金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第二章

第十話 お箸の練習〜チョキは難しい

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 リオンとルゼルは『きしだんとりんごのき』の絵本を読んで以来、様々な食べ物に興味を持ち始めた。
 何しろ串に刺さったまま食べる鶏肉料理があるくらいだ。世の中にはもっと沢山の奇抜な食べ物があるに違いない。
 料理の本だけでなく図鑑やマナーの本まで引っ張り出して珍しい食べ物を探している時にそれを見つけた。
 「箸」だ。

 二本の棒で食事をする。はてな?
 「ぼうで?」
 「やきとりみたい?」
 「やきとり、ぼう、ひとちゅだけよ」
 「やきとり、ふたちゅ?」
 「やきとり、みぎのおててと、ひだりのおててにもちゅのかな?」
 所々難しい字で説明されているのでよくわからない。
 「…ばとらーに、おしえてもらうね」
 と、リオンがルゼルに箸の謎解明を約束した。

 コーク公爵家執事長バトラーは何でも知っている。もちろん「箸」の正体も知っていた。しかも「箸」を持っていた。

 そんなわけで、今日はルゼルをコーク公爵家に招いて「箸」の実物を見せることになったのだ。

 早速リオンが箸を見せる。

 「これが、おはし」 
 「はわぁ、おあし」

 バトラーも同席だ。
 「こちらは大人用のお箸です。
 東の国ではフォークを使わず、このお箸で食べるものを挟んで食事をします」
 このように使います。と言って、食べ物に見立てた丸めた綿を挟んで持ち上げて見せる。
 「ね、ささないの。みぎのおててだけ、ちゅかうの」
 「ばとら、しゅごい」
 ルゼルの翡翠の瞳がキラキラだ。
 「今日は子ども用のお箸もご用意いたしました。お使いになられますか?」
 と、にこやかにバトラーが聞く。もちろん二人はやる気満々だ。

 「りろんがおしえてあげる!」
 リオンは一足先にバトラーから箸の使い方を教えてもらっていたので少しお兄さん気分だ。
 バトラーは二人に箸を渡した。
 早速リオンが説明を始める。
 「おはしの、まんなかよりうえもちゅの」
 「まんなか、うえ」
 「そこをぐーみたいな、ちょき、で、もつましゅ」
 「ぐー、ちょき」
 「…りろんも、むずかしなの」
 リオンは手をしっかりした形にできず箸の片方がするりと抜けて落ちてしまう。始めは誰でも難しいのが箸だとバトラーが言っていたので、ガッカリすることなく頑張れている。
 「ぐー、ちょき」
 一方のルゼルはグーで箸を握り込んでいた。そして眉間にしわを寄せたルゼルが言った。
 「ばとら、るじぇる、ちょきない」
 ルゼルは自分がチョキを作れないことを思い出した。「何歳」と聞かれて指二本を出せずに今でも苦労しているのだった。「1」はできる。「5」も「4」もできる。「2」「3」が怪しい。
 困っているルゼルにバトラーが言った。
 「ではまずチョキの練習から致しましょう」
 「おねましゅ」
 これはルゼルの「お願いします」だ。真剣な顔で言った。よほどチョキを作りたいらしい。
 「まず右手をパーにします」
 「ぱー」
 「ぱー」
 付き合いでリオンもパーを作る。
 「パーのまま、人差し指と中指でこの丸めた綿を挟みます」
 「うぅ」
 難しいけれど挟めた。
 「挟んだままグーにします」
 グーにすると、人差し指と中指が曲がりはすれど綿の分、他の指より少し浮いている。
 「そのまま綿を下に落とします」
 ぽとん。右手だけではうまくできないので左手で綿を弾いて落とした。
 「あっ!」
 人差し指と中指が曲がっているけれど、チョキになっている!指が伸ばせたら絶対チョキだ!
 「はわわわーっ」
 「るじぇ!ちょき!ちょきよ!」
 リオンが拍手喝采だ。
 「繰り返し練習されれば立派なチョキになりますよ」
 バトラーはすごい。あっという間にルゼルにチョキを教えてしまった。
 「このお箸はルゼル様に差し上げます。チョキと一緒に練習してみてくださいね」
 「うん!ばとら、ありがと!」
 
 リオンとルゼルはお箸が上手に持てるようになったら東の国の料理を食べる約束をしてその日のお遊びを終えた。

 クイン邸に帰ってからのルゼルは、親にも兄にも姉にも(まだ全然話せない)弟にも屋敷の者たちにも
 「『るじぇる、なんしゃい?』きいて!」
 と、言っては右手をパーにしてから人差し指と中指に左手を挟み、グーにして左手をそーっと取って、得意げに曲がったチョキを出して
 「にしゃい!」
 と答えていた。
 何日もしないうちにしっかりしたチョキを作れるだろう。
 ルゼルの従者から一連の報告を受けていた侯爵は、料理長に東の国の料理の試作を始めるように伝え、自分も箸の練習を始めたのだった。

 その後クイン家主催のパーティーでは世界各国の珍しい料理が出されることで有名になるのだが、そうなった背景にはこういうエピソードがあった。
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