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第二章

第五話 男たちの災難〜女の子たちはなんだかすごい

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 今日は王妃主催の茶会。
 開始と同時にユリアンとリゼルは令嬢たちに囲まれていた。

 「ユリアン様、こちら新しい扇をお父様に買っていただいたのです。珍しい外国の鳥の羽だそうで、この美しい青色の羽と…あらっ、青色の羽に、留め具が金…ユリアン様と同じですわ!何という偶然なのでしょう!」
 「リゼル様、リゼル様、最近剣のお稽古を始められたそうですね。我が家に代々伝わる家宝の剣があるのです。一度ご覧になりませんこと」
 「ユリアン様」
 「リゼル様」

 二人はにこやかに応対して「お父上に愛されているのですね」とか「立派な家宝があるのですね」とか答えているが、決して「素敵ですね」とか「機会がありましたら」などという返事はしない。
 リディラに、令嬢に期待させたり誤解されるような曖昧な返事はしてはならないと言われている。後々のトラブルになることがあるからだと。また下手に褒めてもいけないとも言われている。いらぬ競争を煽るからだと。

 「ユリアン、リディラはどこにいる?」
 そろそろ疲れてきた二人は頼もしいリディラに助けてもらいたい。
 「先程まで一緒にいたはずなのに。いつも茶会が始まるといなくなる」
 「…ご令嬢方。どなたか妹のリディラを見かけませんでしたか?」
 リゼルの一言に令嬢方一斉にキョロキョロ始める。見つけたらリゼルと会話ができるキッカケになるからだ。
 「あ!あちらにいらっしゃいますわ!リゼル様、バークレイ侯爵家の長女エリィがリディラ様を見つけましたわ!」
 バークレイってあのバークレイ?とユリアンが声に出さずにチラッとエリィと名乗った令嬢を見た。目が合うと「はっ」と言ってエリィは扇を広げる。
 「ありがとう、エリィ嬢。少し妹のところに行ってきます」
 リゼルが紳士的微笑みで告げ、ユリアンも「失礼」と便乗して去って行った。二人は去ってしまったが、リゼルに名前を呼ばれ、ユリアンとはしっかり目が合った。エリィにとって最高の茶会となった。この後、エリィはこの流れを多少脚色して周りの令嬢たちに何回も話すのだった。

 「リディラ」
 「「「キャー」」」
 令嬢方から逃げてきたリゼルがユリアンを伴ってリディラに声をかけるとリディラを囲んでいた令嬢方から歓喜の悲鳴が上がった。
 「ああ、急にごめんなさい。少し妹を連れ出したいのです。良いですか?」
 紳士スマイルでリゼルが言う。令嬢方はコクコクと無言で頷く。それを見てリディラが立ち上がり言う。
 「お姉様方、ありがとうございました。では失礼致します。ご機嫌よう」
 と早口で言い、くるりと向きを変えると三人は足速に庭園の端に向かって行った。

 「お兄様方お疲れ様です」
 空いていたテーブルに座るとリディラが言った。
 「リディラが居てくれて助かるよ。ご令嬢方から離れる言い訳ができる」
 「私もリディラの従兄弟で良かった」
 遠巻きに三人を見て、機会をうかがっている令息令嬢もいるが、とりあえず無視。茶会はまだ始まったばかりだ。
 「お兄様方はお二人でいるから余計取り囲まれるのですわ」
 「いや、でも一人で囲まれるのも怖くて…」
 「まぁ情けない。お兄様は侯爵家嫡男ですのよ。しっかり侯爵家にふさわしいご令嬢を探してくださいませ」
 リディラはなんかすごい。
 「なんだか怖いんだよ…ニコニコしていて可愛いなって思っても木の後ろで『話に横入りしたわね』とか『同じ髪留めしてるから貴女髪留め外しなさい』とかキーッてやってたりするんだよ」
 「そういうのを見抜くのがお兄様方嫡男様に求められているものでしょ?人を見る目ということですわよ」
 確かに。
 「お茶会は小さな貴族社会ですわよ。縮図というらしいですわ」
 「あ、その言葉知ってる。学園も社会の縮図だって父上が仰っていた」とユリアン。どうやら縮図とは様々な場所にあるらしい。

