金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第三章

第二話 ヴァジュラ、走る〜二天使、追う〜マグヌス、癒される

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 「殿下、今図書館に行くということは今日は放課後の図書館勉強は無しなのですか?」
 昼休みに図書館勉強をすると言ったマグヌスにユリアンが聞いた。
 「ああ、今日の分は昼休みに終わらせる。早く帰りたいんだ」
 と、マグヌス。昼食を早々と終わらせて図書館に向かっている。
 「今日はルゼルたちがヴァジュラ殿下の所に行っている日ですね」
 と、リゼル。
 だから早く帰りたいのだ。

 秋になり、学園生活が始まったマグヌスは以前にも増して癒しを求めていた。
 今まででも母王妃主催の茶会で人に囲まれて疲れていたが、それでも茶会は上位貴族だけだったし毎日でもなかった。しかし学園は上位貴族だけでなく、下位貴族や裕福な家庭の平民もいる。しかも毎日ある。
 マグヌスと親しくなりたい子どもがワンサカいる。同級生だけでなく上級生もだ。とにかく人が沢山集まってきてアピールをしてくる。それが疲れるのだ。新しい友達もそのおかげでできたが、静かに過ごしたい時もある。
 学園内でも少し離れた場所に護衛騎士たちが配属されているが、基本的に学園では身分は関係なく平等にという建前があるので、身の危険がなければ騎士たちは介入しない。介入してほしい。休み時間や移動教室の時に保護してほしい。
 人のいない場所に行きたい。じゃなければ癒しのある場所に行きたい。

 マグヌスにとって弟ヴァジュラは癒しだ。ヴァジュラは運動発達が早い子で、1歳になる頃にはスタスタと歩けるようになっていた。
 マグヌスはその様子を見てユリアンとリゼルに「リオンやルゼルもそうだったか?」と聞いた。二人は「あの子たちが1歳のころは歩いてはいましたが、ヨチヨチ、ヨタヨタという感じで誰かと手を繋いで歩かないと転んでばかりでした」と言っていた。やはりヴァジュラは見た目のゴリマッチョを裏切らない、とマグヌスは誇らしくなった。でもちょっとヴァジュラと手を繋いで歩いてみたい。
 そのヴァジュラが、最近マグヌスを見ると「あにー」と言うようになった。『兄上』の「あにー」だろうが、なんとなくぞんざいな気がする。そんなところもヴァジュラらしくて可愛いと思えた。何より弟に呼ばれることがこの上なく嬉しい。

