金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

第九話 学園、秋のイベント。参観日〜何かと様々大渋滞④筋肉は呪文。

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 学園参観日2日目の夜。
 2日目はコーク家もクイン家も保護者が参観に行かなかったのでリオンもルゼルも学園に行けず、それぞれの屋敷で過ごしていた。
 その日、ユリアンやリゼルがそれぞれの家の夕食で語ったところでは、初日よりタウンハウス組の参観が増え、特に母親の参観が多かったということだ。
 ユリアンもリゼルも「あちらこちらでお母様方から父上やオジ上と同じファーストネームが聞こえのですが、学園に同じ名前の学生が沢山いるのですね、知りませんでした」と話していたが、それを聞いてわけを察したのはおそらくリリィラとシャロンとリディラだけだろう。実際のところ、公爵や侯爵と同時代に同じ学園生だった者たちは、畏れ多くてとても我が子に「アーネスト」や「ジゼル」などつけられず、むしろ学園生に父らと同じファーストネームを持つ者は極端に少ない。どう考えてもアーネストやジゼルが参観しにきた噂を聞いて二人のファンだった元令嬢・現母親たちが話をしていたのだろう。

 この日の参観は終日授業の様子を観るもので、ユリアンたちの授業は国語、算数、歴史と理科室での実験だった。
 理科室と聞いたリオンが早速質問する。
 「りかしつ、じんたいもけいに、おなまえありますか?」
 「聞いたことないし、考えたことなかったな…父上や母上はご存知ですか?」
 とユリアン。
 「私は知らないな。理科室の人体模型としか言わなかったな」
 と父公爵アーネスト。
 「理科クラブの先生や学生たちは何かニックネームをつけていたみたいですけど、なんでしたかしら?」
 とリリィラ夫人。
 「…おなまえ、つけます。んとんと…『じんたいさま』です」
 まんますぎて可愛い。真顔で考えた結論だということが更に可愛さを増し、いつものようにコーク家食堂に「くぅっ」が溢れる。
 「どうして名前をつけたいんだ?」
 と父アーネスト。
 「はい。るぜとおはなしするとき、かんたんにわかるからです」
 なるほど、固有名詞があれば毎回「理科室のあの人体模型」と言わなくて済む。しかしそれほどルゼルとの会話で頻出するものなのか?人体模型…。
 それにしても、とアーネストは思う。伝わりやすくするための術を本能で探せる子だなと。
 「るぜ、じんたいさま、とってもとってもだいすきです。きっとたくさん、おはなしします」
 「ルゼルは蛙とじんたい様とどちらが好きそう?」
 とユリアン。
 「んー」
 リオンは少し上を向いて考えてから答えた。
 「るぜ、だいすきなのは、かえるです。でも、しりたいなーなのはじんたいさまです」
 ルゼルは人体模型より蛙が好き。だけど興味があるのは人体の仕組みの方だということだろう。
 しかしなぜリオンはこうもルゼルの気持ちがわかるのか。
 「るぜの『はわわ』でわかります」
 いや、わからない。だが、ルゼルがそう思っていることはリオンの言葉から信じられた。不思議な関係だ。

 参観日3日目は体育のレクリエーションが学年ごとにある日だった。一年生はバドミントンやバスケット、セパタクローなど室内でするものと校庭での徒競走とクラス対抗全員リレーだ。
 この日のリオンとルゼルはそれぞれの母親に連れられて参観に来た。会うと駆け寄り、喜びあってからパンプキンだ。リディラも一緒だがアロンはまだしばらくお留守番。
 体育館に入るとマグヌスがバドミントンをしていた。剣の指導を受けているだけにラケットを振ると、シュッシュッと風を斬る音がするほどの勢いがある。
 「はわっ!まぐにゅしゅでんか、おててみえないでしゅ!」
 マグヌスの素早い動きにルゼルが驚く。更に続ける。
 「まぐにゅしゅでんか、じょうわんきん、ぜんわんきん、ふっきん、はいきん、けんこうかきん、ぜんぶつかってましゅ!しゅごい」
 ん?天使の呪文?
 セパタクローでは
 「まぐにゅしゅでんか、だいたいにとうきん!だいたいよんとうきん!はわわわー!」
 マグヌスは走ることも速かった。とにかく運動関係では抜きん出ていた。流石ヴァジュラの兄だ。
 それにしてもルゼルの呪文はなんだったのか?マグヌスがルゼルに聞いた。
 「ルゼル、さっきの呪文はなんだ?」
 実は周囲の同級生たちも気になっていた。保護者たちも気になっていた。ユリアンたちは薄々わかっていた。
 ルゼルはマグヌスの凄さに上気した顔のまま答えた。
 「きんにくのおなまえでしゅ。じんたいさまにおしえてもらいました」
 筋肉の名前。は、わかった。じんたいさま…とは?
 「殿下、じんたい様とは理科室の人体模型のことです。ルゼルが気に入ったようで、リオンが呼び名をつけたのです」
 ユリアンが笑顔で言う。その顔から、名づけるまでに可愛い流れがあったのだろうとマグヌスが察する。見たかった。
 それにしても、
 「じんたい様か」
 ぷっとマグヌスが笑った。もっと笑いたいのを我慢しているかのようで、口を手で押さえ、黒髪がフルフルと震えていた。
 「まんまだな!」
 「はい!わすれないにしました!」
 得意顔でリオンが答える。
 「ああ、絶対忘れない。私もこれからは、じんたい様と呼ぶことにするよ」
 そう言ってマグヌスがリオンの頭を撫でた。
 「それで、ルゼル、私の筋肉はどうだった?」
 ルゼルは即答する。
 「はい!じんたいさまと、おんなじでした。えいってしゅると、きんにく、ぐいってなりましゅ。しゅごいでしゅ」
 マグヌスは見た目は細身だが、マード王の血をしっかり引いており、同年代よりずっと筋肉質だ。ルゼルはマグヌスが力を入れると人体模型で見た通りの形が浮き出ることに感動していた。
 「はははっ。じんたい様と同じか。嬉しいな」
 そう言ってマグヌスはルゼルの頭も撫でた。

 その日のうちに「理科室のじんたい様」の名前は学園生に知れ渡り、誰もが人体模型を「じんたい様」と呼び、それまで人体模型を怖がって理科室に入りたがらなかった学園生も以前ほど怖がらなくなった。そしてしばらくの間、学園では筋肉の名前(呪文)を覚えることが流行り、やがて『マッスル呪文ゲーム』という公式ルールのあるカードゲームにまで発展し、国内の男の子たちの間で一大ブームとなっていった。
 
 
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