 「お兄様方は嫡男だからこの社会の縮図に慣れていただかなくてはならないですけど…」
 眉間にシワを寄せてリディラが真剣な顔で言う。
 「いずれルゼルやリオンもお茶会にお呼ばれしますわよね。たぶんヴァジュラ殿下が5歳になってから…ヴァジュラ殿下のためのお茶会に…」
 「あっ」とリゼルは初めて気づいたという顔で言った。しかし一方のユリアンは頷いて答える。
 「そうなんだよ。前々から心配していたんだ。あの可愛らしいリオンたちがコワ…積極的なご令嬢たちに囲まれて大丈夫なのかなと」
 ユリアン兄様、今「怖いご令嬢方」と言いかけましたね。それ、正解です。
 「お兄様方はマグヌス殿下の側近候補なのは周知なのでヴァジュラ殿下のお茶会にお呼ばれする可能性はどうなんでしょうね。
 私は5年後に婚約していなければお呼ばれするかもしれませんけれど、その時お兄様方がいなかったら一人でルゼルとリオンの二人を守れるかどうか…」
 「えっ、リディラが婚約?」
 リゼルがショックで青くなる。可愛い弟のお茶会デビューも心配なのに可愛い妹の婚約?一度に心配事を出してくるのやめてほしい。
 「その頃私は9歳ですもの。可能性はありますわよね」
 「いや、クイン家は急いで婚約を取り付けなくても社会的に安定した家門だから、早い段階での政略的な婚約はないんじゃないかって父上は仰っていたよ」
 とユリアン。ユリアンの父はこの台詞の後に「リディラに早い段階の婚約があるとしたらマグヌス殿下との婚約だな」と言ったことはリゼルのために黙っていた。友情だ。
 しかしどんな流れでそんな話になるのだ、コーク公爵親子。流石宰相の家系。
 「ユリアン兄様、甘いですわよ。我が家は基本お人好しの集まりです。いつはかりごとに巻き込まれて没落するかわかりませんわ」
 「え、リディラやめて。お前が言うと真実味があって兄様怖くなる」
 「そういうところですわ、リゼルお兄様。とにかく私は5年かけてルゼルとリオンのお茶会デビューまでに安全策を考えますわ」
 とにかくリディラは頼もしい。
 「お兄様方もこのお茶会の中に5年後ルゼルたちを任せられる弟妹がいる方々をお調べくださいましね」
 そう言うとリディラはさっと立ち上がった。
 「待って、リディラ、もう行くの?」
 「ええ、あまり長くいるとお兄様ととっても仲が良いと思われてお兄様狙いのご令嬢たちにあれこれ質問されるし、ユリアン兄様狙いのご令嬢からは嫌がらせされるので。私は新しいお菓子を見に行ってきます」
 「待って、リディラ」
 「ルゼルとリオンのためのリサーチと思えば楽勝ですわよ。私もあちらでリサーチしてまいります」
 確かに。ちょっと怖いけど可愛い弟たちの5年後のための時間だと思えば苦ではない。流石リディラ。なんかすごい。
 「お兄様、お茶会後半にまた合流いたしましょう」
 リゼルたちが疲れ果てるだろうことを思って、抜け出せるようにと結局仲良し兄妹の場面を作ってくれるらしい。アフターケアもできるリディラ。頼もしい。

 その頃、マグヌスは沢山の人に囲まれながらうんと遠くから三人の様子を見ていた。絶対ユリアンとリゼルはリディラにこの状況を打破する勇気の出る提案をしてもらっているはず。
 自分もリディラに勇気をもらいたい。とにかく積極的すぎる貴族令息も令嬢も怖いよ!なんでリディラが自分の妹じゃないのかな。妹なら気軽に話しかけられるのに。あー癒しが欲しい。帰ったらヴァジュラとリオンとルゼルの姿絵を見よう。それでヴァジュラに会いに行こう。

 マグヌスは自分に癒しがあって良かったと心底思った。

 そして、マグヌスもユリアンもリゼルも、リディラを含めて本当に令嬢方はなんかすごいと痛感するのであった。
 
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