
 「うん。ルゼルが沢山歌を覚えたとリゼルから聞いている。他には何が歌えるんだ?」
 「ぞーしゃんとか、とか、むしゅんでひらいてとか…」
 ルゼルが指を折々思い出しながら答える。そういえばルゼルはチョキを練習したとも言っていたなと思い出したマグヌスが不意に聞く。
 「ルゼル、何歳だ?」
 「みっちゅでしゅ!」
 「おお!」
 ちゃんと指を伸ばして3本出していた。ルゼルも得意げだ。
 「あにー、あにー」
 ヴァジュラがヤキモチをやいている。
 「うん、ヴァジュラはいつくだ?」
 「あにー!」ヴァジュラはわかっているかいないかわからないが、と聞かれると指を一本出すパターンがついていた。
 「ゔぁじゅらでんか!しゅごいでしゅ!」
 それを見たルゼルがまたヴァジュラに憧れた。
 
 ヴァジュラが「もっかー、くわっくわっ」とリクエストするのを見たマグヌスが、ハタと閃いて言った。
 「リオン、ルゼル、学園で歌ったあの歌を歌えるか?」
 「はい」
 二人は讃美歌を歌った。二人のハーモニーは学園で聴いた時より上達していた。
 「えっ…」
 思わずと言った声が侍女や護衛騎士たちから漏れた。空気が澄むような歌声だった。なんだろう、これは。
 騎士のキーツが素早くルゼルの新しい従者ヤンを見た。ヤンはキーツの視線に気づくと薄く笑って頷いた。クイン家はルゼルのこの歌声の魅力を心得ているという事だ。

 マグヌスはこの歌声を録音家に録音させていた。母王妃に聴かせるためだ。二人の歌声の威力は不十分な録音機の技術でもしっかりと伝わっていた。
 「まぁまぁまぁ!あの子たちの歌声はなんて素晴らしいの!」
 マグヌスの思った通り母王妃は大満足だ。マグヌスも嬉しい。
 「二人の歌う普通の童謡も可愛らしいのですが、このようなゆったりした曲はなんとも言えない趣きが感じられるのです」
 「ええ、本当に。何かしらこの落ち着く気持ちは…あら…」
 王妃マディは歌声を聴きながら宙を見て何か考えているようだったが、不意に
 「そうだわ。それが良いわ」
 と言ったかと思うと、マグヌスを抱きしめ
「ありがとう、マグ!思いついたわ!」
 と微笑んだ。

 王国騎士団は闘うだけでなく、災害地での力仕事や病院での治療補助の仕事もしている。
 病院運営は王妃の権限だった。大戦争以降傷病者が増え、人手は慢性的に足りない上、長くなる病院生活で気持ちが滅入る患者が増える一方だった。騎士団だけでなく看護師らも患者と話をして気持ちのケアをしているが、何しろ手が足りない。
 それをマグヌスの聴かせた歌声でマディは閃いたのだ。歌だ!歌なら一度に沢山の人の対応ができる。しかも聴いた歌声からは癒しを感じた。これだ。絶対これだ。マディには確信があった。

 すぐに騎士団に歌の練習が課された。 
 「う、歌ですか?」
 最初は戸惑っていた騎士たちだが、歌ってみると気持ち良い。しかもうまくハモれると非常に気持ち良い。練習も恥ずかしかったが、楽しみになってきた。
 いざ病院で余暇の時間に歌を披露すると患者たちの受けが良かった。そればかりか医療従事者たちにも評判が良かった。反応があると騎士団としても嬉しい。やり甲斐を感じるようになってきた。
 騎士団は患者に合わせて歌を変えるという工夫も始めた。若い人たちが多い時は流行りの歌を、年配者が多い時は懐かしい童謡などといった感じだ。
 やがて患者たちも一人の時間に歌ったり、仲間でハモリをしてみたりと、以前より少し病院内が明るくなった。

 歌には気持ちを穏やかにする力がある。

 この認識はマード国全体に広がっていった。やがて楽器による病院演奏会なども催されるようになり、医療現場に新しい治癒の道を示すものとなった。
 
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