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第三章
閑話 画家の独り言〜天使の正面で少し暗い話をします。
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私の前に子どもが三人座った。
コーク公爵家のリオン様と、クイン侯爵家のリディラ様とルゼル様だ。
三人がお手製の図鑑を作りたいということで、絵の描き方を教えてほしいと私に仰って今に至る。
「皆様はそれぞれどういったものをお描きになりたいのですか?」
「みっかです」リオン様。
「かえるでしゅ」ルゼル様。
「…(言わなくてもわかるわね?本人たちの前では言いたくないのよ)」…リディラ様。わかります。リディラ様のお描きになりたいものはリオン様とルゼル様ですね。
「…リディラ様は刺繍のデザインになるお花の絵でしたね」と、リディラ様に合わせる。
「ええ」リディラ様、しれっとお答えになる。
白い紙を前に三人がかしこまって座っている。綺麗な子どもたちです。リディラ様が弟君たちを絵画に残したい気持ちがわかります。画家としても描きたい人物ですから。私、元々風景画家ですけど。
それから白い紙!
10年前の大戦争中にはお目にかかれなかった白い紙!それが子どもの前にある。戦争が本当に終わったんだなって実感する瞬間です。
ところで『みっか』ってなんでしょう?「こびとです」小人?
「がかさま、みたでしゅ。りろんのかいた、えほん」
あっ!あの渦巻きが沢山あるリオン様が時々ルゼル様にお渡しになっているあれですね。
お二人は渦巻きでなんでも表現なさいます。それはそれで芸術的だと思っていますが、あの渦巻きでは「みっか」の詳細がわかりませんね…。
ここでリディラ様が「みっか」の風貌を詳しく教えてくださいます。ルゼル様お気に入りの絵本なのですね。ほう、クイン侯爵家にない絵本がコーク公爵家にはあると。え?コーク公爵家は図書室ではなく、図書棟?規模が違いますね…流石公爵家。それにしてもリディラ様は本当に賢いご令嬢です。なるほど「みっか」は典型的な小人ということのようです。良かった。教えられます。
♢♢♢
ここから少々暗い話です。
私は画家です。
今はクイン侯爵家のリディラ様の個人教授として雇われていますが、本来は風景画を描く画家です。しかしながら戦争が始まって状況が一変しました。
10年前までこの国は大きな戦争をしていました。他国同士の戦争のとばっちりを受けて始まったような戦争でした。
だから王都までは戦場にならなかったのですが、国全体の物流は大きく変わり物価も上がり娯楽や贅沢のための風景画などは全く必要とされなくなりました。
私は描きたいものより生活費になるものを描くことを選択しました。
それは、戦地に向かう息子の肖像画の依頼だったり、長く戦場に居る家族に向けての手紙に同封する故郷のスケッチだったり、…戦死した家族の葬儀の肖像だったりです。
依頼は平民や下位貴族が中心だったのであまりお金にはなりませんでしたが、画家の仕事以外できない私にはそれしかありませんでした。それに自分の絵がこの家族の支えになるのかもと思うと、やはり必要な仕事だとも思えたものです。
戦争が長引くと、画材も手に入りにくくなり、紙質が劣化していくたびに戦争の長引きを実感しました。
戦況が大きく変わったのは、騎士キエル様が最前線に赴かれてからでした。
キエル様は戦争になる前から剣の才能を広く知られている方でした。
最前線に行くまで時間がかかっていたのはご実家の爵位が高かったことが影響していると噂では言われていましたが、本当のところはわかりません。