 というわけで、今日は早く帰ってヴァジュラとリオンとルゼルを見て癒されるつもりだ。
 午前中の授業で出された宿題を昼休みに図書館で済ませた。午後の授業で出された宿題は帰りの馬車の中で終わらせた。ちょっと馬車酔いした。
 王宮に帰ってきた!
「ヴァジュラはどこにいる?」
 馬車から降りるのと同時に迎えに出ていた侍従ロイに聞いた。
 「おかえりなさいませ。ヴァジュラ殿下はウサギ卿のお庭の所においでにございます」
 「行ってくる」
 マグヌスは小走りで通称ウサギ卿の庭に向かった。ウサギ卿を運動させるエリアをそんな風に呼んでいる。
 遠くからリオンたちの声が聞こえてきた。
 「うさぎきょう~」
 「ゔぁじゅらしゃまぁ」
 二人の声は慌てていた。何か起きてる。
 「きゃーははは」
 ヴァジュラの笑い声も聞こえてきた。…と、思うと、花の咲く垣根からザンッという音と共にヴァジュラが飛び出してきた。
 「ヴァジュラッ⁉︎」
 マグヌスが驚いているとヴァジュラの少し前をウサギ卿が横切って行った。
 「きゃーはー」
 ヴァジュラはマグヌスに気づかず、笑って走りながら反対側の垣根に突っ込んで行った。おそらく向こう側に抜け出して走っているのだろう。
 垣根を笑いながら突き抜ける1歳児。なんだか凄い。マグヌスが感心していると、「うさぎきょう~」と言いながらリオンが小走りで出てきた。垣根からではなく、ちゃんと小道からだ。
 「あ、まぐぬすでんか、りおん・こーくがごあいさつします」
 おおっ、ついに自分の名前が言えるようになってしまったか。
 「うん。リオン、何をしているの?」
 リオンは少し上がった息で答える。
 「ゔぁじゅらでんかといっしょに、うさぎきょうみにきました。ゔぁじゅらでんか、うさぎきょうのおみみぐいってしたら、うさぎきょうびっくりで、はしったの。そしたらゔぁじゅらさまもはしったの。あぶないよってしてるのです」
 護衛騎士のキーツが補足する。
 「ヴァジュラ殿下がウサギ卿の耳を持ち上げまして、ウサギ卿が驚いて走り出した様子を見てヴァジュラ殿下が喜ばれて走り出しました。リオン様方はヴァジュラ殿下がお転びになることを心配され、ウサギ卿の耳も心配され、それぞれを追いかけている。というところです」
なるほど。ウサギ卿は恐怖で走り、ヴァジュラは楽しくて走り出したということか。
 チラリと近くの城のバルコニーを見上げると、騎士の一人が双眼鏡を覗いている。三人の居場所を把握しているのだろう。
 離れた場所で「きゃはは」というヴァジュラの笑い声とザンッという草木の擦れる音がした。ヴァジュラには道という概念がまだないのだな。
 「ヴァジュラ殿下がお怪我をなさらないように、広い場所に誘導中なのですが…」
 うん。大変そうだ。
 ルゼルも小道からやってきた。
 「りろん~、ゔぁじゅらしゃまいる?うさぎきょういる?」
 ルゼルはどこかで転んだらしい。真っ白なフリルフリフリブラウスと手のひらとほっぺたにつちがついている。泣いた様子がないところをみると我慢できたのだろう。こちらも成長している。
 「あっ。まぐにゅすでんか、るじぇる・くいんがごあいさちゅもしあげましゅ」
 おお、挨拶も少しずつ長く言えるようになっている。
 リオンとルゼルは「いた?」「ううん、いないの」と話し合っている。その間にも遠くからザンッという音が聞こえている。二人はそれがヴァジュラの出している音などとは思っていないようだ。
 「ゔぁじゅらしゃま、いない…」
 ルゼルが心配な顔で青くなっている。ルゼルの泣き顔は魅力的だが泣かせることは本意ではない。
 「よし。二人ともついておいで。ウサギ卿はわからないけどヴァジュラなら探せると思う」
 とマグヌスが言いながら両手を伸ばした。
 「ほんとですか?」
 と、表情を明るくして、リオンが自然とマグヌスの手を取った。ルゼルもマグヌスの手を取った。
 これだよ、これ!こんな風にヴァジュラとも手を繋いで歩いてみたいんだよな。と思いながらマグヌスは二人と四阿あずまやのある所まで歩いた。そこまで来ると二人と手を離し
 「見ていて。ヴァジュラを呼ぶよ」
 と言って、大きな声で
 「ヴァジュラーッ!」
 と叫んだ。
 少しの間、なんの物音もしなかったが、やがてザンッという音が何回か聞こえた。聞こえる度に音が大きくなっている。そしてついに…
 「あーにー」
 満面の笑みのヴァジュラが垣根から走り出してきた。
 「ゔぁじゅらでんか!」
 「ゔぁじゅらしゃま!」
 二人が同時に叫んでヴァジュラに向かって走り出した。が、ヴァジュラはあっという間に二人の間をすりぬけマグヌスに向かって飛びついた。どーん。効果音をつけるとしたらそんな音だ。飛びつくというより体当たりに近い勢いだ。
 「あにー!あにー!」
 ヴァジュラはニコニコだ。マグヌスもニコニコだ。ニコニコのヴァジュラを見てリオンとルゼルもニコニコになった。
 ヴァジュラには怪我がないようで二人はホッとしていた。ウサギ卿もキーツが見つけて抱っこしながらやってきた。耳も無事のようだ。それを見てルゼルが
 「よかった。うさぎきょう、おみみとれたかもって。おみみない、うさぎきょうは、るじぇる、うさぎきょうってわからなくて、みちゅけられないかもって」
と言って、両手を胸に当ててフーッと安堵のため息を出した。結局一人称が『ルゼル』になっている。可愛いから誰も指摘しない。
 ルゼルの心配を聞いて笑いたいが、ヴァジュラならウサギの耳をもぎ取りそうな気もするだけに誰も笑えなかった。それよりルゼルの心配の内容が可愛らしくて笑うより癒やされた。

 マグヌスは可愛い従兄弟のリオンやルゼルと手を繋いで歩けたし、ヴァジュラに飛びついてもらえたし、マグヌスのヴァジュラ使いのテクニックをリオンたちに「はわぁ」と尊敬の眼差しで見られ、癒しに癒されたのだった。

 その後、ヴァジュラは道という概念がなく、垣根のように向こう側が見えるなら迂回せず突っ切る性格だということがわかり、ヴァジュラの行ける範囲の垣根は見直しがされた。
 それだけでなく、ヴァジュラ対策として『道』をわかりやすくするために、歩いてほしい場所には周りと少し違う色の石を使ったり、少し高くしたりして視覚的な違いをつけた。歩道の改正だ。
 この『歩道』は国内の馬車と人の行き来する道にあるにはあったが、事故が減らなかった。そのため、ヴァジュラ対策案として採用された『歩道を視覚的に認識しやすくなる工夫』を王都の主要道路にも採用したところ効果があり、王都での馬車と人の事故が激減した。 
 これは後に国中の道に採用されていくことになる。
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