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第三章
閑話 ふくだんちょ、えらいえらいのにばんめのひと〜キエル副団長のまじーめな話
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「ふくだんちょ、なに?」
半年ほど前になろうか、ルゼル様がリオン様にお尋ねになった。
「『ふくだんちょさま』よ」
リオン様が敬称をつけるようルゼル様をたしなめた後、「きしさまみんな、えらいえらいのにばんめのひと」とリオン様が説明された。
騎士団全員の中で二番目の地位という説明だ。
それを聞いたルゼル様が私を見上げて「はわぁ」と仰った。
無垢な目が私を見上げていた。
10年前の戦争で功績を上げた私は伯爵という爵位をいただいた。
元は侯爵家の次男で爵位を継げない立場だったことから騎士を目指した。
目的なく始めたことだったが、騎士の鍛錬は性に合っていた。騎士としての自覚も芽生え、国に対する忠誠心も大きくなっていった。
程なく自分は剣と相性が良いとわかった。素手でいるより剣を持っている方が動きが軽く感じられた。
その勢いで戦場に出た。
身に危険を感じたことはない。それほど周囲の動きが遅く見えた。
同時に自分が切り捨てた人の姿もよく見えた。見えてしまった。
愛国心も忠誠心もある。敵国の兵に家族がいることもわかる。戦争は綺麗事ではないとわかっている。だから自分が畏れたのは人を殺めたことではない。
私が恐ろしさを感じたのは、自分が人を本能的に殺められるということだ。
目と頭で相手を意識するより速く、本能で切っている。その様子が見えた時、自分の戦の天性を実感した。
戦のある時は良い。
だが、世の中が平和になったとき、この自分の天性の才は人々にとって恐怖になるのではないか?
自分の中の躊躇しない本能が平和な時代に発露する可能性はないのか?
爵位を持たないはずだった自分に伯爵位を与えられた。自分の中の恐ろしい本能の力がいかに大きいかを爵位を賜ることで実感した。この重さ。
そんな時、妻と出会い結婚をした。妻の存在は大きかった。年上の妻は私の本能の発露を止める力がある。本能が動く前にさりげなく理性を挟むのだ。有難い存在だ。…救いの女神だ。…照れるな。
だが、妻が居なくなったら?
私の不安は続いたままだった。
ところが不安がある日突然無くなった。
リオン様とルゼル様を見た日だ。
無垢な目が私を見上げた時、戦争の勝利の意味を感じた。この方々の生きる場所を守ったのだ。
そしてもう一つ気がついた。
新しい世代が生まれている分、自分は衰えている。
私のこの畏れていた本能も時と共に衰え、発露の心配がやがてなくなるのだと気づいたのだ。
騎士団の間でリオン様とルゼル様を「見る薬」と言う者がいるが、まさにそれだ。
あの美しさは目に優しいばかりでなく心にも効く。
しかもどうやら「聴く薬」でもあったようだ。録音機から聴こえた歌だけでも効果を感じた。
騎士団の間で誰がお二人の護衛になるか勝手に盛り上がっていたが、決めたのは私だ。実をいうと私もなりたかった。だが副団長という立場では難しい。
私が選んだのは、私に似た「本能持ち」たちだ。本人たちも気づいてないだろうその本能をお二人の「見る薬」の力で正しい方向に、つまり「護衛」という意識できる方向に全振りさせ、かつ、本能のダークな面を浄化させる意図だ。もう二度と戦争は起こさない。戦争がないならあの者たちの、本来戦場で最も開花される本能の行き先を見つけるのも私の仕事だ。
組織という集団の中で自分にできることがあるのかと長く迷いがあったが。きっとできることはまだまだある。なにしろ私は「えらいえらいのにばんめのひと」なのだから。
「まさにあのお二人は聖女様だな」
声に出てしまった。
「あら、旦那様、ご機嫌ね」