とにかくキエル様が最前線に現れると一気に戦況が変わり、とばっちりを受けただけで、自国の防衛だけに終始するはずだった我が国が戦勝国となっていました。
♢♢♢
その後の騎士団ブームは凄かった。
まずキエル様が若くて美丈夫だったことでご令嬢たちが騒ぎ出しました。
プラチナの長い髪を靡かせて馬に乗るお姿はそれはそれは美しいものでした。皆様キエル様の髪は銀髪と言いますが、色にこだわりたい私に言わせると、あれはプラチナです。
キエル様は爵位を賜り、副団長にも任命され、益々名声が広がりました。キエル様とともに騎士団そのものも注目を集めました。しかも戦地の後片付けや復興作業や病院の巡回なども騎士団が積極的に始めたので、老若男女から信頼される組織になりました。
リオン様とルゼル様がお気に入りの絵本「きしだんと、りんごのき」もモデルはキエル副団長様です。いつか副団長様に憧れているリオン様に教えて差し上げたい。
と、回顧している間に色々なことがわかりました。
「リオン様、その渦巻きはなんでしょうか」
代わりにルゼル様がお答えになります。
「りろんのぐるぐるは、みっかだよ」
「あたりー」
なぜルゼル様にはわかるのでしょう。
「では、ルゼル様の渦巻きは?」
こちらはリオン様がお答えになります。
「るぜのぐるぐるは、うさぎきょうだよね」
「あたりー」
なぜリオン様にもわかるのでしょう。私には渦巻きの違いがわかりません。まだまだ修行が足りません。
渦巻きの意味はわかりませんでしたが、リオン様とルゼル様が渦巻き以外はフリーハンドのよれた直線しか描けないということがわかりました。
「…みっかさんや、蛙を描く前に丸や四角を描く練習をしましょうね。みっかさんのお帽子は三角が描けないと難しいですよ」
「はい」
「はい」
素直に、にこやかに、無垢な顔でお返事する小さな子どもたちと、平和になったことを教えてくれる白い紙。
とても良いです。
リディラ様が「今の見上げた二人の顔を後でスケッチして!」と目で語りかけております。承知しておりますとも。
「ぐるぐるじゃないのむつかしだね」
「まる、止まらない」
うっかりするとすぐ渦巻きになるお二人の絵も、こっそり回収されてきっとリディラ様の「好きなもの図鑑」に載るのでしょう。楽しみです。
子どもの描く渦巻きやお手製図鑑が楽しみとは。それをお手伝いできるとは。
描くことを手放さなくて本当に良かったです。
コーク公爵家のリオン様と、クイン侯爵家のリディラ様とルゼル様だ。
三人がお手製の図鑑を作りたいということで、絵の描き方を教えてほしいと私に仰って今に至る。
「皆様はそれぞれどういったものをお描きになりたいのですか?」
「みっかです」リオン様。
「かえるでしゅ」ルゼル様。
「…(言わなくてもわかるわね?本人たちの前では言いたくないのよ)」…リディラ様。わかります。リディラ様のお描きになりたいものはリオン様とルゼル様ですね。
「…リディラ様は刺繍のデザインになるお花の絵でしたね」と、リディラ様に合わせる。
「ええ」リディラ様、しれっとお答えになる。
白い紙を前に三人がかしこまって座っている。綺麗な子どもたちです。リディラ様が弟君たちを絵画に残したい気持ちがわかります。画家としても描きたい人物ですから。私、元々風景画家ですけど。
それから白い紙!
10年前の大戦争中にはお目にかかれなかった白い紙!それが子どもの前にある。戦争が本当に終わったんだなって実感する瞬間です。
ところで『みっか』ってなんでしょう?「こびとです」小人?
「がかさま、みたでしゅ。りろんのかいた、えほん」
あっ!あの渦巻きが沢山あるリオン様が時々ルゼル様にお渡しになっているあれですね。
お二人は渦巻きでなんでも表現なさいます。それはそれで芸術的だと思っていますが、あの渦巻きでは「みっか」の詳細がわかりませんね…。
ここでリディラ様が「みっか」の風貌を詳しく教えてくださいます。ルゼル様お気に入りの絵本なのですね。ほう、クイン侯爵家にない絵本がコーク公爵家にはあると。え?コーク公爵家は図書室ではなく、図書棟?規模が違いますね…流石公爵家。それにしてもリディラ様は本当に賢いご令嬢です。なるほど「みっか」は典型的な小人ということのようです。良かった。教えられます。
♢♢♢
ここから少々暗い話です。
私は画家です。
今はクイン侯爵家のリディラ様の個人教授として雇われていますが、本来は風景画を描く画家です。しかしながら戦争が始まって状況が一変しました。
10年前までこの国は大きな戦争をしていました。他国同士の戦争のとばっちりを受けて始まったような戦争でした。
だから王都までは戦場にならなかったのですが、国全体の物流は大きく変わり物価も上がり娯楽や贅沢のための風景画などは全く必要とされなくなりました。
私は描きたいものより生活費になるものを描くことを選択しました。
それは、戦地に向かう息子の肖像画の依頼だったり、長く戦場に居る家族に向けての手紙に同封する故郷のスケッチだったり、…戦死した家族の葬儀の肖像だったりです。
依頼は平民や下位貴族が中心だったのであまりお金にはなりませんでしたが、画家の仕事以外できない私にはそれしかありませんでした。それに自分の絵がこの家族の支えになるのかもと思うと、やはり必要な仕事だとも思えたものです。
戦争が長引くと、画材も手に入りにくくなり、紙質が劣化していくたびに戦争の長引きを実感しました。
戦況が大きく変わったのは、騎士キエル様が最前線に赴かれてからでした。
キエル様は戦争になる前から剣の才能を広く知られている方でした。
最前線に行くまで時間がかかっていたのはご実家の爵位が高かったことが影響していると噂では言われていましたが、本当のところはわかりません。
とにかくキエル様が最前線に現れると一気に戦況が変わり、とばっちりを受けただけで、自国の防衛だけに終始するはずだった我が国が戦勝国となっていました。
♢♢♢
その後の騎士団ブームは凄かった。
まずキエル様が若くて美丈夫だったことでご令嬢たちが騒ぎ出しました。
プラチナの長い髪を靡かせて馬に乗るお姿はそれはそれは美しいものでした。皆様キエル様の髪は銀髪と言いますが、色にこだわりたい私に言わせると、あれはプラチナです。
キエル様は爵位を賜り、副団長にも任命され、益々名声が広がりました。キエル様とともに騎士団そのものも注目を集めました。しかも戦地の後片付けや復興作業や病院の巡回なども騎士団が積極的に始めたので、老若男女から信頼される組織になりました。
リオン様とルゼル様がお気に入りの絵本「きしだんと、りんごのき」もモデルはキエル副団長様です。いつか副団長様に憧れているリオン様に教えて差し上げたい。
と、回顧している間に色々なことがわかりました。
「リオン様、その渦巻きはなんでしょうか」
代わりにルゼル様がお答えになります。
「りろんのぐるぐるは、みっかだよ」
「あたりー」
なぜルゼル様にはわかるのでしょう。
「では、ルゼル様の渦巻きは?」
こちらはリオン様がお答えになります。
「るぜのぐるぐるは、うさぎきょうだよね」
「あたりー」
なぜリオン様にもわかるのでしょう。私には渦巻きの違いがわかりません。まだまだ修行が足りません。
渦巻きの意味はわかりませんでしたが、リオン様とルゼル様が渦巻き以外はフリーハンドのよれた直線しか描けないということがわかりました。
「…みっかさんや、蛙を描く前に丸や四角を描く練習をしましょうね。みっかさんのお帽子は三角が描けないと難しいですよ」
「はい」
「はい」
素直に、にこやかに、無垢な顔でお返事する小さな子どもたちと、平和になったことを教えてくれる白い紙。
とても良いです。
リディラ様が「今の見上げた二人の顔を後でスケッチして!」と目で語りかけております。承知しておりますとも。
「ぐるぐるじゃないのむつかしだね」
「まる、止まらない」
うっかりするとすぐ渦巻きになるお二人の絵も、こっそり回収されてきっとリディラ様の「好きなもの図鑑」に載るのでしょう。楽しみです。
子どもの描く渦巻きやお手製図鑑が楽しみとは。それをお手伝いできるとは。
描くことを手放さなくて本当に良かったです。
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