「ああ、見る薬は思い出すだけでも効くらしい」
「まぁ」
妻が微笑んだ。私の「見る薬」はここにもあった。
半年ほど前になろうか、ルゼル様がリオン様にお尋ねになった。
「『ふくだんちょさま』よ」
リオン様が敬称をつけるようルゼル様をたしなめた後、「きしさまみんな、えらいえらいのにばんめのひと」とリオン様が説明された。
騎士団全員の中で二番目の地位という説明だ。
それを聞いたルゼル様が私を見上げて「はわぁ」と仰った。
無垢な目が私を見上げていた。
10年前の戦争で功績を上げた私は伯爵という爵位をいただいた。
元は侯爵家の次男で爵位を継げない立場だったことから騎士を目指した。
目的なく始めたことだったが、騎士の鍛錬は性に合っていた。騎士としての自覚も芽生え、国に対する忠誠心も大きくなっていった。
程なく自分は剣と相性が良いとわかった。素手でいるより剣を持っている方が動きが軽く感じられた。
その勢いで戦場に出た。
身に危険を感じたことはない。それほど周囲の動きが遅く見えた。
同時に自分が切り捨てた人の姿もよく見えた。見えてしまった。
愛国心も忠誠心もある。敵国の兵に家族がいることもわかる。戦争は綺麗事ではないとわかっている。だから自分が畏れたのは人を殺めたことではない。
私が恐ろしさを感じたのは、自分が人を本能的に殺められるということだ。
目と頭で相手を意識するより速く、本能で切っている。その様子が見えた時、自分の戦の天性を実感した。
戦のある時は良い。
だが、世の中が平和になったとき、この自分の天性の才は人々にとって恐怖になるのではないか?
自分の中の躊躇しない本能が平和な時代に発露する可能性はないのか?
爵位を持たないはずだった自分に伯爵位を与えられた。自分の中の恐ろしい本能の力がいかに大きいかを爵位を賜ることで実感した。この重さ。
そんな時、妻と出会い結婚をした。妻の存在は大きかった。年上の妻は私の本能の発露を止める力がある。本能が動く前にさりげなく理性を挟むのだ。有難い存在だ。…救いの女神だ。…照れるな。
だが、妻が居なくなったら?
私の不安は続いたままだった。
ところが不安がある日突然無くなった。
リオン様とルゼル様を見た日だ。
無垢な目が私を見上げた時、戦争の勝利の意味を感じた。この方々の生きる場所を守ったのだ。
そしてもう一つ気がついた。
新しい世代が生まれている分、自分は衰えている。
私のこの畏れていた本能も時と共に衰え、発露の心配がやがてなくなるのだと気づいたのだ。
騎士団の間でリオン様とルゼル様を「見る薬」と言う者がいるが、まさにそれだ。
あの美しさは目に優しいばかりでなく心にも効く。
しかもどうやら「聴く薬」でもあったようだ。録音機から聴こえた歌だけでも効果を感じた。
騎士団の間で誰がお二人の護衛になるか勝手に盛り上がっていたが、決めたのは私だ。実をいうと私もなりたかった。だが副団長という立場では難しい。
私が選んだのは、私に似た「本能持ち」たちだ。本人たちも気づいてないだろうその本能をお二人の「見る薬」の力で正しい方向に、つまり「護衛」という意識できる方向に全振りさせ、かつ、本能のダークな面を浄化させる意図だ。もう二度と戦争は起こさない。戦争がないならあの者たちの、本来戦場で最も開花される本能の行き先を見つけるのも私の仕事だ。
組織という集団の中で自分にできることがあるのかと長く迷いがあったが。きっとできることはまだまだある。なにしろ私は「えらいえらいのにばんめのひと」なのだから。
「まさにあのお二人は聖女様だな」
声に出てしまった。
「あら、旦那様、ご機嫌ね」
「ああ、見る薬は思い出すだけでも効くらしい」
「まぁ」
妻が微笑んだ。私の「見る薬」はここにもあった。
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